市場経済の基礎は個人の財産権です。自分の物でなければ、それを自由に加工したり、他の人に売ったりできないからです。しかし世界には、まだ財産権が確立していない地域もあります。その典型はアフリカです。
米ジョージ・メイソン大学人文研究所が運営するウェブサイト、ラーン・リバティの記事によると、アフリカでは多くの場合、政府が法的には土地を所有しています。ところが一方で、地域住民が慣習法に基づいてその同じ土地を所有するケースが少なくありません。そこでは酋長などの伝統的リーダーが部族や移民に土地利用の権利を割り振ります。
政府は慣習法に基づく土地所有を登記するよう求めますが、住民の多くは登記をしません。手続きが複雑なうえ費用がかさむからです。その結果、田舎の住民は多くの場合、土地に対する財産権が不確かです。このため人々は投資で農業の生産性を高めようとしません。所有をめぐってしばしば他人と争いとなり、暴力沙汰になることもあります。
しかし最近、この状態の改善をめざす民間企業が登場しました。ガーナで活動するランドマップという会社で、全地球測位システム(GPS)機能付きスマートフォンを使って農地の区画図を作り、隣接地主の了承も得たうえで、比較的低コストで所有証明書を作成するのです。
この証明書があれば、農民は借り入れや商品会社との契約がしやすくなる利点もあります。「ランドマップ社はアフリカの政府ができないことをやろうとしている」と記事の筆者、キャロル・ブードロー氏は述べます。信頼できる区画図を作り、正当な土地所有権を手頃な値段で証明する仕事です。
ペルーの経済学者で開発援助に詳しいエルナンド・デ・ソト氏は「財産の所有権がまともに認められないせいで貧困にあえいでいる人が世界各地に5億人いる」と指摘します(ドン・タプスコット他『ブロックチェーン・リボリューション』、ダイヤモンド社)。財産権を分散システムで記録するブロックチェーンも、政府に代わる解決策になるかもしれません。(2017/08/20)
注目の投稿
「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ
インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...
2018-08-20
2018-08-19
「悪い言論」は規制すべきか
「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」 。言論の自由の原則を端的に示した、仏哲学者ボルテールの言葉です。ふだんは多くの人が称賛する言葉ですが、いざとなるとあっさり忘れ去られてしまいます。
米南部バージニア州シャーロッツビルでの白人至上主義団体と反対派の衝突事件が波紋を広げるなか、影響力のある人権団体、米自由人権協会(ACLU)の態度が議論を呼んでいます。白人至上主義者の言論の自由を強く擁護しているからです。
自由人権協会は、白人至上主義者のジェイソン・ケスラー氏が呼びかけ、今回の衝突事件の発端となった「右派の団結」集会をめぐり、事前にシャーロッツビル市当局が許可を取り消そうとした際、裁判所に不服を申し立て、認められています。当日に州が非常事態を宣言し、集会を中止した後には、ツイッターで「言論の自由の保護が十分でなかった」と指摘しました。
同協会は、トランプ大統領による移民の入国規制やトランスジェンダーの軍入隊拒否に抗議しており、リベラルなイメージを抱く人が少なくありません。それだけに、白人至上主義者の言論の自由を擁護する姿勢は、リベラルな支持者から「なぜシャーロッツビルのナチスを擁護するのか。寄付金を無駄遣いしてほしくない」などと非難を浴びています。
しかし、「左」だけでなく「右」の側にも立つ同協会の態度は、言論の自由の擁護という点で首尾一貫しています。驚くかもしれませんが、同協会は以前から、白人至上主義を掲げるKKK(クー・クラックス・クラン)やネオナチの言論の自由を守れと主張しています。
いくら言論の自由が大切でも、極右や人種差別主義者の言論まで守るのはいきすぎだと感じるかもしれません。実際、米国でも日本でも、ヘイトスピーチの規制を支持する人は少なくありません。リベラルな人ほどその傾向が強いように見えます。
しかし、「悪い言論」に言論の自由はない、規制してよいという考えが広まったとき、言論の自由は本当に守られるのでしょうか。
著書『暴露——スノーデンが私に託したファイル』(新潮社)が邦訳されているジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド氏は自由人権協会の姿勢を支持し、こう指摘します。
「政府の力を強化してネオナチや白人至上主義の主張を抑え込もうとすれば、裏目に出て、それらの極右運動を逆に強めるだろう。国家による検閲を今日支持する人々は、明日は自分がその標的となる。そのとき防ぐ手立てはもはやない」(2017/08/19)
米南部バージニア州シャーロッツビルでの白人至上主義団体と反対派の衝突事件が波紋を広げるなか、影響力のある人権団体、米自由人権協会(ACLU)の態度が議論を呼んでいます。白人至上主義者の言論の自由を強く擁護しているからです。
自由人権協会は、白人至上主義者のジェイソン・ケスラー氏が呼びかけ、今回の衝突事件の発端となった「右派の団結」集会をめぐり、事前にシャーロッツビル市当局が許可を取り消そうとした際、裁判所に不服を申し立て、認められています。当日に州が非常事態を宣言し、集会を中止した後には、ツイッターで「言論の自由の保護が十分でなかった」と指摘しました。
同協会は、トランプ大統領による移民の入国規制やトランスジェンダーの軍入隊拒否に抗議しており、リベラルなイメージを抱く人が少なくありません。それだけに、白人至上主義者の言論の自由を擁護する姿勢は、リベラルな支持者から「なぜシャーロッツビルのナチスを擁護するのか。寄付金を無駄遣いしてほしくない」などと非難を浴びています。
しかし、「左」だけでなく「右」の側にも立つ同協会の態度は、言論の自由の擁護という点で首尾一貫しています。驚くかもしれませんが、同協会は以前から、白人至上主義を掲げるKKK(クー・クラックス・クラン)やネオナチの言論の自由を守れと主張しています。
いくら言論の自由が大切でも、極右や人種差別主義者の言論まで守るのはいきすぎだと感じるかもしれません。実際、米国でも日本でも、ヘイトスピーチの規制を支持する人は少なくありません。リベラルな人ほどその傾向が強いように見えます。
しかし、「悪い言論」に言論の自由はない、規制してよいという考えが広まったとき、言論の自由は本当に守られるのでしょうか。
著書『暴露——スノーデンが私に託したファイル』(新潮社)が邦訳されているジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド氏は自由人権協会の姿勢を支持し、こう指摘します。
「政府の力を強化してネオナチや白人至上主義の主張を抑え込もうとすれば、裏目に出て、それらの極右運動を逆に強めるだろう。国家による検閲を今日支持する人々は、明日は自分がその標的となる。そのとき防ぐ手立てはもはやない」(2017/08/19)
2018-08-18
85年前のマイナス金利
夏休みもそろそろ終盤。子供の自由研究の手伝いに狩り出される時期です。いいテーマが一つあります。マイナス金利です。
日銀が先日、小中学生向け見学会を開いた際、黒田東彦総裁に「マイナス金利について聞きたいのですが」と質問した子がいて、黒田さんが「また別の機会に……」とかわす一幕がありました。どうやらマイナス金利は小中学校でも注目の的です。
さて、マイナス金利は目新しい試みのように思われていますが、この奇抜な政策のアイデアは昔からあり、1930年代に欧州の一部地域で短期間実施されたことがあります。
アイデアを考案したのは、シルビオ・ゲゼルというドイツ出身の実業家・経済学者です。具体的な仕組みは「スタンプ貨幣」で、一定期間ごとにお札に一定額のスタンプを貼らないと使えなくするのです。普通はお金を銀行に預けておくと一定の利子が付きますが、スタンプ貨幣は保有していると逆にコストがかかりますから、マイナス金利と実質同じです。
今から85年前、オーストリアの町ヴェルグルの町長は、世界恐慌のあおりで町が不況に苦しんでいた1932年8月、かねて信奉するゲゼル理論の実践に乗り出します。道路の整備、橋やスキーのジャンプ台建設などの公共事業を始め、当時いた4300人の町民のうち1500人を雇い入れました。そして賃金の支払いのために、労働証明書といわれる地域通貨を発行します。
この地域通貨の特徴は、毎月1%減価するところにありました。月末に減価分に相当するスタンプを町当局から購入して貼らないと、額面を維持できません。
地域通貨はすごい勢いで町を巡り始めます。早く使ってしまえば、スタンプ代を払わなくて済むからです。失業はみるみる解消したといいます。
評判を聞きつけて町を訪れたある学者は、こう記しています。「以前はそのひどい有様で評判の悪かった道路が、いまでは立派な高速道路のようである。市庁舎は美しく修復され、念入りに飾り立てられ、ゼラニウムの咲き競う見事なシャレー風の建物である」(河邑厚徳他『エンデの遺言』、NHK出版 )
この出来事は、今でもゲゼル流の地域通貨を支持する人々から「ヴェルグルの奇跡」と称えられます。しかし、これは奇跡でも魔法でもありません。
贅沢な市庁舎などの描写から見て取れるのは、かつて日本でも起こったバブル景気です。人々に半ば強制的にお金を使わせれば、景気は一時良くなりますが、長続きしません。
オーストリアの中央銀行が紙幣発行の独占権を侵したとして訴訟を起こし、勝利したため、スタンプ紙幣の試みはわずか1年で幕を閉じました。もし中止されなければ、米教育団体ミーゼス研究所の記事が述べるように、やがてバブルの崩壊に見舞われたでしょう。
開始から1年半余りがたった日本のマイナス金利も、日銀自身が警鐘を鳴らす賃貸住宅の供給過剰など副作用が目立ち始めています。自由研究はリスクの指摘を忘れずに。(2017/08/18)
日銀が先日、小中学生向け見学会を開いた際、黒田東彦総裁に「マイナス金利について聞きたいのですが」と質問した子がいて、黒田さんが「また別の機会に……」とかわす一幕がありました。どうやらマイナス金利は小中学校でも注目の的です。
さて、マイナス金利は目新しい試みのように思われていますが、この奇抜な政策のアイデアは昔からあり、1930年代に欧州の一部地域で短期間実施されたことがあります。
アイデアを考案したのは、シルビオ・ゲゼルというドイツ出身の実業家・経済学者です。具体的な仕組みは「スタンプ貨幣」で、一定期間ごとにお札に一定額のスタンプを貼らないと使えなくするのです。普通はお金を銀行に預けておくと一定の利子が付きますが、スタンプ貨幣は保有していると逆にコストがかかりますから、マイナス金利と実質同じです。
