注目の投稿

「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ

インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2025-02-10

墨子の侵略戦争批判

墨子は、姓は墨、名は翟。その生涯については不明なところが多いが、魯に生まれ、手工業者階級の出身と伝えられる。若いころは儒学を学んだが、後に墨家の祖となった。

墨攻(ぼっこう)(1) (ビッグコミックス)

墨子は天の意志に基づく博愛主義である「兼愛」を説いたが、戦争が兼愛主義と相容れないことは言うまでもない。その著書とされる『墨子』には「非攻」の篇があって、戦争、とりわけ侵略戦争が道徳上の罪悪であることを詳述している(以下、原則として和田武司訳を参照)。

墨子はまず、次のように説く。ここに男が1人いる。この男が他人の果樹園に忍び入って、桃や季を盗んだとする。もしこの事実を知れば、誰もがこの男を非難するだろう。役人は男を捕らえて処罰する。自分の利益のために、人に害を与えたからである。

墨子は以下、「もしこの男が、他人の犬や羊、鶏や豚を盗んだとしたら、どうか」「他人の厩舎に押し入って、馬や牛を盗んだらどうか」「罪もない人を殺して、着物や剣を剥ぎとったとしたら、どうか」と問いを重ねていく。後になるほど、男の罪は重くなり、「以上のような場合、天下の君子は、いずれもみなこの男を非難し、不義と認めるだろう」と述べる。誰もが墨子の主張に同意するだろう。

しかし、と墨子はここで指摘する。「そういう君子であっても、他国を侵略するという大きな不義については、非難しようとしない。それどころか、かえって称賛し、他国侵略を「義」とみなしている。いったい、かれらは、本当に義と不義との区別をわきまえているのであろうか」

墨子は他国への侵略を最大の犯罪として、日常的に起こる犯罪の延長線上に位置づけ、その不当性を主張している。これは現代西洋の徹底した自由主義哲学であるリバタリアニズムに通じるものがある。

米経済学者ウォルター・ブロック氏は、リバタリアニズムの原則は「誰の権利も侵害していない者に対する権利の侵害(暴力の行使)は正当化できない」ということだとしたうえで、この原則を世の中のありとあらゆる場面に適用させようとする点にリバタリアニズムの特質があるという(『不道徳な経済学』)。たとえば、徴税は国家による暴力的な権利の侵害として批判される。戦争も同様だ。

墨子は続けて、同様の主張を別の表現でたたみかける。人ひとりを殺せば、不義であるとして、必ず死刑に処せられる。もしこの論理に従うとすれば、人を10人殺したときには、不義を10回犯したのだから、10回死刑に処すべきである。100人を殺せば、100回死刑に処すべきである。こういう犯罪については、天下の君子は、いずれもこれを非難し、不義と認める。

ところが、と墨子は再び指摘する。「他国侵略という大きな不義については非難しようとしない。それどころか、かえってこれを「義」とみなしている」

ここでの墨子の論理は、チャップリンの映画『殺人狂時代』の有名な場面を思わせる。チャップリン扮するベルドーは勤めていた銀行をクビになり、金持ちと結婚しては殺し、保険金を奪うようになる。逮捕され、裁判長に向かって言う。「なるほど、私は7人の女を殺した。生活のために……。だが、戦争で100万人の人間を殺した者は、罰せられない。勲章をもらい、英雄と呼ばれる。なぜです、なぜですか」

『墨子』非攻篇には、2つの「兵」が説かれている(湯浅邦弘『諸子百家』)。1つは肯定される「兵」であり、もう1つは否定される「兵」である。否定される「兵」は、「大いに非(不義)をなして他国を攻める」「季節や民情を無視していたずらに戦争を起こす」「無実の国を攻伐する」などで、要するに侵略戦争である。

これに対して、肯定される「兵」は、「誅」と「救」の語によって端的に示される。「誅」とは古の聖王が天命を受けて不義の暴君を罰するための誅罰であり、「救」とは大国から攻伐から弱小国を救済するための防衛戦である。このうち「救」の防衛戦が、まさしく墨者の活動にあたる。

墨家は、兼愛と非攻の理想を実力行使によって実現しようとした。単に戦争反対を叫ぶのではなく、軍事集団を組織して、弱小国の防衛にあたったのである。その実践体験の中から、城の防衛に関する様々な技術も編み出した。前述したように、墨家の非戦論は侵略に反対するもので、絶対平和主義ではない。正当防衛であれば実力行使を認め、その手段として外部の民間組織を活用する点は、やはりリバタリアニズムと共通する。

フィクションだが、墨家の防衛活動を具体的に描いた作品がある。漫画『墨攻』(作画・森秀樹、原作・酒見賢一)は、大軍にたった1人で立ち向かった墨者の物語だ。中国の戦国時代、趙の1万5000の大軍は燕の小さな梁城を落とそうと迫る。梁は墨家に救援を要請したが、やって来たのは革離というみすぼらしい、たった1人の墨者だった。革離は、様々な守城技術を駆使し、趙の攻撃を見事に跳ね返す。

あるとき、死を覚悟した革離は部下に対し「今度の戦でもし拙者が死んでも、拙者のなきがらは野ざらしにしといてくれ」と頼む。「そんな失礼なことは出来ません」と驚く部下に、革離は「いや、それが一番うれしいのだ」と答える。「何の報酬も望まず、他人に奉仕する墨者にとって、薄葬(手厚い葬式の反対の意)こそ最高の礼であった」と作者は説明する(単行本第3巻)。

中国哲学研究者の湯浅邦弘氏によれば、墨家は、ひたすら「天下の利」のために、侵略戦争を実力で阻止しようとする。一国の王に殉ずるのではなく、あくまで天下のために奔走するのである。彼らを支えるのは、墨者の「義」であり、王から与えられる褒賞ではない。

墨家は、儒家と天下の思想界を二分するほどの勢力を築き上げたが、秦帝国の成立以降、歴史上から忽然と姿を消す。秦帝国が法家思想に基づいて導入した中央集権的な郡県制と、封建体制の下、諸国家が平和に共存する世界を理想とする墨家思想の対立が原因だとみられている。

墨家は思想活動のためには武装を伴い、治外法権的集団を必要とするうえ、常に全世界的視野にのみ立ち、個人的信条としてはほとんど意味をなさないゆえに、漢代以降、諸学派が形を変えて復興する中にあって、ひとり墨家だけは、再生することなく絶学への道をたどることになった(浅野裕一『諸子百家』)。

戦争という国家の暴力が世界で頻発する現在、墨子の思想は再評価の価値がありそうだ。

2025-02-03

トランプ就任演説の光と影

ミーゼス研究所創設者・会長、ルーウェリン・ロックウェル
(2025年1月27日)

ドナルド・トランプが2期目の任期を開始するにあたり、私たちは当然、今後を予想したくなる。確かに、マルクス主義者のカマラ・ハリスが、脳死状態の「大統領」ジョー・バイデンの後任にならなかったことは喜ばしいが、その残念な大失敗者と比べて、トランプ大統領はどれほど改善されるのだろうか。今週のコラムでは、就任演説からいくつかの手がかりを得ようと思う。
トランプは非常に楽観的な口調で次のように述べている。「アメリカの黄金時代は今始まる。今日から、わが国は再び繁栄し、世界中で尊敬されるようになる。すべての国がうらやむ存在となり、これ以上、つけこまれることはない。わが国の主権は回復する。安全は回復する。正義の天秤は再び均衡する。司法省や政府による悪質で暴力的で不公平な武器化は終わる。そして、私たちの最優先事項は、誇り高く、繁栄し、自由な国家を築くことだ。アメリカは、まもなくこれまで以上に偉大で、強力で、はるかに卓越した国となるだろう。私は、自信と楽観的な見通しを持って大統領職に復帰する。なぜなら、私たちは国家的な成功のわくわくするような新しい時代の始まりに立っているからだ。変化の波が国を席巻し、世界全体に陽光が降り注いでいる。そして、アメリカには、この機会をこれまでにないほどつかむチャンスがあるのだ」

ここで強調されているテーマは「強さ」である。アメリカは他国から尊敬され、羨望の的でなければならない。そして、この目標を達成するには、これまで以上に強くなる必要がある。ロスバード派にとって、これは間違っている。私たちは、他国とどちらが強いかを競い合うべきではない。むしろ自分のことに専念し、他国と平和的な関係を築くべきだ。一方で、この幕開けには良い点もある。特に、「悪質で暴力的かつ不公平な司法省の武器化」との戦いについてはそうだ。私たちの真の戦いは、「目覚めた」左派との戦いであるべきだ。

トランプは、私たちに警戒を促すべきもう一つの発言をしている。彼は自分自身に対して無限の信頼を寄せており、神が彼を「偉大さ」を取り戻すためにアメリカに呼び寄せたと主張している。「ほんの数か月前、ペンシルベニア州の美しい野原で、暗殺者の銃弾が私の耳を貫通した。しかし、私はそのとき、そして今ではさらに強く、自分の命は理由があって救われたのだと感じている。私はアメリカを再び偉大にするために神によって救われたのだ」。ロスバード派はリーダーを望んでいない。重要なのは政府の権力を減らすことであり、増大させることではない。ロン・ポールは決してこのようなことは言わない。

このスピーチで最もすばらしいのは、トランプが、私たちが「目覚めた」左派と戦う必要があることを認識している点である。彼は、マイノリティを優遇する連邦政府の雇用要件を廃止し、伝統的な家族を破壊することを目的としたトランスジェンダー政策に対する政府の支援を打ち切るだろう。「今週、私はまた、公私にわたるあらゆる側面で人種やジェンダーを社会的に操作しようとする政府政策を廃止する。本日をもって、今後はアメリカ政府の公式政策として、性別は男性と女性の2つだけであるとする。そして、勤務中に過激な政治理論や社会実験の対象となることを、我が国の戦士たちに止めさせる命令に署名する。即座に終了させる」

また、トランプが外国での戦争に関与しない意向を示していることも、私たちを勇気づけている。「私たちは、勝利した戦いだけでなく、終結させた戦争によっても、そして、おそらく最も重要なのは、参加しなかった戦争によっても、その成功を測るだろう。私の最も誇らしい遺産は、平和の使者であり、調停者であることだ。それが私のなりたい姿だ。平和の使者であり、調停者なのだ」。しかし、他国に平和的解決を押し付けるのは私たちの仕事ではない。トランプがプーチンにウクライナ戦争を終わらせろ、「さもなければ」とメッセージを送ったのは良いニュースではない。

トランプは、インフレ対策、政府支出の削減、グリーン・ニューディールの終了が必要だと正しく言っている。もう一度言うが、トランプがカマラ・ハリスを破ったことを喜ぶべきだ。「インフレ危機は、大規模な浪費とエネルギー価格の高騰によって引き起こされた。私の今日の行動により、グリーン・ニューディールは終了する。つまり、自分の好きな車を購入できるようになる」。しかし、インフレを終わらせるには、さらなる紙幣の印刷を止め、連邦準備理事会(FRB)を廃止し、金本位制を復活させることだ。

インフレを終わらせるには、アメリカの消費者を傷つける関税や貿易制限を課さないことだ。関税は価格を吊り上げる。関税は、アメリカが他国に税金を支払わせる魔法の公式ではない。私たちは自由市場が妨げられることなく機能することを許容するべきであり、アメリカの製造業の雇用を増やそうとする産業政策を課すべきではない。トランプはこのことを理解していない。「我々は、ほんの数年前までは誰も想像できなかったようなペースで、再びアメリカ国内で自動車を生産する。私は、アメリカの労働者と家族を守るために、貿易制度の改革を直ちに開始する。他国を潤すために自国民に課税するのではなく、自国民を潤すために外国に課税するのだ。マッキンリー大統領は関税によって我が国を非常に豊かにした」。とはいえ、トランプが、いわゆる「貿易協定」の多くは政府管理の貿易であり、真の自由貿易ではないと指摘しているのは正しい。そして、私たちはそれらの協定から脱退すべきである。

私たちが、トランプが言うように平和を望むのであれば、アメリカの領土を拡大しようとしたり、パナマ運河を乗っ取ろうとしたり、それに関して中国と戦争をしたりすべきではない。「アメリカは、つまり、考えてみてほしい。これまでにないほど多額の資金を投じ、パナマ運河の建設で3万8000人の命を失った。決して行うべきではなかった愚かな贈り物によって、私たちはひどい目に遭わされた。パナマが私たちに約束したことは破られた。私たちの取引の目的と条約の精神は完全に踏みにじられたのだ。アメリカの船は、あらゆる面で厳しく過剰請求され、公平に扱われていない。それにはアメリカ海軍も含まれる。そして何よりも、パナマ運河は中国が運営している。私たちは中国にそれを与えたわけではない。私たちはパナマにそれを与えたのだ。そして、私たちはそれを取り戻す」。1世紀前に私たちがプロジェクトに資金を提供したからといって、現在それを所有しているという主張は有効ではない。

また、トランプが「今日はキング牧師の日だ。彼の名誉を称え、我々はともに彼の夢を現実のものとするために努力する。我々は彼の夢を実現させる」と述べたことにも落胆した。キング牧師は親共産主義の扇動家であり、彼の「夢」はアメリカを社会主義国に変えることだった。

問題はあるものの、トランプのスピーチには多くの優れた点がある。私たちは、彼がこれらの政策を実施するよう全力で働きかけ、自由市場と不干渉主義の外交政策を支持するよう強く促すべきだ。

野望は偉大な国の活力の源であり、今、私たちの国は他のどの国よりも野心に満ちている。私たちの国のような国は他にない。

(次を全訳)
A New President Takes Office - LewRockwell [LINK]

【コメント】故マレー・ロスバードとともにミーゼス研究所を設立したロックウェル氏による、バランスの取れたトランプ新大統領評。全体としてはトランプ氏に期待を寄せながらも、リバタリアンとして批判すべき点はしっかり批判している。これがシンクタンクや言論人の果たすべき役割だろう。トランプ氏やアルゼンチンのミレイ大統領の問題点に目をつぶり、ひたすら持ち上げるのは、シンクタンクではなく応援団である。

2025-01-26

ミレイ氏は債務支払いを拒絶せよ

オスカー・グラウ(音楽家)
2025年1月20日

ハビエル・ミレイがアルゼンチン大統領に就任した2023年12月、アルゼンチンの公的債務は約3700億米ドルで、アルゼンチンの国内総生産(GDP)のほぼ60%を占めていた。この債務は、公的部門、民間部門、二国間組織、多国間組織(国際通貨基金=IMFもそのひとつ)に分かれる。実際、21の協定の歴史を持つアルゼンチンは、IMF最大の債務国である。そして、ミレイ政権がいくらかの融資を受けた最後のIMFプログラムは、2022年に始まった。


