2023-02-19

【コラム】パイプライン爆破とメディアの沈黙

木村 貴

ロシアから欧州に天然ガスを供給する海底ガスパイプライン「ノルドストリーム1」と、未稼働の「ノルドストリーム2」が昨年9月に爆破されたのは米国の工作によるものだという衝撃の記事を、米国の著名な調査報道ジャーナリスト、セイモア・ハーシュ氏が公表した。
ベトナム戦争における米軍の旧ソンミ村虐殺を暴いたことなどで知られ、ピューリツァー賞を受賞している85歳のハーシュ記者は2月8日、メールマガジン発信サービスのサブスタックで執筆を始め、いきなりこの超弩級の暴露記事を公開した。同記者が匿名の消息筋の話をもとに書いたところによれば、米海軍の潜水士たちがバルト海に潜り、パイプラインに爆弾を装着して爆破した。工作にはノルウェー海軍の支援を受けたという。

米政府が工作に動き出したのは2021年12月、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が米軍統合参謀本部や中央情報局(CIA)などの関係者を招集した会議。当時高まっていたロシアのウクライナ侵攻の可能性に関する対策を協議し、着手が決まった。その後、バーンズCIA長官が海軍潜水士を含む工作計画を練ったという。

記事に対し、ホワイトハウスの報道官は「まったくの虚偽であり、完全なフィクション」と断じた。CIAと国務省の報道官も同じことを述べた。ハーシュ記者は続報を出すと予告しており、真実が明らかになっていくだろう。事実なら、米国はロシアや同盟国であるドイツに対し、戦争行為を行ったことになる。

情けないのは米欧の大手メディアだ。ハーシュ記者の古巣であるニューヨーク・タイムズ紙をはじめ、ほぼすべてが記事に反応せず、国際調査を求めるロシアと中国の声も無視した。かつて同紙やワシントン・ポスト紙は、米軍のベトナム戦争犯罪に関するハーシュ氏の暴露記事を掲載したが、今では「国家の安全保障や戦争と平和の問題」に関心がないように見えると同氏は非難した

大手メディアは昨年9月、パイプラインが破壊された際には、元政府高官らの専門家といっしょに、確たる根拠もなくロシアが怪しいと声高に唱えていた。都合が悪くなるとだんまりを決め込むとは、あまりに無責任だろう。

その点、日本のメディアや専門家もたいして変わりはない。パイプライン破壊当時の報道を振り返ってみよう。

日本経済新聞(電子版)は昨年9月28日、「パイプライン意図的損傷の疑い 欧州はロシア関与を示唆」と題する記事を掲載している。記事のリード文には「欧州各国はロシアによる意図的な破壊工作の可能性があるとみて警戒を強めている」とあるものの、ロシアの関与に言及した実際の発言は、次のようにウクライナ、ポーランドの二カ国だけだ。

ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問はツイッターで「ロシアが計画したテロ攻撃で、欧州連合(EU)に対する侵略攻撃だ」と非難した。ポーランドのモラウィエツキ首相も同様にロシアの関与を示唆した。

ウクライナはロシアと戦争中の敵国だし、ポーランドも対露強硬派の急先鋒だ。ロシアに関して客観的な判断ができるとは考えにくい。実際、「テロ攻撃」だと断言したり、関与を疑ったりする根拠も示されてはいない。「欧州はロシア関与を示唆」というタイトルは行き過ぎだと感じる。日経はその後、10月3日の記事で「ガス管損傷、米欧はロシア関与断定回避」と軌道修正している。

産経新聞は10月17日の「主張」(社説)で、「欧州当局はウクライナ情勢にからんだロシア側による破壊工作との見方を強めている」としたうえで、米欧やウクライナが故意に損傷させたとの見方を示したプーチン露大統領に対し、「あまりにも身勝手な言い分である」と非難した。ハーシュ記者にも同じことを言うのだろうか。

一方、朝日新聞デジタルが10月2日に掲載した「ノルドストリームのガス漏れの首謀者は? 欧米とロシアが非難の応酬」という記事は、タイトルからもわかるように、比較的バランスが取れた内容だ。

バイデン米大統領が9月30日、ホワイトハウスでの演説で、ガス漏れの首謀者こそ明言しなかったものの、ロシアを名指しで「偽情報とウソを流し続けている」と非難したと記述。その一方で、ロシアのネベンジャ国連大使が国連安全保障理事会の緊急会合で述べた主張も紹介している。

それによると、同大使は「我々が巨額の投資を行い、経済的利益が得られる可能性のあるプロジェクトを自ら破棄するのは理屈が合わない」と否定。この問題で最も利益を得るのは米国だと名指しした。

NHKのニュースサイトも10月1日の記事「海底パイプラインのガス漏れめぐり 米ロが激しい応酬」で、同じくネベンジャ大使の「ガス漏れで利益を得るのはヨーロッパに天然ガスを供給するアメリカの業者だ」という主張を紹介している。

このネベンジャ大使の主張はまさしく、ロシア犯人説に当初から疑問を投げかけていた海外のジャーナリストアナリストらも指摘していた点だ。ロシアが多額の費用をかけて建設し、経済的な利益を生むパイプラインを自ら破壊するとは、とても合理的に説明がつかない。

