ジャーナリストの東谷暁は『経済学者の栄光と敗北』(朝日新書)で、ケインズを引き合いに出しながら、このおなじみの勘違いを繰り返している。ケインズは大恐慌時代の1933年に書いた論文で、ニューヨーク株式相場の大暴落をきっかけとする恐慌は「野放図な金融の国際化が根本的な原因であり、金融の暴走が見せた強欲は醜悪」と主張し、金融の国際化は危険だと論じた。東谷は、リーマン・ショック以降、資本の移動に制限を課すという議論は力を増しており、これは「ケインズの復活」のひとつだと称賛する。
しかし「金融の暴走」についてちょっと考えれば思いあたる事実に、ケインズは触れず、東谷は気づいていない。金融市場が「暴走」するのは、カネが過剰に供給されるからである。だれが供給するのか。現代の金融制度において、それは中央銀行、すなわち政府以外にありえない。
広義のカネには中央銀行が印刷する紙幣だけでなく、金融機関の貸出しも含まれる。貸出量は中央銀行が定める準備率によって制限されるから、過剰な貸出しの責任はやはり政府にある。
かつては金本位制がカネの過剰な供給に歯止めをかけていた。政府は保有する金の量に応じてしかカネを増やせないからである。第一次世界大戦で多額の戦費を調達する際、この歯止めが邪魔になり、多くの政府が金本位制を中断した。戦後もしばらくその状態が続いた結果、過剰なカネが株や土地に流れ込んで世界中でバブルを生み出し、ついに崩壊する。これが大恐慌の真相である。
東谷が述べるように、ケインズは第二次大戦後、戦後の国際通貨制度について英国代表として交渉した際も、金本位制に反対し、政府間だけで通用する「バンコール」という通貨の創設を唱えた。結局ケインズ案は採用されなかったものの、政府を金本位制の足枷から解き放つという目的は達せられた。
主要国の多くは金本位制にもはや復帰せず、かろうじて維持した米国も1971年のニクソン・ショックで完全に離脱した。これで有権者にばらまくカネを気兼ねなく刷りまくるようになった各国政府こそ、過剰な投機資金を世界に溢れさせた元凶である。
ケインズに惑わされこうした明白な事実が目に入らない東谷は、金融市場には「害悪をもたらさないように規制を課するというのが賢明」と書く。しかし害悪をもたらす根元も、規制すべき対象も、市場ではなく政府なのである。
(2013年5月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)
>>騎士コラム
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