公的債務

融資取引が行われるとき、債権者は、一定期間内に利息をつけて返済するという約束と引き換えに、債務者に金額を振り込む。しかし、債務者が取引を完了せず、期限内に返済しなかった場合、債務者は債務不履行となり、債権者は元本と利息を回収するために契約上の救済手段を用いることができる。しかし、政府が借金をする場合、政府当局者は自らの資金を担保にするわけでも、自らの名誉をかけて返済を約束するわけでもない。政府は債権者からお金を受け取り、そのお金は納税者の懐から返済されることを両者は知っている。

したがって、公的な債権者は、後で税金の分け前を受け取るために、今すぐお金を渡すことをいとわない。他人の財産について契約を結ぶことは、両当事者が財産権の侵害に加担することになる。これは正当な契約ではない。そして、契約の当事者でない者が果たすべき義務を伴う契約は無効であり、そのような 「債務者」に対して強制することはできないというのが、民法とローマ契約法の共通の原則である。したがって、私有財産と契約の枠組みを公的信用に適用することはできない。しかし、この問題で私有財産と正義が勝利するためには、人々は単純に私法の原則を守り、公的債務に対してもそれを守るよう要求すべきである。

それにもかかわらず、政府は資金を調達するために金融市場を利用し、債券を発行する。政府が自国民から金をむしり取る可能性は事実上無限にあるため、これらの証券の買い手にとってリスクは通常非常に低く、政府に金を貸し、利子から利益を得てリターンを得る個人にとって、国債は安全な投資形態となっている。さらに、政府が支配する中央銀行は、同じ政府から国債を購入し、公的債務を直接マネタイズ(財政ファイナンス)することもできる。したがって、通常、国債市場で流動性が低下するという問題は起こらない。それでも、国債はリスクがないわけではない。政府がその債務を拒絶することもあれば、政権が変われば、借金の存在を証明する文書の尊重を拒否することもある。それはともかく、すべての国債の満期のための現金は、税金かインフレからしか得られない。結局、国債市場には不正しかないのだ。

矛盾と混乱した思考

ミレイが長年にわたって問題視してきたように、公的債務の問題は、将来の黒字、つまり将来の税金で、将来の世代を犠牲にして返済しなければならないことであり、それは不道徳であり、将来の世代に対する詐欺であると彼は考えた。しかし、大統領選の月(2023年10月)、ペソ建ての債務不履行の可能性について質問されたミレイは、IMFとの話し合いと、「契約と財産権」が尊重されることを保証し、債務を「尊重する」と約束したことに言及した。それなのに、2024年6月、ミレイは、債務を負うことは 「絶対に不道徳な対処法 」だと言って、公的債務に再び反対を表明した。

第一に、最低限、現世代はすでに様々な政府債務の年利を日常的に支払っている。第二に、ミレイは、公的債務の契約は不道徳だが、返済は契約と財産権を尊重することだから、不道徳ではないと主張しているように見える。しかし、これは矛盾している。すなわち、確かに、合法的な融資取引は当事者が自発的に契約条件に同意することで成立するのだから、返済とは、まさに融資契約において財産権を尊重することで始まった取引の完了にすぎない。しかし、公的な融資契約においては、財産権は尊重されず、したがって公正な契約は成立しない。したがって、公的債務の履行を道徳的義務と考えることは、その契約を不道徳なものと考えることと衝突する。

債務と債務負担

ミレイの債務に対する道徳的抵抗が本物かどうかは別として、アルゼンチンは2024年7月に米州開発銀行(IDB)から融資の承認を受け、2024年10月にも融資が確定した。ミレイ政権下の財政黒字にもかかわらず、対外債務は2024年第3四半期までに50億ドル減少したものの、総公的債務は2024年6月までに720億ドル増加していた。この月、ミレイはアルゼンチンが近代史上最大の債務不履行国になったと振り返ったが、それを変えようとしていると指摘した。そして実際、ミレイ政権はそれを変えているだけでなく、納税者の​​犠牲のもとで少数の利益のために金融市場を支え、資本と外貨の義務を含めて、アルゼンチン国民が長年拒否してきた通貨の相対的な再評価に資金提供するよう納税者に強いている。

実際、アルゼンチンでは慢性的なインフレと社会危機が何十年も続いてきたため、国民は貯蓄や計算にはドルを好むようになっていた。そのため、2023年末には、国内金融システム外に約2780億ドルが存在するようになっていた。

確かに、公的債務総額の増加は、中央銀行の債務の大半が財務省に移管され、中央銀行が商業銀行への債務返済のために新たにペソを大量に印刷する必要がなくなったことで、かなりの程度説明できる。また、両政府機関の債務を考慮した場合、2024年10月とミレイが着任する前月の2023年11月を比較すると、債務総額は190億ドル減少した。しかし、それでも財政黒字で返済される見込みである財務省の債務負担は増加している。一方、ミレイ政権の財政均衡のやり方は、何よりもまず債務債務の利子と元本を支払う能力を確保する点に重きを置いている。

少し前にミレイは、2024年はアルゼンチン史上初めてデフォルト(債務不履行)を伴わない財政黒字の年になると強調し、最後に財政収支がプラスになったのが2014年だったことを思い起こさせ、これは債務の満期金を支払わないことで達成されたと強調した。それなのに、アルゼンチンがこれほど頻繁に危機と社会不安に見舞われているのは、デフォルトのせいではなく、そもそも政治指導者が借り入れを求めるようになった政策のためであり、経済と納税者をさらに苦しめるのは債務と返済なのである。

ミレイと支払い拒絶

ミレイが長年にわたって政府に反対し、経済学者でリバタリアンであるマレー・ロスバードの言葉を引用してわめき散らしてきたことを考えれば、ミレイは大統領選中、公的債務に関するロスバードの教えを適用し、広め、少なくとも何らかの意味のある政府債務の拒絶を提案したと考えるのが自然だろう。それなのに、ミレイの公約である債務の支払いと銀行システム内のペソの救済(彼は「市場救済」と呼んだ)は、彼が無政府資本主義者として憎んでいるはずの政府が発行した債務から利益を得た、公的債権者の支援を含んでいた。加えて、公的債務の外国人および民間所有が、信用低下と過去のデフォルトによってすでに抑制されていたとすれば、ミレイの公約がアルゼンチンの納税者のためにならないことは明らかだろう。

2025-01-19

ミレイ氏のインフレ政策

サイファディーン・アモウズ(エコノミスト)
2025年1月10日

アルゼンチン経済の奇跡に興奮する人々は、あらゆる政府統計に基づいてそのように考えているが、そこから除かれている最も重要な統計がある。マネーサプライ(通貨供給量)の測定と公的債務の増加だ。

自由市場派で(リバタリアンの経済学者)マレー・ロスバードの信奉者とされる(ハビエル・ミレイ)新大統領の下、2024年のアルゼンチンのマネーサプライは、以下の驚くべき割合で増加した。

M0:209%
M1:133%
M2:93%
M3:123%

大局でとらえるために、これらの数字が、アルゼンチンが世界最悪の機能不全に陥った不換通貨の国としてその名を轟かせた、以前の数年をはるかに上回っていることに注目してほしい。

2020〜23年の4年間、アルゼンチンのマネーサプライが示した年平均増加率は以下のようだった。

M0:50%
M1:77%
M2:90%
M3:86%

ミレイ大統領領の就任後6カ月で、公的債務は3700億ドルから4420億ドルへと、驚異的な19.4%の増加となった。6カ月で720億ドルの借金をすれば、どんな経済統計も良く見えるが、もちろん問題は長期の影響である。お金を印刷して借り入れをすれば、短期の成長、貧困、失業、インフレの数値を良く見せることができる。こうして、目先の利益を追求する代償を将来に転嫁し、法外な金利を支払うことになる。事態がこれ以上悪くなることはないだろうと考えていた人々は、考え直す必要があるかもしれない。

ミレイ氏が選挙運動中、中央銀行の廃止を公約に掲げ、それは譲れないとまで述べていたことを思い出してほしい。それなのに就任するとすぐに、そのような話はすべて無視され、中央銀行を閉鎖することは政治的に非常に不人気であるという手の込んだ話に置き換えられた。この点において、ミレイ氏は政府がインフレを正当化する際に用いる常套手段である、国家主義の巧みな言い回しを余すことなく取り入れている。すなわち、インフレを止めることによる短期の痛みが非常に大きいので、インフレ路線を継続し、長期の影響を無視するほうがいいというのである。実際にはアルゼンチン中央銀行は破綻しており、この現実を早く認識すればするほど、克服も早くなる。中央銀行を救おうとしても、債務を積み上げることでしかできず、それは将来の問題をさらに悪化させる。この点において、ミレイ氏は将来を犠牲にして目先の救済を求める、これまでのすべての前任者たちと何ら変わりはない。

ミレイ氏はまた、公的債務の不履行(デフォルト)も拒否している。これは国民を、前任大統領たちの乱費による永遠の債務奴隷状態から解放する、ロスバード流の解決策となっただろう。対外債務の不履行と中央銀行の閉鎖は、数カ月の苦しい調整を余儀なくさせるだろうが、その後アルゼンチン経済は、政府がインフレを引き起こしたり、国民に負債を負わせたりする可能性もなく、堅実な基盤の上に回復するだろう。そのような経済では、おそらく外貨とビットコインが支配的になるだろう。そして政府は必然的に、通貨を印刷できないという事実によって制限されることになる。

ミレイ氏は中央銀行を閉鎖せず、マネー増発を容認することで、アルゼンチンの将来に通貨危機の種をまいている。デフォルトを宣言せず、前政権で国に災厄をもたらしたのと同じ銀行家たちを雇うことで、国際通貨基金(IMF)からの新たな救済を熱望しているように見える。それはアルゼンチン国民を世代を超えた負債の奴隷にし、さらなる財政危機を将来にわたって背負わせることになるだろう。驚くことではないが、ミレイ氏は大幅な増税をしようとしており、オーストリア学派経済学に対するその理解は、テレビで陳腐な決まり文句を繰り返す以上のものはないことを示している。政府の借金を増やすために増税することは、国際銀行カルテルとIMFの犯罪者たちを利する、アルゼンチン国民に対する犯罪である。これはIMFのケインズ主義者たちが推し進める専制的な処方箋であり、真の経済学者が支持するものとはまったく関係がない。

ミレイ氏が財政赤字を削減したことは大々的に取り上げられたが、これはそれほど重要なことではない。アルゼンチンの問題は、財政赤字が大きかったことではない。赤字はたいてい、国内総生産(GDP)の4%以下とかなり低く抑えられていた。これは大きなインフレや財政問題のないヨーロッパ諸国と同じ範囲である。問題は常にマネーサプライの増加と公的債務にあり、ミレイ氏の下で、この両方が前例のないほど加速した。

ミレイ氏はさらに追い打ちをかけるように、アルゼンチンに残されたわずかな金(ゴールド)を、いくばくかの収益を求めてロンドンに送った(訳注・借り入れの担保にしたとみられる)。カウンターパーティーリスク(取引先の破綻リスク)のない、政治的に中立な通貨資産(金)を質入れして、小銭を稼ごうとする姿勢は、信頼感を呼び起こすものではない。歴史家のニール・ファーガソン氏は著書『マネーの進化史』の中で、アルゼンチンの経済問題がどのようにして始まったかを詳しく説明している。1946年に当時のペロン大統領が中央銀行を訪問し、そこに大量の金塊が眠っていることに驚いたのがきっかけだった。当時、アルゼンチンの金準備高は1000トンを超えており、ペロンとその後継者は、本来は国民の通貨を裏付けるべき金準備を切り崩して、支出を賄うという誘惑に抵抗することができなかった。その結果、過去80年にわたる惨事が起こったのである。何十億パーセントものインフレと数え切れないほどの債務不履行を経て、アルゼンチンの金準備高は現在では61トンにすぎない。ミレイ氏は最後の準備資産を質入れし、目先の利益を手に入れ、借金返済を続けてIMFからの新たな融資を受けられるようにしたことで、ペロンのインフレ政策の遺産を論理的に完結させた。アルゼンチンは今、自国の資金を持たず、政治的・経済的リスクをはらんだ外国銀行からの負債だけが膨れ上がっている。このペロン主義者(=ミレイ氏)が自らの行動を正当化するためにロスバードを引き合いに出すたびに、ロスバードは墓の中で顔をしかめていることだろう。

このデータは驚くべきものであり、誇張とは正反対のものである。しかし、このデータがなぜ間違っているのかを証明できる人がいるのでない限り、ミレイ氏は自由主義や自由市場の美辞麗句を声高に主張するにもかかわらず、長期のインフレと負債によって短期の人気を得ようとする、典型的なラテンアメリカのポピュリスト的インフレ主義者であり、ペロン以降のアルゼンチンの指導者たちと本質的には何ら変わらない。ミレイ氏の自由市場に関する大げさな言い回しが達成したとみられることは、アルゼンチンの貧しい人々をだまして、ビットコインのような有効な代替策を見つける代わりに、機能しなくなった中央銀行を再び信頼させることだけだ。ミレイ氏の反社会主義的な美辞麗句は耳に心地よく、そのヒステリックな行動、絶え間ない感情的な叫び、勝利を誇示するような芝居がかった態度は、一部の人にとっては面白いかもしれない。しかし、勝利を祝う人々に運命が残酷な仕打ちを与えるのは、よくあることだ。

私的な意見を述べさせてもらえば、ミレイ氏が最近(経済学者)ハンス・ヘルマン・ホッペ氏に対して行った攻撃は馬鹿げていると思う。ホッペ氏の主張はまったく正しい。すなわち、ミレイ氏は中央銀行の閉鎖も、(政府債務の)デフォルトもしていない。これらは経済を理解し、権力よりもアルゼンチン国民の幸福に関心のある人であれば、正しい行動だっただろう。ミレイ氏は単にホッペ氏を侮辱し、経済を理解していない愚か者呼ばわりしただけだ。それにもかかわらず、ミレイ氏は中央銀行を維持するための実際の経済論を提示するのではなく、ケインズ派の教科書からそのまま引用した政治論を展開した。これは歴史上のあらゆる社会主義者やケインズ派の政治指導者が用いてきた議論と同じものだ。すなわち、インフレは今、短期的に必要である。なぜなら、それを止めることによる政治的コストはあまりにも壊滅的なものとなるから、というものだ。

これを経済学に関する深い洞察であるかのように装うのは馬鹿げている。これは単に、ミレイ氏が権力を維持するための政治戦略論にすぎない。ミレイ氏やその同僚の社会主義者、ケインズ主義者が正しいかどうかはさておき、中央銀行制度を擁護する最も単純で愚かな政治的論拠を理解していないという理由で、ホッペ氏を経済学に無知だと呼ぶのは馬鹿げている。ホッペ氏が学者であるのに対し、ミレイ氏は現実世界の指導者として成果を上げているという理由で、ホッペ氏が経済を理解していないとほのめかすのもまた、無意味である。ホッペ氏、あるいは16歳の少年の誰かでも、アルゼンチンに6カ月で720億ドルの負債を負わせ、1年で通貨供給量を2倍に増やせば、ミレイ氏がアルゼンチンで達成したのと同じ成果を上げることができる。

