2017年4月15日土曜日

商業は偏見を癒す(モンテスキュー)

次より抜粋。
(モンテスキューが考えるに、商業は習俗を改善し、破壊的な偏見を癒す)

商業は破壊的な偏見(destructive prejudices)を癒す。習俗が穏やかなところではどこでも商業が存在しているというのがほとんど一般的な原則である。また商業が存在するところではどこでも、穏やかな習俗が存在するというのもそうである。

だから我々の習俗(our manners)が、かつてそうであったほど残忍でないとしても驚くにはあたらない。

商業はあらゆる国民の習俗についての知識がいたるところに浸透するような働きをなしたのである。人はこれらの習俗を相互に比較したが、そこから大いに有益な成果(greatest advantages)が出てきた。

商業に関する法律(Commercial laws)は、まさにこの法律が習俗を堕落させるのと同じ理由で、習俗を改善することができる。

商業は純真な風俗を腐敗させる。これがプラトン(Plato)の嘆きの種であった。商業は我々が毎日見ているように、最も野蛮な習俗を磨き、これを穏和にする。

*野田良之他訳(『法の精神』岩波文庫、中巻、p.201)を一部変更。

関連記事:商業は偏見を癒す(ラディカルな経済学)

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