2016年1月20日水曜日

〔寸評〕松下竜一『砦に拠る』

私有財産という砦


国家の不当な権力行使に何年もしぶとく抵抗したのは、労組でも学生でもない。明晰な頭脳、強靭な精神力に加え、自前の山林という拠り所をもつ、一人の小柄な老人だった。私有財産権の制限を叫ぶ左翼は、自分の首を絞めていることに気づかない。成田や沖縄での一坪地主運動も、私有財産権があるからこそ可能なのだ。

<抜粋とコメント>


"国家の力ちゅうもんは底が知れんおそろしいもんですたい。"
# マックス・ウェーバーいわく、国家とは合法的な暴力の独占である。合法的暴力という恐怖。

"日本は戦争に負けたんですよ。それを思えばこれくらいの犠牲を忍ぶことがなんですか!"
# ダムで村が水没するくらい敗戦に比べればたいしたことないだろうという、理不尽すぎる政府の言い分。

"土地収用法ちゃ現代の赤紙たい。"
# 戦前も戦後も、政府にとって国民の生命・財産は自分のもの。

"小柄な一個の老人は、国家が法の中に保障した基本的人権と私有財産権に準拠して徹底的に国家権力に抗していったのである。"
# 私有財産権の制限を叫ぶ左翼は、自分の首を絞めている。

"私らみたいに戦時中の教育を徹底的に叩き込まれて育った者には、国家のする事に逆らうなんという発想は頭から浮かびませんよ。"
# 戦後教育も変わらない。右から左になっただけ。最近また右。

寸評アマゾンレビューにも投稿。
*抜粋とコメントはツイッターより転載。

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