2023-04-16

【コラム】停戦呼びかけをあざ笑う人たち

木村 貴

日本の国際政治学者やジャーナリストらが4月5日、東京都内で記者会見し、ロシアによるウクライナ「侵攻」に対して日本が停戦交渉の仲裁国となるよう求める声明を発表した。日本政府に対し、5月に広島で開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)に際して停戦交渉を呼びかけるよう訴えている。
朝日新聞の報道によると、声明は学者ら約30人が連名で発表。現状では「核兵器使用や原発をめぐる戦闘の恐れ」があると指摘し、「戦争が欧州の外に拡大することは断固防がねばならない」と訴えた。ロシアとウクライナは即時停戦の協議を再開すべきだと訴え、日本政府が中国、インドとともに交渉の仲裁国となるよう求めている。

発起人には、会見に出席した和田春樹氏(東京大学名誉教授)、伊勢崎賢治氏(東京外国語大学名誉教授・元アフガン武装解除日本政府特別代表)、田原総一朗氏(ジャーナリスト)、羽場久美子氏(青山学院大学名誉教授)らのほか、上野千鶴子氏(東京大学名誉教授)、内田樹氏(神戸女学院大学名誉教授、武道家)、金平茂紀氏(ジャーナリスト)、姜尚中氏(東京大学名誉教授)らが名を連ねた

この中には私が以前、国内の政治経済にからんで批判した人もいる。世界平和の基礎となるのは自由貿易と市場経済だが、そのことを理解している人ばかりでもないようだ。しかし今、つべこべ言うつもりはない。政府やマスコミによって無責任な主戦論が喧伝されるなか、この停戦交渉の呼びかけは、それだけで大きな価値がある。

ところがネット上でみる限り、この呼びかけに対するメディアや専門家・言論人の反応は総じて冷たい。国内主要マスコミで会見を取り上げたのは、共同通信の配信とみられる地方紙を除けば、朝日と東京新聞しかない。専門家・言論人に至っては、十分な知識もないまま反発したり、口汚い言葉で罵ったりあざ笑ったりと、さんざんだ。目についたものを紹介しよう。出所はとくに断らない限り、ツイッターである。誤字・誤記はそのまま。

まずは国際政治の専門家以外からいこう。経済学者の池田信夫氏は「G7にウクライナ戦争の当事国はないのだが、『停戦しろ』って頭おかしいのかな…と思って賛同者を見たら、やっぱりいおかしい人々だった」と投稿した。「G7にウクライナ戦争の当事国はない」というが、後述する国際政治学者の東野篤子氏も認めるように、G7はウクライナを「支援」しているのだから、立派な当事国だ。経済問題に関する悪口はさえている池田氏も、この悪口は「おかしい」。

経済評論家の上念司氏は「この停戦案はウクライナの負担が重すぎる。どっちに肩入れしてるかバレバレです」と書いた。日々多数の人々が戦火で命を落とすなか、即時停戦しても「負担が重すぎる」とは思えないが、かりに第三者にはそう見えても、実際に判断するのはウクライナの人々自身である。停戦は双方の合意によって成立するのだから、もしウクライナ側が「負担が重すぎる」と感じるのであれば、条件交渉すればいい。それが外交というものだ。上念氏がウクライナをそのテーブルに着かせようとさえしないのは、戦争を終わらせたくない勢力に「肩入れ」しているように見える。
今回の戦争に関する議論の特徴は、もともと反戦平和に熱心だったはずの左派言論人が即時停戦に消極的で、人によっては積極的に反対までしていることだ。ジャーナリストの布施祐仁氏は「私も一刻も早い停戦を望む」としながらも、「そのために必要なのはロシアがウクライナ領土の一方的併合を撤回すること」と述べる。そんなことを待っていたのでは、「一刻も早い」どころか、いつまでたっても停戦などできはしない。その間、人は死ぬ。

大手メディアはことあるごとに、ロシアによる南部クリミア半島や東部ドンバス地方の編入を「一方的併合」と言い立てる。布施氏も同じ考えをしているようだ。しかし周知のように、編入の際にクリミアやドンバスでは住民投票が実施され、圧倒的多数の支持を受けて編入が行われている。「一方的」というのは事実に反する。

