2016年11月3日木曜日

ロビンズ『経済学の本質と意義』

経済学の本質と意義 (近代社会思想コレクション)
経済学の本質と意義 (近代社会思想コレクション)

「経済人」の神話

経済学は金儲けと利己心のみに関心がある「経済人」の世界を仮定しているが、それは現実離れしている。人間は金儲けや利己心以外の動機でも動くのだから――。一部の知識人はしばしば、経済学をこう非難する。この非難は正しくない。

本書で著者が説くとおり、経済学が仮定する人間は利己主義者とは限らない。「純粋に利己主義者、純粋に利他主義者、純粋に禁欲主義者、純粋に官能主義者にもなりえて、もっとありそうなことだが、こうした衝動の混合体にもなりえる」(p.88-89)

人はパンを買うとき、損得だけでなく、パン屋の幸福も考えるかもしれない。賃金の多寡よりは、やり甲斐で仕事を選ぶかもしれない。金を貸すとき、名誉や美徳を考慮するかもしれない(p.89)。それでもこれらの行動は経済学の対象になりうる。

かりに人間の大半が聖職者のような利他主義者、禁欲主義者になっても、経済学は不要にならない。ワインを作る葡萄園の地代が下がり、聖職者の石造建築に使う石切場の地代が上がる(p.27)。この現象は、経済学を知らなければ理解できない。

経済学は金儲けが唯一の行動要因とは考えない。そもそも金儲けそのものは目的にならない。目的は儲けた金で何かを買うことである。だから金銭そのものに執着する守銭奴を例外として、金儲けは目的にはならず、単に手段でしかない(p.32)。

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