
注目の投稿
「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ
インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...
2024-06-30
ソ連社会主義の運命

2024-06-23
ミレイ大統領の光と闇
筆者自身リバタリアンとして、華々しく登場したミレイ大統領に期待してきたし、今も希望を捨ててはいない。しかし一方で、当初から抱いていた疑問と不信が次第に大きくなっていたのも事実だ。アルゼンチンは変わるか 異色大統領が大なた、IMF賛辞https://t.co/gVHZ1htoLR
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) June 10, 2024
そう感じていた最近、米リバタリアン系サイトのルー・ロックウェル・ドットコムに、オスカー・グラウという人が力のこもったミレイ批判を立て続けに3本(5月21日、同22日、6月5日)掲載した。記事はミーゼス研究所のサイトでも一部紹介されている。
グラウ氏は一連の記事で、ミレイ氏の政策に対してある程度プラスの評価は与えながらも、全般には厳しい批判を展開している。それには説得力があり、筆者のもやもやした気分を晴らしてくれた。ポイントをかいつまんで紹介し、感想を述べよう。
論評の対象となるミレイ氏の政策は大きく二つに分かれる。内政と外交だ。まず内政について、グラフ氏は「良い行いと悪い行いが入り混じっている」と評する。
良い行いは次のとおりだ。一部の補助金支出を削減し、いくつかの政府機関を閉鎖し、公共建設への融資の多くを停止した。経済の規制をある程度緩和し、公共事業の民営化など、さらに規制緩和を進める計画だ。さまざまな価格統制の撤廃は一部の市場で一定の成果を上げたが、アルゼンチン経済は政府による規制が多くカルテル化が進んでいるため、一部補助金の削減と同様に、全体的な恩恵はまだ限られている。ミレイ氏はいくつかの関税を引き下げ、自動車販売店に対する税金を引き下げた。リバタリアンの考えや健全な経済学全般について演説を続けているし、文化的左翼に対しておおむね適切な言葉で反対している。
一方、悪い行いには以下のようなものがある。政府債務の支払いを拒否する代わりに国際通貨基金(IMF)に赴き、前政権から債務を購入した愚かな外国投資家への借金を、国民に支払わせることにした。公約どおり全面的に減税して経済を自力で回復させるのでなく、燃料や外貨購入などに対してさまざまな税金を増やし、高所得者への所得税を復活させる計画さえ立てている。福祉政策を拡大し、その中には妊婦や扶養している子供に対する給付金のような、健全な社会にとって特に有害な政策が含まれる。政府支出を減らすことで財政を均衡させるのではなく、課税を増やすことで均衡させ、勤勉な市民の収支よりも政府の収支を優先させている。
グラウ氏の採点は辛めだが、大胆な政策変更には多くの困難を伴うから、善戦しているといってもいいだろう。しかし外交については、リバタリアンの立場から前向きな評価は難しい。
最も問題なのは、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃を強く支持している点だ。昨年10月7日にパレスチナの武装勢力ハマスがイスラエルを攻撃して約1200人を殺害したことに対し、イスラエル軍はこれまでに女性や子供を含む少なくとも3万5000人を殺害した。イスラエルが建国以来、パレスチナ人住民に行ってきた殺傷行為を無視し、今回の攻撃に限ったとしても、過剰防衛であり、ジェノサイド(大量虐殺)にほかならない。しかしミレイ氏は、イスラエルの行為はすべて「ゲームのルールの範囲内」であり、「ハマスのテロリストが犯した乱行にもかかわらず、イスラエルには何の行き過ぎもない」と話す。
ミレイ氏が尊敬するという、米リバタリアン思想家のマレー・ロスバードは、パレスチナ人の抵抗とその土地に対する権利を擁護していた。グラウ氏は、「ロスバードはミレイの言葉を嫌悪し、彼を擁護できない詐欺師とみなすだろう」と書く。
ミレイ大統領は米国の介入主義的な軍事政策にも盛んに関わっている。就任から半年もたたないうちに、米国製F16戦闘機を24機購入し、米艦隊と合同海軍演習を実施。北大西洋条約機構(NATO)にパートナー国としての参加を要請した。ミレイ氏はNATO、イスラエルに加え、米政府が支援するウクライナも強く支持している。グラウ氏はミレイ氏の外交政策について「リバタリアンというよりは、むしろネオコン(新保守派)の特徴だ」と断じる。