今から85年前、オーストリアの町ヴェルグルの町長は、世界恐慌のあおりで町が不況に苦しんでいた1932年8月、かねて信奉するゲゼル理論の実践に乗り出します。道路の整備、橋やスキーのジャンプ台建設などの公共事業を始め、当時いた4300人の町民のうち1500人を雇い入れました。そして賃金の支払いのために、労働証明書といわれる地域通貨を発行します。
この地域通貨の特徴は、毎月1%減価するところにありました。月末に減価分に相当するスタンプを町当局から購入して貼らないと、額面を維持できません。
地域通貨はすごい勢いで町を巡り始めます。早く使ってしまえば、スタンプ代を払わなくて済むからです。失業はみるみる解消したといいます。
評判を聞きつけて町を訪れたある学者は、こう記しています。「以前はそのひどい有様で評判の悪かった道路が、いまでは立派な高速道路のようである。市庁舎は美しく修復され、念入りに飾り立てられ、ゼラニウムの咲き競う見事なシャレー風の建物である」(河邑厚徳他『エンデの遺言』、NHK出版 )
この出来事は、今でもゲゼル流の地域通貨を支持する人々から「ヴェルグルの奇跡」と称えられます。しかし、これは奇跡でも魔法でもありません。
贅沢な市庁舎などの描写から見て取れるのは、かつて日本でも起こったバブル景気です。人々に半ば強制的にお金を使わせれば、景気は一時良くなりますが、長続きしません。
オーストリアの中央銀行が紙幣発行の独占権を侵したとして訴訟を起こし、勝利したため、スタンプ紙幣の試みはわずか1年で幕を閉じました。もし中止されなければ、米教育団体ミーゼス研究所の記事が述べるように、やがてバブルの崩壊に見舞われたでしょう。
開始から1年半余りがたった日本のマイナス金利も、日銀自身が警鐘を鳴らす賃貸住宅の供給過剰など副作用が目立ち始めています。自由研究はリスクの指摘を忘れずに。(2017/08/18)
2018-08-17
「利益第一」は悪くない
「利益をたくさん出せればうれしいが、それが第一の目標になるとずれていくと思う。最短かつ最効率で利益を得る会社が、人に喜ばれるとは思えない」
著名コピーライターの糸井重里さんが社長を務める「ほぼ日」を株式上場させる際、日経電子版のインタビューで発言し、話題になった言葉です。先日、Yahoo!ニュースが週刊エコノミストと共同制作した記事でも触れられていました。
糸井さんの言葉に共感する人は、ビジネスマンでも少なくないと思います。けれども、別の見方もできます。
資本主義経済で、会社が利益をたくさん出す方法は一つしかありません。お客さんにたくさん喜んでもらうことです。多くのお客さんが、コストを上回る値段でもぜひ買いたいと思い、買って満足するような製品・サービスを提供することです。
だとすれば「利益第一」は同時に「顧客第一」であり、悪いことではありません。良いことです。
「最短かつ最効率で」利益を得ることは、お客さんをその分喜ばせることでもあるので、良いことです。災害の影響で食料品や日用品が不足し、困っているとき、コンビニやスーパーがすばやく営業を再開して商品を売ってくれ、ほっとした経験のある人は少なくないはずです。
糸井さんは日経電子版のインタビューで「どこかにいる獲物を一網打尽に狩って、大もうけしたというやり方は僕らは得意ではない」と話していましたが、そんなやり方で生き残っているまともな会社は一つもないでしょう。会社は一度きりでなく、お客さんに繰り返し喜んでもらわなければ続かないからです。
残念ながら、一部には政府の規制で守られ、お客さんが欲しいと思わないような高い値段、低い品質の製品・サービスを売りつけ、儲けている会社もあります。でも、それは資本主義のルールに反した例外にすぎません。
糸井さんはYahoo!ニュースの記事で「うまくいったら自分たちがちゃんと利益を得て、それを応援してくれるお客さんが一緒に喜べる」と理想を語っています。その理想は資本主義に異質なものではありません。米国の鉄鋼王で大富豪として知られたアンドリュー・カーネギーは「他人の利益を図らずして自ら栄えることはできない」という言葉を遺しています。
糸井さんの「ほぼ日」がたくさん儲かることを祈っています。それはたくさんの笑顔を意味するのですから。(2017/08/17)
著名コピーライターの糸井重里さんが社長を務める「ほぼ日」を株式上場させる際、日経電子版のインタビューで発言し、話題になった言葉です。先日、Yahoo!ニュースが週刊エコノミストと共同制作した記事でも触れられていました。
糸井さんの言葉に共感する人は、ビジネスマンでも少なくないと思います。けれども、別の見方もできます。
資本主義経済で、会社が利益をたくさん出す方法は一つしかありません。お客さんにたくさん喜んでもらうことです。多くのお客さんが、コストを上回る値段でもぜひ買いたいと思い、買って満足するような製品・サービスを提供することです。
だとすれば「利益第一」は同時に「顧客第一」であり、悪いことではありません。良いことです。
「最短かつ最効率で」利益を得ることは、お客さんをその分喜ばせることでもあるので、良いことです。災害の影響で食料品や日用品が不足し、困っているとき、コンビニやスーパーがすばやく営業を再開して商品を売ってくれ、ほっとした経験のある人は少なくないはずです。
糸井さんは日経電子版のインタビューで「どこかにいる獲物を一網打尽に狩って、大もうけしたというやり方は僕らは得意ではない」と話していましたが、そんなやり方で生き残っているまともな会社は一つもないでしょう。会社は一度きりでなく、お客さんに繰り返し喜んでもらわなければ続かないからです。
残念ながら、一部には政府の規制で守られ、お客さんが欲しいと思わないような高い値段、低い品質の製品・サービスを売りつけ、儲けている会社もあります。でも、それは資本主義のルールに反した例外にすぎません。
糸井さんはYahoo!ニュースの記事で「うまくいったら自分たちがちゃんと利益を得て、それを応援してくれるお客さんが一緒に喜べる」と理想を語っています。その理想は資本主義に異質なものではありません。米国の鉄鋼王で大富豪として知られたアンドリュー・カーネギーは「他人の利益を図らずして自ら栄えることはできない」という言葉を遺しています。
糸井さんの「ほぼ日」がたくさん儲かることを祈っています。それはたくさんの笑顔を意味するのですから。(2017/08/17)
2018-08-16
GDPのイデオロギー
国内総生産(GDP)といえば、国の経済規模を測る代表的な統計です。その客観性や中立性を疑う声は、一般市民はもちろん、経済の専門家からもほとんど聞かれません。
しかしGDPの計算方法には、考案当時の政治状況を色濃く反映した偏りがあります。その偏りは、現在も経済政策のあり方に影響を及ぼしています。
政府支出は、今でこそGDP(以前は国民総生産=GNP)に含むことが当然視されています。しかし第二次世界大戦前までは、含めないことが自然だと考えられていました。軍事費に代表される政府の出費は国の経済に貢献しないと考えられていたからです。
ところが第二次大戦を境に、旧来の考えが変化します。軍事費を経済に含まない古典的な考えに従えば、経済は縮小したことになってしまいます。政府にしてみれば都合が良くありません。政府支出を含める形にする必要がありました。
英国は、いち早く政府支出を含める方式に決定しました。このとき活躍したのは経済学者ケインズです。ケインズは国の生産に政府の活動を含めない従来の考えを批判しました。
米国でも1942年に商務省が発表した同国初のGNP統計は、政府支出を含めたものでした。これに対し経済学者クズネッツが政府支出を除くよう主張しました。7月16日付「経済統計は政府の仕事か?」でも触れたように、クズネッツは国民の豊かさを測るべきだと考え、軍事費や経済活動の前提にすぎないインフラ整備費を加えるのはふさわしくないと考えたからです。しかし結局、クズネッツは政治的争いに敗北し、政府の考えが勝ちを収めました(ダイアン・コイル『GDP』、みすず書房)。
生産に政府活動を含めるこの考えは、今では世界各国に広がり、当然と思われています。政府が軍備を拡張し、大規模な公共事業を行えば、たとえ生産の向上に役立たなくてもGDPにカウントされ、定義上、経済成長を押し上げます。
GDPは無色透明ではありません。政府の経済介入を是とする「大きな政府」の思想を色濃くまとっています。GDPによって経済を語る際には、このイデオロギーを念頭に置く必要があります。
今年4~6月期のGDPは年率4.0%の高い伸びでしたが、公共投資の大幅増が一因です。数字が示すほど私たちの暮らしは豊かになったのでしょうか。(2017/08/16)
しかしGDPの計算方法には、考案当時の政治状況を色濃く反映した偏りがあります。その偏りは、現在も経済政策のあり方に影響を及ぼしています。
政府支出は、今でこそGDP(以前は国民総生産=GNP)に含むことが当然視されています。しかし第二次世界大戦前までは、含めないことが自然だと考えられていました。軍事費に代表される政府の出費は国の経済に貢献しないと考えられていたからです。
ところが第二次大戦を境に、旧来の考えが変化します。軍事費を経済に含まない古典的な考えに従えば、経済は縮小したことになってしまいます。政府にしてみれば都合が良くありません。政府支出を含める形にする必要がありました。
英国は、いち早く政府支出を含める方式に決定しました。このとき活躍したのは経済学者ケインズです。ケインズは国の生産に政府の活動を含めない従来の考えを批判しました。
米国でも1942年に商務省が発表した同国初のGNP統計は、政府支出を含めたものでした。これに対し経済学者クズネッツが政府支出を除くよう主張しました。7月16日付「経済統計は政府の仕事か?」でも触れたように、クズネッツは国民の豊かさを測るべきだと考え、軍事費や経済活動の前提にすぎないインフラ整備費を加えるのはふさわしくないと考えたからです。しかし結局、クズネッツは政治的争いに敗北し、政府の考えが勝ちを収めました(ダイアン・コイル『GDP』、みすず書房)。
生産に政府活動を含めるこの考えは、今では世界各国に広がり、当然と思われています。政府が軍備を拡張し、大規模な公共事業を行えば、たとえ生産の向上に役立たなくてもGDPにカウントされ、定義上、経済成長を押し上げます。
GDPは無色透明ではありません。政府の経済介入を是とする「大きな政府」の思想を色濃くまとっています。GDPによって経済を語る際には、このイデオロギーを念頭に置く必要があります。
今年4~6月期のGDPは年率4.0%の高い伸びでしたが、公共投資の大幅増が一因です。数字が示すほど私たちの暮らしは豊かになったのでしょうか。(2017/08/16)
2018-08-15
ニクソン・ショックと米社会の分断