それよりも、ミレイ氏自身が選挙運動中、なぜ中央銀行の閉鎖が不可欠であり、譲歩できないと主張していたのかを説明したほうが、はるかに有益だったろう。ミレイ氏もまた、経済を理解していない愚か者だったのだろうか。それとも、自分が攻撃の標的にして名を馳せたような、嘘つきで日和見主義のインフレ政治家たちと同じような人物だったのだろうか。

(次を全訳)
Javier Milei One Year Assessment [LINK]

【コメント】筆者アモウズ氏は『ビットコイン・スタンダード』(邦訳あり)などの著書のある、オーストリア学派エコノミスト。リバタリアンを自称するミレイ・アルゼンチン大統領の1年間の政策運営をデータに基づき検証したうえで、看板に偽りありとして厳しく批判している。データが示すところによれば、ミレイ氏の政策は、通貨供給量と政府債務を膨らませ、それによって目先の景気回復を演出するインフレ政策である。ミレイ氏の政策には一部評価するべき点があるかもしれないが、財政・金融政策でケインズ主義的な悪政を繰り広げるようでは、そんなプラス面は吹き飛ぶ。日本ではアベノミクスというインフレ政策によって引き起こされた経済の疲弊が深刻になり、それをごまかすために、一部の政治家がさらなるインフレを主張するという、末期的な様相を呈している。一部のリバタリアンが熱狂的に支持してきたミレイ氏も、それに似た徒花にすぎなかったのだろうか。政治家は勇ましい演説ではなく、結果によって評価されなければならない。真実は時とともに明らかになるだろう。

2025-01-12

孫子、戦わないことが最善

『孫子』は中国・戦国時代の兵法書として名高い。武人で兵法家の孫武(孫子)が著し、後継者たちによって徐々に内容が付加されていったと考えられている。合理的な哲学に貫かれ、時代を超えた普遍性を持つ。その最大の特色は、戦争の方法を説いた書でありながら、戦わないことを最善とすることにある。

孫子 (講談社学術文庫)

孫子の軍事思想の原則の一つは、「戦いに勝利を収めることを論ずる兵法書でありながら、なるべく実際の戦闘をしないよう説くことにある」と中国史学者の渡邉義浩氏は指摘する。それを象徴する言葉が「百戦して百勝するは、善の善なる者にあらざるなり」(謀攻)である(引用は原則、渡邉『孫子』による。表記を一部変更。カッコ内は篇名)。

諸子百家と呼ばれる古代中国の思想家のうち、王道政治を理想とする儒家の孟子は、覇者の行う戦争を否定した。無差別平等の愛である兼愛を説いた墨子は、侵略戦争を絶対的な悪と考え、侵略された者を守ることで「非攻」を貫こうとした。

これらに対し孫子は、戦いを善悪により判断しない。戦いはすでに現実として存在するものとしてとらえる。そのうえで、相手を自分に従わせることを戦いの目的と考え、相手をなるべく傷つけずに自分に従わせようとする。それを「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」(同)と表現している。

戦わずに敵の軍を屈服させるための具体的な弊の用い方を4種に分類して、その優先順位を述べる。①上策は、外交策や離間策などの奇策をめぐらし、戦わずに勝利を収めることだ。②次善の策として、戦いがちょうど始まろうとする出端を討つ。③整った陣の兵を討つことは、もはや勧められることではなく、④城を攻めることは下策である。城攻めのような包囲策は、敵の10倍の兵力が必要だという。

孫子の大きな特徴は、勝敗を事前の計算で予測するような合理性にある。古代の君主は宗廟の前で戦争の吉凶を占った。これに対して、孫子は宗廟で占いをするのではなく、軍議を開いて敵軍と自軍の有利・不利な条件を比較して、数え上げていくべきだとする(始計)。「勝算」という言葉はこれを起源とする。

孫子の合理性は、戦争が多額の資金を費やし、国を経済的に滅亡させることを説くところにも表れる。用間篇によれば、10万の兵を起こして、1000里の彼方に遠征すると、1日ごとに1000金を費やすという。前出の渡邉氏によれば、漢代では「中家」、すなわち中産階級の総資産は10金とされる。現代の総資産の中央値を1000万円とすると、1000金は10億円となる。100日間にわたり戦争をすれば、1000億円が吹き飛ぶ。

戦争の負担は直接的なものに限らない。孫子によれば、10万の兵を起こして1000里の彼方に遠征すると、耕作に携われない者が70万家にも及ぶという。漢代では一家は平均5人より構成され、2人を働き手とするから、140万人分の働きを奪われることになる。出兵の規模が増え、遠征地が遠くなれば、負担はさらに大きくなる。

莫大な費用がかかることは、戦争に勝ったとしても同じである。このため謀攻篇では、すでに触れたように、「百戦して百勝するは、善の善なる者にあらざるなり」と述べ、すべての戦いに勝利したとしても、それが最善ではなく、避けられる戦いは避けるべきだと主張するのである。

それでも、たとえば侵略戦争を仕掛けられた場合、戦わなければ国家は滅亡する。このような場合、孫子は孟子や墨子のように反戦を主張するのではなく、戦争に莫大な費用がかかることを踏まえたうえで、どのように戦うべきかを実践的に示す。それは、とにかく戦いを長引かせないことだ。

作戦篇によれば、「戦争には(巧みでなくとも速さで勝つ)拙速は聞くことがあるが、巧みであっても長期にわたる(巧遅という)ものはない」。「拙速」は、現代の日本語では悪い意味でしか使わないが、兵は「拙速」であることが求められ、巧みでも遅い「巧遅」は求められない。長期間の戦争を行うことが不利であることは、経済的な負担の大きさだけではない。勝利はしたものの、力も財も尽きたことを見た他国が、自国に攻め込んで来ることも、警戒しなければならないのである。

孫子の合理性を示すもう一つの主張は、情報の重視だ。綿密な情報分析を客観的に行うことができれば、実際に戦う前に勝敗は決していよう。

敵の情報を得るために中心となるものは、間(間諜、スパイ)である。『孫子』は、最後にスパイの重要性を説いた「用間篇」が置かれているのが、非常に大きな特徴となっている。今では常識とされているが、当時において、戦争における情報の大切さを説いたのは画期的だった。

中国哲学研究者の湯浅邦弘氏によれば、それまでの戦争とは、事前の情報収集に腐心するというよりは、とにかく現場に行って奮闘してみようというものだった。ところが孫子は、情報こそが勝敗を決める、情報の収集と分析によって勝敗の8割がたは決まってしまうと喝破したのだ(『老子x孫子』)。

「彼を知り己を知らば、百戦してあやうからず」(謀攻)という有名な一節は、現代風にいえば「インテリジェンス」、つまり諜報活動、情報収集などをきちんとすべきだということを、すでに2500年前に言っているのだから、「大変な驚き」だと湯浅氏はいう。

古来最も代表的かつ最もすぐれた兵書と目される『孫子』を読み進めていくと、孫子は「戦争に勝つ」ことを至上の目的とは考えていないこと、少なくとも正面切った戦闘で敵を打ち破ることを至上の目的とは考えていないことがわかってくる。孫子の兵法の真髄は「戦わずして勝つ」ことであって、それはスパイや謀略などによって達成すべきものなのだ。

スパイや謀略というと、卑劣な手段であるかのように軽視・侮蔑されがちだ。だがそれでは勝利はおぼつかないし、無謀な戦闘によって多大な人命・財産を犠牲にすることになる。中国哲学研究者の浅野裕一氏は「陰謀や裏切り、虚偽や冷酷が渦巻く諜報の世界にこそ、戦争の惨禍を最小限に押さえ、国家と民衆を救済せんとする、高貴な精神が脈打っている」(『孫子』)と指摘する。

2024-12-28

木村貴の経済の法則!(2024年)

  1. 株高をもたらす最大の要因は? 「ファンダメンタルズ」ではない(2024/1/12)
  2. お金の量の変化で株価の先行きを占う 注意が必要なポイントとは?(2024/1/19)
  3. インフレに最も強い運用手段は? 実質課税に対抗しよう(2024/1/26)
  4. ハイパーインフレとは何か? そのとき株価はどうなる?(2024/2/2)
  5. 米大統領選、誰が勝てば株高に? 民主・共和政権のパフォーマンスを点検(2024/2/9)
  6. 長期の株高をもたらす政治指導者とは? 米大統領ランキング、上位は意外な顔ぶれ(2024/2/16)
  7. 日本株、バブルの轍を踏まない3条件【日経平均、一時最高値】(2024/2/22)*臨時解説
  8. 景気って何だろう? 株価との関係は?(2024/3/1)
  9. 不況は買い、好況は売り 株と景気の奇妙な関係(2024/3/8)
  10. 財政出動で株は買い? 判断のポイントはここ(2024/3/15)
  11. 日本株、ここから始まる「正常化相場」 創造的破壊にかじを切れ【日銀、マイナス金利解除】(2024/3/19)*臨時解説
  12. 財政危機は株投資のチャンス インフラ整備、「官から民へ」加速へ(2024/3/22)
  13. 独禁訴訟、GAFA株の重しに? 競争を促すというけれど…(2024/3/29)
  14. ロックフェラーに学ぶ投資の極意 石油王を襲った悲劇とは?(2024/4/5)
  15. 世界経済の未来が明るい理由 グローバル資本主義の「静かな革命」は続く(2024/4/12)
  16. 金が買われる本当の理由 不換紙幣への信頼揺らぐ(2024/4/19)
  17. 戦争は経済にとって有益か? 第二次世界大戦や朝鮮戦争で検証(2024/4/26)
  18. 円の凋落、放蕩政治のツケ【一時1ドル160円台】(2024/4/30)*臨時解説
  19. お金って何だろう? ロビンソン・クルーソーに学ぶ基本のキ(2024/5/10)
  20. 金と銀がお金になったのはなぜ? ピノッキオが理解しなかったその理由(2024/5/17)
  21. 民力奪う国債の供給過剰、市場が警告【長期金利、11年ぶり1%到達】(2024/5/23)*臨時解説
  22. 金本位制って何だろう? マネー乱造に歯止め、復権機運も(2024/5/24)
  23. インフレという言葉の謎 本当は「物価上昇」ではない?(2024/5/31)
  24. 産業育成は政府の仕事か? むしろ発展を妨げた戦後の歴史(2024/6/7)
  25. 「五公五民」じゃ豊かになれぬ 経済復活のカギは減税(2024/6/14)
  26. ウクライナ発、経済危機の足音(2024/6/21)
  27. 金融危機はなぜ起こる? 名作映画に学ぶシンプルな解決法(2024/6/28)
  28. 金利を決めるホントの要因 のび太もジャイアンも得する取引とは?(2024/7/5)
  29. マイナス金利のファンタジー 現実逃避のツケはこれから?(2024/7/12)
  30. 無税社会は「北斗の拳」の暗黒世界か? 国税庁の偏ったメッセージ(2024/7/19)
  31. 「金本位制」復活は時代錯誤か? あの「マエストロ」が金融政策のお手本に(2024/7/26)
  32. 南米の豊かな国をなぜハイパーインフレが襲ったのか? 経済を四半世紀で破綻させた介入政策(2024/8/2)
  33. 大恐慌への道を避けるには? 政府の「景気対策」にご用心(2024/8/7)*臨時解説
  34. フランス革命、恐怖政治生んだ高インフレ 不換紙幣の大量発行が破滅もたらす(2024/8/9)
  35. 巨大帝国はインフレで滅びる ローマと米国、経済失政そっくり(2024/8/23)
  36. 中央銀行が金を爆買いする理由 揺らぐドルの信認、1万ドル目指す? (2024/8/27)*臨時解説
  37. ハイパーインフレになったらどうするか? ジンバブエに学ぶサバイバル術(2024/8/30)
  38. ルパン三世はなぜ偽札を捨てたのか? 「カリオストロの城」が示す不換紙幣の罪(2024/9/6)
  39. 東京海上アセット・平山氏「インフレ時代、株の選別投資強まる」(2024/9/10)*臨時解説
  40. 経済学者ケインズ、5つの「迷言」 その主張はなぜインフレと財政危機を招いたのか?(2024/9/13)
  41. インフレ税を知っていますか? お金の価値を奪う見えない税金(2024/9/20) 
  42. 税金は「社会の会費」ってホント? 貧しい人を助ける効果は…(2024/9/27)
  43. 日本政治、危機目前でも針路変わらず 約80年前のハイパーインフレと預金封鎖が鳴らす警鐘(2024/9/30)*臨時解説
  44. 最初のノーベル平和賞はなぜ経済学者だったのか? 自由貿易は戦争のリスクを減らし、繁栄をもたらす(2024/10/4)
  45. 経済対策が経済停滞を招く ノーベル賞経済学者ハイエクはYouTubeで何を警告したか?(2024/10/11)
  46. デフレは経済問題じゃない、国語問題だ! いまだに続く「不況」との混同(2024/10/18)
  47. ハイパーインフレと預金封鎖、そのときどうする? 終戦直後の日本に学ぶサバイバル術(2024/10/25)
  48. 総無責任だった総選挙 亡国の「財政ファイナンス」に歯止めかからず(2024/10/28)*臨時解説
  49. 減税は「バラマキ」という嘘 政府の施しではない!(2024/11/1)
  50. ドルは再び偉大になれるか 米、トランプ次期政権でも債務膨張の恐れ(2024/11/7)*臨時解説
  51. 赤字国債はもうやめよう 禁止のはずが今や「恒例」(2024/11/8)
  52. 国債デフォルトという選択 世界の終わりか、健全な市場経済への転機か?(2024/11/15)
  53. ポピュリズムとは何だろう 大衆迎合か、民主主義への警鐘か?(2024/11/22)
  54. 自由より「安心安全」が大切か? 「カラマーゾフの兄弟」が突きつける問い(2024/11/29)
  55. 政府、剛腕マスク氏でも「効率化」できない理由 企業とまったく異なる行動原理とは?(2024/12/6)
  56. 元祖返り咲き、クリーブランド大統領の栄光 小さな政府と平和貫いた「最後の正統派」(2024/12/13)
  57. クリスマス休戦の奇跡 戦争は個人の力でやめられる(2024/12/20)
  58. 金融市場関係者が選ぶ、2024年10大ニュース 首位はやはりあの出来事!(2024/12/23)*臨時解説
  59. 小さな政府で大きな自由を 国債頼みの「減税」は偽り(2024/12/27)

2024-12-21

ミレイ大統領とホッペ氏の亀裂

ラ・ナシオン誌
(2024年12月12日)

