2018-10-05

顧客軽視をもたらしたもの

顧客本位は企業経営の基本です。自由な競争で成り立つ資本主義経済では、顧客をないがしろにする企業は顧客から見放され、生き残れません。もし顧客本位でないにもかかわらず生き残っている企業が多くあるとしたら、その業界で資本主義が機能していない証拠です。

金融庁は最近、顧客本位を掲げたフィデューシャリーデューティー(受託者責任)を金融業界に求めています。けれども自由な競争があれば、わざわざ言われるまでもなく、自然に顧客本位になるはずです。何がそれを妨げているのでしょうか。

それは金融業界が過剰な規制でがんじがらめにされ、自由な競争がないことです。

官庁が規制の策定や運用を通じ、ある業界に対して絶大な権限を握ると、経営者は顧客よりも官庁の顔色をうかがうようになります。金融庁と金融業界の関係はその典型です。

銀行員出身の作家、池井戸潤さんの小説『ロスジェネの逆襲』には、顧客本位を忘れてしまった銀行の体質を厳しく指摘する場面があります。

証券子会社に出向中の主人公・半沢直樹は、今の銀行組織はなぜダメなのかと若手から尋ねられ、こう答えます。「自分のために仕事をしているからだ」「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする。その大原則を忘れたとき、人は自分のためだけに仕事をするようになる」

「仕事は客のためにする」という大原則を忘れた責任は、金融機関だけにあるとはいえません。業界の秩序維持を名目に箸の上げ下ろしまで注文をつけ、見返りに保護という特権を与えてきた政府にも、責任の一端、あるいはそれ以上の責任があります。

金融庁に言われたから顧客を重視しますというのでは、役所の顔色をうかがう体質は何も変わりません。政府が金融業界に真の顧客本位を望むなら、規制や保護を廃止し、自由に競争させればよいのです。(2017/10/05

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