2022年9月、ドンバス地方のドネツク人民共和国(ドネツク州)で現地取材したカナダ人ジャーナリストのエバ・バートレット氏によると、住民は2014年の内戦開始以来、ウクライナ軍の攻撃に疲れて平和を望み、ロシアに入ればそれが実現すると思っている。多くの市民が投票を確実に進めるためにボランティアとして参加した。西側メディアが主張するようにロシアに銃を突きつけられて投票したのではなく、とうとう投票できたと喜んだ。投票所では外国人を含むオブザーバーが投票手続きを監視した

編入後、クリミアやドンバスの復興が進んでいるという情報はあっても、住民がロシアの弾圧に苦しみ、離脱を望んでいるという話は聞かない。それでもロシアによる「一方的併合」だと信じるのなら、なすべきことはその「撤回」ではない。現地の人々の声を聞き、真偽を確かめることだ。防衛問題について鋭い取材をしてきた布施氏の報告をぜひ読んでみたい。

天皇問題について有益なツイートの多い弁護士の堀新氏は、「停戦すれば単にロシアが占領した状態が既成事実化するだけで、第三者の介入や監視の余地はないのでは」と述べる。「ロシアが占領した」地域がクリミアやドンバスを指すのであれば、すでに述べたとおり、ロシアが手放すはずはないし、手放させる正当な理由もない。クリミアやドンバスを「自称」独立国としてウクライナから分離させたのは国際法違反だと欧米は主張するが、欧米自身、旧ユーゴスラビア紛争の際、セルビアの一部であるコソボを分離させ、国連安全保障理事会が認めないままにその独立を認めており、天につばするようなものだ。

いずれにせよ、領土の現状を「既成事実」として認めるかどうかはロシアとウクライナの協議次第だ。国連など「第三者」の関与は、常識的に不可欠だし、無理だとも思えない。昨春合意に一時近づいたイスタンブールでの停戦協議で、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)加盟を断念する見返りとして、中国や米国を含む国連安保理常任理事国などによる安全保障の担保を求めた。

政治学者の五野井郁夫氏は、「今回ウクライナに対して事実上『クリミア他の占領地域をロシアに差し出せ』と迫った日本の有識者たちは、なぜ力による現状変更が国際法違反であり、力による変更の容認がロシアを利することとなり、何よりも抗戦の意思を示しているウクライナ市民を愚弄する発言であることに気が付かないのでしょうか?」と憤る。クリミアなどの編入が住民の支持を得ており、「力による現状変更」といえないことはすでに述べた。「抗戦の意思を示しているウクライナ市民」というが、クリミアやドンバスのロシア系住民は五野井氏からみればウクライナ市民のはずで、彼らはロシアに対し「抗戦の意思」など示していない。むしろロシアに編入されて喜んでいる。

首都キーフ(キエフ)を含む西側の市民も、表向きは徹底抗戦を叫び、ゼレンスキー政権はそれを「国民の総意」と主張するかもしれないが、伊勢崎賢治氏が会見で指摘したとおり、「戦時における国民の総意に関しては、日本人は第二次大戦中の経験から感情移入できるはず」である。複数の野党を禁止したり、野党系メディアを閉鎖したりするような政府の下で、一般市民が戦争継続に公然と異議を唱えられるものかどうか、日本の戦時中の歴史を知らなくても、常識で気が付きそうなものだ。
ジャーナリストの志葉玲氏は、停戦呼びかけの会見に記者側として参加した日の夜、「即時停戦の問題点」と題していくつかツイートした。たとえば、「タイミングが悪すぎ」として「ウクライナ側は、これから被占領地を奪還しようとするところ。今『即時停戦』で最も喜ぶのはロシア側。当面、占領を継続できるから」と書く。戦況について西側メディアはそのように、ウクライナが「これから本気出す」と喧伝するが、反主流派の専門家の間では、戦力を消耗したウクライナが「被占領地を奪還」するのは無理だといわれてきた。

折しも騒動となった米国の機密情報流出により、米国はウクライナが重要な領土を取り戻す可能性は低いと考えていることがわかった。5月にはウクライナ軍の地対空ミサイルの主力システムの弾薬が払底する恐れがあるという。ウクライナの大本営発表に基づく西側の報道でさえ、東部ドネツク州の要衝バフムトでロシア軍が攻勢を強め、ウクライナ軍が一部地域から撤退していると報じられたり、ロシア軍が最近導入した「誘導爆弾」がウクライナの深刻な脅威になっていると伝えられたりしている。