46年前の1971年8月15日、ニクソン米大統領はドルの金交換停止を突然発表しました。「ニクソン・ショック」です。当時も国際通貨体制が混乱しましたが、それ以上に深刻な影響は、その後米経済のインフレ体質が強まり、バブルによる格差と社会の分断に道を開いたことです。
ニクソン大統領がドルの金交換停止(対外的な金本位制の停止)に踏み切ったのは、1960年代にベトナム戦争や福祉拡大で大幅な財政赤字を抱え、金との交換を保証できなくなくなったためです。
本来、金本位制とは、通貨の発行量を政府が保有する金の範囲内に抑え、通貨の価値が薄まらないようにする仕組みです。その趣旨からすれば、金が底をついてきたら、政府の支出を削り、通貨の発行を減らすのが筋です。
ところが米政府はそうしませんでした。政府の支出を減らしたくないので、金本位制のほうをやめてしまったのです。これにより米政府は「金の足かせ」(英経済学者ケインズ)から解き放たれ、ドルをいくらでも刷れるようになりました。
米政府は1990年代から2000年代にかけて、中央銀行の連邦準備理事会(FRB)を通じ大量のドルを供給しました。お金を増やすのは経済に良いと考えたからです。一時はそう見えました。米経済は空前の繁栄を謳歌しているように見え、グリーンスパンFRB議長は「マエストロ(巨匠)」と称えられました。
しかし2008年、サブプライム住宅ローン問題を背景とするリーマン・ショックで、バブルに終わりが来ました。失業者が急増する一方で、政府は資本主義の原則を曲げて大企業を救済し、国民の批判を浴びます。FRBは金融危機対応を名目に、またも大量のドルを発行して証券市場を潤しました。「ウォール街を占拠せよ」の叫び声が上がり、労働者と協力関係にあるはずの資本家は「1%」として敵視されます。
米バージニア州シャーロッツビルで先日、白人至上主義者や極右団体のデモがあり、死傷者を出す騒乱となりました。要因はいくつかあるでしょうが、経済格差や貧困への不満、それをめぐる政治対立が底流にあることは間違いありません。
金融情報ブログ、ゼロヘッジによれば、ニクソン・ショック以前は上位1%の所得の伸び率は低く、下位90%の所得の伸び率は高かったのに、同ショックを境に下位90%の所得の伸びが止まり、一方で上位1%の伸びが加速しました。「金の足かせ」を失ったバブル経済では、金融機関など一部業種の収益拡大や株・不動産の売却益、配当などで所得格差が過度に広がるためだとみられます。
ウォール街は株高に沸いていますが、シャーロッツビルの衝突が示す米社会の分断を思えば、経済が健全に発展しているかどうか疑問です。それは同じく「金の足かせ」を捨て去り、未曽有の金融緩和を続ける日本にとっても他人事ではありません。(2017/08/15)
ニクソン大統領がドルの金交換停止(対外的な金本位制の停止)に踏み切ったのは、1960年代にベトナム戦争や福祉拡大で大幅な財政赤字を抱え、金との交換を保証できなくなくなったためです。
本来、金本位制とは、通貨の発行量を政府が保有する金の範囲内に抑え、通貨の価値が薄まらないようにする仕組みです。その趣旨からすれば、金が底をついてきたら、政府の支出を削り、通貨の発行を減らすのが筋です。
ところが米政府はそうしませんでした。政府の支出を減らしたくないので、金本位制のほうをやめてしまったのです。これにより米政府は「金の足かせ」(英経済学者ケインズ)から解き放たれ、ドルをいくらでも刷れるようになりました。
米政府は1990年代から2000年代にかけて、中央銀行の連邦準備理事会(FRB)を通じ大量のドルを供給しました。お金を増やすのは経済に良いと考えたからです。一時はそう見えました。米経済は空前の繁栄を謳歌しているように見え、グリーンスパンFRB議長は「マエストロ(巨匠)」と称えられました。
しかし2008年、サブプライム住宅ローン問題を背景とするリーマン・ショックで、バブルに終わりが来ました。失業者が急増する一方で、政府は資本主義の原則を曲げて大企業を救済し、国民の批判を浴びます。FRBは金融危機対応を名目に、またも大量のドルを発行して証券市場を潤しました。「ウォール街を占拠せよ」の叫び声が上がり、労働者と協力関係にあるはずの資本家は「1%」として敵視されます。
米バージニア州シャーロッツビルで先日、白人至上主義者や極右団体のデモがあり、死傷者を出す騒乱となりました。要因はいくつかあるでしょうが、経済格差や貧困への不満、それをめぐる政治対立が底流にあることは間違いありません。
金融情報ブログ、ゼロヘッジによれば、ニクソン・ショック以前は上位1%の所得の伸び率は低く、下位90%の所得の伸び率は高かったのに、同ショックを境に下位90%の所得の伸びが止まり、一方で上位1%の伸びが加速しました。「金の足かせ」を失ったバブル経済では、金融機関など一部業種の収益拡大や株・不動産の売却益、配当などで所得格差が過度に広がるためだとみられます。
ウォール街は株高に沸いていますが、シャーロッツビルの衝突が示す米社会の分断を思えば、経済が健全に発展しているかどうか疑問です。それは同じく「金の足かせ」を捨て去り、未曽有の金融緩和を続ける日本にとっても他人事ではありません。(2017/08/15)
2018-08-14
金かビットコインか
北朝鮮情勢をめぐる緊張が高まるなか、新旧の代表的な代替資産が投資家の人気を集めています。伝統的に有事に強いとされる金が買われる一方で、仮想通貨ビットコインも初めて4000ドルを超えるなど堅調です。
金もビットコインも、国境を超えてお金として利用される「無国籍通貨」です。政府・中央銀行による金融政策の圏外にあるため、金融緩和で円やドル、ユーロなど法定通貨の価値が大幅に薄まる場合には、そこから逃れる手段にもなります。
こうした共通点のある金とビットコインですが、相違点もあります。フォーブス・オーストリア版が今年4月の記事で、金と比べたビットコインの長所と短所をまとめています。
ビットコインはいつでも誰でも身分証明書なしに口座を作れ、決済が迅速という長所があります(ただし日本は今年4月施行の改正資金決済法により本人確認が必要)。金で決済できる取引はごくわずかしかありません。ビットコインは送金コストも低くて済みます。金と違って貯蔵のコストもかかりません。
一方、ビットコインには、悪意のある集団や個人がネットワーク支配権の過半数以上を握り、不正な取引を行うリスクがあります(51%攻撃)。マネーロンダリング(資金洗浄)対策などで規制が強化される可能性もあります。インターネット、電気、機器なしでは利用できないのも金にはない弱みです。
発行量を制限し金本位制の仕組みに似たところのあるビットコインは「デジタル・ゴールド」とも呼ばれますが、以上の相違点を踏まえると、金とは資産クラスが異なると考えた方がよいと記事は指摘します。
学術研究によれば、運用資産の2〜4%をビットコインに、最大20%を金に割り振るよう推奨されているそうです。地政学リスクが高まり、超低金利の正常化も当面期待しにくいなか、金か仮想通貨かの二者択一ではなく、特色に応じて両者をともに活用するのが賢明なようです。(2017/08/14)
金もビットコインも、国境を超えてお金として利用される「無国籍通貨」です。政府・中央銀行による金融政策の圏外にあるため、金融緩和で円やドル、ユーロなど法定通貨の価値が大幅に薄まる場合には、そこから逃れる手段にもなります。
こうした共通点のある金とビットコインですが、相違点もあります。フォーブス・オーストリア版が今年4月の記事で、金と比べたビットコインの長所と短所をまとめています。
ビットコインはいつでも誰でも身分証明書なしに口座を作れ、決済が迅速という長所があります(ただし日本は今年4月施行の改正資金決済法により本人確認が必要)。金で決済できる取引はごくわずかしかありません。ビットコインは送金コストも低くて済みます。金と違って貯蔵のコストもかかりません。
一方、ビットコインには、悪意のある集団や個人がネットワーク支配権の過半数以上を握り、不正な取引を行うリスクがあります(51%攻撃)。マネーロンダリング(資金洗浄)対策などで規制が強化される可能性もあります。インターネット、電気、機器なしでは利用できないのも金にはない弱みです。
発行量を制限し金本位制の仕組みに似たところのあるビットコインは「デジタル・ゴールド」とも呼ばれますが、以上の相違点を踏まえると、金とは資産クラスが異なると考えた方がよいと記事は指摘します。
学術研究によれば、運用資産の2〜4%をビットコインに、最大20%を金に割り振るよう推奨されているそうです。地政学リスクが高まり、超低金利の正常化も当面期待しにくいなか、金か仮想通貨かの二者択一ではなく、特色に応じて両者をともに活用するのが賢明なようです。(2017/08/14)
2018-08-13
軍産複合体とは何か
アイゼンハワー米大統領は1961年の退任演説で「軍産複合体の影響力が、我々の自由や民主主義的プロセスを決して危険にさらすことのないようにせねばなりません」(豊島耕一・佐賀大名誉教授の訳による)と警鐘を鳴らしました。これが「軍産複合体」という言葉が広く知られるようになったきっかけです。
軍産複合体とは、軍と軍需産業が結びつき、政治や経済に大きな影響を及ぼす体制のことです。その歴史は古くはありません。アイゼンハワー大統領が演説で述べたように、第二次世界大戦中、米国には軍事に特化する産業はありませんでした。ゼネラル・モーターズ(GM)、ゼネラル・エレクトリック(GE)、ダウ・ケミカルといった民需産業が、戦時中に兵器を生産したのです。
専門の軍需産業が台頭したのは、むしろ戦争が終わってからです。ソ連との冷戦に対応するという大義名分の下、「巨大な規模の恒常的な軍事産業を創設」(アイゼンハワー大統領)したのです。
よく誤解されますが、軍需産業は、政府の経済介入を排除する「新自由主義」の産物ではありません。民需産業と違い、消費者の自由な選択に支えられてはいません。軍需産業を支えるのは、税金を原資とする軍の予算です。
アイゼンハワー大統領の警告から半世紀以上、ソ連崩壊による冷戦終結からも四半世紀がたった今、米軍産複合体は衰えるどころか、逆に力を増しているようです。
日経電子版の記事が伝えるとおり、トランプ政権は7月、国防総省や陸軍の重要ポストに軍需産業出身者を多数送り込みました。すでに軍事費の拡大を追い風に、ロッキード・マーチンなど軍需産業の業績は軒並み好調です。そこへ北朝鮮との緊張が加わり、株価も上昇しています。
北朝鮮をめぐっては、同国の核・ミサイル開発と米韓合同軍事演習の同時停止という緊張緩和の道も模索されています。しかし、もし緊張緩和が業績や株価にマイナスなら、軍産複合体がそれを望むとは思えません。
日本では北朝鮮が軍事力をちらつかせると「挑発」、米国の場合は「圧力」と表現し分けるなど、勧善懲悪のわかりやすい構図にあてはめた解説が少なくありません。日経電子版の記事がその一端を明らかにしたように、米朝間の緊張にはもっと込み入った、生臭い背景があるはずです。(2017/08/13)
