2024-12-04

ミレイ氏の正体と国連演説

オスカー・グラウ(音楽家)
2024年11月4日

2024年9月、アルゼンチンの大統領ハビエル・ミレイ氏がニューヨークの国連総会で演説を行った。多くの人々が、国家主義的な現状に対する自由主義的なすばらしい出来事としてこの演説を称賛したが、実際にはミレイ氏は羊の皮をかぶった狼であることを証明し続けているにすぎない。
矛盾したスタイルに忠実に、ミレイ氏は聴衆に「自分は政治家ではない」と念を押すところからスピーチを始めた。「政治をしようという野心はなかった」と。しかし、これはもはや意味をなさない。ミレイ氏は2年間下院議員を務めていた。そして、強制されたのでなければ、自ら進んで政治の世界に入り、大統領候補となった。いずれにせよ、ミレイ氏は政治家となったのだ。

国連


ミレイ氏は、この機会を利用して、国連が「本来の使命」を果たしていないのは危険だと世界中の国々に警鐘を鳴らし、国連は集団主義的な政策を推進し続けていると警告した。国連の設立、主な目的、基本原則を認めたうえで、ミレイ氏は、過去70年間の国連の指導の下、戦争の惨禍は消え去っていないものの、「人類は歴史上最も長い期間にわたる世界平和を経験し、それはまた、最大の経済成長を遂げた時期とも一致していた」と強調した。また、「全世界が商業的に統合し、競争し、繁栄することを可能にする秩序の下では、世界規模の紛争の拡大には至らなかった」とミレイ氏は述べた。

ここで、ミレイ氏に思い出させる必要があるかもしれない。世界は国家主義的な世界秩序にもかかわらず、商業的に統合し、競争し、繁栄してきたのだ。国連はその存在をすべての国民国家に負う組織として、この国家主義的な世界秩序が永遠に続くことを切望している。そして注目すべきことに、ミレイ氏が語る経済成長は、国連の指導とは何の関係もなく、自由市場と資本主義によるものだ。過去70年間、世界で税収と公共支出が大幅に増加しているという事実にもかかわらずである。

いずれにしても、ミレイ氏によると、国連は自らの原則を守らなくなった。「人類の王国を守る」ことを目的とした組織は、「何本もの触手あるリバイアサン(怪物)」へと変貌し、「各国は何をすべきか」「世界中の市民はどのように生きるべきか」を決定しようとしている。「平和を追求する」組織から、「無数の問題について、その加盟国にイデオロギー的な実施計画を押し付ける」組織へと変貌した。ミレイ氏にとって、かつて「成功を収めた」国連のモデルは、国家間の協力関係に基づいて設立されたものであり、その起源は「勝利なき平和の社会」について語ったウッドロー・ウィルソン(元米大統領)の思想にまでさかのぼることができる。そのモデルは「世界中の市民に特定の生活様式を押し付けようとする、国際官僚による超国家的な政府」に取って代わられたと指摘した。 その後ミレイ氏は、グローバル規模での新たな社会契約の定義を必要とするモデルが悪化し、(持続可能な開発のための)2030アジェンダへの取り組みが加速しているとして、次のように指摘した。

それ(2030アジェンダ)は、超国家的な政府プログラムに他ならず、社会主義的な性質を持ち、問題解決を装っているが、その解決策は国民国家の主権を脅かし、人々の生命、自由、財産の権利を侵害するものである。また、貧困、不平等、差別を法律によって解決しようとしているが、それはそれらの問題をさらに深刻化させるだけである。

またミレイ氏は、国連の「未来のための協定」も批判し、国連の数々の過ちや矛盾が「自由世界の市民の前で信頼を失い、その機能を喪失させる」結果となったと主張した。ミレイ氏は国連があたかも世界政府に近い存在であるかのように装っているが、実際には、国連が発するイデオロギーの推進を国家が口実にしたところで、国連が各国家の国民に対して持つ力は、国家よりも強くはない。もちろん、特定の利益を優遇する政策を推進する温床として、イデオロギー的な大義を掲げる利益団体が国連官僚を買収することはありうるが、それによって国連が世界中の市民に対して何かを強制するような権限が得られるわけではない。

実際、当時のアルゼンチン外相、ディアナ・モンディノ氏もミレイ氏の演説を否定した。演説から2日後、モンディノ氏は、2030アジェンダや未来のための協定といったこれらの実施計画の適用は自主的なものであると明確にし、アルゼンチンはこれらの計画に含まれるいくつかの事項に「完全に、または部分的に」従うと述べた。モンディノ氏は、アルゼンチンはこれらの計画に関連する政策や協定の類から決して離脱したことはないと述べたが、アルゼンチンは他国から「やらなければならない」と命じられたことをすべて受け入れるつもりはないと強調した。この点に関してモンディノ氏は、デジタルメディアの管理に関し、倫理的ではないと考える問題については制限を設けると断言した。

