2023-06-11

【コラム】ダムの破壊、ジャーナリズムの崩壊

木村 貴

ロシア軍が支配するウクライナ南部ヘルソン州のカホフカ水力発電所の巨大ダムが6月6日、爆発で決壊した。同水力発電所はロシア軍占領下にあり、ダムの貯水池からザポロジエ原子力発電所に給水している。水位が低下し冷却水が確保できなくなれば、原子力災害につながる恐れがある。ダムの水が流れ込むドニエプル川の下流で浸水被害も広がっている。
誰がダムを破壊したのか、真相は不明だ。ウクライナが「ロシアのテロリストが爆発を起こした」と非難する一方、ロシアは「ウクライナ側による破壊行為だ」と主張している。ところが日本の大手メディアは、十分な根拠もなくロシアが「犯人」だとほとんど決めつけたり、破壊したのが誰であれ、とにかくロシアが悪いと無茶な主張をしたりしている。

大手各紙は6月7〜8日、それぞれ社説でダム破壊問題を取り上げた。点検してみよう。

日本経済新聞は「ダム爆破は人道危機であり環境破壊だ」と題し、「深刻な人道危機であり、ウクライナ国土のさらなる荒廃を招くものだ。決して容認できない」と強調する。破壊の犯人については「ロシアにとっては下流地域を洪水にすることでウクライナの反転攻勢を阻むことができる一方で、実効支配するクリミア半島への水供給は制限される」としたうえで、「ロシア、ウクライナともに相手の破壊工作だと非難しており、真相は不明だ」と述べる。

ダム破壊によってロシアが得る利益(下流地域を洪水にすることでウクライナの反転攻勢を阻む)だけでなく、不利益(実効支配するクリミア半島への水供給は制限される)も挙げているのはバランスが取れている。もっとも、ダムはロシア軍が支配しているのだから、洪水にしたければ水門を開放するだけでいいのに、なぜわざわざ貴重なインフラであるダムを破壊したのか、という大きな疑問が残る。

また日経は「真相は不明だ」と認めながら、社説の後半では「そもそもロシアがウクライナに侵攻し、ダムを占拠しなければこのような惨事は起きなかった。〔略〕悲劇を繰り返さないためにはロシア軍の即時撤退が不可欠だ」とロシアを非難する。この「そもそもロシアが」論は、あとであらためて検討しよう。

朝日新聞は「巨大ダム決壊 国際法無視は許されぬ」というタイトルで、ダム決壊が「意図的な破壊行為だとすれば、重大な戦争犯罪である。被害の拡大を防ぐ努力とともに、真相の究明と責任者の処罰が必要だ」と訴える。ウクライナとロシアは非難の応酬に終始しているとしたうえで、「根拠を示さずにウクライナを非難する姿勢は説得力を欠く。国際的な調査団の受け入れなどを検討するべきだ」とロシアの説明責任を強調する。

朝日は、ロシアが「根拠を示さずにウクライナを非難する」というが、根拠を示さず相手を非難しているのは、ウクライナも同じだ。また「国際的な調査団の受け入れ」については、すでに6日開いた国連安全保障理事会の緊急会合でロシアのネベンジャ国連大使が国連のグテレス事務総長に「客観的な評価」を求めているが、そもそも国連側にやる気があるのかという問題がある。それというのも国連はこれまで、ウクライナの首都キーウ(キエフ)に近いブチャでロシア軍が市民を虐殺したとされる「ブチャの虐殺」や、ロシア産天然ガスをドイツに送る海底パイプライン「ノルドストリーム」の爆破について、ロシアから調査を求められたにもかかわらず、拒否しているからだ。

一方、トルコのエルドアン大統領は7日、ウクライナのゼレンスキー大統領、ロシアのプーチン大統領と個別に電話会談を行い、ダムの決壊について調査を行う国際的な委員会の設置を提案した。ところがウクライナはこれを「ロシアを甘やかすためのゲームにすぎない」(クレバ外相)として拒否している