軍産複合体とは、軍と軍需産業が結びつき、政治や経済に大きな影響を及ぼす体制のことです。その歴史は古くはありません。アイゼンハワー大統領が演説で述べたように、第二次世界大戦中、米国には軍事に特化する産業はありませんでした。ゼネラル・モーターズ(GM)、ゼネラル・エレクトリック(GE)、ダウ・ケミカルといった民需産業が、戦時中に兵器を生産したのです。
専門の軍需産業が台頭したのは、むしろ戦争が終わってからです。ソ連との冷戦に対応するという大義名分の下、「巨大な規模の恒常的な軍事産業を創設」(アイゼンハワー大統領)したのです。
よく誤解されますが、軍需産業は、政府の経済介入を排除する「新自由主義」の産物ではありません。民需産業と違い、消費者の自由な選択に支えられてはいません。軍需産業を支えるのは、税金を原資とする軍の予算です。
アイゼンハワー大統領の警告から半世紀以上、ソ連崩壊による冷戦終結からも四半世紀がたった今、米軍産複合体は衰えるどころか、逆に力を増しているようです。
日経電子版の記事が伝えるとおり、トランプ政権は7月、国防総省や陸軍の重要ポストに軍需産業出身者を多数送り込みました。すでに軍事費の拡大を追い風に、ロッキード・マーチンなど軍需産業の業績は軒並み好調です。そこへ北朝鮮との緊張が加わり、株価も上昇しています。
北朝鮮をめぐっては、同国の核・ミサイル開発と米韓合同軍事演習の同時停止という緊張緩和の道も模索されています。しかし、もし緊張緩和が業績や株価にマイナスなら、軍産複合体がそれを望むとは思えません。
日本では北朝鮮が軍事力をちらつかせると「挑発」、米国の場合は「圧力」と表現し分けるなど、勧善懲悪のわかりやすい構図にあてはめた解説が少なくありません。日経電子版の記事がその一端を明らかにしたように、米朝間の緊張にはもっと込み入った、生臭い背景があるはずです。(2017/08/13)
2018-08-12
寛容という困難
多くの人が寛容の大切さを説きます。しかし寛容ほど、口にするのはたやすくて、実行するのが難しい道徳もないのではないでしょうか。米グーグルが「女性差別」とされる文書を書いた男性社員を解雇した問題で、そんな思いを強くします。
英BBCが報じるように、解雇された男性社員のジェームズ・ダモア氏が文書で述べたのは、女性は男性に比べ、物よりも「人間に関心を持つ」ことが多く、「より協力的」で「より心配しがち」な傾向があるという見解です。
この見解は、根拠のない放言などではありません。むしろ脳科学などに基づく現代の科学では、標準的な知見です。進化心理学者で、著書『恋人選びの心』(長谷川眞理子訳)が邦訳されている米ニューメキシコ大学のジェフリー・ミラー准教授は、ダモア氏が「科学的根拠をほぼ正しく理解して」おり、「私たちが何を知っていて何を知らないのかについて、かなり適切に峻別している」と話しています。
それもそのはずで、ダモア氏はグーグル入社前、ハーバード大学で生物学を専攻していたと伝えられています。
一方、BBCの記事は、ダモア氏の見解を批判する文脈で、人の性別をもとにその人の性格を判断しようというのは「まるで手術に斧を使うようなもの」だという学者の発言を引用しています。
しかし、これは的外れです。ダモア氏は解雇の原因となった文書(BBCの記事からリンクが張ってあります)で、わざわざグラフまで付けて、次のように強調しています。「多くの場合、男女の違いは小さく、重なる部分が大きい。だから集団レベルの分布をもとに、個人について判断することはできない」
ダモア氏の見解が絶対正しいといいたいわけではありません。大事なのは、たとえ不快でも、異なる意見を頭から排除せず、耳を傾ける寛容の心を持つことです。それが社会に真の調和と多様性をもたらす第一歩であるはずです。(2017/08/12)
英BBCが報じるように、解雇された男性社員のジェームズ・ダモア氏が文書で述べたのは、女性は男性に比べ、物よりも「人間に関心を持つ」ことが多く、「より協力的」で「より心配しがち」な傾向があるという見解です。
この見解は、根拠のない放言などではありません。むしろ脳科学などに基づく現代の科学では、標準的な知見です。進化心理学者で、著書『恋人選びの心』(長谷川眞理子訳)が邦訳されている米ニューメキシコ大学のジェフリー・ミラー准教授は、ダモア氏が「科学的根拠をほぼ正しく理解して」おり、「私たちが何を知っていて何を知らないのかについて、かなり適切に峻別している」と話しています。
それもそのはずで、ダモア氏はグーグル入社前、ハーバード大学で生物学を専攻していたと伝えられています。
一方、BBCの記事は、ダモア氏の見解を批判する文脈で、人の性別をもとにその人の性格を判断しようというのは「まるで手術に斧を使うようなもの」だという学者の発言を引用しています。
しかし、これは的外れです。ダモア氏は解雇の原因となった文書(BBCの記事からリンクが張ってあります)で、わざわざグラフまで付けて、次のように強調しています。「多くの場合、男女の違いは小さく、重なる部分が大きい。だから集団レベルの分布をもとに、個人について判断することはできない」
ダモア氏の見解が絶対正しいといいたいわけではありません。大事なのは、たとえ不快でも、異なる意見を頭から排除せず、耳を傾ける寛容の心を持つことです。それが社会に真の調和と多様性をもたらす第一歩であるはずです。(2017/08/12)
2018-08-11
国民の資産が過去最大、ああうれしい!?
「国の借金が国民1人当たり***万円」という表現に腹を立てる人が少なくありません。増税を狙う財務省が、マスコミを通じて的外れな表現で国民の不安をいたずらに煽っているというのです。
財務省が増税をしたがっているのは事実ですし、国の財政状況は深刻だと強調する背景に増税の意図があるのもたしかでしょう。増税はまっぴらです。しかしだからといって、財政が深刻でないわけではありません。同じく「国の借金が国民1人当たり***万円」という表現が的外れだともいえません。
時事通信の報道によると、財務省は10日、国債と借入金などの残高を合計した「国の借金」が6月末時点で過去最高の1078兆9664億円になったと発表しました。7月1日時点の人口推計(1億2675万人)を基に単純計算すると、「国民1人当たりの借金は約851万円になる」といいます。
この表現に対し、ネット上などでいつもの批判の声が上がっています。代表的なのは「国債は政府の借金(負債)で、国民の借金ではない。国民からみればむしろ資産」というものです。
この指摘は間違っていません。政府は国民に国債を売ってお金を借り、国民は政府から国債を買ってお金を貸しています(外国人が約1割を保有していますが比率が低いので無視します)。借りたお金は負債であり、貸したお金は資産です。
しかし問題は、借りたお金を政府がどうやって返すかです。企業であれば、社債を売って借りたお金はさまざまな事業で稼いで返します。けれども政府の場合、収入を得る方法は実質一つしかありません。国民への課税です(お金の発行によるお金の価値の下落という「見えない税」を含みます)。
普通の資産なら、増えればうれしいものです。しかし、国債残高が過去最大になり、国民の資産が増えたと躍り上がって喜んでいる人は見当たりません。財務省やマスコミに騙されているからでしょうか。まさか。国債という資産が増えるほど、将来払わされる税金が増えることを知っているからです。
国民1人当たり約851万円という数字は、形式的には政府の借金でも、実質的にその借金を払うのは国民ですから、国民の借金と呼ぶのは的外れではありません。
もし野放図に政府の借金を膨らませた政治家や官僚、そこから利益を得た一部の人々だけが返済の義務を負うのなら、国民1人当たりの額など気にしなくてよいでしょう。しかし残念ながら、ツケを払うのは、何の責任もない将来世代を含むすべての国民です。その理不尽に対する怒りを忘れないために、「国民1人当たりの借金」報道は必要です。(2017/08/11)
財務省が増税をしたがっているのは事実ですし、国の財政状況は深刻だと強調する背景に増税の意図があるのもたしかでしょう。増税はまっぴらです。しかしだからといって、財政が深刻でないわけではありません。同じく「国の借金が国民1人当たり***万円」という表現が的外れだともいえません。
時事通信の報道によると、財務省は10日、国債と借入金などの残高を合計した「国の借金」が6月末時点で過去最高の1078兆9664億円になったと発表しました。7月1日時点の人口推計(1億2675万人)を基に単純計算すると、「国民1人当たりの借金は約851万円になる」といいます。
この表現に対し、ネット上などでいつもの批判の声が上がっています。代表的なのは「国債は政府の借金(負債)で、国民の借金ではない。国民からみればむしろ資産」というものです。
この指摘は間違っていません。政府は国民に国債を売ってお金を借り、国民は政府から国債を買ってお金を貸しています(外国人が約1割を保有していますが比率が低いので無視します)。借りたお金は負債であり、貸したお金は資産です。
しかし問題は、借りたお金を政府がどうやって返すかです。企業であれば、社債を売って借りたお金はさまざまな事業で稼いで返します。けれども政府の場合、収入を得る方法は実質一つしかありません。国民への課税です(お金の発行によるお金の価値の下落という「見えない税」を含みます)。
普通の資産なら、増えればうれしいものです。しかし、国債残高が過去最大になり、国民の資産が増えたと躍り上がって喜んでいる人は見当たりません。財務省やマスコミに騙されているからでしょうか。まさか。国債という資産が増えるほど、将来払わされる税金が増えることを知っているからです。
国民1人当たり約851万円という数字は、形式的には政府の借金でも、実質的にその借金を払うのは国民ですから、国民の借金と呼ぶのは的外れではありません。
もし野放図に政府の借金を膨らませた政治家や官僚、そこから利益を得た一部の人々だけが返済の義務を負うのなら、国民1人当たりの額など気にしなくてよいでしょう。しかし残念ながら、ツケを払うのは、何の責任もない将来世代を含むすべての国民です。その理不尽に対する怒りを忘れないために、「国民1人当たりの借金」報道は必要です。(2017/08/11)
2018-08-10
根拠なき金融政策
日銀が追加緩和を決めた2014年10月以降、一貫して反対票を投じた少数派として知られる前審議委員、木内登英氏の発言が話題になっています。
木内氏は日経QUICKニュース社(NQN)のインタビューで、日銀が掲げる2%の物価目標について「それが2%であることの根拠はこれまで何一つ示されてこなかった」と批判しています。
これには異論も出ていますが、木内氏の見方が正しいように思われます。
