2018-09-24

文明は衝突しない

イスラム過激派によるテロや難民問題をきっかけに、かつて米政治学者ハンチントンが唱えた「文明の衝突」は避けられないとの説が勢いを増しています。しかし、それは本当でしょうか。

現在最も深刻な国際問題の一つであるアラブとイスラエルの対立は「イスラム教とユダヤ教の宗教的対立」「聖書時代に遡る宿命」などといわれます。けれどもそれは間違っていると、中東政治を専門とする臼杵陽氏は『世界史の中のパレスチナ問題』で指摘します。

1948年のイスラエル建国以前、アラブ世界の圧倒的多数派はアラビア語を話すスンナ派イスラム教徒でしたが、少数派の中に同じくアラビア語を話すユダヤ教徒が存在しました。つまり同じアラブ人(アラビア語を話す者)でも異なる宗教を信仰する者がおり、しかも暴力的な紛争につながることはなかったのです。

臼杵氏によれば、現在の対立をもたらしたのは、近代ナショナリズムのイデオロギーによって形成された民族意識です。

パレスチナの中心都市、エルサレムにはイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の共通の聖域がありますが、7世紀にイスラム教徒がエルサレムを訪れたとき、この聖域は荒れ放題でした。ユダヤ教の信仰によれば、聖域に入ることは神によって禁じられていたからです。

敬虔なユダヤ教徒からすれば、聖域を排他的に占有することは意味のないことでした。このため聖地を巡る争いが現在のような領土問題的な紛争をもたらすことはありませんでした。

ところが民族と領土を結びつける19世紀的な新しい考え方であるナショナリズムが登場すると、特定の土地は特定の民族や国家に属さなければならないと考えられるようになります。これが現代のアラブとイスラエルの対立をもたらしたと臼杵氏は指摘します。

文化の違いが暴力的な衝突を引き起こすわけではありません。真の原因は、土地を領土として排他的に囲い込むナショナリズムです。文明の衝突と呼ばれる現象は、じつは政治の衝突にすぎません。

日経電子版のインタビュー記事で、トルコのノーベル文学賞作家、オルハン・パムク氏が「『文明の衝突』を信じる人たちは、何かが起きるたびに(ハンチントンの)仮説に沿うような材料を集め、やはり起きてしまったとあおり立てる」と批判し、代わりに「文明の平和共存」を説いています。それは決して夢物語ではなく、歴史的裏付けのある現実論です。(2017/09/24

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