アルゼンチンのミレイ大統領がかつて影響を受け、今では「リベルタクレイジー(古典的)リベラル」と呼ぶハンス・ヘルマン・ホッペ氏とは何者か?
ホッペ氏は、ミレイ大統領に影響を与えたドイツの古典的自由主義者であり、無政府資本主義の哲学者である。同大統領の属するオーストリア学派のもう一人の指導者、マレー・ロスバード氏の親しい共同研究者であった。

ミレイ大統領は、ストリーミング番組でゴルド・ダン氏と行ったインタビューで自政権の要点を分析し、アルゼンチンの「デフレ」や原発「アトゥチャ3」建設の進捗状況など現在の問題に言及した。しかし、影響を受けた一人でありながら最近距離を置いているホッペ氏を厳しく批判した。

同大統領は対談中、古典的自由主義と無政府資本主義のドイツの経済哲学者ホッペ氏に言及した。ホッペ氏はミレイ氏の師匠だったが、2か月前、両者の間に意見の相違が生じた。75歳のホッペ氏が「財産自由協会」で講演した際、ミレイ大統領の政権運営を分析して批判を展開するとともに、同大統領の米政府への忠誠を疑問視したためだ。

ミレイ大統領は(ホッペ氏の)講演について次のように語った。「恥ずかしいことだった。彼は哲学についてよく知っていて、哲学的には優れた無政府資本主義者かもしれないが、政治と通貨理論に関しては愚か者だ。彼は(インフレは)中央銀行を閉鎖するだけの問題だと言ったが、それが最も簡単な改革だと言うこの人は、通貨問題が負債であることを理解していなかった。負債は90日以上も前のもので、セルジオ・マッサ氏(前経済相)は辞任する前にそれを1日分に減らした。つまり、マネタリーベース(資金供給量)の規模によって5倍に増加するリスクがあったということだ」

ミレイ氏は続けた。「彼らは、我々がリバタリアン・リベラルではなく、ホッペ氏のような「解放された」リベラルだと思っていた。彼の本が役に立たないと言っているわけではないが、経済について語るとなると、かなりひどい人だ」。そして彼を「愚か者」と呼び、「彼はアルゼンチンについて何も知らないことを認めた」と述べた。「彼はまるで私が公権力を握っているかのように、私を批判する分析を徹底的に行った。滑稽だ」

一方、ホッペ氏は、まさに古典的自由主義と無政府資本主義の分野でミレイ氏に影響を与えた人物の一人である。ネバダ大学ラスベガス校の経済学教授であり、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス研究所の特別研究員でもある。ザールブリュッケンのザールラント大学とフランクフルトのゲーテ大学で社会学、政治学、経済学を学び、1974年にゲーテ大学で哲学の博士号を取得した。

経済と政治の分析に関する著書を多数出版しており、その中には『君主制、民主主義、自然秩序』(2021年)、『私有財産の経済学と倫理学』(1993年)、『社会主義と資本主義の理論』(1988年)、『リバタリアニズムを正しく理解する』(2019年)などがある。

オーストリア学派に属するミレイ氏のもう一人の指導的人物、マレー・ロスバード氏の優秀な弟子でもある。ミレイ大統領はロスバード氏を非常に尊敬しており、飼い犬の一匹にロスバード氏の名をつけている。ホッペ氏は1986年に米国でこの正統派経済学者に師事し始め、1995年にロスバード氏が死去するまで親しい協力者であり続けた。ホッペ氏は、ニューヨーカー誌(訳注・ニューヨーク大学出版部の誤りか)の『自由の倫理学』の序文も執筆している。

ホッペ氏のミレイ氏評


講演中、ホッペ氏はこう語った。「ミレイ氏は、国家をギャング組織とみなす自由主義者で無政府資本主義者であると自称した。税金を窃盗とみなし、それをゼロにしたい。それが彼の公言した綱領だ。彼が影響を受けた源は、第一に、私の師であり指導者であるロスバード氏、そして私自身である。だから、私からも影響を受けたと思われるこの男について、私はコメントする権利があると感じている」

「私は明らかに他の人(政治家)よりもミレイ氏が好きだ。しかし、彼が自身の哲学的信念だと主張する無政府資本主義の観点から見ると、彼は大失敗だ」とホッペ氏は説明し、さらにこう付け加えた。「彼を英雄に仕立て上げようとするリバタリアン集団には同意しない。彼は英雄ではない」

ホッペ氏はとりわけ、ミレイ大統領の米国との連携を批判した。「ミレイ氏と、世界の悪に責任を負うすべての機関との間には、一種の恋愛関係がある。彼は、最も帝国主義的な米政府を愛し、同調している」

(次を全訳)
Who Is Hans-Hermann Hoppe, the Former Inspiration of Javier Milei Whom He Has Now Called a 'Libertacrazy (Classic) Liberal' - LewRockwell [LINK]

【コメント】この記事を読む限り、ミレイ氏のホッペ氏批判は意味不明だ。インフレを鎮めるには中央銀行の廃止が最もシンプルな方法だし、それはミレイ大統領自身、就任前に主張していたことだ。もし大統領が「公権力を握って」いないとしたら、一体誰が握っているのだろうか。ミレイ氏を支援したアルゼンチンのユダヤ財閥だろうか。批判された途端、かつて尊敬していたはずの人物を愚か者呼ばわりするとは、立派な態度とはいえない。そして帝国主義的な米政府への同調。ホッペ氏のいうとおり、ミレイ氏は英雄に仕立て上げるような人物ではない。個別の政策を冷静に評価すべきだ。

2024-12-16

荘子の自由放任主義

荘子は、姓は荘、名は周。中国の戦国時代、宋の蒙(河南省)に生まれた。蒙の漆園の番人をしていたという。楚の国王が宰相の地位を与えようとしたが固辞し、悠々自適の自由人としての生活を選んだと伝えられる。老子とともに道家を代表する思想家だ。小国寡民の政治を理想とした老子に対し、荘子は一切の政治的配慮を捨て、超然として実存的な自由を説く違いがある。

荘子 内篇

著書とされる『荘子』(引用は原則、池田知久訳による。表記を一部変更。カッコ内は篇名)は、奇想天外な比喩や寓話に富む。とりわけ巻頭に置かれた「大鵬」の寓話は、はなはだスケールが大きく、大いなる自由を説く荘子にふさわしい。

「北の彼方、暗い海に魚がいる。その名を鯤(こん)と言う。鯤の大きさのほどは、何千里あるのか計り知ることができない。やがて変身して鳥となり、その名を鵬(ほう)と言う。鵬の背平は、何千里とも計り知ることができないほどだ。一度奮い立って飛び上がると、広げた翼は天空深く垂れ込めた雲のよう。この鳥が、海のうねりそめる頃、南の彼方、暗い海に渡っていこうとする。南の暗い海とは、天の果ての池である。……鵬が南の暗い海に渡っていくありさまは、三千里に及ぶ海面を激しく羽撃ち、つむじ風を羽ばたき起こして九万里の高みに舞い上がり、ここを去って6カ月飛び続け、そうして初めて一息つくのである」

蝉と小鳩がこれを笑って言う。「俺たちは勢いこんで飛び立ち、楡(にれ)・枋(まゆみ)に止まろうとするけれど、そこまで届かず地面に引き戻されてしまう時だってある。九万里もの高みに舞い上がり、さらに南を目指すなんてことをして、何になるのだろう」(逍遥遊)

これに対し、荘子は「小さな知恵は大きな知恵に及ばない」とコメントする。愚者は「飛ぶことにどんな利益があるか。疲れるだけ損だ」と言うが、賢者にとっては、力を尽くして飛ぶこと自体が生きることなのだ。

そんな荘子は政治について、政府が人々の生活に介入せず、自由に任せるよう説いた。「もしも君子が、やむをえず天下に君臨するようなことになった場合、無為(何もしない)でいるのが最もよい。為政者が無為であって、初めて人々はそれぞれの性命の自然な形に落ち着くことができるのである」(在宥)。中国思想学者の池田知久氏は「前漢初期のレッセ・フェール政策を述べた文章」だと指摘する。

近代経済学の祖とされる英国のアダム・スミスは『国富論』(1776年)で、個人が自分の利益に従って行動すれば、「見えない手」に導かれて社会の利益が促進されると説いた。荘子は近代西洋のスミスにはるかに先立つ古代東洋で、同様のレッセフェール(自由放任主義)思想を抱いていた。

経済・社会の自由な発展をこざかしい人為によって妨げれば、深刻な弊害を招く。そう解釈できる寓話がある。「南の海を治める帝を儵(しゅく)、すなわちはかない人のしわざと言い、北の海を治める帝を忽(こつ)、すなわち束の間の命と言い、中央を治める帝を渾沌、すなわち入り乱れた無秩序と言う。ある時、儵と忽が、渾沌の治める土地で思いがけず出会ったが、渾沌は彼らを大変手厚くもてなした」

そこで儵と忽は、渾沌の好意にお礼をしようと相談した。「人間は、誰にも七つの竅(あな)が具わっていて、視たり聴いたり食ったり息したりしているのに、独り渾沌だけに竅がない。一つ竅を鑿(ほ)ってやろうではないか」。こうして、一日に一竅ずつ鑿っていったところ、「七日目に渾沌は死んでしまった」(応帝王)。

自由に任せるのとは逆に、人民を重税などで苦しめる権力者に対しては、荘子は厳しい目を向けた。そうした権力者は泥棒と変わらないとして、「帯の止め金を掠め取った程度のかっぱらいは、死刑に処せられるが、国を盗んだ大泥棒となると、諸侯までのし上がる」(胠篋)と断じる。

権力者を盗賊と同一視する考えは、他の思想家にもある。たとえば、古代キリスト教最大の神学者アウグスティヌスが著書『神の国』に記した逸話によれば、アレクサンドロス大王が捕らえた海賊は、大王に対し「私は小さな舟で荒らすので海賊と呼ばれ、陛下は大艦隊で荒らすので皇帝と呼ばれるだけ」と答えたという。アウグスティヌスは「この答えはまったく適切で真実を衝いている」と評した。荘子と同意見だ。経済学者マレー・ロスバードは「荘子はおそらく、国家を巨大な盗賊とみなした最初の理論家だった」と述べる。

冒頭で述べたように、荘子は政治権力に仕えることを嫌った。あるとき川のほとりで独り釣り糸を垂れていると、楚の国王が二人の使者を立て、国の政治を司る宰相になってほしいと頼んだ。すると荘子は釣竿を手にしたまま、振り向きもせず、こう尋ねた。「聞くところによると、その国には死んで三千年にもなるという神聖な亀がいて、王はこれを袱紗(ふくさ)で包み竹箱に収めて、先祖の廟堂(みたまや)の中に大切にしまっておられるとか。ところでお尋ねするが、この亀にしてみれば、殺されて甲羅を残して大切にされたかっただろうか、それとも生き長らえて尻尾を泥の中に引きずっていたかっただろうか」

二人の使者は口をそろえて、「それは、やはり生き長らえて尻尾を泥の中に引きずっていたかったでしょう」と答えた。すると荘子は言った。「帰って下さい。私も尻尾を泥の中に引きずっていたいと思うのです」(秋水)。自由を愛する荘子らしいエピソードだ。

あるとき荘子は夢の中で、ひらひらと舞う胡蝶(蝶)となった。荘周(荘子の本名)であることを忘れ、ふっと目が覚めると、きょろきょろと見回す荘周である。荘子は言う。「荘周が夢見て胡蝶となったのか、それとも胡蝶が夢見て荘周となったのか。真実のほどはわからない」(斉物論)

この寓話が物語るように、人生とは、もしかすると大いなる夢かもしれない。そうだとすれば、死を恐れる必要はない。『荘子』の巻末に近い列御寇篇によれば、荘子は臨終の際、手厚く葬りたいという弟子たちの申し出を退け、葬礼に必要な品々はこの天地や日月に星々、地上の万物などで十分だと答えたそうだ。

2024-12-04

ミレイ氏の正体と国連演説

オスカー・グラウ(音楽家)
2024年11月4日

2024年9月、アルゼンチンの大統領ハビエル・ミレイ氏がニューヨークの国連総会で演説を行った。多くの人々が、国家主義的な現状に対する自由主義的なすばらしい出来事としてこの演説を称賛したが、実際にはミレイ氏は羊の皮をかぶった狼であることを証明し続けているにすぎない。
矛盾したスタイルに忠実に、ミレイ氏は聴衆に「自分は政治家ではない」と念を押すところからスピーチを始めた。「政治をしようという野心はなかった」と。しかし、これはもはや意味をなさない。ミレイ氏は2年間下院議員を務めていた。そして、強制されたのでなければ、自ら進んで政治の世界に入り、大統領候補となった。いずれにせよ、ミレイ氏は政治家となったのだ。

国連


ミレイ氏は、この機会を利用して、国連が「本来の使命」を果たしていないのは危険だと世界中の国々に警鐘を鳴らし、国連は集団主義的な政策を推進し続けていると警告した。国連の設立、主な目的、基本原則を認めたうえで、ミレイ氏は、過去70年間の国連の指導の下、戦争の惨禍は消え去っていないものの、「人類は歴史上最も長い期間にわたる世界平和を経験し、それはまた、最大の経済成長を遂げた時期とも一致していた」と強調した。また、「全世界が商業的に統合し、競争し、繁栄することを可能にする秩序の下では、世界規模の紛争の拡大には至らなかった」とミレイ氏は述べた。

ここで、ミレイ氏に思い出させる必要があるかもしれない。世界は国家主義的な世界秩序にもかかわらず、商業的に統合し、競争し、繁栄してきたのだ。国連はその存在をすべての国民国家に負う組織として、この国家主義的な世界秩序が永遠に続くことを切望している。そして注目すべきことに、ミレイ氏が語る経済成長は、国連の指導とは何の関係もなく、自由市場と資本主義によるものだ。過去70年間、世界で税収と公共支出が大幅に増加しているという事実にもかかわらずである。

いずれにしても、ミレイ氏によると、国連は自らの原則を守らなくなった。「人類の王国を守る」ことを目的とした組織は、「何本もの触手あるリバイアサン(怪物)」へと変貌し、「各国は何をすべきか」「世界中の市民はどのように生きるべきか」を決定しようとしている。「平和を追求する」組織から、「無数の問題について、その加盟国にイデオロギー的な実施計画を押し付ける」組織へと変貌した。ミレイ氏にとって、かつて「成功を収めた」国連のモデルは、国家間の協力関係に基づいて設立されたものであり、その起源は「勝利なき平和の社会」について語ったウッドロー・ウィルソン(元米大統領)の思想にまでさかのぼることができる。そのモデルは「世界中の市民に特定の生活様式を押し付けようとする、国際官僚による超国家的な政府」に取って代わられたと指摘した。 その後ミレイ氏は、グローバル規模での新たな社会契約の定義を必要とするモデルが悪化し、(持続可能な開発のための)2030アジェンダへの取り組みが加速しているとして、次のように指摘した。