志葉氏のように被占領地の「奪還」に望みをかけて、ずるずると戦闘を引き延ばせば、戦時中の日本のように、終局に近づくほどさらに膨大な犠牲者を出す恐れがある。志葉氏は、即時停戦呼びかけは「ロシア側っぽい」と批判し「せめて、ウクライナの人々の意見も聞こうよ(ため息)」と嘆いてみせる。でも当たり前だが、死にたくないと思って死んだ人々に、意見は聞けない。

また志葉氏は「停戦中でも、ロシア軍占領下での市民虐殺や性暴力が横行することはブチャ他、いくつもの被占領地域の惨事からも明らか」という。だがブチャの「虐殺」について独立した調査は行われておらず、事実であるかは疑わしい。ウクライナ側が主張する他の事例も同様だろう。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は先月、ウクライナ戦争における捕虜の即決処刑や拷問に関する報告書を発表した。西側メディアはロシアによる犯罪行為ばかりを強調して報じたが、実際にはウクライナによる犯罪行為も記録されていた。

ここから国際政治の研究者である。けれども書くことはあまりない。これまで取り上げた畑違いや研究職以外の人と大して変わり映えのしないことしか言っていないからだ。下手をすると、それ以下の場合もある。

東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は「停戦が成立しロシアの強権的支配が強まれば戦争犯罪と同様の人権侵害が起きる」という。この人もロシアだけが戦争犯罪を繰り返しているというウクライナ側の主張をそのまま信じているようだ。ウクライナ軍がロシア系住民に行ってきた無差別攻撃という人権侵害には一切触れない。

筑波大学の東野篤子教授は「ロシアに話を聞いてもらえなかったからといって、ウクライナおよび同国を支援するG7に停戦を求めるのはお門違い以外の何者でもありません」と述べる。しかし東野氏自身が今年2月の朝日新聞のインタビューで認めたとおり、今の戦争は2014年から続いている。その中で民族主義のウクライナ政府は自治強化を求めるロシア系住民を攻撃し、欧米は武器提供で「支援」してきた。つまり紛争の当事者であり、停戦を求めるのは「お門違い」でも何でもない。

東野氏の夫でもある慶応義塾大学の鶴岡路人准教授は「この戦争が露の侵攻で始まったという正しい認識をしているのであれば、露に撤退を求めるのが先決では」と投稿した。「この戦争が露の侵攻で始まった」という主張は、2014年から続く戦争のうち、2022年2月の瞬間だけを意図的に切り取り、ロシアだけを悪者にしようとするありふれた手口だ。それにしても、「正しい認識」とはあまりにも露骨で笑ってしまう。思想統制まであと一歩だ。
最後に真打登場だ。東京外国語大学の篠田英朗教授である。「モスクワでロシア人に向かってでも、キーウでウクライナ人に向かってでもなく、ただ広島で日本人に向かってだけ、ロシア・ウクライナ戦争の停戦を訴える、という奇抜で幸せな発想」とツイートした。わけがわからない。実現するかどうかはともかく、日本政府が広島でG7を開くチャンスをとらえ、集まった欧米首脳に対し停戦交渉を呼びかけさせる。直接要請する先は日本政府だが、その先は各国に広がる。ロシアやウクライナにも伝わるだろう。何も奇抜なところはない。そもそも日本人が有権者として訴える資格を持つ相手は日本政府だけだ。篠田氏の発言は「そんなに被災地が心配なら、さっさとボランティアに行け」という子供じみた嫌味と同類である。

篠田氏は4月10日、講談社ホームページでこの件に関する記事を公開した。タイトルが「マウントをとる高齢者への疑問」である。冒頭で「単に政府関係者や気に入らない言論人に対してマウントをとりたい、という気持ちだけが伝わる文書だ。内容に見るものはない」と切り捨てる。その後、研究者らしい具体的な反論が続くかと思ったら、何もない。全然違う話になって、よくわからないが、どうも広島を訪問したオバマ元米大統領は偉い、ということらしい。自国が落とした原爆の映像に拍手するオバマ氏の姿は、たしかに深い反省と鎮魂の念にあふれていた(正しい認識)。
篠田氏は停戦を呼びかけた人たちに対し「世界の戦争はアメリカが悪い国だから起こっている、という高齢者層に特徴的な固定的な世界観」と批判する。篠田氏が常連寄稿者である産経新聞の読者にも高齢者は多いはずだが、とてもそんな「世界観」を抱いているとは思えない。どうやら篠田氏は、学者にふさわしからぬ非論理的な主張でも、マウントが取れた気になればそれでいいのだろう。

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