2023-09-06

ゼロリスク思考が招く悲劇

東日本大震災は発生から12年を迎えた2023年3月11日の時点で、確認された死者と行方不明者が2万2212人に上る。大半が地震と津波の犠牲者だ。一方で、英BBCが伝えるように、原発事故による直接の死者は確認されていない。東京電力福島第一原発で水素爆発が起こった際には少なくとも16人が負傷したが、死者は出なかった。
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また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は2021年3月に発表した報告で、これまで福島県民に被曝の影響によるがんの増加は報告されておらず、今後も放射線による健康影響が確認される可能性は低いと評価した。

これに対し、確認された死者には3789人の「震災関連死」が含まれる。震災関連死とは、震災と原発事故に伴う長引く避難生活やたび重なる引っ越し、大きな生活環境の変化などで、病気が悪化したり体調を崩したりして死亡したケースを指す。

原発事故をめぐり、東電の旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で起訴された裁判でも、問われたのは事故そのものによる死亡ではなく、福島県の入院患者など44人が避難の過程で死亡したことへの責任だった。

これらの事実をみる限り、福島第一原発事故の影響のうち、より深刻なのは、爆発や被曝による直接の被害よりも、避難生活に伴う震災関連死だといえる。そして長引く避難生活の背景には、放射線に関する過剰な安全の要求がある。

事故を受け、政府は原発隣接地域での居住を制限。原発から放射性物質の放出が増すにつれ、制限区域を拡大した。その結果、一時は15万人以上が避難生活を強いられた。今でも福島県民を中心に3万人以上が避難生活を送り、多くの人が震災時に居住していた場所へ戻れない状態が続いている。

政府が定めた避難指示解除要件の一つに「被曝線量が年間20ミリシーベルト以下に低下」がある。「20ミリシーベルト」の根拠とされたのが国際放射線防護委員会(ICRP)による勧告だ。

ICRPは、福島民報が伝えるように、福島第一原発事故のような原子力災害が発生した際、「緊急事態時」には被曝の限度を年間100ミリシーベルトから同20ミリシーベルトの範囲でなるべく低い線量にするように求め、事故収束後の「復旧時」は年間20ミリシーベルトから徐々に平常時の被曝の限度1ミリシーベルトに戻すよう勧告している。

ところが、このICRPの基準自体に、異議が唱えられている。

放射線で体に障害が起こるのは、体を作っている細胞が傷つけられるからだ。しかし体には、傷ついた細胞を数時間で修復する機能があることがわかってきた。研究の進展を受け、UNSCEARは1994年の報告書で、ICRP勧告のリスク推定値は誇張されていた可能性があると指摘した(舘野之男『放射線と健康』)。

そもそも人間の細胞が数時間で修復するのであれば、ICRPや日本政府の基準のように、年間にどれくらい放射線を浴びたかを気にするのは意味がない。気にしなければならないのは、1時間にどれくらい浴びたかということだ。

これについて1998年、フランスの医学研究者モーリス・チュビアーナ氏は、自然放射線の10万倍にあたる毎時10ミリシーベルトまでなら、どんなに細胞を傷つけても完全に修復させてしまうとの研究結果を発表した。福島第一原発事故では一時的な被曝で最大でも毎時1ミリシーベルト程度だった(服部禎男『「放射能は怖い」のウソ』)。

福島県内の放射線量は現在、震災直後に比べ大幅に減少し、世界の主要都市や国内の都市と同程度まで低減している。その一方で、多数の人々が長引く避難生活で震災関連死に追い込まれるのは、政府、メディア、住民自身の行き過ぎた安全志向が招いた悲劇だとしかいいようがない。(この項つづく

<参考資料>
  • 舘野之男『放射線と健康』岩波新書、2001年
  • 服部禎男『「放射能は怖い」のウソ いちばん簡単な放射線とDNAの話』かざひの文庫、2014年

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