黒田東彦日銀総裁は2014年3月20日、日本商工会議所でその名もずばり、「なぜ『2%』の物価上昇を目指すのか」と題する講演を行い、大きく3つの理由を挙げています。(1)消費者物価指数の上方バイアス(2)金利引き下げ余地の確保(3)グローバル・スタンダード--がそれです。
(1)は、消費者物価指数には上昇率が高めに出る傾向(上方バイアス)があるので、前年比で物価安定の目標を示す場合には、「ある程度プラスの値にする必要がある」というものです。
しかし、「ある程度」と表現されているだけで、それがなぜ2%かという説明はありません。
(2)は、プラスの物価上昇率を維持することで、金利引き下げ余地(のりしろ)を確保し、 景気悪化への金融政策の対応力を高めるというものです。ここで黒田総裁は「例えば、潜在成長率が1%、物価上昇率が2%であれば、景気に中立的な金利水準は3%となります。この場合、景気悪化に対して、金利引き下げにより景気を刺激する余地がそれだけあるということになります」と説明しています。
しかし総裁自身が言うとおり、これはあくまで「例えば」の話です。なぜ2%かの説明はやはりありません。
(3)は、海外の中央銀行の多くが、以前から2%を目標とする政策運営を行っているというものです。黒田総裁は具体例として英国、カナダ、ニュージーランド、米国、ユーロ圏などを挙げています。
どの国もそうだからというのはなんとなく説得力がありますが、論理的な根拠とはいえません。実際海外でも、2%の根拠はあやふやだと批判されています。「グローバル・スタンダード」がつねに正しいとは限らないのです。
もし日銀のいう2%の「根拠」が、ここで黒田総裁が挙げたものだけだとすれば、木内氏の言うとおり、実際には根拠は何も示されていないといわざるをえません。根拠なき金融政策はいつまで続くのでしょうか。(2017/08/10)
木内氏は日経QUICKニュース社(NQN)のインタビューで、日銀が掲げる2%の物価目標について「それが2%であることの根拠はこれまで何一つ示されてこなかった」と批判しています。
これには異論も出ていますが、木内氏の見方が正しいように思われます。
黒田東彦日銀総裁は2014年3月20日、日本商工会議所でその名もずばり、「なぜ『2%』の物価上昇を目指すのか」と題する講演を行い、大きく3つの理由を挙げています。(1)消費者物価指数の上方バイアス(2)金利引き下げ余地の確保(3)グローバル・スタンダード--がそれです。
(1)は、消費者物価指数には上昇率が高めに出る傾向(上方バイアス)があるので、前年比で物価安定の目標を示す場合には、「ある程度プラスの値にする必要がある」というものです。
しかし、「ある程度」と表現されているだけで、それがなぜ2%かという説明はありません。
(2)は、プラスの物価上昇率を維持することで、金利引き下げ余地(のりしろ)を確保し、 景気悪化への金融政策の対応力を高めるというものです。ここで黒田総裁は「例えば、潜在成長率が1%、物価上昇率が2%であれば、景気に中立的な金利水準は3%となります。この場合、景気悪化に対して、金利引き下げにより景気を刺激する余地がそれだけあるということになります」と説明しています。
しかし総裁自身が言うとおり、これはあくまで「例えば」の話です。なぜ2%かの説明はやはりありません。
(3)は、海外の中央銀行の多くが、以前から2%を目標とする政策運営を行っているというものです。黒田総裁は具体例として英国、カナダ、ニュージーランド、米国、ユーロ圏などを挙げています。
どの国もそうだからというのはなんとなく説得力がありますが、論理的な根拠とはいえません。実際海外でも、2%の根拠はあやふやだと批判されています。「グローバル・スタンダード」がつねに正しいとは限らないのです。
もし日銀のいう2%の「根拠」が、ここで黒田総裁が挙げたものだけだとすれば、木内氏の言うとおり、実際には根拠は何も示されていないといわざるをえません。根拠なき金融政策はいつまで続くのでしょうか。(2017/08/10)
2018-08-09
「雇用維持」が労働者を不幸にする
官民ファンド、産業革新機構のお粗末なベンチャー投資実績が明らかになった矢先、同機構の支援を受けて経営再建中の液晶メーカー、ジャパンディスプレイ(JDI)が4千人規模の人員削減を検討していることがわかりました。
大胆な経営判断などとほめる人はいないはずです。設立5年、前期まで3年連続で最終赤字に陥っているにもかかわらず、抜本的な構造改革に踏み切るのはこれが初めてなのですから。遅すぎたというべきでしょう。
日経電子版の記事で、決断が遅れた背景には官主導の経営体制があると指摘しています。1年半近く前の2016年3月にJDIが国内外の工場の一部停止や早期退職の募集を実施した際、経済産業省が「待った」をかけたそうです。雇用拡大を掲げる安倍政権の経済政策への批判を恐れたためです。
もしこのとき雇用維持にこだわらず、改革に着手できていたら、今ごろはもっとましな経営状況になっていたかもしれません。しかし政府の圧力で先延ばししたために、外国勢との競争が厳しさを増すなか、結局、大幅な雇用削減に追い込まれたのです。
どの国でもたいてい、政府は雇用の維持・拡大を政策に掲げ、経済合理性に基づく人員削減に反対します。それは短期では労働者にとって救いかもしれません。しかし長期ではむしろ労働者を不幸にします。
経済合理性に基づかない企業活動は決して長続きしません。職を失うのはつらいことですが、そのタイミングが遅れるほど、新しい職探しは難しくなります。
JDIの4千人規模の人員削減は海外が中心で、国内は250人程度の早期退職募集にとどまるといいます。いまだに政治的な配慮を感じないでもありません。官主導の経営体制が変わらない限り、真の改革は難しそうです。(2017/08/09)
大胆な経営判断などとほめる人はいないはずです。設立5年、前期まで3年連続で最終赤字に陥っているにもかかわらず、抜本的な構造改革に踏み切るのはこれが初めてなのですから。遅すぎたというべきでしょう。
日経電子版の記事で、決断が遅れた背景には官主導の経営体制があると指摘しています。1年半近く前の2016年3月にJDIが国内外の工場の一部停止や早期退職の募集を実施した際、経済産業省が「待った」をかけたそうです。雇用拡大を掲げる安倍政権の経済政策への批判を恐れたためです。
もしこのとき雇用維持にこだわらず、改革に着手できていたら、今ごろはもっとましな経営状況になっていたかもしれません。しかし政府の圧力で先延ばししたために、外国勢との競争が厳しさを増すなか、結局、大幅な雇用削減に追い込まれたのです。
どの国でもたいてい、政府は雇用の維持・拡大を政策に掲げ、経済合理性に基づく人員削減に反対します。それは短期では労働者にとって救いかもしれません。しかし長期ではむしろ労働者を不幸にします。
経済合理性に基づかない企業活動は決して長続きしません。職を失うのはつらいことですが、そのタイミングが遅れるほど、新しい職探しは難しくなります。
JDIの4千人規模の人員削減は海外が中心で、国内は250人程度の早期退職募集にとどまるといいます。いまだに政治的な配慮を感じないでもありません。官主導の経営体制が変わらない限り、真の改革は難しそうです。(2017/08/09)
2018-08-08
仮想通貨の夢と悪夢
技術革新は人間の暮らしを豊かにする可能性を秘めています。しかし、悪用されれば逆に災いをもたらします。
たとえば航空技術の場合、1903年にライト兄弟が世界初の本格的な有人飛行に成功したわずか約10年後、第一次世界大戦で爆撃機として利用されました。空を飛ぶ夢が、降り注ぐ爆弾という悪夢に転じたのです。
仮想通貨も今、夢と悪夢の分かれ目にさしかかっているようです。
金融情報ブログ「ゼロヘッジ」によると、中国は、仮想通貨ビットコインなどの中核技術であるブロックチェーンを課税に利用する方針を表明しました。詳細は不明ですが、中央銀行である中国人民銀行はすでに独自の仮想通貨を開発し、実証実験に入っており、今回の課税構想と連動しているとみられます。
中国に限らず、英国、オランダ、カナダなど中央銀行がみずから仮想通貨の発行を検討する動きは世界に広がっています。日銀は仮想通貨発行の具体的計画はないとしていますが、研究は熱心にしているようです。
もともとビットコインなどの仮想通貨は、オープンなコンピューター・ネットワークで運営され、中央集権的な管理主体が存在しないことが特徴とされてきました。しかし実際には、それ以外の方向に発展する可能性もあります。
銀行がクローズドなネットワークで運営する仮想通貨は、銀行が中央で管理主体の役割を果たします。それでも複数の銀行が競争すれば、完全な中央集権にはなりません。
しかし中央銀行が仮想通貨を発行し、通貨市場を事実上独占すれば、究極の中央集権が実現します。中央銀行は、タンス預金に逃げられることなくマイナス金利を実行できるばかりか、個人や企業の経済活動をすべてつぶさに把握できるようになります。
中央銀行がそうした情報を直接利用することはないにせよ、徴税・捜査当局など国から情報提供の要請があれば、公的機関である以上、断れないでしょう。そうなればあらゆるプライバシーが国に筒抜けです。
近未来に現れるかもしれないそのような体制に対し、経済学者の野口悠紀雄氏は、英国の作家ジョージ・オーウェルが小説『1984年』で描いた、全国民の生活を仔細に観察できる全能の独裁者「ビッグ・ブラザー」そのものだと警鐘を鳴らします(『ブロックチェーン革命』、日本経済新聞出版社)。
しかし「Medium」のブログ記事が指摘するように、日本では仮想通貨が非中央集権であることの重要性に対する関心はきわめて薄いようです。仮想通貨の悪夢を私たちは食い止めることができるでしょうか。(2017/08/08)
たとえば航空技術の場合、1903年にライト兄弟が世界初の本格的な有人飛行に成功したわずか約10年後、第一次世界大戦で爆撃機として利用されました。空を飛ぶ夢が、降り注ぐ爆弾という悪夢に転じたのです。
仮想通貨も今、夢と悪夢の分かれ目にさしかかっているようです。
金融情報ブログ「ゼロヘッジ」によると、中国は、仮想通貨ビットコインなどの中核技術であるブロックチェーンを課税に利用する方針を表明しました。詳細は不明ですが、中央銀行である中国人民銀行はすでに独自の仮想通貨を開発し、実証実験に入っており、今回の課税構想と連動しているとみられます。
中国に限らず、英国、オランダ、カナダなど中央銀行がみずから仮想通貨の発行を検討する動きは世界に広がっています。日銀は仮想通貨発行の具体的計画はないとしていますが、研究は熱心にしているようです。
もともとビットコインなどの仮想通貨は、オープンなコンピューター・ネットワークで運営され、中央集権的な管理主体が存在しないことが特徴とされてきました。しかし実際には、それ以外の方向に発展する可能性もあります。