また朝日は、「ロシアによるウクライナ侵略では、非戦闘員の虐殺、病院や避難所への攻撃、住宅地への焼夷弾攻撃、捕虜の虐待や拷問など、恥ずべき戦争犯罪が繰り返されてきた。〔略〕ロシアはただちに違法な侵略をやめ、戦争犯罪の処罰に応じるべきだ」とロシアを非難する。しかしこれらの「恥ずべき戦争犯罪」は、客観的な調査に基づき証明されたものではない。いずれもウクライナの一方的な言い分によるものだ。それにもかかわらずここで列挙するのは、ダム破壊の犯人はロシアだと読者に信じさせるための印象操作ではないかと批判されても仕方ないだろう。

ただし、「国際規範を守る責任がウクライナ側にもあるのはいうまでもない」と述べ、「すでに指摘されている対人地雷使用などの問題にも真摯に向き合うべきだ」とウクライナ側にもクギを刺している点は、評価できる。今年1月、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)はウクライナ軍が数千個の対人地雷を使用したとして、ウクライナに調査を求める報告書を発表している。

東京新聞は朝日と同様、ロシアの「戦争犯罪」を列挙し、「ダム決壊がロシア側の責任なら蛮行をさらに重ねたことになる」と、さらにあからさまな印象操作を行なっている。

さてここから、「とにかくロシアが悪い」という論調がもっと露骨になっていく。毎日新聞は「ウクライナでダム破壊 露の侵攻が招いた惨事だ」、読売新聞は「ダム決壊 大惨事生んだ責任は露にある」とタイトルでロシアを名指しして批判し、産経新聞に至っては、「原発取水ダム爆破 露は『戦争犯罪』重ねるな」と、裁判が開かれたわけでもないのに、早々とロシアに戦争犯罪の「有罪判決」を下す始末だ。

ロシアはなぜ悪いのか。各紙によれば、理由は大きく二つあるようだ。一つは「ウクライナが、自国の国民や領土への甚大な被害を顧みずに、ダムを攻撃したとは考えにくい」(読売)から、ダムの破壊はロシアがやったに違いない、というものだ。

大手紙の論説委員がこれを本気で言っているとしたら信じられない無知だし、事実を知ったうえでわざと書いているとしたら悪質なプロパガンダである。今回の戦争の経緯からみて、ウクライナの政府や軍が「自国の国民や領土への甚大な被害」など気にかけないことは、ほとんど常識だからだ。

これまで何度も書いてきたように、今回の戦争の発端は、米国に支援された2014年の暴力クーデター(マイダン革命)をきっかけに起こった、ウクライナの政府とロシア系住民の間の内戦だ。欧米から武器を供与された民族主義の政府は、東部・南部のロシア系住民、つまり自国民を弾圧・虐殺し続け、2022年2月にロシアが同胞の救済を目的に掲げて「特別軍事作戦」を始めた後も、砲撃などにより、同じウクライナ国民であるはずのロシア系住民の生命を奪い、財産を破壊してきた。

今回のダム破壊で洪水が広がるのも、ロシア系の人々が多い地域だ。そうだとすれば、ウクライナ政府がロシア系住民という「自国の国民」の「甚大な被害」を気にするはずがない。この事実を知ってか知らずか、「自国の国民や領土への甚大な被害を顧みずに、ダムを攻撃したとは考えにくい」などと堂々と書く新聞は、全く信用できない。

ロシアが悪いという主張のもう一つの根拠は、さきほど日経のところで触れた、「そもそもロシアが」論である。産経も「ロシアのウクライナ侵略こそがダム破壊にいたった根本的原因」と同趣旨のことを書いている。この理屈は、国連のグテレス事務総長やロシアを非難する欧米諸国の主張を参考にしたようだ。
グテレス事務総長は6日、ダム破壊を受けて緊急会見を開き、誰が破壊したかについて「国連は独自の調査を行う手段がない」とした一方、「一つだけはっきりしていることは、これもロシアのウクライナ侵攻による壊滅的な結果だ」と強調した

