2018年5月14日月曜日

怪物退治の愚行

感情的な反米論は間違っている。米国から学ぶべき点は多い。しかし問題は、米国の何を学ぶかである。最近の米国の行動の多くは、米国自身の良き伝統に反しているからだ。

評論家の小谷野敦は『なんとなく、リベラル』(飛鳥新社)で米国のイラク戦争を人道的に支持し、反対派に「ではフセインの独裁、反対派やクルド人への弾圧を放置しておいていいのか」と問う。ヒトラーによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を放置すべきだったのかと問う。

米国の伝統に学ぶなら、答えは「放置すべきだった」である。

自衛に無関係な「人道的」戦争はしないのが、米国の伝統である。第六代大統領ジョン・クインシー・アダムズは「諸外国が米国の志向する理念や理想に反する内政を行っても、他国の問題に干渉するのを慎んできた」と述べ、「米国は倒すべき怪物を探しに海外へ行ったりしない」と戒めた。

しかしその後、米国は戒めを破り、人道的戦争に乗り出す。結果は意図と違った。民主主義の大義を掲げ第一次世界大戦に参戦し、英仏がドイツに過酷なベルサイユ条約を強いるのを結果的に手助けし、ヒトラーの台頭を招く。ホロコーストはその帰結である。

それだけではない。ヒトラーを倒すために組んだスターリンはヒトラー以上の大虐殺をやってのけ、ヒトラーから救うはずだった東欧を事実上支配し、ナチス・ドイツに劣らぬ恐怖政治を行った。

イラン・イラク戦争では、米政府はイランのイスラム原理主義は許せないとして、イラクのフセインを支援する。軍事介入が独裁者フセインを育てたのだ。その後イラク戦争でフセインを倒したところ、政治的不安定から過激組織イスラム国(IS)の台頭をもたらした。

小谷野は現実を見ない九条護憲論を批判する。それは正しい。しかし軍事介入で世界を平和にできると信じる今の米国の外交政策は、同じくらい現実離れしている。しかも世界の人々にかける迷惑は、比べものにならないほど大きい。

独裁者はその国の人々を苦しめる。しかしだからといって、独裁者を倒すために米国民に戦争を強いるのは正しくない。政府の役割は国民の生命・財産を守ることであって、自衛に無関係な独裁者打倒はその役割を超え、むしろ本来の使命に反する。

独裁者に虐げられる人々を助けたいと思う米国人は、個人として義勇兵や資金援助の形で加勢すればよい。他の米国人は自分の意思に反して生命や財産を失わずに済む。戦争はそのような選択の自由を奪う。

軍事不介入の伝統を忘れ、怪物退治の愚行を繰り返す米政府を批判することは、反米ではない。日本政府の誤りを批判することが反日でないようにである。

(2017年4月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)

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