2015-12-26

高橋源一郎・SEALDs『民主主義ってなんだ?』


矛盾を直視する勇気を


「民主主義ってなんだ?」。これは共著者の学生団体SEALDs(シールズ)が安全保障関連法に反対して国会前で抗議した際、ラップに乗せて繰り返したことで有名になった問いかけであり、本書の題名でもある。しかし本書には最後まで、この問いに対する答えはない。それはこの学生たちの意義ある運動の将来に、暗い影を落としかねない。

民主主義の定義は、本来シンプルである。オックスフォード英英辞典によれば、民主主義(democracy)とは "a system of government in which all the people of a country can vote to elect their representatives"(全国民が投票で代表を選ぶことのできる政体)。他の英英辞典もほとんど同じだ。政府の一形態にすぎないとあっさり述べている。

一方、日本語の辞書では少し違う。デイリーコンサイス国語辞典によると、民主主義とはまず、「主権は国民にあるという思想。デモクラシー」である。政府の形態ではなく、思想とされている。しかし、これは別にいい。問題は、その後にこう付け加えられていることである。「自由・平等を尊重する思想」

大辞林でも、「人民が権力を所有し行使するという政治原理」という説明の後に、「現代では、人間の自由や平等を尊重する立場をも示す」と記されている。

つまり、民主主義とは自由や平等という価値も含む思想とされている。しかし、それはおかしい。平等はともかく、自由と民主主義は、水と油のように相容れないものだからである。

民主主義とは、英英辞典の定義によれば、権力を行使する政府の決め方だし、国語辞典の定義(の前半)によれば、権力(主権)は国民にあるという考えである。一方、自由とは、個人の権利が権力の干渉・介入を受けないことである。言い換えれば、民主主義とは権力を正当化する制度ないし思想であるのに対し、自由とは権力そのものを排除する思想に基づく。どうみても両立は難しい。

ところがSEALDsという団体名は、Students Emergency Action for Liberal Democracy - s(自由と民主主義のための学生緊急行動)の略だという。両立しない自由と民主主義を同時に掲げてしまっている。同じく党名で自由と民主主義をうたう自民党よりも、自分たちのほうがそれらの真の意味を知っているという気概を込めたらしい。しかしもしそうなら、このような矛盾した名前は付けるべきではない。

彼らも矛盾にうすうす気づいてはいる。中心メンバーの奥田愛基は「極端なこというと、八割の国民が『人殺しOKにしましょう』とか言ってもダメなものはダメなわけですよね」と発言する。そのとおりだ。民主主義の手続きをどれだけきちんと踏もうと、「ダメなものはダメ」である。

それでは、ダメと判断する基準は何なのか。残念ながら、奥田はそれ以上踏み込まない。「まあ、できるだけ民主的で、できるだけ自由で平等な社会が良いので、できることをやるしかない」とお茶を濁してしまう。そればかりか、「〔フランス革命で恐怖政治を断行した〕ロベスピエールみたいに殺しにいっちゃうかもしれない〔略〕でもまだまだ使える可能性があるっていうか」と、民主主義の危険性を認識していながら、それを無責任に擁護する。

議論をリードする役目の高橋源一郎も「二千五百年前から最近まで、まともな思想家はたいてい民主主義を否定していた」と重要な指摘をしながら、「結局、民主主義が最強最良じゃないか」とたいした根拠も示さず話をまとめてしまう。

高橋は初めのほうで、「大切なのは、言葉を定義しておくということ」と強調し、民主主義を運動のテーマとするSEALDsのメンバーに対し「民主主義についての定義を大事にしてほしいし、ある程度準備しておく必要がある」ともっともな呼びかけをする。しかし最後まで、メンバーの口から民主主義の定義が聞かれることはない。

あとがきでメンバーたちは、民主主義の定義は難しいという意味のことを述べる。「簡単には言葉にならないもの」(牛田悦正)、「容易に言語化できるものではない」(芝田万奈)といった調子である。

民主主義を団体名に掲げていながら困ったものだという気もするが、無理もない。専門家の作った国語辞典でさえ、民主主義が自由と両立可能という、矛盾した定義をしているのだから。英英辞典の記述は明確だが、欧米でも民主主義と自由の関係は必ずしもよく理解されていない。若いメンバーたちが民主主義の定義に悩み、ためらうのは、むしろ彼らの知的誠実の表れと考えよう。

しかし、もし本気でこの社会を変えたいのであれば、民主主義の定義という宿題をいつまでも先延ばししてはいけない。社会を変えるのは結局のところ思想の力であり、思想が力を持つためには論理的に筋が通っていなければならないからだ。

民主主義とは権力の肯定である。しかし、戦争にしろ貧困にしろ、社会のさまざまな問題は、権力で解決することは決してできない。権力の干渉を受けない、多数の個人の自発的な協力だけがそれを可能にする。民主主義を定義することで自由との矛盾を直視し、後者を選ぶ勇気を持たないかぎり、社会を良い方向に変えることはできない。

民主主義の問題点にも一応触れてあるので、本の評価は、期待を込めて高めにする。

(アマゾンレビューにも投稿

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