2024年10月、環境副大臣のアナ・ラマス氏は、ミレイ政権は「生物多様性を公共政策にしっかりと統合する」ことを追求していると述べた。ラマス氏は、アルゼンチンの潜在的な可能性として「エネルギー転換に必要な重要鉱物や再生可能エネルギーで世界に貢献する」ことを指摘し、国際協定から離脱するよう政府から指示されたことはないと明言した。実際、アルゼンチンはパリ協定にとどまり、環境目標を約束している。全国気候変動適応・緩和計画はアルゼンチンの気候政策を体系化し、2030年までに実施される一連の対策と手段を定めている。

それでもミレイ氏は、国連を誤った方向に導いたのは2030アジェンダの採択であったと指摘し、2020年のロックダウン(新型コロナ対策の都市封鎖)における組織的な自由の侵害の主な推進者の1つとして国連を非難した。彼はこれを「人類に対する犯罪」であると考えている。たしかに国連はロックダウンの推進役だったが、多くの国がコロナパスポート(ワクチン接種証明)を導入した時期に、国連はコロナパスポートに反対の立場を示した。しかし、もしミレイ氏が演説で国家主義的な現状と国際的な体制に本当に反旗を翻したかったのであれば、自由に対するこの恐ろしいまでの侵攻の最大の受益者と加害者、つまり製薬会社と政府の間で行われている偽りのワクチンビジネスに、もっと焦点を当てるべきだった。そして、すべての強制予防接種計画の廃止を目指す自由主義者の忘れられた闘いはどうだろうか。アルゼンチンにも存在するが、ミレイ氏はこの残虐行為と戦ったことは一度もない。

アルゼンチン


ミレイ氏にとって、アルゼンチンの変革の過程を導く原則は、アルゼンチンの国際的な行動を導く原則でもある。ミレイ氏は、政府の役割は限定的であるべきだと主張し、すべての国民は専制や抑圧から自由であるべきだと擁護した。ミレイ氏が宣言するように、これは外交的、経済的、物質的に支援されるべきであり、自由を守る「すべての国々の共同の力によって」支援されるべきである。

ミレイ氏がネオコン(新保守主義者)だと知る人々にとっては、すでに周知の事実かもしれないが、「自由を守る」ための共同戦線とは、米国と北大西洋条約機構(NATO)が世界中で不当な戦争を遂行し、イスラエルが中東で何千人もの罪のない民間人を殺害して西洋の価値観を守ることを意味する。


ミレイ氏の見解では、新生アルゼンチンの理念とは、国連の「真髄」である「自由を守るための国連の協力」である。ミレイ氏は「未来のための協定」に対するアルゼンチンの反対意見を表明し、「自由世界」の諸国に反対意見への参加と国連の新たな行動計画「自由のアジェンダ」の創出を呼びかけた。そして次のように断言した。

……アルゼンチン共和国は、これまでの特徴だった歴史的な中立の立場を放棄し、自由を守る闘争の最前線に立つ。

アルゼンチンはこの演説が行われる前から、すでにミレイ政権下で中立の立場を放棄していた。しかし、ミレイ氏が長年最も多く名前を挙げてきた思想家であるマレー・ロスバードは、この立場とは逆に、「リバタリアニズム(自由主義)は、国家間の紛争において中立国が中立を維持し、交戦国が中立市民の権利を完全に尊重するよう促すことを目指している」と書いている。一方、「自由世界」という表現は、冷戦時代に米国のプロパガンダで広く知られるようになったが、ミレイ氏にとっては目新しいものではなく、大統領就任前からすでに何度かこの表現を使用していた。

2024-12-02

老子の反戦平和思想

老子は中国古代の思想家。生没年不詳。姓は李、名は聃(たん)。その著述と伝えられる書物も『老子』と呼ばれる。『史記』では春秋時代の孔子と同時代の人とされるが、戦国時代中ごろの人というのが通説。実在の人物ではないとする説もある。孔子ら儒家の教えを否定して無為自然の道を説いた、道家の祖とされる。

老子入門 (講談社学術文庫 1574)

現代米国の経済学者で歴史家のマレー・ロスバードは、老子を「最初の自由主義知識人」と呼ぶ。同じ古代中国の思想家でも、官僚の支配を擁護した儒家とは異なり、老子は急進的な自由主義の信条を打ち立てたからだ。「老子にとって、個人とその幸福こそが社会の重要な単位であり目標だった。もし社会制度が個人の開花と幸福を妨げるのであれば、その制度は縮小されるか、完全に廃止すべきである」とロスバードは解説する。

老子の思想をその著述によって具体的にみていこう(引用は原則、金谷治『老子』<講談社学術文庫>による。かな表記を一部漢字に改めた)。

「世界を制覇するには、格別な仕事をしないであるがままに任せていくことが大切である」(第57章)と老子はいう。現代の言葉でいえば、自由放任の勧めといえる。その理由の一つは「世界中に煩わしい禁令が多くなると、人民は自由な仕事を妨げられていよいよ貧しくなる」(同)からだ。今の世の中でも、政府による規制が多くなりすぎると、個人や企業は自由な経済活動が妨げられ、その結果、社会から豊かさが失われるのは、よく知られた事実である。

