日銀の高田創審議委員は9月6日、山口県下関市で講演し、2%の物価安定目標の達成に向け「『芽』がようやく見えてきた状況だ」と述べた。毎日新聞によれば、同委員は、最近の物価上昇率は2%を上回っているものの、持続的・安定的な実現には「まだ距離がある」と説明。大規模な金融緩和策を「粘り強く続ける必要がある」と強調したという。
日銀が黒田東彦前総裁の下、常軌を逸した「異次元の金融緩和」を始めた際、物価上昇に歯止めがかからなくなることを心配する声に対し、異次元緩和を支持する人々は「2%の目標に達したらやめればいいだけ」とあざ笑った。しかし今や消費者物価上昇率は今年7月まで11カ月連続で3%を上回り、2%の目標を大きく超えているにもかかわらず、高田委員の発言が示すように、日銀は言を左右にして金融緩和をやめようとしない。
日銀は「物価安定」を錦の御旗として掲げる。だが、そもそも物価に限らず、「安定」は経済の本質に反する。無理に「安定化」しようとすれば、かえって混乱を引き起こす。
経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは「安定化計画の目的である安定の確立は、空疎で矛盾した考え方である」(『ヒューマン・アクション』)と厳しく批判する。
経済の主体である人間は生まれつき、行動によって生活条件を改善しようとする強い衝動をもつ。しかも人間自身が時々刻々変化し、その価値評価、意思、行為もともに変化する。「行為の領域には、永遠なものは何もなく、変化があるのみである」とミーゼスは指摘する。
言い換えれば、健全に発展し、活発な経済には安定したものなどない。消費者の好み、技術、天然資源、その他多くの変数が常に変化しており、企業は将来の市場状況を予測して今日の生産を手配する使命を負っている。技術が変化して生産が拡大し、その結果、物価が下落すれば、つまりデフレになれば、それを無理に食い止める必要はない。デフレが経済成長を妨げるというのは嘘だ。
2%という「マイルド」な物価上昇率であっても、物価下落の圧力に逆らってそれを達成・維持するためには、多額の資金注入を必要とする。これまで日銀が「異次元の金融緩和」で行ってきたとおりだ。中央銀行の資金供給量を示すマネタリーベースは、異次元緩和の始まった2013年4月には約150兆円だったが、2023年4月には約676兆円と約4.5倍に膨張している。
しかし物価安定を目指すマネーの注入は、かえって経済に様々なひずみや不安定をもたらす。その一つが不動産など資産価格の高騰だ。
米カリフォルニア州で車中生活者が増加している。AFP通信によると、同州には富裕層が多いが、全米のホームレスの約3分の1も同州に集中している。ロサンゼルス郡だけでホームレスは7万5000人以上に上る。詳細な数字は不明だが、ロサンゼルスや近隣の町では、キャンピングカーやトレーラーハウス、乗用車を生活の場とする人の数がどんどん増えているという。
原因は、カネ余りを背景とした住宅費の高騰だ。ロサンゼルスの6月の平均家賃は2950ドル(約43万円)に達した。カリフォルニア州に限らない。米国では2021年に700万人以上が、収入の半分以上を住宅費に費やした。2007年に比べ、25%も増えた。
米国の中央銀行、連邦準備理事会(FRB)は、物価高の減速をめざして金融引き締めを続けているものの、家賃などの住居費は減速ペースが鈍い。
日本でも低金利を支えに首都圏などでマンション価格の上昇が止まらず、バブル期を超える高値となっている。それにもかかわらず、すでに利上げした米国に比べ、日銀の動きは鈍い。どこかでやむなく利上げに踏み切れば、経済に及ぼす衝撃や混乱は計りしれない。政府・中央銀行による「安定化」政策は結局、大きな不安定をもたらすのだ。
<参考資料>
- Ludwig von Mises, Human Action: A Treatise on Economics, Ludwig von Mises Institute, [1949] 2009.(ミーゼス『ヒューマン・アクション』村田稔雄訳、春秋社、2008年)
- What Is the Right Inflation Target for Central Banks? | Mises Wire [LINK]
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