銀行がクローズドなネットワークで運営する仮想通貨は、銀行が中央で管理主体の役割を果たします。それでも複数の銀行が競争すれば、完全な中央集権にはなりません。
しかし中央銀行が仮想通貨を発行し、通貨市場を事実上独占すれば、究極の中央集権が実現します。中央銀行は、タンス預金に逃げられることなくマイナス金利を実行できるばかりか、個人や企業の経済活動をすべてつぶさに把握できるようになります。
中央銀行がそうした情報を直接利用することはないにせよ、徴税・捜査当局など国から情報提供の要請があれば、公的機関である以上、断れないでしょう。そうなればあらゆるプライバシーが国に筒抜けです。
近未来に現れるかもしれないそのような体制に対し、経済学者の野口悠紀雄氏は、英国の作家ジョージ・オーウェルが小説『1984年』で描いた、全国民の生活を仔細に観察できる全能の独裁者「ビッグ・ブラザー」そのものだと警鐘を鳴らします(『ブロックチェーン革命』、日本経済新聞出版社)。
しかし「Medium」のブログ記事が指摘するように、日本では仮想通貨が非中央集権であることの重要性に対する関心はきわめて薄いようです。仮想通貨の悪夢を私たちは食い止めることができるでしょうか。(2017/08/08)
2018-08-07
リスクの間違った取り方
「官民ファンドなんて必要なのか」。産業革新機構によるベンチャー投資のお粗末な成績を日本経済新聞の記事で知った読者の多くは、そう感じたに違いありません。そうした中、民間で取れないリスクを取る使命があるから、損はやむをえないと擁護する意見もあるようです。
記事によると、官民ファンドである革新機構は、ベンチャー投資事業でこれまでに全株を手放した23件のうち元が取れたのは4件どまり。けれども、これに対して革新機構には言い分があるようです。
志賀俊之会長は「『負け』が増えたのは反省だ」と認めつつも、創業間もない企業の支援で民間よりリスクを取っていると弁明しています。
日本は超低金利なのに、企業や金融機関がリスクを避けるのは問題だという考えもあるようです。そうだとすれば、官民ファンドはあっていいということになります。
しかし、これらの弁明や考えは正しくありません。なぜなら、リスクは取ればいいというものではないからです。
民間企業はやみくもにリスクを取るわけではありません。つねにリターンとの見合いで考えます。見合うだけのリターンが得られないと考えれば、リスクは取らない。それが正しい経営判断です。
ところが官民ファンドの場合、志賀会長の言う「創業間もない企業の支援」といった大義名分が最優先され、リターンは二の次です。政治家の圧力もあるらしい。しかも失敗しても資金に困らない。これでは損失続きとなるのも当然です。そんなリスクの取り方は無謀でしかありません。
たとえ超低金利でも、リスクに見合ったリターンが得られるとは限りません。そうだとすれば、リスクを避ける企業や金融機関を臆病者呼ばわりするべきではありません。皮肉なことに、民間の慎重な判断が正しいことは、革新機構のお寒い成果から明らかです。
最後に、「政府の仕事は金儲けではないから、損失は問題でない」と考える人もいるかもしれません。ベンチャー投資がそもそも政府のやるべき仕事なのか疑問ですが、もしそうなら、官民ファンドなどという天下りに都合のいい中途半端で不透明な形にせず、純粋な公共事業としてやるべきでしょう。損失は納税者がすべてかぶることになりますが……。
いずれにせよ、官民ファンドはいらないのです。(2017/08/07)
記事によると、官民ファンドである革新機構は、ベンチャー投資事業でこれまでに全株を手放した23件のうち元が取れたのは4件どまり。けれども、これに対して革新機構には言い分があるようです。
志賀俊之会長は「『負け』が増えたのは反省だ」と認めつつも、創業間もない企業の支援で民間よりリスクを取っていると弁明しています。
日本は超低金利なのに、企業や金融機関がリスクを避けるのは問題だという考えもあるようです。そうだとすれば、官民ファンドはあっていいということになります。
しかし、これらの弁明や考えは正しくありません。なぜなら、リスクは取ればいいというものではないからです。
民間企業はやみくもにリスクを取るわけではありません。つねにリターンとの見合いで考えます。見合うだけのリターンが得られないと考えれば、リスクは取らない。それが正しい経営判断です。
ところが官民ファンドの場合、志賀会長の言う「創業間もない企業の支援」といった大義名分が最優先され、リターンは二の次です。政治家の圧力もあるらしい。しかも失敗しても資金に困らない。これでは損失続きとなるのも当然です。そんなリスクの取り方は無謀でしかありません。
たとえ超低金利でも、リスクに見合ったリターンが得られるとは限りません。そうだとすれば、リスクを避ける企業や金融機関を臆病者呼ばわりするべきではありません。皮肉なことに、民間の慎重な判断が正しいことは、革新機構のお寒い成果から明らかです。
最後に、「政府の仕事は金儲けではないから、損失は問題でない」と考える人もいるかもしれません。ベンチャー投資がそもそも政府のやるべき仕事なのか疑問ですが、もしそうなら、官民ファンドなどという天下りに都合のいい中途半端で不透明な形にせず、純粋な公共事業としてやるべきでしょう。損失は納税者がすべてかぶることになりますが……。
いずれにせよ、官民ファンドはいらないのです。(2017/08/07)
2018-08-06
平和の夢、自由貿易の夢
平和への祈りの季節がやってきました。戦争の犠牲者に祈りを捧げ、平和への思いを新たにすることは大切です。しかし、それだけで平和を守ることができないのも事実です。
一部の人々は、平和を守るには軍事力が必要だと言います。国家間の軍事力が均衡することで、互いに相手を攻めにくくなり、そこに平和が生まれるというわけです。
この考えの落とし穴は、軍事力の均衡に客観的な基準はなく、結局はそれぞれの国の主観で判断するしかない点です。かりにA国、B国という2つの国が同じ数の戦車、戦艦、戦闘機を持っていたとしても、人口や経済力、地理的条件などを含めた国力は同じではありえません。
敵を恐れる心理や駆け引きの意図から、どちらの国も自分のほうが劣勢だと主張し、軍拡競争に陥るでしょう。そこから実際の戦争まではわずかな距離です。事実、たとえば第一次世界大戦はそのようにして起こりました。
軍事力に頼るもう一つの問題点は、経済への悪影響です。軍事に人材や資金を投入すればするほど、国民の生活に必要な製品・サービスに回せる人材や資金は少なくなり、その結果、国民は貧しさを強いられます。安全保障の目的は国民の生活を守ることであるはずなのに、本末転倒です。
どうすればよいのでしょうか。かつてその処方箋は明らかでした。自由貿易です。
平和を支えるのが自由貿易であることは、昔は世界の共通認識でした。たとえば1901年、赤十字社創立者のアンリ・デュナンとともに第1回ノーベル平和賞を受賞したフランスのフレデリック・パシーは、自由貿易を熱心に支持する経済学者でした。
そのパシーをはじめ、自由貿易を支持する人々に大きな影響を与えたのは、19世紀英国の政治家で実業家のリチャード・コブデンです。穀物生産を助成し輸入に制限を加える穀物法に対する反対運動を繰り広げ、廃止に追い込んだことで知られます。
自由貿易を行う国が増えると、平和の維持が大切になり、軍事力の使用が減る——。これがコブデンの洞察であり、信念でした。その正しさは、自由貿易が栄えた19世紀後半、世界で大きな戦争がほとんどなかったことで証明されています。
コブデンは1846年の演説で、その信念を語っています。同国のミュージシャン、ジョン・レノンの反戦歌「イマジン」を連想させます。
「自由貿易の成功が人類にもたらす利得の中で、物質的な利益は一番小さなものにすぎません。自由貿易の法則は道徳の世界において、あたかも宇宙における重力の法則のように働きます。人々を親しくさせ、人種・信仰・言語の違いがもたらす敵意を退け、永遠の平和という絆によって結びつけます」
「夢かもしれませんが、遠い未来、自由貿易の力は世界を変え、政府の仕組みは今とまったく違うものになっているかもしれません。強大な帝国も大規模な軍隊もいらなくなるでしょう。人類が一つの家族になり、労働の果実を同胞と自由に交換できるからです。国家は地方自治体のようなものになるでしょう」
コブデンの理想は現代でもまだかろうじて生きており、自由貿易に正面切って反対する政府はごくわずかです。しかし最近は、自由貿易の名の下に、実際には農業への助成など保護主義を推し進めようとする欺瞞が目立ちます。平和を守るには、真の自由貿易を守らなければなりません。(2017/08/06)
一部の人々は、平和を守るには軍事力が必要だと言います。国家間の軍事力が均衡することで、互いに相手を攻めにくくなり、そこに平和が生まれるというわけです。
この考えの落とし穴は、軍事力の均衡に客観的な基準はなく、結局はそれぞれの国の主観で判断するしかない点です。かりにA国、B国という2つの国が同じ数の戦車、戦艦、戦闘機を持っていたとしても、人口や経済力、地理的条件などを含めた国力は同じではありえません。
敵を恐れる心理や駆け引きの意図から、どちらの国も自分のほうが劣勢だと主張し、軍拡競争に陥るでしょう。そこから実際の戦争まではわずかな距離です。事実、たとえば第一次世界大戦はそのようにして起こりました。
軍事力に頼るもう一つの問題点は、経済への悪影響です。軍事に人材や資金を投入すればするほど、国民の生活に必要な製品・サービスに回せる人材や資金は少なくなり、その結果、国民は貧しさを強いられます。安全保障の目的は国民の生活を守ることであるはずなのに、本末転倒です。
どうすればよいのでしょうか。かつてその処方箋は明らかでした。自由貿易です。
平和を支えるのが自由貿易であることは、昔は世界の共通認識でした。たとえば1901年、赤十字社創立者のアンリ・デュナンとともに第1回ノーベル平和賞を受賞したフランスのフレデリック・パシーは、自由貿易を熱心に支持する経済学者でした。
そのパシーをはじめ、自由貿易を支持する人々に大きな影響を与えたのは、19世紀英国の政治家で実業家のリチャード・コブデンです。穀物生産を助成し輸入に制限を加える穀物法に対する反対運動を繰り広げ、廃止に追い込んだことで知られます。
自由貿易を行う国が増えると、平和の維持が大切になり、軍事力の使用が減る——。これがコブデンの洞察であり、信念でした。その正しさは、自由貿易が栄えた19世紀後半、世界で大きな戦争がほとんどなかったことで証明されています。
コブデンは1846年の演説で、その信念を語っています。同国のミュージシャン、ジョン・レノンの反戦歌「イマジン」を連想させます。
「自由貿易の成功が人類にもたらす利得の中で、物質的な利益は一番小さなものにすぎません。自由貿易の法則は道徳の世界において、あたかも宇宙における重力の法則のように働きます。人々を親しくさせ、人種・信仰・言語の違いがもたらす敵意を退け、永遠の平和という絆によって結びつけます」