それゆえ、「道」を体得した聖人はこう言っている、と老子は続ける。「私がことさらな仕業のない無為の立場を守っていて、それで人民はおのずからに感化されてくる。私が平静を好んでじっとしていて、それで人民はおのずからに正しくなる。私が格別なことを何もしないでいて、それで人民はおのずからに富んでくる。私が無欲でさっぱりしていて、それで人民はおのずからに樸(あらき)のような素朴になる」(同)

老子はさらに自由放任の勧めを説く。「政治がおおらかでぼんやりしたものであると、その人民は純朴で重厚であるが、政治がゆきとどいてはっきりしたものであると、その人民はずる賢くなるものだ」(第58章)。今日の政治は対照的に、人々の暮らしや経済活動の細々したところにまで気を配り、口を出そうとする。老子はそのような介入政策に反対する。なぜなら「災禍があればそこに幸福もよりそっており、幸福があればそこに災禍も隠れている。この循環のゆきつく果ては誰にもわからない」(同)からだ。

たとえば、現代の政府は景気が悪くなりかけると、すぐに財政・金融政策などでテコ入れしようとする。けれども、それによって目先は景気の悪化を避けられたとしても、永遠に先延ばしすることはできない。むしろ景気対策の副作用で物価が高騰したり、将来税金で返さなければならない政府の借金が増えたりして、人々を余計に苦しめる。そのために新たな対策が必要になってしまう。それならば、初めから景気対策などせず、経済が自然に回復するのを待つほうがいい。

また老子は「人民が飢えに苦しむことになるのは、お上が税をたくさん取りすぎるからであって、それゆえに飢えるのだ」(第75章)と述べ、重税で人々を苦しめる為政者に厳しい目を向けている。

老子の思想の特徴は、自由放任を説いた内政論とともに、戦争論にも表れている。老子は自衛戦争の必要は否定しないものの、その戦争論は平和主義、反戦主義に貫かれている。それが端的に示されるのは第31章だ。

老子は「武器というものは不吉な道具である。本来君子の使用すべき道具ではないのだ」と断じる。どうしてもやむをえず使わなければならないなら、執着をもたずにあっさり使うのが一番だ。「勝利が得られても、決して立派なことではない。それなのに、それを立派なこととして誉めそやすのは、つまりは人殺しを楽しみとしているということだ」。老子によれば、「敵を多く殺せば悲嘆の気が場に満ち、戦勝はまさに葬礼の場となる」。

戦争に勝ったというニュースが伝われば、銃後の国民は花火を上げ、行列してこれを喜ぶ。凱旋した将軍は、群衆の歓呼と小旗の波に盛大な出迎えを受ける。戦後はなくなったが、かつて戦争を繰り返した日本ではよくある風景だった。ところが老子はそうした熱狂に冷水を浴びせるように、戦いに勝ったら葬式のようにすすり泣けという。戦争の悲惨な本質を知る思想家でなければいえない言葉だ。

この言葉の背景について、歴史学者の保立道久氏はこう推測する。「老子は実際に戦闘を指揮する立場に立ったことがあったのではないか。敵を多く殺せば悲嘆の気が場に満ち、戦勝はまさに葬礼の場となるなどという言葉は、そうでなくてはなかなか吐けるものではないと思う」(『現代語訳 老子』<ちくま新書>)

黒人の救済に生涯を捧げ、のちにノーベル平和賞を受賞した医師シュバイツアーに興味深いエピソードがある。1945年5月7日、ドイツ軍が降伏して欧州での第二次世界大戦が終了したとき、シュバイツアーはアフリカのランバレネ(現ガボン)の病院で黒人患者の医療にあたっていた。たまたまラジオで大戦終了のニュースを傍受した欧州系の患者から聞いて、このことを知ったシュバイツアーはその日の夜、仏訳の『老子』をひもといて、心静かにこの一章を味わったという(楠山春樹『老子入門』<講談社学術文庫>)。

今日シュバイツアーに対しては、アフリカに対する西洋の植民地支配に無自覚だったという批判もなされる。それでもこのエピソードは、東西の平和思想の共鳴をよく伝えていると思う。

老子の戦争批判はこれだけではない。「軍隊が駐屯すると耕地も荒れ、大戦争のあとでは凶作が続く」(第30章)と指摘するとともに、「欲望をたくましくするのが最大の罪悪」(第46章)と述べ、戦争の原因は支配階層の私的な欲望だと喝破する。

中国思想学者の金谷治氏は、老子の思想は「一貫して反戦」だと述べる(『老子』)。世界で戦争が拡大する今日、平和を説いた老子の言葉をあらためて噛みしめたい。

2024-12-01

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