ミスター共和党と呼ばれたロバート・タフト元上院議員ら米国の旧保守派(オールドライト)が軍事では非介入主義を貫き、ロスバードらリバタリアンに高く評価されるのに対し、最近の民主・共和両政権を牛耳るネオコンはアフガニスタン、イラク、リビア、シリアなどで露骨な軍事介入を推し進め、リバタリアンにとっては不倶戴天の敵だ。日本の大手メディアがミレイ氏に好意的な報道をするようになったのは、米国のネオコンに忠実だとわかり、安心したからではないかと勘ぐりたくなる。
グラウ氏はまとめて、ミレイ氏を次のように評価する。経済学者としては主流派をはるかに上回る。「リバタリアン」大統領としては失敗しているが、他の大統領よりはましだ。しかし、ミレイ氏を一部のオーストリア学派経済学者のように「本格的なリバタリアン」と呼んだり、その大統領当選を「ベルリンの壁と共産主義の崩壊に匹敵する、自由にとって歴史的な日」と称えたりするのは「行き過ぎ」である。さらに厳しく、「ミレイをリバタリアンだと呼び続けるのは間違いである。ネオコンをリバタリアンだと偽ることを意味するからだ」とも論評する。
ミレイ大統領は内政でそれなりの成果を上げており、リバタリアンではないとまで言い切るのは、筆者にはためらわれる。けれども心情はグラウ氏に共感する。筆者がリバタリアニズムを愛するのは、経済学的に正しいという以上に、戦争という政府の暴力に反対し、平和を尊ぶ思想だからだ。ロスバードはこう問いかけている。「リバタリアンは価格統制や所得税については適切にも憤りをおぼえるのに、大量殺戮という究極の犯罪に対しては肩をすくめるか、あるいは積極的にこれを支持しさえするというのだろうか?」
2024-06-16
第一次世界大戦の悲劇

2024-06-09
帝国主義を批判した鉄鋼王
米国がフィリピンの独立への戦いを弾圧する役目を果たすなど、できるだろうか。もちろんできない。どんな顔をして、フィリピンの学校に米国の独立宣言を掲げつつ、彼らに独立を認めないなどということができるだろう。フィリピンの人々の心は、リンカーンの奴隷解放宣言を読んだとき、どう反応するだろう。私たちは独立を実践しつつ、従属を説くというのか。書物では反乱を教えつつ、武力で鎮圧するというのか。反逆の種をまきつつ、忠誠という収穫を期待するというのか。
- 貴堂嘉之『南北戦争の時代 19世紀』岩波新書、二〇一九年
- アンドリュー・カーネギー(坂西志保訳)『カーネギー自伝』(新版)中公文庫、二〇二一年
- Stephen Kinzer, The True Flag: Theodore Roosevelt, Mark Twain, and the Birth of American Empire, Henry Holt and Co., 2017
2024-06-02
泥棒貴族という英雄たち
金ぴか時代のこの二面性を理解するうえでカギとなるのは、「ロバー・バロン(泥棒貴族)」と呼ばれる人々だ。もともとは中世英国で領内を通行する旅人から通行料を取る悪質な貴族のことだが、それにならって、情け容赦なく、際限なく利益を追求する資本家・事業家を指してこう呼んだ。
金ぴか時代には、泥棒貴族と呼ばれる資本家が輩出した。たしかにそのうち一部は、政治権力と癒着して不当な利益をむさぼった。しかし一方で、フェアな市場競争を通じ正当に富を築いた事業家も少なくなかった。泥棒貴族の真の姿を探ってみよう。
南北戦争後の米国では、大陸横断鉄道をはじめ鉄道網が発達した。その立役者となったのは鉄道資本家だ。
政府による資金支援がなければ大規模な鉄道建設は無理だと信じている人は少なくない。たしかに一部の鉄道資本家は政府とのコネを利用して支援を引き出した。たとえばセントラル・パシフィック鉄道の創業者リーランド・スタンフォードはカリフォルニア州知事、同州選出の連邦上院議員を歴任した政治家でもあり、そのコネを利用して鉄道の競争を妨げる法律を通し、独占による利益を享受した。
彼などはまさしく、権力を利用して不当な利益をあげた泥棒貴族の名にふさわしい人物だろう。しかしそのせいで、まっとうな商売で富を築いた起業家まで同類に扱われ、非難されるのは残念なことだ。
鉄道業界でそうしたまっとうな起業家の代表は、グレート・ノーザン鉄道の創業者ジェームズ・ヒルだ。ヒルは十四歳で父を亡くし、母を支えるため学校をやめて働き始める。食料雑貨品店、農業、海運、羽毛販売などで元手を蓄えた後、ミネソタ州の倒産した鉄道会社を仲間とともに買い取った。
ヒルはただちに鉄道業の才能を発揮する。業務の無駄を省き、社員が交代で必ず休憩時間を取れるようにした。コスト削減の成果を農業、鉱業、林業関係者など利用客とも分かち合い、運賃を引き下げた。自社と顧客は共存共栄の関係にあると知っていたからだ。水害や不況に苦しむ農家のために穀物の種子を無料で提供し、町に土地を寄付して公園、学校、教会が作れるようにもした。