「夢かもしれませんが、遠い未来、自由貿易の力は世界を変え、政府の仕組みは今とまったく違うものになっているかもしれません。強大な帝国も大規模な軍隊もいらなくなるでしょう。人類が一つの家族になり、労働の果実を同胞と自由に交換できるからです。国家は地方自治体のようなものになるでしょう」
コブデンの理想は現代でもまだかろうじて生きており、自由貿易に正面切って反対する政府はごくわずかです。しかし最近は、自由貿易の名の下に、実際には農業への助成など保護主義を推し進めようとする欺瞞が目立ちます。平和を守るには、真の自由貿易を守らなければなりません。(2017/08/06)
2018-08-05
政治で社会は変わらない
政治のニュースを読んだり見たりするのは楽しいものです。総理の座をめぐる権力抗争、国会の駆け引きなどのドラマから、誰と誰とが不仲だとかいうゴシップ、たまに飛び出す失言やスキャンダルまで。話題にこと欠きません。
しかし話題が政局や政界を離れ、本業の政策のことになると、たちまちうんざりします。最近だと、補助金とワンセットの貿易政策を誇らしげに自由貿易と呼んでみたり、失業者を増やす最低賃金の引き上げで格差を是正すると主張したり……。政治家が本業さえやらずにいてくれたらどんなにいいことかと、思わずにいられません。
でも昔は池田勇人首相が決めた所得倍増計画のおかげで、日本は高度経済成長を遂げたではないか、と思う人がいるかもしれません。もし政治家が号令をかけるだけで経済が発展するものなら、ソ連は崩壊したりせず、今ごろ経済大国になっていたはずです。
社会を豊かにするのは政治家ではなく、企業家です。高度成長を成し遂げたのは、戦争の焼け跡から立ち上がった企業家たちでした。所得倍増計画が描いたのは日本の重化学工業化ですが、高度成長の実際の主役は洗濯機、冷蔵庫、テレビといった家電製品や自家用車でした。これらは女性の家事の負担を軽減し、家族に新しい娯楽をもたらすという社会変革を起こしました。
今も変わりません。携帯端末、交流サイト(SNS)、ライドシェア、民泊、仮想通貨……。次々と生まれるスタートアップ企業は、想像もしないような形で、社会を便利で豊かにしていきます。むしろ政治は「ルール整備」という名目で変化を遅らせています。
個性あふれる政治家たちが演じるショーは楽しみましょう。せっかく税金を払っているのですから。しかし社会を変えるのは彼らではありません。今この瞬間も世界中でビジネスチャンスをうかがう、多数の企業家たちです。(2017/08/05)
しかし話題が政局や政界を離れ、本業の政策のことになると、たちまちうんざりします。最近だと、補助金とワンセットの貿易政策を誇らしげに自由貿易と呼んでみたり、失業者を増やす最低賃金の引き上げで格差を是正すると主張したり……。政治家が本業さえやらずにいてくれたらどんなにいいことかと、思わずにいられません。
でも昔は池田勇人首相が決めた所得倍増計画のおかげで、日本は高度経済成長を遂げたではないか、と思う人がいるかもしれません。もし政治家が号令をかけるだけで経済が発展するものなら、ソ連は崩壊したりせず、今ごろ経済大国になっていたはずです。
社会を豊かにするのは政治家ではなく、企業家です。高度成長を成し遂げたのは、戦争の焼け跡から立ち上がった企業家たちでした。所得倍増計画が描いたのは日本の重化学工業化ですが、高度成長の実際の主役は洗濯機、冷蔵庫、テレビといった家電製品や自家用車でした。これらは女性の家事の負担を軽減し、家族に新しい娯楽をもたらすという社会変革を起こしました。
今も変わりません。携帯端末、交流サイト(SNS)、ライドシェア、民泊、仮想通貨……。次々と生まれるスタートアップ企業は、想像もしないような形で、社会を便利で豊かにしていきます。むしろ政治は「ルール整備」という名目で変化を遅らせています。
個性あふれる政治家たちが演じるショーは楽しみましょう。せっかく税金を払っているのですから。しかし社会を変えるのは彼らではありません。今この瞬間も世界中でビジネスチャンスをうかがう、多数の企業家たちです。(2017/08/05)
2018-08-04
株主資本主義を擁護する
経済問題に対する論評でよく、「株主至上主義」や「株主資本主義」が批判されます。「米国流の株主至上主義は労働者や地域社会を切り捨てる」とか、「株主資本主義は短期の利益ばかりを追い求める」とかいった具合です。
記事にあるように、企業の稼ぐ力を測るモノサシの一つである自己資本利益率(ROE)に対し「従業員など他の利害関係者を犠牲にしてでも株主利益を追求する『株主至上主義』に陥りかねない」という批判もあります。
これらの批判の背景にあるのは、企業の意思決定における株主の発言力を弱め、代わりに従業員や取引先、消費者、地域社会など他のステークホルダー(利害関係者)の発言力を強めなければならないという考えです。しかしそうした考えは、むしろすべての利害関係者を不幸にします。
市場経済において、従業員など株主以外の関係者を大切にすることは、株主の利益に反しません。逆に株主の利益にプラスになります。
たとえば従業員を大切にする企業には、多くの労働者が入社を希望し、優秀な人材を雇いやすくなります。これは株主の利益にプラスです。地域社会を大切にする企業には、多くの地域が立地を求め、事業に適した土地に進出しやすくなります。これは株主の利益にプラスです。
企業は収支が悪化すると、一部の従業員をリストラする場合もあります。リストラされた従業員にとっては不幸なことです。しかしリストラしなければ、企業の経営はますます悪化し、最悪の場合、倒産してしまうかもしれません。そうなればすべての従業員が職を失い、不幸になります。株主も損失をこうむります。株主と従業員の利害は一致しています。
また、この例から、株主が短期の利益ばかりを追い求めるという批判が正しくないこともわかるでしょう。リストラは短期の利益のためというより、むしろ長期の利益のために行うのです。株価は長期の利益見通しを反映して動くので、長期の利益を無視した経営は株価を下落させます。
もし法律で企業統治における従業員の発言力を強化したら、どうなるでしょう。リストラは従業員側の反対でなかなか実行できず、できるころにはすでに手遅れとなる恐れが大きくなるはずです。
株主による経営判断はときに冷たく見えるかもしれません。しかしそれは多くの人々を不幸にしないための、いわば必要悪です。憎まれ役である株主を擁護しようではありませんか。(2017/08/04)
記事にあるように、企業の稼ぐ力を測るモノサシの一つである自己資本利益率(ROE)に対し「従業員など他の利害関係者を犠牲にしてでも株主利益を追求する『株主至上主義』に陥りかねない」という批判もあります。
これらの批判の背景にあるのは、企業の意思決定における株主の発言力を弱め、代わりに従業員や取引先、消費者、地域社会など他のステークホルダー(利害関係者)の発言力を強めなければならないという考えです。しかしそうした考えは、むしろすべての利害関係者を不幸にします。
市場経済において、従業員など株主以外の関係者を大切にすることは、株主の利益に反しません。逆に株主の利益にプラスになります。
たとえば従業員を大切にする企業には、多くの労働者が入社を希望し、優秀な人材を雇いやすくなります。これは株主の利益にプラスです。地域社会を大切にする企業には、多くの地域が立地を求め、事業に適した土地に進出しやすくなります。これは株主の利益にプラスです。
企業は収支が悪化すると、一部の従業員をリストラする場合もあります。リストラされた従業員にとっては不幸なことです。しかしリストラしなければ、企業の経営はますます悪化し、最悪の場合、倒産してしまうかもしれません。そうなればすべての従業員が職を失い、不幸になります。株主も損失をこうむります。株主と従業員の利害は一致しています。
また、この例から、株主が短期の利益ばかりを追い求めるという批判が正しくないこともわかるでしょう。リストラは短期の利益のためというより、むしろ長期の利益のために行うのです。株価は長期の利益見通しを反映して動くので、長期の利益を無視した経営は株価を下落させます。
もし法律で企業統治における従業員の発言力を強化したら、どうなるでしょう。リストラは従業員側の反対でなかなか実行できず、できるころにはすでに手遅れとなる恐れが大きくなるはずです。
株主による経営判断はときに冷たく見えるかもしれません。しかしそれは多くの人々を不幸にしないための、いわば必要悪です。憎まれ役である株主を擁護しようではありませんか。(2017/08/04)
2018-08-03
危機は市場が解決する
仮想通貨ビットコインの仕様変更をめぐる動きは、事前に「分裂危機」と騒がれましたが、大きな混乱なく終わったようです。メディアでは早くも、11月とされる「次の危機」に関心を向けていますが、今回の結果が示した重要な事実への言及は見当たりません。それは「政府が管理しなくても、市場の危機は市場が解決する」という事実です。
もし政府・中央銀行が管理する法定通貨の円で、今回の分裂騒動に匹敵するような問題が起こった場合、どうなるかは容易に想像できます。政府は緊急対策本部を立ち上げ、有識者を大勢集めた会議を開き、税金を使ったさまざまな「対策」を講じるでしょう。
ビットコインは政府の管理下にないため、今回こうした「対策」は何もありませんでした。それを不安に感じる人もいたかもしれません。しかし、結果は見てのとおりです。7月23日には仕様変更が前倒しで実施され、8月1日には新通貨「ビットコインキャッシュ」が生まれビットコインは分裂しましたが、天は落ちてきませんでした。
思い出すのは、「2000年問題」の騒動です。それまで西暦の下2ケタしか記入していなかったコンピューター・システムが2000年に一斉に機能不全となり、大混乱に陥りかねないといわれたのです。各国政府の指導で世界中でプログラムの改修が行われ、中小企業には大きな負担になりました。
米国ではグリーンスパン議長率いる連邦準備理事会(FRB)が1999年末にかけ、通貨供給量を大幅に増やしました。これが当時の情報技術(IT)株バブルに油を注いだといわれます。
しかし結局、何も起きませんでした。後になって「そもそも重大な危険は存在しなかった」などといわれましたが、無駄に使われたお金は返ってきません。
それにひきかえ、今回のビットコイン分裂問題では、政府のお節介なしに、関係者だけの努力で市場の安定を保ちました。市場のトラブルには政府が対処するのが当然という通念を揺さぶる、画期的な出来事です。
歴史をさかのぼればわかるように、もともと金融市場は、政府に監督されることなく、自浄能力を発揮して自律的に発展しました。21世紀の仮想通貨は、市場が本来の姿に立ち返る先導役になるかもしれません。(2017/08/03)
