今年生誕九十年だった作家の星新一は、生涯に千一篇を超えるショートショート(超短編)を著した。子供にもわかるやさしい言葉で書かれているが、ユーモアに包み、右に述べたような国家の虚構を暴く作品が少なくない。『マイ国家』(新潮文庫)の表題作はその一つだ。
預金勧誘の銀行員がある家を飛び込みで訪ねると、家の主人からしびれ薬を飲まされ、お前は捕虜だと言い渡される。とまどう銀行員に主人は宣言する。「ここは独立国なのだ」
主人は大まじめに語る。「国家はどういうものか知っているか。一定の領土と、国民、それに政府つまり統治機構。この三つがそろっているもののことを言う。領土とはこの家、国民とはわたし、政府もわたし。小さいといえども、立派な国家だ」
小説でしかありえない話ではない。国際的に国家と承認されてはいないものの、欧州の北海に浮かぶ「シーランド公国」は人口4人。1967年、英国の退役軍人が公海上にある英国の海上要塞を占拠し、独立を宣言した。人口1人の国家があながち現実離れしているとはいえない。
「マイ国家」の主人、いや国家元首は、銀行員に日本の最近の「国情」を尋ねる。銀行員が政府は生活保護や健康保険、年金などに金を出していると話すと、「元首」は「まったく、ばからしくてならない」と言い、こう続ける。
「政府とは、ていさいのいい一種の義賊なんだな。しかも、おっそろしく能率の悪い義賊さ。大がかりに国民から金を巻きあげる。その親分がまずごっそりと取り〔略〕末端まで来る時には、すずめの涙ほどになる。それを恩に着せながら、貧民や病人や気の毒な人にめぐんでやるというしかけだ」
政府とは国民の財産を奪う盗賊だというこの考えも、突飛なものではない。インド仏教では、国王を泥棒と同列に見たという。人の物を取り上げる点で変わりないからだ。泥棒が非合法に取る一方、国王は税金という形で合法に取るのが違うにすぎない。
刃物を持ち出す「元首」に銀行員が凶器はしまえと言うと、こう答える。「凶器とはなんだ。軍備と言え。自衛権は国家固有のもので、そのためには必要な軍備の所持と行使とがみとめられている」
国民の代理にすぎない政府が武力を独占し、国民自身が丸腰を強いられる矛盾を衝いている。国家は自衛のために軍隊を持てと言う論者はまず、米国のように、個人の武器所有も認めなければならない。
(2016年12月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)
>>騎士コラム
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