それ(2030アジェンダ)は、超国家的な政府プログラムに他ならず、社会主義的な性質を持ち、問題解決を装っているが、その解決策は国民国家の主権を脅かし、人々の生命、自由、財産の権利を侵害するものである。また、貧困、不平等、差別を法律によって解決しようとしているが、それはそれらの問題をさらに深刻化させるだけである。

またミレイ氏は、国連の「未来のための協定」も批判し、国連の数々の過ちや矛盾が「自由世界の市民の前で信頼を失い、その機能を喪失させる」結果となったと主張した。ミレイ氏は国連があたかも世界政府に近い存在であるかのように装っているが、実際には、国連が発するイデオロギーの推進を国家が口実にしたところで、国連が各国家の国民に対して持つ力は、国家よりも強くはない。もちろん、特定の利益を優遇する政策を推進する温床として、イデオロギー的な大義を掲げる利益団体が国連官僚を買収することはありうるが、それによって国連が世界中の市民に対して何かを強制するような権限が得られるわけではない。

実際、当時のアルゼンチン外相、ディアナ・モンディノ氏もミレイ氏の演説を否定した。演説から2日後、モンディノ氏は、2030アジェンダや未来のための協定といったこれらの実施計画の適用は自主的なものであると明確にし、アルゼンチンはこれらの計画に含まれるいくつかの事項に「完全に、または部分的に」従うと述べた。モンディノ氏は、アルゼンチンはこれらの計画に関連する政策や協定の類から決して離脱したことはないと述べたが、アルゼンチンは他国から「やらなければならない」と命じられたことをすべて受け入れるつもりはないと強調した。この点に関してモンディノ氏は、デジタルメディアの管理に関し、倫理的ではないと考える問題については制限を設けると断言した。

2024年10月、環境副大臣のアナ・ラマス氏は、ミレイ政権は「生物多様性を公共政策にしっかりと統合する」ことを追求していると述べた。ラマス氏は、アルゼンチンの潜在的な可能性として「エネルギー転換に必要な重要鉱物や再生可能エネルギーで世界に貢献する」ことを指摘し、国際協定から離脱するよう政府から指示されたことはないと明言した。実際、アルゼンチンはパリ協定にとどまり、環境目標を約束している。全国気候変動適応・緩和計画はアルゼンチンの気候政策を体系化し、2030年までに実施される一連の対策と手段を定めている。

それでもミレイ氏は、国連を誤った方向に導いたのは2030アジェンダの採択であったと指摘し、2020年のロックダウン(新型コロナ対策の都市封鎖)における組織的な自由の侵害の主な推進者の1つとして国連を非難した。彼はこれを「人類に対する犯罪」であると考えている。たしかに国連はロックダウンの推進役だったが、多くの国がコロナパスポート(ワクチン接種証明)を導入した時期に、国連はコロナパスポートに反対の立場を示した。しかし、もしミレイ氏が演説で国家主義的な現状と国際的な体制に本当に反旗を翻したかったのであれば、自由に対するこの恐ろしいまでの侵攻の最大の受益者と加害者、つまり製薬会社と政府の間で行われている偽りのワクチンビジネスに、もっと焦点を当てるべきだった。そして、すべての強制予防接種計画の廃止を目指す自由主義者の忘れられた闘いはどうだろうか。アルゼンチンにも存在するが、ミレイ氏はこの残虐行為と戦ったことは一度もない。

アルゼンチン


ミレイ氏にとって、アルゼンチンの変革の過程を導く原則は、アルゼンチンの国際的な行動を導く原則でもある。ミレイ氏は、政府の役割は限定的であるべきだと主張し、すべての国民は専制や抑圧から自由であるべきだと擁護した。ミレイ氏が宣言するように、これは外交的、経済的、物質的に支援されるべきであり、自由を守る「すべての国々の共同の力によって」支援されるべきである。

ミレイ氏がネオコン(新保守主義者)だと知る人々にとっては、すでに周知の事実かもしれないが、「自由を守る」ための共同戦線とは、米国と北大西洋条約機構(NATO)が世界中で不当な戦争を遂行し、イスラエルが中東で何千人もの罪のない民間人を殺害して西洋の価値観を守ることを意味する。


ミレイ氏の見解では、新生アルゼンチンの理念とは、国連の「真髄」である「自由を守るための国連の協力」である。ミレイ氏は「未来のための協定」に対するアルゼンチンの反対意見を表明し、「自由世界」の諸国に反対意見への参加と国連の新たな行動計画「自由のアジェンダ」の創出を呼びかけた。そして次のように断言した。

……アルゼンチン共和国は、これまでの特徴だった歴史的な中立の立場を放棄し、自由を守る闘争の最前線に立つ。

アルゼンチンはこの演説が行われる前から、すでにミレイ政権下で中立の立場を放棄していた。しかし、ミレイ氏が長年最も多く名前を挙げてきた思想家であるマレー・ロスバードは、この立場とは逆に、「リバタリアニズム(自由主義)は、国家間の紛争において中立国が中立を維持し、交戦国が中立市民の権利を完全に尊重するよう促すことを目指している」と書いている。一方、「自由世界」という表現は、冷戦時代に米国のプロパガンダで広く知られるようになったが、ミレイ氏にとっては目新しいものではなく、大統領就任前からすでに何度かこの表現を使用していた。

2024-12-02

老子の反戦平和思想

老子は中国古代の思想家。生没年不詳。姓は李、名は聃(たん)。その著述と伝えられる書物も『老子』と呼ばれる。『史記』では春秋時代の孔子と同時代の人とされるが、戦国時代中ごろの人というのが通説。実在の人物ではないとする説もある。孔子ら儒家の教えを否定して無為自然の道を説いた、道家の祖とされる。

老子入門 (講談社学術文庫 1574)

現代米国の経済学者で歴史家のマレー・ロスバードは、老子を「最初の自由主義知識人」と呼ぶ。同じ古代中国の思想家でも、官僚の支配を擁護した儒家とは異なり、老子は急進的な自由主義の信条を打ち立てたからだ。「老子にとって、個人とその幸福こそが社会の重要な単位であり目標だった。もし社会制度が個人の開花と幸福を妨げるのであれば、その制度は縮小されるか、完全に廃止すべきである」とロスバードは解説する。

老子の思想をその著述によって具体的にみていこう(引用は原則、金谷治『老子』<講談社学術文庫>による。かな表記を一部漢字に改めた)。

「世界を制覇するには、格別な仕事をしないであるがままに任せていくことが大切である」(第57章)と老子はいう。現代の言葉でいえば、自由放任の勧めといえる。その理由の一つは「世界中に煩わしい禁令が多くなると、人民は自由な仕事を妨げられていよいよ貧しくなる」(同)からだ。今の世の中でも、政府による規制が多くなりすぎると、個人や企業は自由な経済活動が妨げられ、その結果、社会から豊かさが失われるのは、よく知られた事実である。

それゆえ、「道」を体得した聖人はこう言っている、と老子は続ける。「私がことさらな仕業のない無為の立場を守っていて、それで人民はおのずからに感化されてくる。私が平静を好んでじっとしていて、それで人民はおのずからに正しくなる。私が格別なことを何もしないでいて、それで人民はおのずからに富んでくる。私が無欲でさっぱりしていて、それで人民はおのずからに樸(あらき)のような素朴になる」(同)

老子はさらに自由放任の勧めを説く。「政治がおおらかでぼんやりしたものであると、その人民は純朴で重厚であるが、政治がゆきとどいてはっきりしたものであると、その人民はずる賢くなるものだ」(第58章)。今日の政治は対照的に、人々の暮らしや経済活動の細々したところにまで気を配り、口を出そうとする。老子はそのような介入政策に反対する。なぜなら「災禍があればそこに幸福もよりそっており、幸福があればそこに災禍も隠れている。この循環のゆきつく果ては誰にもわからない」(同)からだ。

たとえば、現代の政府は景気が悪くなりかけると、すぐに財政・金融政策などでテコ入れしようとする。けれども、それによって目先は景気の悪化を避けられたとしても、永遠に先延ばしすることはできない。むしろ景気対策の副作用で物価が高騰したり、将来税金で返さなければならない政府の借金が増えたりして、人々を余計に苦しめる。そのために新たな対策が必要になってしまう。それならば、初めから景気対策などせず、経済が自然に回復するのを待つほうがいい。

また老子は「人民が飢えに苦しむことになるのは、お上が税をたくさん取りすぎるからであって、それゆえに飢えるのだ」(第75章)と述べ、重税で人々を苦しめる為政者に厳しい目を向けている。

老子の思想の特徴は、自由放任を説いた内政論とともに、戦争論にも表れている。老子は自衛戦争の必要は否定しないものの、その戦争論は平和主義、反戦主義に貫かれている。それが端的に示されるのは第31章だ。

老子は「武器というものは不吉な道具である。本来君子の使用すべき道具ではないのだ」と断じる。どうしてもやむをえず使わなければならないなら、執着をもたずにあっさり使うのが一番だ。「勝利が得られても、決して立派なことではない。それなのに、それを立派なこととして誉めそやすのは、つまりは人殺しを楽しみとしているということだ」。老子によれば、「敵を多く殺せば悲嘆の気が場に満ち、戦勝はまさに葬礼の場となる」。

戦争に勝ったというニュースが伝われば、銃後の国民は花火を上げ、行列してこれを喜ぶ。凱旋した将軍は、群衆の歓呼と小旗の波に盛大な出迎えを受ける。戦後はなくなったが、かつて戦争を繰り返した日本ではよくある風景だった。ところが老子はそうした熱狂に冷水を浴びせるように、戦いに勝ったら葬式のようにすすり泣けという。戦争の悲惨な本質を知る思想家でなければいえない言葉だ。

この言葉の背景について、歴史学者の保立道久氏はこう推測する。「老子は実際に戦闘を指揮する立場に立ったことがあったのではないか。敵を多く殺せば悲嘆の気が場に満ち、戦勝はまさに葬礼の場となるなどという言葉は、そうでなくてはなかなか吐けるものではないと思う」(『現代語訳 老子』<ちくま新書>)

黒人の救済に生涯を捧げ、のちにノーベル平和賞を受賞した医師シュバイツアーに興味深いエピソードがある。1945年5月7日、ドイツ軍が降伏して欧州での第二次世界大戦が終了したとき、シュバイツアーはアフリカのランバレネ(現ガボン)の病院で黒人患者の医療にあたっていた。たまたまラジオで大戦終了のニュースを傍受した欧州系の患者から聞いて、このことを知ったシュバイツアーはその日の夜、仏訳の『老子』をひもといて、心静かにこの一章を味わったという(楠山春樹『老子入門』<講談社学術文庫>)。

今日シュバイツアーに対しては、アフリカに対する西洋の植民地支配に無自覚だったという批判もなされる。それでもこのエピソードは、東西の平和思想の共鳴をよく伝えていると思う。

老子の戦争批判はこれだけではない。「軍隊が駐屯すると耕地も荒れ、大戦争のあとでは凶作が続く」(第30章)と指摘するとともに、「欲望をたくましくするのが最大の罪悪」(第46章)と述べ、戦争の原因は支配階層の私的な欲望だと喝破する。

中国思想学者の金谷治氏は、老子の思想は「一貫して反戦」だと述べる(『老子』)。世界で戦争が拡大する今日、平和を説いた老子の言葉をあらためて噛みしめたい。

2024-11-25

自由主義のイスラエル批判

オスカー・グラウ(音楽家)
2024年9月3日

(経済学者)ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、中央計画と社会主義の時代における自由の理想の擁護者であった。著書『自由主義』において、国家とは「社会における生活のルールに従うよう人々を強制する社会的装置」であり、自由主義の教義においてミーゼスが国家に割り当てた機能は、財産・自由・平和の保護である。そして、国家がその活動を進める際の規則から成る「法」がある。そして最後に、国家を管理する責任を負う機関から成る「政府」がある。
ミーゼスにとって、少数の人々による政府は被統治者(統治される人々)の同意に依存しているため、被統治者の大多数が自分たちの政府は優れていると納得しない限り、その形態、体制、人員を維持できる政府は存在しない。自由主義のその他のすべての要求は、財産という根本的な要求から生じる。財産とは、生産手段の私有所有(「消費可能な商品に関しては、私有所有は当然のことであり、社会主義者や共産主義者でさえも異論を唱えることはない」)を指す。

ミーゼスが言うように、自由主義の政策を一言で要約するとすれば、「財産」という言葉になるだろう。

戦争・征服・イスラエル国家


1948年、パレスチナにイスラエル国が建国された際、大多数の土地所有者の同意を得ることなく、政府が樹立され、その支配地域が拡大された。土地所有者の大半は追放されたり、殺害されたり、あるいは二級市民の地位に甘んじたりせざるをえなかった。実際、彼らはイスラエル軍によって奪われた広大な土地に住み、所有していた住民の大多数であった。このように、戦争と征服によってイスラエル国家が誕生し、建国前の数十年間にパレスチナに移住したユダヤ人の大半が、イスラエルという新国家の統治者の多数派となった。それ以来、イスラエル軍はイスラエルの拡大を目的とした戦争を止めず、新たな領土を征服し、それらの領土もまた、イスラエル国家の建国時に征服された領土と同様に、合法的に国有地として指定されている。

もし戦争が万物の父であるというのなら、人類の福祉と進歩のためには、人命の犠牲は必要であり、戦争による犠牲者を悼んでも、その数を減らそうとする努力をしても、戦争を廃絶し、永遠の平和を実現したいという願いを正当化することはできない。しかし、自由主義の視点は根本的に異なる。ミーゼスが説明しているように、自由主義の視点は、戦争ではなく平和こそが万物の父であるという前提から出発している。自由主義者が「戦争を忌み嫌う」のは、戦争が有害な結果しかもたらさないからである。

人間を進歩させ、動物から区別するのは社会協力である。生産的なのは労働だけである。労働は富を生み出し、それによって人間の精神的な開花のための外的基盤が築かれる。戦争は破壊だけをもたらす。何も創造できない。戦争、殺戮、破壊、荒廃は、我々をジャングルの捕食獣と同類にする。建設的な労働は、人間特有の特性である。

イスラエルの元首相メナヘム・ベギンが同国の征服を正当化するために用いた格言は、「我々は戦う、だから我々は存在する」というものだった。これはパレスチナのアラブ人が奪われた土地を取り戻すために用いることもできる(特に成功した場合)。いずれにしても、ミーゼスは戦争を悪とみなし、戦争を遂行し勝利する能力の有無に関係なく、次のように述べている。

(自由主義者は)勝利した戦争は勝者にとっても悪であり、戦争よりも平和の方が常に望ましいと確信している。強者に対して犠牲を要求するのではなく、自らの真の利益がどこにあるのかを理解し、平和は弱者だけでなく強者にとっても有益であることを理解することを求めている。