もし政府・中央銀行が管理する法定通貨の円で、今回の分裂騒動に匹敵するような問題が起こった場合、どうなるかは容易に想像できます。政府は緊急対策本部を立ち上げ、有識者を大勢集めた会議を開き、税金を使ったさまざまな「対策」を講じるでしょう。
ビットコインは政府の管理下にないため、今回こうした「対策」は何もありませんでした。それを不安に感じる人もいたかもしれません。しかし、結果は見てのとおりです。7月23日には仕様変更が前倒しで実施され、8月1日には新通貨「ビットコインキャッシュ」が生まれビットコインは分裂しましたが、天は落ちてきませんでした。
思い出すのは、「2000年問題」の騒動です。それまで西暦の下2ケタしか記入していなかったコンピューター・システムが2000年に一斉に機能不全となり、大混乱に陥りかねないといわれたのです。各国政府の指導で世界中でプログラムの改修が行われ、中小企業には大きな負担になりました。
米国ではグリーンスパン議長率いる連邦準備理事会(FRB)が1999年末にかけ、通貨供給量を大幅に増やしました。これが当時の情報技術(IT)株バブルに油を注いだといわれます。
しかし結局、何も起きませんでした。後になって「そもそも重大な危険は存在しなかった」などといわれましたが、無駄に使われたお金は返ってきません。
それにひきかえ、今回のビットコイン分裂問題では、政府のお節介なしに、関係者だけの努力で市場の安定を保ちました。市場のトラブルには政府が対処するのが当然という通念を揺さぶる、画期的な出来事です。
歴史をさかのぼればわかるように、もともと金融市場は、政府に監督されることなく、自浄能力を発揮して自律的に発展しました。21世紀の仮想通貨は、市場が本来の姿に立ち返る先導役になるかもしれません。(2017/08/03)
2018-08-02
現金廃止、4つのリスク
世界の一部の国々が高額紙幣の廃止などに踏み切るなか、現金廃止を持論とする米ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授が、日本も1万円札と5千円札を廃止するよう日経電子版のインタビュー記事で提言し、話題となっています。キャッシュレスはたしかに便利ですが、現金という選択肢をなくしてしまってよいのでしょうか。
海外では政府による現金廃止運動を「テロとの戦い(War on Terror)」や「麻薬との戦い(War on Drugs)」になぞらえ、「現金との戦い(War on Cash)」と呼ぶことがあります。この表現が暗に示すのは、「テロとの戦い」などと同じく、「現金との戦い」は一般市民にむしろ害悪を及ぼしかねないという事実です。
ウェブサイト「ビジュアル・キャピタリスト」がインフォグラフィックで、「現金との戦い」の一般市民からみたリスクをわかりやすく整理しています。大きく4項目にわたります。補足を交えて紹介しましょう。
第1にプライバシー侵害の恐れです。キャッシュレス決済で現在主流のクレジットカードなどは現金と違い、第三者の仲介を必要とします。このため個人の取引やその記録が、政府に監視される恐れが強まります。ブロックチェーンを利用した仮想通貨は匿名性の高い技術ですが、政府がサービス提供業者に個人情報提供を要求する可能性は残ります。
第2に財産保全に対するリスクです。現金がなくなると、個人は財産を金融システムの外で蓄える自由を失い、銀行などの倒産リスクから逃れられなくなります。マイナス金利政策で預金が目減りしても逃げ場がありません。
第3に生命への危険です。インドでは昨年、高額紙幣が廃止された際、病院で治療を拒否されたり、食品が買えなくなったりしました。
第4にサイバー犯罪のリスクです。財産を電子的な形でしか蓄えられないと、サイバー犯罪の潜在的リスクや、被害にあった場合の打撃が大きくなります。
ロゴフ教授が強調する現金廃止のメリットは、これらのリスクと背中合わせであることがわかります。いずれも小さなリスクではありません。
マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税、収賄などの犯罪行為を減らす効果はあるでしょうが、それは政府による個人取引の監視や個人情報の悪用につながりかねません。
マイナス金利政策はやりやすくなるでしょうが、個人からすればタンス預金という逃げ道をふさがれ、財産保全の手段が少なくなります。ロゴフ教授はなだめるように、小口預金者はマイナス金利の対象外とすることも可能と言いますが、それは政治の都合次第ですし、むしろ大口預金者の財産権が守られないことのほうが、国外への資金流出など経済への悪影響は大きいといえます。
個人の資産防衛を困難にし、監視社会にもつながりかねない現金廃止。キャッシュレスの便利さにつられて安易に賛同しないよう、気をつけたいものです。(2017/08/02)
海外では政府による現金廃止運動を「テロとの戦い(War on Terror)」や「麻薬との戦い(War on Drugs)」になぞらえ、「現金との戦い(War on Cash)」と呼ぶことがあります。この表現が暗に示すのは、「テロとの戦い」などと同じく、「現金との戦い」は一般市民にむしろ害悪を及ぼしかねないという事実です。
ウェブサイト「ビジュアル・キャピタリスト」がインフォグラフィックで、「現金との戦い」の一般市民からみたリスクをわかりやすく整理しています。大きく4項目にわたります。補足を交えて紹介しましょう。
第1にプライバシー侵害の恐れです。キャッシュレス決済で現在主流のクレジットカードなどは現金と違い、第三者の仲介を必要とします。このため個人の取引やその記録が、政府に監視される恐れが強まります。ブロックチェーンを利用した仮想通貨は匿名性の高い技術ですが、政府がサービス提供業者に個人情報提供を要求する可能性は残ります。
第2に財産保全に対するリスクです。現金がなくなると、個人は財産を金融システムの外で蓄える自由を失い、銀行などの倒産リスクから逃れられなくなります。マイナス金利政策で預金が目減りしても逃げ場がありません。
第3に生命への危険です。インドでは昨年、高額紙幣が廃止された際、病院で治療を拒否されたり、食品が買えなくなったりしました。
第4にサイバー犯罪のリスクです。財産を電子的な形でしか蓄えられないと、サイバー犯罪の潜在的リスクや、被害にあった場合の打撃が大きくなります。
ロゴフ教授が強調する現金廃止のメリットは、これらのリスクと背中合わせであることがわかります。いずれも小さなリスクではありません。
マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税、収賄などの犯罪行為を減らす効果はあるでしょうが、それは政府による個人取引の監視や個人情報の悪用につながりかねません。
マイナス金利政策はやりやすくなるでしょうが、個人からすればタンス預金という逃げ道をふさがれ、財産保全の手段が少なくなります。ロゴフ教授はなだめるように、小口預金者はマイナス金利の対象外とすることも可能と言いますが、それは政治の都合次第ですし、むしろ大口預金者の財産権が守られないことのほうが、国外への資金流出など経済への悪影響は大きいといえます。
個人の資産防衛を困難にし、監視社会にもつながりかねない現金廃止。キャッシュレスの便利さにつられて安易に賛同しないよう、気をつけたいものです。(2017/08/02)
2018-08-01
温暖化懐疑論を叩く人たち
自然科学には門外漢ですが、科学にとって「疑う精神」が大切であることくらいは知っています。ですから、地球温暖化懐疑論に対する有無を言わせないバッシングには違和感を覚えていました。それはあながち素人の見当外れな感想ではなかったようです。
記事によると、気候科学の現役研究者でも、二酸化炭素(CO2)偏重の温暖化説が100%正しいとは思っていない人が少なくない。しかし下手に疑義を呈すれば自分や弟子に悪影響が及びかねないため、「口を慎む」。学者の世界の現実を垣間見させる、生々しい指摘です。
いきおい、懐疑論を展開するのは異分野のベテラン研究者になるといいます。懐疑論の具体的な主張それぞれについて正しいかどうか判断する知識はありませんが、少なくとも「人為的温暖化説は曖昧な点が多いのにもかかわらず、誰も何も考えずに追随しているという印象を受ける」という、ある名誉教授の指摘には同感です。
たとえば記事にあるように、8年前に現役の主流派研究者がわざわざ「地球温暖化懐疑論批判」と題する冊子を発行し、懐疑論の重要な論点を「一蹴」したものの、今ではその論点は懐疑論が正しかったことがわかっています。
そうした事実を無視して、懐疑論者を「『科学』を認めない人々」などと決めつける論調には危うさを感じます。
温暖化CO2主因説は今や、各国政府が環境政策の前提とする公式見解です。しかし、だから科学的に正しいとは限りません。物理学者リチャード・ファインマンが述べたように、「いかなる政府であろうと、科学の原理の真偽を決める権利はありません」(『科学は不確かだ!』、岩波現代文庫)。
報道の世界でも、温暖化懐疑論が肯定的に取り上げられることはほとんどありません。貴重な記事が書かれたことを喜びたいと思います。(2017/08/01)
記事によると、気候科学の現役研究者でも、二酸化炭素(CO2)偏重の温暖化説が100%正しいとは思っていない人が少なくない。しかし下手に疑義を呈すれば自分や弟子に悪影響が及びかねないため、「口を慎む」。学者の世界の現実を垣間見させる、生々しい指摘です。
いきおい、懐疑論を展開するのは異分野のベテラン研究者になるといいます。懐疑論の具体的な主張それぞれについて正しいかどうか判断する知識はありませんが、少なくとも「人為的温暖化説は曖昧な点が多いのにもかかわらず、誰も何も考えずに追随しているという印象を受ける」という、ある名誉教授の指摘には同感です。
たとえば記事にあるように、8年前に現役の主流派研究者がわざわざ「地球温暖化懐疑論批判」と題する冊子を発行し、懐疑論の重要な論点を「一蹴」したものの、今ではその論点は懐疑論が正しかったことがわかっています。
そうした事実を無視して、懐疑論者を「『科学』を認めない人々」などと決めつける論調には危うさを感じます。
温暖化CO2主因説は今や、各国政府が環境政策の前提とする公式見解です。しかし、だから科学的に正しいとは限りません。物理学者リチャード・ファインマンが述べたように、「いかなる政府であろうと、科学の原理の真偽を決める権利はありません」(『科学は不確かだ!』、岩波現代文庫)。
報道の世界でも、温暖化懐疑論が肯定的に取り上げられることはほとんどありません。貴重な記事が書かれたことを喜びたいと思います。(2017/08/01)
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