ロシアを犯人と決めつけ、合理的に説明のつかないことを無理やり説明しようとすると、おかしなことになる。朝日新聞デジタルの10月2日の記事に、ロシア・東欧が専門の服部倫卓・北海道大学教授がこんなコメントをしている。

確かに、ロシアが巨額の投資を行い、経済的利益が得られる可能性のあるプロジェクトを自ら破棄するのは、普通に考えれば理屈が合わないのだが、ロシアはもうすでに経済的合理性では理解できない国になっている。

ロシアは「経済的合理性では理解できない国」になってしまっているという。すごい話だが、そんなことが実際ありうるのだろうか。服部教授は続ける。

破壊工作がロシアによるものだった場合に、一つの動機の可能性として指摘されているのが、海底インフラの安全性に関する不安感を欧州側に植え付けたいという思惑である。海底にはパイプラインやケーブルなどのインフラが張り巡らされているが、陸上のインフラと違って警備はほぼ不可能である。そこでロシアは、ノルドストリームをわざとらしく破壊することで、「ロシアを怒らせたら、欧州の海底インフラもただでは済まない」という警告を与えた、という解釈である。

なるほど、ロシアは「俺を怒らせたらただでは済まないぞ」と他国に警告する狙いで、せっかく苦労して建設したパイプラインを「わざとらしく破壊」したのか。まるでキレた不良みたいな行動だ。たしかに周囲の国は、「ヤバい奴だ」と恐れをなすに違いない。ただし、この服部教授の紹介する説には問題が一つある。もしその説が正しければ、ロシアは米欧に罪をなすりつけたりせず、ノルドストリームの破壊は自分がやったとドヤ顔で誇らしげに言うはずだ。

また、韓国経済が専門の深川由起子・早稲田大学教授は、日経の9月28日の記事に「ロシアがどんどん自暴自棄になっている感じを受けます」とコメントしている。

もし本当にロシアが「経済的合理性では理解できない国」で、「自暴自棄」になっているとしたら、めでたいことに、この戦争でウクライナが負けるのではないかと心配する必要はもうない。ロシアが自滅するのを待ちさえすればいいからだ。やけになって、たかだか周辺国を脅すためだけに貴重なパイプラインを爆破するような狂った国なら、ただ放っておけば、やがて自分の国中を瓦礫の山にしてくれるだろう。実際、西側メディアによれば、ロシアはせっかく占拠したウクライナのザポロジエ原発を自分で砲撃していたらしいから。

冗談はこのくらいにして、国家とは経済合理性に基づいて行動するものだという普通の考えからすれば、ノルドストリームを破壊した犯人を言い当てるのは難しくない。経済的に得をする者だ。犯罪の動機を示すラテン語の格言、「cui bono」(クイ・ボーノ=誰が得をするか)に従えばいい。

パイプラインの破壊で一番得をするのは、ジャーナリストらやロシア当局者が指摘するとおり、米国だ。エネルギーを軸にロシアとドイツが経済的な結びつきを強めれば、米国は欧州で影響力が低下し、都合が悪い。ロシアが天然ガスを欧州に供給できなくなれば、米国のガス会社が取って代われるというメリットもある。

驚くことに、米政府の首脳・高官らはそうした動機を半ば公然と口にしてきた。ブリンケン国務長官は昨年10月3日、記者団からノルドストリーム攻撃についてコメントを求められ、この攻撃は「ロシアのエネルギー依存をきっぱり断ち切り、プーチンから帝国計画推進の手段となるエネルギーの武器化を奪う絶好のチャンスだ」と回答した

ヌーランド国務次官は、今年1月26日の上院公聴会で議員の質問に答え、「私も、そして政権も、ノルドストリーム2が、あなたが言うように、海の底の金属の塊になったことを知って、とてもうれしく思っています」と述べた

きわめつけは、ロシアがウクライナに攻め込む直前の昨年2月7日、バイデン大統領がドイツのショルツ首相との共同会見の席上、発した言葉だ。同大統領は「もしロシアが侵攻してきたら〔略〕ノルドストリーム2はもう存在しない。我々はそれを終わらせるだろう」と語った。ある記者が、ドイツが事業を管理しているのに、どうしてそんなことができるのかと尋ねると、バイデン氏は「約束しよう。我々にはそれができるのだ」とまで断言したのだ。

パイプライン破壊に米政府が関与したとすっぱ抜いたハーシュ記者は、この大特ダネを「見つけるのは難しくなかった」と、あるポッドキャストのインタビューで明かしている。いま述べたように、バイデン大統領自身がおおっぴらにその意思を語っていたからだ。

昨秋のパイプライン爆破時、このバイデン大統領の発言に触れて米国の関与の可能性に注意を喚起した日本のメディアはなかった。今回、ハーシュ記者の記事にも、産経新聞が短く触れた程度で、沈黙したままだ。報道機関が真実の追求という本来の役割を果たさないのでは、市民は何を頼りにすればいいのだろうか。

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