しかしミーゼスにとって、各々が戦う目的は重要である。

平和を愛する国家が好戦的な敵に攻撃された場合、抵抗し、攻撃を撃退するためにあらゆる手段を講じなければならない。自由と生命のために戦う人々によるこのような戦争における英雄的行為は、完全に称賛に値する。ここで、大胆さ、勇敢さ、死への軽蔑は、それらが善き目的のために役立つものであるため、称賛に値する。

ミーゼスに従えば、人間の行動が善か悪かは、「その行動が何のために行われ、どのような結果をもたらすか」によって決まる。この意味で、彼は次のような例を挙げている。

(ペルシアの大軍に対し少数の軍勢で戦って戦死した古代スパルタの王)レオニダスでさえ、祖国の防衛者としてではなく、平和な民から自由と財産を奪うことを目的とした侵略軍のリーダーとして斃れたのであれば、我々が彼に対して抱く尊敬に値する人物ではなくなるだろう。

戦争・宗教・自由主義


イスラエルの指導者たちは、パレスチナのアラブ人の祖国への侵略や財産の略奪を、戦争遂行能力に基づいて正当化しない場合、神学上の根拠に基づいて自らの行動を正当化し、ユダヤ民族を選ばれた民として選んだ神に訴えることで、戦争と征服を正当化する。しかし、これが自由主義の法の下の平等を否定する議論でないにしても、自由主義が理想とする、平和という同じ目標に向かって融合する自由主義的な国内・外交政策による全人類の完璧な協力という究極の理想とは明らかに異なる。つまり、国家間においても、各国内においても、自由主義は平和的な協力関係を目指している。

……自由主義の政策と計画全体は、人類の仲間同士の相互協力の現状を維持し、さらにそれを拡大するという目的を果たすために設計されている。

ミーゼスにとって、自由主義の思考は全人類を視野に入れ、コスモポリタンでエキュメニカル(全人類的)である。すべての人間と全世界を視野に入れている。

一方、自由主義は関心を世俗のものに限っている。宗教の王国は世俗のものではない。それゆえ、ミーゼスによれば「自由主義と宗教は、それぞれの領域を侵すことなく並存しうる」のである。両者が衝突するようなことがあっても、それは自由主義のせいではない。なぜなら、自由主義は「宗教的信仰や形而上学的教義の領域」に立ち入ることはないからだ。また、平和の確保が何よりも優先されるべきであるという信念から、自由主義は「あらゆる宗教的信仰と形而上学的信念に対する寛容」を宣言している。しかし宗教的には、ベギンは、エホバの神の永遠の贈り物であるイスラエルの地(古代のユダ王国とイスラエル王国)をユダヤ人入植者に与えることでイスラエルの領土拡大を主張し、占領した土地を「解放された」と位置づけた。

そして、自由主義が(かつて)「来世における人間と世界の関係だけでなく、現世の問題についても自らの判断に基づいて規制する権利を主張する政治的な力である」教会と対決したのであれば、イスラエル国家とも対決しなければならない。イスラエル国家が宗教戦争を行なっているからだけでなく、何十年にもわたって、住民全体の財産、自由、平和に対して政治的・軍事的権力を恣意的に偏見をもって濫用することによって、民族・宗教の帰属によって歴史的なパレスチナの世俗の問題を規制してきたからである。

戦争・私有財産・自己決定


自由主義者は「説教や道徳的な訓戒によって戦争を廃絶できるとは思っていない」けれども、戦争の原因を排除する条件を作り出すことはできると考えている。そして、戦争の原因を排除するための第一条件は私有財産であると述べたうえで、ミーゼスは次のように付け加えている。

戦争時においても私有財産を尊重しなければならない場合、すなわち、戦勝国が民間人の財産を自らのものとする権利を持たず、また、生産手段の私有が至るところで優勢であるため公有財産の接収がさほど大きな意味を持たない場合、戦争を遂行する重要な動機はすでに排除されている。……自決権の行使が茶番に終わらないよう、政治制度は、ある政府から別の政府への領土の主権の移譲が、誰にとっても何の利益も不利益ももたらさない、最も重要性の低い問題となるようなものでなければならない。

しかし、イスラエル国家の指導者たちは、戦争の原因を排除しようと努力したことは一度もなく、むしろそのような原因を作り出すことに固執してきた。イスラエルの領土のほとんどすべてが国有地であり、同国の法律では、同国の土地はすべて公共の信託財産として保有され、排他的な私有財産としては保有されないと規定されていることを考えると、イスラエルにおける公共財産は大きな意味を持つ。そして1948年以来、戦争の征服者であり勝利者であるイスラエル国家は、今日に至るまで、多くの私有財産を民間人から接収してきた。

さらに、パレスチナの主権は、英政府によってアラブ人多数派やその他の誰かに譲渡されることは決してなく、むしろユダヤ人少数派に大きく委ねられた。その多くは、イスラエル建国以前から英国の国家権力から恩恵を受けており、それはユダヤ人の移住を促進するためにアラブ人の土地収用を推奨し、幇助するものだった。これらの出来事は、英政府がアラブ人の大多数の市民権を保証すると約束したことや、その故郷における自決権を真剣に考慮したことを茶番劇におとしめた。それ以来、1948年以降はイスラエル国家の手によって、何百万人ものアラブ人が不利益を被るだけでなく、死や貧困にも直面してきた。

実際、アラブ人と同様に、イスラエル建国以前のパレスチナのユダヤ人社会にも、同様の自己決定権が認められていた。そして、自由主義の考え方では、この権利は戦争を防ぐためにきわめて重要である。

……特定の領土の住民が、それが単一の村であろうと、地域全体であろうと、あるいは隣接する複数の地域であろうと、自由に行われる住民投票によって、その時点で属している国家に留まることを望まないことを表明し、独立国家の樹立を望むか、あるいは他の国家に併合されることを望む場合、その意思は尊重され、遵守されるべきである。これが革命や内戦、国際紛争を防ぐ唯一の現実的かつ効果的な方法である。

しかし、イスラエル国家の建国がまさにこの権利をはるかに超えたものであり、イスラエルはアラブ人の運命をその自己決定権に反して決定する権限を持っていたため、戦争を防ぐことができなかった。

ユダヤ教のラビの息子であったミーゼスの考えに従うならば、自由な国の民でありながら社会協力を選ぶのではなく、宗教的な正当化によって戦争や征服を選ぶ選民であることはできない。要するに、イスラエルの建国とその拡大継続は、自由主義を放棄することによってのみ正当化できるのである。

(次を全訳)
A Misesian Case Against the State of Israel | Mises Institute [LINK]

【コメント】パレスチナ問題についてはミーゼスの弟子であるマレー・ロスバードも取り上げ、イスラエル政府を厳しく批判している。今回の記事はリバタリアンの論客グラウ氏が、「もしミーゼスがパレスチナ問題を論じたら」という趣旨で書いたものだが、説得力がある。ロスバードがパレスチナの正義という倫理的な側面を強調するのに対し、ミーゼスは功利主義者らしく、戦争は害悪しかもたらさないと損得に訴えるだろう。いずれにしても重要なのは、自由主義の立場からは、イスラエル政府によるパレスチナの侵略と虐殺は愚かで許されない行為だということだ。

2024-11-23

俳句(2024年11月)



いなびかり凍てつく果ての闇夜かな

暗きよりせせらぎ聞ゆ返り花

この先に行くところなし狂ひ花

戦争は今日も終はらず狂ひ花

読書の秋賢くなったためしなし

2024-11-22

主流派経済学の嘘

トーマス・ディロレンゾ(ミーゼス研究所所長)
2024年11月9日

経済学者ミーゼスは、1880年代に設立された米経済学会に一度も参加しなかった。その理由については、同学会の設立文書にヒントがある。「政府は教育・倫理的な機関であり、その積極的な支援は人類の進歩に不可欠な条件である」と、その文書はうたっている。一方、「自由放任の教義」は「政治的には危険であり、道徳的には不健全である」と、同学会を設立した国家主義的な道学先生は述べている。
典型的な経済学入門の教科書は、ほとんどのページを「市場の失敗」に関する果てしない話(フリーライダー問題、外部性、独占と寡占、独占的競争、非対称情報など)に割いており、資本主義の礎である起業家精神についてはほとんど触れていない。

米国で産業革命が進んだ1880年代に「独占化の横行」を理由に独禁法が必要になったというのは大嘘だ。私は「法と経済学の国際論集」誌の記事で、当時独占行為で告発された業界が、米国で最も競争力があり、ダイナミックで、値下げを行い、革新的で、生産拡大を続ける業界だったことを示した。独禁法の目的は競争を妨げることであり、競争の「保護」ではなかった。

経済学の学生に教えられてきた最も馬鹿げていることの一つは、フリーライダー問題のせいで、米国は「国防」に費やす費用が少なすぎるというものだった。「効率性」は課税の強制を必要とするらしい。国防費を拡大しているからという理由で、国防総省の汚職や不正を擁護する経済学者もいる。国防費の拡大はフリーライダー問題によって妨げられているはずだという。一体誰が、国防総省の支出を「効率的」だと決めるのだろうか。

ノーベル経済学賞は、その後の研究で偽物であることが証明された「市場の失敗」に関する数多くの理論に対して授与されてきた。ジャネット・イエレン(米財務長官、元米連邦準備理事会議長)の夫であるジョージ・アカロフは1970年、「情報の非対称性」によって中古車市場がまもなく消滅するという論文で、ノーベル賞を共同受賞した。自動車の買い手が不良品を買わされたかどうかを判断できるようにする30日間の保証制度については、まったく知らなかったようだ。

デビッド・カードは、最低賃金法が失業の原因ではないとする論文でノーベル賞を受賞したが、全米経済研究所がその研究を再調査した際には、論文には「重大な欠陥がある」とされた。このようなたぐいのエピソードは数多くある。

財政学では、課税の「抜け穴」は非効率的だと教えられている。なぜなら、それは「人為的な」市場の歪みを生み出すからだ。政府官僚が国民の税金をより多く使う方がはるかに効率的だと教えられている。そしてケインズ経済学の要である「節約のパラドックス」という俗説がある。これは、貯蓄が消費を減らし、それが国内総生産(GDP)を減らし、結果として貯蓄が減るという主張だ。この理論は何十年にもわたって、貯蓄の利子所得に対する没収的な課税を「正当化」してきた。

主流派経済学の精神的指導者といえば、おそらくポール・サムエルソンを挙げることができるだろう。その著書『経済学』は40年間にわたり教科書販売のトップを独走し、その間、他の教科書のほとんどはその模倣だった。この本やそのたぐいの本に浸透している国家主義的な偏見は、1988年版でサムエルソンが書いた内容に集約されている。2000年までにソ連のGDPが米国を上回るだろうという予測である。

(次を抄訳)
All States are Empires of Lies | Mises Institute [LINK]

【コメント】今の経済学の教科書で正しい部分は、せいぜい全体の4分の1といったところだろう。まず、ケインズが創始したマクロ経済学はほぼすべて間違っている。残ったミクロ経済学のうち半分は、ディロレンゾ氏が批判するように、「市場の失敗」をいいかげんな根拠で躍起になって非難し、政府の失敗はなぜか無視される。政府は自分を正当化するために嘘を振りまき、御用学者にごほうびを与えるが、経済学はそれがとくにひどい。

2024-11-21

政府効率化省にロン・ポール氏を!

デビッド・ゴルノスキー(作家)
2024年11月20日

ほとんどの米国人は、スリムで効率的な政府、すなわち憲法に従い、財政的に誠実な政府を切望する心を持っている。この追求において過去60年間、これほど象徴的で執拗な人物は、元下院議員のロン・ポール氏をおいて他にいない。最近(次期米大統領)トランプ氏が発表した、イーロン・マスク氏とビベック・ラマスワミ氏が率いる「マンハッタン計画」政府効率化省(DOGE=ドージ)にまつわる興奮をよそに、必要な削減を実現するうえで、ロン・ポール氏ほど誠実な推進役はいないだろう。伝説のドクター・ノー〔訳注・医者であり、新たな支出や増税に対して一貫して反対票を投じたことからついたあだ名)をテーブルにつけ、DOGEのリーダーシップを完璧なものにすべきだ。
ロン・ポール氏は、真実と財政保守主義に対するお手本ともいえる献身の姿勢をもたらす。憲法と自然法の原則に基づく生涯にわたる政府縮小の提唱は、同氏を唯一無二の適任者としている。1970年代にさかのぼる警告と努力により、米国を財政破綻から救おうとするうえで、ロン・ポール氏ほど信頼に足る人物はいない。

ポール氏は、政府の運営に積極的に関与することを望んでいないと表明している。DOGEは非政府組織だと宣言しているから、これは好都合だ。しかしポール氏が実際に出向いたり日々関与したりする必要はない。ポール氏は、DOGEプロジェクト内で自身の理想や優先事項を代弁する人々を簡単に派遣することができる。この役割は、権力を振りかざすことではなく、揺るぎない原則に基づいて政策を導くことだ。

ロン・ポール氏の哲学によると、削減の最初の対象となるのは、多くの人が思い込んでいるのとは逆に、貧困層を支援する福祉事業ではない。代わりに同氏が優先事項として挙げるのは、企業への助成金廃止と、縁故主義にまみれた莫大な軍事費の削減である。これらの分野は、財政の無駄遣いであるだけでなく、米国の価値観と資源に対する裏切り行為である。米国は、世界の警察官、代理戦争、政権転覆作戦といったカネのかかる網に絡め取られすぎており、これらは国益に資するものではなく、また、我が国の子供たちを破産から守るものでもない。有権者がトランプ氏に託した「米国第一主義」の命題を達成するには、国内外で歴史的な政府の規模の縮小を実現しなければならない。さもなければ、破局が待ち受ける。

次期副大統領のJ・D・バンス氏が最近述べたように、ロン・ポール氏による連邦準備理事会(FRB)に関する洞察は非常に貴重だ。この違法な機関と、その悪用やインフレによる貧困層や中流階級からの収奪に対するポール氏の闘いは、耳を傾けるべきものだ。FRBとの存亡を賭けた対決にすぐに直面する可能性があるトランプ、マスク両氏にとって、ロン・ポール氏の視点は極めて重要になるかもしれない。ポール氏の金融政策に関する理解は、米国の経済状況を再定義するような決断を下す際に、両氏を導くことができるだろう。

DOGEの物語は自らを正当化する。 ポール氏との交流は、マスク氏だけにとどまらない。ポール氏と多くの価値観を共有し、選挙戦中にはポール氏の支持者を積極的に取り込もうとしていた人物、ラマスワミ氏ともポール氏は対談している。このつながりは、米国の建国250周年記念日まで、ポール氏の助言を常に得ておくことの重要性をさらに強調している。財政保守主義と自由の代弁者の声が単に聞かれるだけでなく、影響力を持つことを確実にするためだ。

米国が政府の無駄を大幅に削減する必要があるという主張は目新しいものではないが、DOGEとポール氏の関与による取り組みは、新鮮で、潜在的に変革をもたらす見解をもたらす。これは単にコスト削減を意味するのではなく、政府の行動を建国の父たちが掲げた生命、自由、幸福の追求という理念に沿うようにすることを意味する。

トーマス・ジェファーソン(第3代大統領)は中央銀行に警告を発した。ジョン・クインシー・アダムズ(第6代大統領)は「米国は怪物を滅ぼすために外国へ出向くことはない」と述べ、ジョージ・ワシントン(初代大統領)の意見を繰り返した。トランプ氏の個人的なヒーローであるアンドリュー・ジャクソン(第7代大統領)は、米国で2番目に設立された中央銀行を廃止したことが自分の最大の功績だと述べた。ロン・ポール氏と建国の父たちとの共鳴は尽きることがない。ポール氏の助言に従うことは、トランプ氏に建国の父たちを国の意思決定に再び呼び戻す機会を与えることになる。

(次を抄訳)
For DOGE to Hunt Waste, It Needs Ron Paul to Sic It - LewRockwell [LINK]

【コメント】「ドージ(Doge)」は「犬(Dog)」を意味するスラングで、インターネットミーム(ネット上の面白ネタ)として話題になった柴犬を由来としている。ここから「ビットコイン」をまねて2013年にジョークとしてつくられた仮想通貨がドージコインで、イーロン・マスク氏が愛好することで知られる。同氏のトランプ政権入りにより、ついに「政府効率化省」の略称にまで出世を遂げた。狩りの名人ロン・ポール氏のかけ声とともにワシントンの沼地に飛び出し、米政府の無駄を食い尽くしてもらいたいものだ。もともと柴犬だし、ぜひ日本にも来てほしい。

2024-11-20

トランプ氏はイランと和平を結べるか?