無理のある主張だ。もしこの言い分が通用するなら、同じ理屈で「そもそも2014年以降、欧米がウクライナに軍事支援し内戦をあおっていなければ、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった。欧米は今すぐ支援をやめよ」とだっていえる。ロシアの侵攻は国際法違反だから良くないと言うなら、米国のクーデター支援という内政干渉も同じく立派な国際法違反である。また、たとえロシアの軍事行動が国際法違反だとしても、それを理由にダムの破壊という別の国際法違反を犯していいことにはならない。

2022年2月にロシアが軍事行動を始めて以来、西側諸国はそこに至る経緯を一切無視して、大手メディアの力を借り、ロシアの行為だけを「侵略」と鬼の首を取ったように非難してきた。ロシアにとってウクライナとの戦争が最善の選択だったかという議論はあるにせよ、少なくともアフガニスタンやイラクなど世界中で侵略戦争を繰り返し、その責任をとってもいない米国やそれに追随した国々に、ロシアを侵略者と批判する資格はない。

それにしてもグテレス氏は国連事務総長でありながら、以前から露骨に西側寄り、反ロシアの姿勢をとっている。これは国連憲章第100条が国連職員に求める中立性・独立性に反する。メディアはそれを批判するどころか、グテレス氏の屁理屈をおうむ返しするばかりなのだから情けない。国際政治の専門家である細谷雄一慶応大学教授も無批判に「重要な指摘」とツイートするだけだ。

ダム破壊の最大の疑問に立ち戻ろう。誰がやったのか。大手メディアがまともな根拠もなく叫ぶロシア犯人説と違い、いくつかの有力な状況証拠は別の犯人を示唆している。

ウクライナ軍の幹部は2022年の時点で、軍事的優位を得るためにダムを爆破する用意があると公言していた。12月29日付の米紙ワシントン・ポストによれば、「〔ウクライナの〕アンドリー・コバルチュク少将は川を氾濫させようと考えた。同少将によれば、ウクライナ側はカホフカ・ダムの金属製の水門の1つに高機動ロケット砲システム(HIMARS)で試験攻撃を行い、3つの穴を開け、ドニエプル川の水位を十分に上げてロシアの横断を妨げつつ、近くの村を水浸しにしないかどうかを確認した。試験は成功した」。

記事が出る前から、ウクライナ軍はカホフカ・ダムをことあるごとに砲撃していた。ロシアによれば、2022年夏から秋にかけて、多連装ロケットシステム(MLRS)とHIMARSだけで合計300発以上のミサイルが発射されたという。ロシアは10月末、国連安保理でウクライナが同ダムを破壊する計画に注意を促し、グテレス事務総長に防止の手段を講じるよう求めたが、聞き入られなかった。

昨年9月、ロシアのパイプライン「ノルドストリーム」が破壊された際、欧米や大手メディアは今回のダム破壊と同様、まともな根拠もなしにロシア自身の犯行と決めつけた。ところがその後、米著名記者セイモア・ハーシュ氏が米海軍のダイバーによる爆破だと主張したほか、親ウクライナのグループによる攻撃が原因だった可能性があると報じられ、さらに今月6日、ワシントン・ポストは、破壊したのはウクライナ軍の特殊部隊だったと報じた。ウクライナ当局は否定している。

これらウクライナに不利な事実も踏まえ、目配りの利いた論説を練り上げるのが、優れた報道機関のはずだ。ところが今の日本の大手紙はウクライナの応援団に成り果て、不利な事実は無視し、「ウクライナは善、ロシアは悪」のラッパを吹き鳴らし、軍事支援をあおり立てる。平和を守るべきジャーナリズムが崩壊すれば、日本人が戦争に飲み込まれる日は遠くない。

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