ロン・ポール(元米下院議員)
2024年11月18日

次期米大統領のトランプ氏が選挙後の勝利宣言演説で述べた、最も勇気づけられる、最も期待できる言葉のひとつは、「私は戦争を始めるつもりはない。戦争を終わらせるつもりだ」というものだった。選挙が終われば、選挙公約の寿命は短いものになることが多いことは誰もが理解しているが、トランプ陣営が繰り返し戦争よりも平和を訴えてきたことは、少なくとも、それが米有権者に対する勝利のポイントだとトランプ氏が考えていることを示している。
トランプ氏の次期政権で、特に外交政策の要職にタカ派を指名していることを踏まえると、この平和への呼びかけは行動に移されることになるのだろうか。それはまだわからないが、先週、イランの国連大使と会談させるためにイーロン・マスク氏を派遣したという報道は、事実であれば良い兆候である。イラン側はこのような会談が行われたことを否定しており、また、トランプ次期大統領とプーチン(ロシア)大統領やその他の世界の指導者との会談の噂が飛び交っているため、単なるメディアの作り話である可能性もある。

しかし、かりにトランプ次期大統領がイラン側との会談にマスク氏を派遣したという事実がなかったとしても、そうすることは良い考えである。なぜマスク氏なのか。マスク氏はトランプ次期政権で正式な役割を担うことは期待されていないため、次期大統領の非公式なアドバイザーや友人として見られる可能性がある。さらに、実業家であるイーロン・マスク氏は、政府の外交官とは異なる言語を話す。

なぜイラン人と会うのか。何を話すというのか。取り上げるべき重要なトピックのひとつは、バイデン政権の米連邦捜査局(FBI)が主張している、当時大統領候補であったトランプ氏を暗殺しようとしたというイランの陰謀だろう。ラリー・ジョンソン元米中央情報局(CIA)分析官を含む多くのコメンテーターが主張しているように、FBIの起訴状に記載されているこの陰謀はありそうもない。ディープステート(闇の政府)のタカ派が、トランプ大統領が就任したあかつきにイランとの国交正常化に走らないよう、この疑わしい陰謀をでっち上げた可能性はあるだろうか。FBIはテロ計画をでっち上げた歴史があるだけに、残念ながら、この可能性を否定することはできない。

イランの否定を信用すべきだという意味だろうか。もちろん、そうではない。しかし、議論する価値はある。

トランプ大統領は2期目には、1期目の「最大限の圧力」政策に戻ると見られている。その判断は誤りである。トランプ氏はホワイトハウスに戻っても同じ世界に身を置くわけではない。ウクライナにおける代理戦争は、外交政策の手段としての制裁や圧力の無益さをこれまで以上に明らかにしている。米国の制裁対象国は、米国抜きで貿易や外交を行う独自の道を歩み始めている。

つまり、米国は制裁を次から次へと課すことで、ロシア、中国、イランを孤立させたわけではない。米国が自らを孤立させたのだ。(有力新興国で構成する)BRICSのような組織の出現を見れば、このことは明らかである。

米国が繁栄するためには、外国貿易の拡大が必要だ。(仏経済学者)フレデリック・バスティアは「商品が国境を越えなければ、兵士が越えることになる」と述べたとされる。近年、その状況をすでに十分見てきた。ある人が最近書いたように、もしニクソン氏(元米大統領)だけが(国交正常化のために)中国に行けたのであれば、おそらくトランプ氏だけがイランに行くことができるだろう。イランと和平を結べば、中東全域とそれ以外にも影響を及ぼす成果となるだろう。イスラエルにとっても、イランとの戦争状態を回避することは有益だ。戦争はすべてを破壊するが、平和は築き上げる。新たな取り組みに期待しよう。

(次を全訳)
If Trump Didn’t Send Musk to Talk with the Iranians…He Should! - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

【コメント】タカ派のネオコン色を強めるトランプ次期政権だが、これは明るいニュース。米紙ニューヨーク・タイムズによれば、イランの国連大使との面会はイーロン・マスク氏が要請し、両者は米国とイランの緊張緩和についてニューヨークで協議した。会談は「建設的」だったという。リバタリアンのロン・ポール氏も素直に評価している。過度な楽観は禁物だが、トランプ、マスク両氏というビジネスマンの「新たな取り組み」により、和平という「ディール」がうまく成立するよう願おう。

2024-11-19

減税を求め、政府支出には無関心——サプライサイド経済学批判

マレー・ロスバード(経済学者)
2024年11月16日

[編集者注:1984年10月に最初に発表されたこの記事で、マレー・ロスバードは共和党と保守派の経済学の問題点を批判している。つまり、その支持者は、税率を引き下げて政府支出を増やすことで、巨額の赤字を何とか増やさずに両方の利益を得ることができると考えている。その多くは、(減税で税率を最適水準に下げれば税収を増やすことができるという)いわゆるラッファー曲線の考え方に基づいているが、ロスバードはこれを懐疑的に見ている。さらにロスバードは、ほとんどの保守派が「金本位制」について話す際、意味するのは本物の金本位制の代用品である、政府に規制された金本位制だと指摘している。その根底にあるのは、巨大な米国の福祉国家について何もしないことだ。当時、この種のものは「サプライサイド(供給側)経済学」と呼ばれていた。残念ながら、今日のMAGA(トランプ次期米大統領のスローガン「米国を再び偉大に」)経済学は多くの点で、失敗した昔のサプライサイド経済学の焼き直しであり、ロスバードの批判は依然として重要な資料である。]
サプライサイド学派の中心となる主張は、限界所得税率の大幅な引き下げは、労働と貯蓄、ひいては投資と生産への意欲を高めるというものである。そうだとすれば、異論を唱える人はほとんどいないだろう。しかし、そこには他の問題も絡んでいる。少なくとも有名なラッファー曲線の国では、所得税の引き下げは財政赤字の万能薬として扱われていた。大幅な税率引き下げは、税収を増加させ、均衡予算をもたらすとされていた。

しかし、この主張を裏付ける証拠はまったくなく、実際、可能性はまったく逆である。所得税率が98%で、90%に引き下げられた場合、おそらく税収が増加するというのは事実である。しかし、これまでのはるかに低い税率では、この仮定を正当化する根拠はない。実際、歴史的に、税率の引き上げは収入の増加につながり、その逆もまたしかりであった。

しかし、サプライサイドにはラッファー曲線の誇張された主張よりももっと深刻な問題がある。サプライサイド派全員に共通するのは、総政府支出、ひいては財政赤字に対する無関心である。緊縮財政であれば民間部門に回るはずだった経営資源が公共部門に取られることを気にしない。

彼らが気にするのは税金だけだ。実際、財政赤字に対するその姿勢は、古いケインズ派の「我々は自分から借金をしているだけ」という考えに近い。それよりも悪いことに、サプライサイド派は現在の膨れ上がった政府支出の水準を維持したがっている。自称「ポピュリスト」として、その主張の基本は、国民は現在の支出レベルを望んでおり、その期待を裏切るべきではないというものだ。

支出に対するサプライサイド派の姿勢よりもさらに奇妙なのは、お金に対する見方だ。一方では(金などの裏付けのある)ハードマネーを支持し、「金本位制」に戻ることでインフレを終わらせると主張している。他方、ポール・ボルカーの連邦準備理事会(FRB)を、インフレ政策が過ぎるからではなく、「過度に引き締めた」金融政策を実施し、それによって「経済成長を阻害している」として絶えず攻撃してきた。

要するに、これらの自称「保守派ポピュリスト」は、インフレと低金利を熱愛する点において、まるで昔ながらの(左派)ポピュリストのように思えてくる。しかし、それは金本位制の擁護とどのように整合するのだろうか。

この質問の答えの中に、新しいサプライサイド経済学の一見矛盾する問題の核心へのカギがある。サプライサイド派が望む「金本位制」は、実質のない金本位制の幻想を提供するだけだ。銀行は(預金を)金貨で払い戻す必要はなく、FRBは経済を微調整する手段として、金ドルの定義(交換比率)を自由に変更する権利を持つことになる。要するに、サプライサイド派が望んでいるのは、昔のハードマネーの金本位制ではなく、インフレとFRBの通貨管理に屈して崩壊した、ブレトンウッズ時代の偽りの「金本位制」なのだ。

サプライサイド理論の核心は、ベストセラーとなった哲学的マニフェスト、(経済ジャーナリスト)ジュード・ワニスキー著『世界の仕組み』で明らかにされている。ワニスキーの見解は、人々、つまり大衆は常に正しく、歴史を通じて常に正しかったというものだ。

経済学では、大衆は大規模な福祉国家、大幅な所得減税、均衡予算を望んでいるとワニスキーは主張する。これらの矛盾した目的をどうやって達成できるのか。ラッファー曲線の巧妙な手法によってである。そして金融分野では、大衆が望んでいるのはインフレと低金利、金本位制への回帰であるように思われる。それゆえ、大衆は常に正しいという公理に支えられ、サプライサイド論者は、インフレ政策をとり、金融を緩和するFRBに加え、偽りの金本位制による安定の幻想を与えることで、大衆の望むものを与えようと提案するのだ。

(次を抄訳)
A Walk on the Supply Side | Mises Institute [LINK]

【コメント】現在の日本の減税運動の一部にも、かつてのサプライサイド派や今のトランプ派と似た欠点が見受けられる。減税を求めることには熱心だが、政府支出の削減は後回しにする傾向だ。政府支出は結局、何らかの形で国民が負担するしかないから、もし減税で税収が減れば、支出を減らしたくない政治家や官僚は、これまで同様、不足分を赤字国債の発行と、それを日銀に事実上引き受けさせることで穴埋めするだろう。それはお金の価値を薄め(インフレ税)、物価高を招き、産業の新陳代謝を妨げ、暮らしを苦しくする。政府支出の削減を伴わない減税は、担保を取らずに金を貸すようなもので、あとで痛い目にあう。

2024-11-18

トランプ氏のネオコン人事

ライアン・マクメイケン(ミーゼス研究所編集主任)
2024年11月12日

トランプの最初の大統領任期は、同氏が任命した数えきれないほどのお粗末な人選で注目を集めた。これは政治任用と政策任命の両面でいえた。政治任用では、トランプは自分をいつも政治的におとしめようとする人々を任用した。トランプ自身が任用した人々の多くは、2020年と2024年にトランプに反対するキャンペーンを展開することになった。トランプの無知な支持者たちは、これがすべてどういうわけだか、「4次元チェス」(凡人には到底認識できない長期的で壮大な知略)なのだと請け合った。もちろん、そうではなかった。4次元チェスという表現は、子供たちが言うように、いつだって「妄想剤」(現実を受け入れられない時に使う架空の薬)だった。
政策任命では、トランプ大統領の人事はさらにひどいものだった。ニッキー・ヘイリー(元国連大使)、ジョン・ボルトン(元大統領補佐官)、マイク・ポンペオ(元国務長官)といったネオコン(新保守主義)の好戦派、そして数え切れないほどのネオコン寄りの下級官僚が政権の要職に就いた。さらに、多くの連邦省庁で要職に就いた戦争推進派は、政権を弱体化させ、ロシアとの戦争を推進しようと露骨に画策する軍部の面々を守ることができた。卑劣な軍国主義者、アレクサンダー・ビンドマン(バイデン大統領に関するウクライナ不正疑惑を巡ってトランプ氏と対立した元陸軍中佐)が思い浮かぶ。

今、トランプは以前の悪癖に戻ったように見える。次期政権は公式には同じ過ちは繰り返さないと述べているが、新たな証拠は逆を示唆している。すでにトランプは、国連大使にエリス・ステファニク(下院議員)、国家安全保障担当の大統領補佐官にマイク・ウォルツ(同)を任命している。

もちろん、またしてもトランプ支持者の騙されやすい一部から、すべては4次元チェスだとの声が聞こえてくる。

そうだろうとも。

ウォルツは、(ネオコンの)ドナルド・ラムズフェルド(元国防長官)、ディック・チェイニー(元副大統領)の信奉者であり、ある動画の中でトランプ氏を称賛しているが、それはトランプが「イランを崩壊させる」「イスラエルとともに立つ」「中国に代償を支払わせる」など、ネオコンの主張するお決まりのテーマをすべて支持しているからだ。ウォルツは「同盟国とともに立つ」ことを称賛しているが、おそらくこれには、2017年のリヤド訪問でトランプを操ったサウジアラビアも含まれるだろう。ウォルツがイスラエル国家について正しいことは言うまでもない。トランプのホワイトハウスは常にイスラエルに占領された領土だった。「米国第一」(のスローガンが偽りであること)については、これで十分だろう。

ウォルツはウクライナでの紛争激化を繰り返し呼びかけてきた。つまり、選挙戦の大半を通じてトランプ氏が支持基盤に語りかけてきたことの正反対を主張しているのだ。

ステファニクの経歴は、親イスラエルの非政府組織(NGO)を推進し、ジョージ・ブッシュ(子、元大統領)やポール・ライアン(下院議長)といった典型的な保守派の政治家を支援するディープステート(闇の政府)工作員として長年働いてきたことで特徴づけられる。外交政策エリートへの貢献が認められ、議員になって数カ月で、国防政策に関する重要な委員会にすぐに任命された。彼女はワシントンの現状に何ら脅威をもたらさない。

ステファニク、ウォルツがプライバシーと財産権の敵であることは周知の事実である。〔訳注・外国情報監視法=FISA=による令状なしの国民監視に賛成〕

トランプ次期大統領の人事に関する最新ニュースは、マルコ・ルビオ(上院議員、共和党)を国務長官に指名する予定であるというものだ。おそらくディック・チェイニーは無理だったのだろう。ルビオは、いつでもどこでも世界中で軍事介入の継続を推進する外交族政治家のトップに立つ。ランド・ポール(上院議員)にならって、「ヒラリー・クリントン(元国務長官、民主党)とマルコ・ルビオは同じ人間だ」といってもいい。〔訳注・政党は違っても同じタカ派のネオコンという意味〕

これがトランプの示すベストの人選なのか。今のところトランプは、外交政策の役割を担うのにふさわしく、自分のために熱心に選挙運動をしたトゥルシー・ギャバード(元民主党下院議員)に対して何も提示していない。もし彼女が政権で得るポストが些細なものであれば、それはトランプがアメリカ帝国の機能を根本から変えるつもりなどなかったことが急速に明らかになっている政権を象徴するものとなるだろう。〔訳注・その後、ギャバード氏は国家情報長官への起用が決定〕

一方、(保守派評論家)ベン・シャピロは非常に満足している。

(次を全訳)
Here Come the Awful Neocon Trump Appointments | Mises Institute [LINK]

【コメント】ヘイリー、ポンペオ両氏が外れてホッとしたのも束の間、ルビオ氏が外交を仕切る国務長官に起用されるなど、トランプ次期米政権の顔ぶれは急速に好戦的なネオコン色を濃くしている。そのトランプ氏が大統領選の勝利後、最初の会談相手に選んだ外国首脳が、同じくネオコン路線で、イスラエルのガザ攻撃を支持するアルゼンチンのミレイ大統領だった意味を、ミレイ氏の明るい面だけに注目する日本のリバタリアンはよく考えておくべきだろう。

2024-11-16

ミレイ氏の政治ゲーム

オスカー・グラウ(音楽家)
2024年9月24日

「私は政府を内部から破壊する者だ」 「国家は犯罪組織だ」「課税は窃盗だ」「国家は何もかも間違っている」。 これらはお上品な政治言説の壁を破り、2021年に下院議員となった後、2023年にアルゼンチン大統領の座を射止めたハビエル・ミレイが口にした多くの反国家主義的(あるいは無政府資本主義的)せりふのほんの一部にすぎない。
左派であれ右派であれ、国家主義者が権力を握れば国家主義は前進し続け、あるいは守られる。多くの人々は国家主義と徹底して闘うミレイに期待を寄せていた。しかし、その政治的冒険は、正しい方向への変化を超えて、国家主義に有利な政治ゲーム以上のものではないことが明らかになった。

2024年5月のインタビューで、ミレイは自身の計画に関するおおまかな考えを示した。その説明によれば、「不潔」な税金があり、他に消えなければならない税金、地方に依存し改革が必要な税金がある。ミレイが示した歳出凍結案では、経済が立ち直り成長し始めると、国内総生産(GDP)に占める支出の規模は減少する。そして無数にある税金は、「支払うべき」「理解できる」税金が4つ程度という簡素な制度に移行し、政府規模はGDPの25%となる。ミレイはかつて増税したら自分の腕を切り落とすと約束したが、インタビューでは税は上がったと認めていた。

(リバタリアン思想家)ロスバードの伝統に従えば、歳出を凍結するだけで、さらに削減しない理由はない。ミレイは「簡素な税」論者の1人にすぎないかもしれないが、どの税も望ましいとほのめかし、どの税が「支払うべき」「理解できる」税かを決めるのは独断的であり、反国家主義の精神に反する。政府規模に対する妥当な比率として25%という考えを提案するのは、反国家主義者としては不適切だし、実質経済成長に対する非現実的で貧弱な尺度に基づくことはいうまでもない。

課税が窃盗であるならば、ミレイの増税が「一過性」であることを理由に容認するのは、泥棒がすぐに盗みを減らすと約束したからといって路上強盗の増加を進んで容認するのと大差ない。

ミレイは何年もかけて敵対政党の福祉政策を批判してきたにもかかわらず、2024年6月、ミレイ内閣の経済相はさまざまな福祉政策への支出増を自慢する一方で、「最も弱い立場の人々を念頭に置いて達成された 」歴史的な財政収支について語った。

たしかにミレイの均衡予算には歴史的な削減が含まれている分野もあるが、福祉政策のように支出を増やした分野もあるし、今後もそうする予定である分野もある。したがって、すべては新しい風が吹くかどうかにかかっている。たとえば、北大西洋条約機構(NATO)と米シオニスト帝国主義に味方するミレイの外交政策と、24機のF16戦闘機の購入である。さらにミレイは2024年7月、国防と治安サービスの予算をほぼ倍増させた。また、軍の威信を回復し、近代化を図りたいとして、軍事費は今後8年間でGDPの1.5%増加すると予測されている。

ミレイは就任と同時に、省庁の数を22から9に減らした。この措置は象徴的なものだった。一部の省庁に他の省庁の吸収を命じただけだったからだ。そして2024年6月、ミレイは女性・ジェンダー・多様性省の廃止を完了した。これと国立差別・外国人排斥・人種差別研究所の閉鎖は、税金を財源とする革新主義との闘いとして称賛に値する。

いずれにせよ、2024年7月までに約3万1000人がミレイ政権で雇われなくなった。一方、新規採用者は6月までに3000人近くに上った。政府契約の不更新は珍しいことではなく、ミレイの数字はまだささやかだが、この分野での努力は評価されるべきだ。

(次を抄訳)
Milei’s Political Game | Mises Institute [LINK]

【コメント】グラウ氏は本職はミュージシャンだが、オーストリア学派経済学とリバタリアン政治理論の理解に基づき、ミレイ大統領の負の側面を厳しく批判し続けている。多くのリバタリアンがミレイ礼賛に終始する中で、その分析は非常に有益だ。ミレイ氏の内政は、好戦的な外交政策に比べればましであり、評価すべき点もあるが、現時点で手放しで称賛できるものではない。政治家は演説の美辞麗句ではなく、結果で評価しなければならない。

2024-11-15

トランプ大統領の2期目、何を意味するか

ダグ・ケーシー(作家・投資家)
2024年11月14日

ドナルド・トランプ氏の(米大統領としての)今後4年間については、前回の任期より優れた判断力を示すよう期待したい。当時はおべっか使いやディープステート一派、政治的ペテン師に取り囲まれていた。しかし今回は楽観的だ。例えば、マイク・ポンペオ氏(元国務長官)、ニッキー・ヘイリー氏(元国連大使)という恐ろしい人物を起用しないと発表した。
さらに、ロバート・ケネディ・ジュニア氏を食品医薬品局(FDA)を監督する地位(厚生長官)に就けると発表した。また、イーロン・マスク氏に連邦支出を2兆ドル削減するよう命じた。さらに、ロン・ポール氏を金融政策に意見を述べる立場に就けることも検討しているようだ。そして、ジョエル・サラティン氏(農家・作家)を農務省の役職に就けるようオファーしたようだ。

トランプ氏は哲学的な中核を持たず、行き当たりばったりで、知識も乏しく、前回は人々に対する判断力がひどく欠けていたが、今回は実際に物事を実現する人々を選ぶという点では、はるかに良い仕事をしていると思う。

トランプ氏は常に「低金利派」であり、「負債王」であると自称してきた。1期目の大統領在任中に大盤振る舞いをして、巨額の赤字を積み上げた。その額はブッシュ(子)、オバマ両大統領よりも相対的にも絶対的にも大きかった。過去4年間のバイデン氏の実績よりもさらに大きなものだ。トランプ氏は経済について真の理解がないので、経済を「支援」するために紙幣の印刷を推奨するだろうと予想している。彼に選択肢があるわけではない。紙幣の印刷を続けなければ、債務バブルは崩壊してしまうのだ。

明るい面に戻ると、トランプ氏は経済の大幅な規制緩和を望んでいる。これは非常に大きなプラスだ。また、減税を望んでいる。すばらしいことだ。しかし悪いニュースは、政府支出を削減しなければ減税などありえないということを理解していないことだ。特に今は、政府支出の3分の1が米連邦準備理事会(FRB)への債券売却によって賄われており、これは事実上の紙幣印刷に他ならない。この傾向はさらに強まるだろう。小売物価は確実に上昇するだろう。しかしすでに高値圏にある株式市場は、資金が流入することでさらに上昇するかもしれない。

イーロン・マスク氏が年間2兆ドルの予算削減を望んでいるのはすばらしいことだ。財政赤字額とほぼ同額だ。 しかし実現の可能性はゼロに近いだろう。社会保障、メディケイド(低所得者向け公的医療制度)、メディケア(高齢者向け公的医療制度)、国債利払い、軍事予算などは神聖不可侵であり、予算の90%以上を占めている。

マイナス面としては、トランプ氏はイスラエルへの揺るぎない支持を表明している。イランとの熱い戦争において米国がイスラエルの代理人となる可能性があり、そうなれば最悪だ。イスラエルは米国の51番目の州ではない。トランプ氏は戦争を回避したいと考えているが、中東版「仁義なき戦い」のような核の泥沼に米国を巻き込む可能性もある。

再び明るい面を挙げるとすれば、トランプ氏はウクライナ戦争を終わらせることができると主張している。ゼレンスキー(ウクライナ大統領)、プーチン(ロシア大統領)両氏と個人的に良好な関係にあると考えているからだ。プーチン氏のことを何と言おうと、ゼレンスキー氏はさらに危険であり、無意味な国境紛争を長引かせるために数十億ドルを米国から略奪した責任がある。唯一の勝者は、ウクライナの官僚と、同様に腐敗した軍事「防衛」企業だ。

トランプ氏が「タフ」なイメージを前面に出したいがために、ロシアを絶望的な状況に追い込もうとしないことを願おう。米国ではプロパガンダに煽られたヒステリー状態が生まれている。米国人はロシアが悪であり、末期の腐敗政権であるゼレンスキー政権は善であると信じている。第1次世界大戦の時と同様に、米国の介入は恐らく破滅的な結果をもたらすだろう。

(次を抄訳)
Trump’s Second Term: What It Means for America and Investors - LewRockwell [LINK]

【コメント】思慮深いリバタリアンはトランプ氏の勝利を歓迎しながらも、手放しでは喜ばず、マイナス面も冷静に分析する。ケーシー氏もその1人。「政府支出を削減しなければ減税などありえない」との指摘に加え、外交面でイスラエル支持が米国を「核の泥沼」に巻き込みかねないとの警告も重要だ。

2024-11-14

米国を一夜で再び偉大にする方法

カレン・クウィアトコウスキー(退役米空軍中佐)
2024年11月13日

(ジャーナリスト)メンケンの民主主義と選挙に対する見方は正しかった。誰かのポケットから、何もせずに何かを得ることだ。選んだ行政官は毎年何兆ドルもの借りた金や盗んだ金を使うが、それは次の選挙の票を買い、自分や仲間を豊かにするためで、決して責任を負わない。
3期目のないトランプは愛国者、起業家、兵士からなる新しい並外れたチームを率いて、ホワイトハウスに復帰する。その政策は公表されており、数年前までネオコンとエリート主義の悪徳の巣窟だったヘリテージ財団のアジェンダではない。

州、地方、連邦の政府職員は、米国で最も組合化が進んだ「労働者」の集団だ。これには公立学校の教師も含まれるが、連邦レベルでの大きな政策変更に直面して、これらの組合労働者はストを起こす可能性がある。トランプは有名なフレーズ(「お前はクビだ!」)を使うだろうか。

新大統領が直ちに取る行動は、忠実で志を同じくする人々をすべての省庁および機関の責任者にすることであり、トランプはそれを実行するつもりである。新たな責任者は各省庁にゼロベースの予算を直ちに要求し、承認済みの予算を停止しなければならない。

1988〜2005年に実施された5回の米軍基地縮小では、世界中の350の施設(任務ではない)が削減され、17年間でわずか120億ドルしか節約されなかった。これはウクライナへの無駄な援助の数カ月分にすぎず、2023年10月以降、通常の額に加え、急増したイスラエル支援に遠く及ばない。

新大統領があらゆるレベルの連邦職員を削減・解雇し、就任初日から支出を削り、大幅な予算削減を約束すると、ロビー団体に支配され、憲法に無知で財政的に無能な議会が、お決まりの巨額支出で「修正」し、対抗すると予想される。トランプは何度も拒否権を発動する必要があるだろう。

やるべきことは山ほどあり、期待できることも山ほどある。トランプは(おそらく)行政府を制御できるが、下院・上院の支援を頼りにできるだろうか。もちろんできない。トランプにできる最善かつ唯一のことは、中央銀行の米連邦準備理事会(FRB)を廃止して金融システムを解放することだ。

パウエルFRB議長の公然たる頑固さは、憲法が国立銀行の設立を認めていないことを考えると驚くべきものだ。まずパウエルを解任し、別の議長ではなく、トランプの襲撃チームに交代させるべきだ。チームは監査を行い、存在するかもしれない実質資産を奪い、売却するだろう。

トランプがジャクソン大統領のように、インフレと通貨劣化の工場(FRB)を閉鎖できれば、連邦政府の人員、権限、インフラ、任務を縮小し、省庁全体を廃止するという途方もなく複雑な仕事は、もうトランプの肩の荷でなくなる。市場が決めてくれる。

政府債務のコストが負担不可能になれば、お金は正直で、現実的で、有用になる。連邦政府を小さくする方法は一夜にして、恐怖とパニックではなく、革新と解決の問題に変わる。政府支出は実力主義になり、腐敗したロビー活動、卑劣な悪徳政治、貪欲な寡頭政治をすべて一度に置き換える。

FRBを廃止することは、CIAを解体したり、国防総省の75%を廃止したりするよりも、政治家にとって物理的に危険だろうか。蛇の頭を切り落とすことは、尻尾を切り落とすよりも危険だろうか。この一つの行為(FRB廃止)は共和国を救うことになるだろうか。今こそ、その答えを知るときだ。

(次を抄訳)
MAGA in One Step - LewRockwell [LINK]

【感想】減税すれば政府の歳出は自然に減ると信じる人がいる。しかし中央銀行が存在する以上、政府は税収不足をマネーの発行(による国債購入)で補うことができる。中央銀行の廃止でその逃げ道をふさげば、税収を上回る政府事業は維持できなくなり、それこそ自然に解体される。