ヒルは、同業者で結託して運賃を高めに維持しようとするカルテルの誘いを拒んだ。むしろ進んで運賃を引き下げ、カルテルを崩そうとした。
1886年から1893年にかけ、大陸を横断するグレート・ノーザン鉄道を建設した際には、補助金頼みの鉄道とは違い、景色よりも耐久性や効率性を重視した。少しでも距離を短く、勾配をなだらかに、カーブを少なくするため、より良い路線の調査・開発に努めた。その結果、グレート・ノーザン鉄道は世界の主要鉄道のうち、最も便利で儲かる鉄道となった。
これに対し、健全な鉄道の建設よりも政府からの補助金獲得に力を入れた鉄道会社は、経営が不効率で、次々と倒産した。実のところ、最後まで倒産しなかった大陸横断鉄道は、ヒルのグレート・ノーザン鉄道だけだった。
まっとうな起業家でありながら、泥棒貴族とおとしめられる資本家の代表といえば、石油王ジョン・ロックフェラーだろう。
鉄道王ヒルと同じく、ロックフェラーも恵まれない境遇から身を起こした。行商人の子として生まれ、十六歳で高校卒業後、見習いの経理事務員となる。キリスト教プロテスタントの一派であるバプテスト教会の敬虔な信者で、勤勉と貯蓄を重んじた。いくつかの営業職を経て、二十三歳のときには十分な資金を蓄え、オハイオ州クリーブランドの石油精製会社に出資した。
ロックフェラーはやはりヒルと同様、事業のあらゆる細部に気を配り、コストの削減、製品の改善、品ぞろえの拡大に努めた。ときには肉体労働者に交わってまで、事業をとことん理解しようとした。他の経営幹部もこれにならい、会社は急成長する。のちのスタンダード石油である。
石油製造に伴う多くの無駄をなくす方法も考案した。社内の化学者に命じ、潤滑油、ガソリン、パラフィンワックス、ワセリン、ペンキ、ニス、その他三百種に及ぶ副産物の生産方法を考え出した。これにより生産の無駄をなくし、採算性を高めた。稼いだ利益は精製施設の改善に惜しみなく投じた。操業の安全性に強い自信を持っていたため、保険にすら入らなかったという。
スタンダード石油は急速に市場シェアを伸ばしていく。1870年の4%から1874年には25%に、1880年には約85%にまでシェアを高めた。その原動力になったのは低価格だ。精製油の値段は1869年の1ガロン30セント超から1874年には10セントに、1885年には8セントに下がった。安くなった灯油は、家庭で明かりの燃料として使われるようになる。これは米国民の生活に革命を起こす。当時、日が暮れてから働いたり物を読んだりする習慣はまだ目新しかった。
ロックフェラーは顧客に対してだけでなく、従業員に対しても非常に寛大で、競合他社より大幅に高い給与を支払った。おかげでストライキや労働争議に悩まされることはめったになかった。
ロックフェラーにまともな商売で太刀打ちできない同業者らは、そんなときの常套手段に訴える。政府にロビー活動で働きかけ、法律や規制で相手を縛ることだ。1906年、米連邦政府はスタンダード石油に対し反トラスト(独占禁止)規制に基づく訴訟を起こす。
そもそも独禁規制の目的は、消費者の保護にあるとされる。そうだとすれば、米政府がスタンダード石油を訴えたのはおかしなことだ。前述のように、同社は効率経営によって石油の値段を数十年にわたり大きく引き下げ、消費者に大きな恩恵を及ぼすとともに、競合他社に値下げを促してきたからだ。
市場シェアからも、スタンダード石油を独占とみなすのは疑問だった。1890年には88%と高水準にあったものの、1911年には64%に低下していた。競合他社は数百社もあった。それにもかかわらず、米連邦最高裁は同年、同社に対し独禁法違反の判決を下した。スタンダード石油は三十四の新会社に分割される。
その結果、スタンダード石油の経営は効率が低下し、不効率な同業他社が得をすることになった。損をしたのは消費者である。
スタンダード石油が独禁法違反で摘発された背景には、マスコミによる攻撃もあった。急先鋒だったのは、当時人気雑誌だった「マクルアーズ・マガジン」の編集長アイダ・ターベルだ。ターベルはロックフェラーとの競争に敗れて破産した石油業者の娘で、ロックフェラーはいわば親の仇だった。ターベルのロックフェラー批判は経済学的には的外れだったが、ロックフェラーを悪玉に仕立て上げ、世論を動かすうえで大きな力があった。
ロックフェラーは一般に信じられている姿とは違い、控えめで物静かな人物だった。新聞や雑誌から攻撃を受けると、「夜も寝られない」と不満を述べ、「これほどの心痛で苦しまなければならないのなら、自分が手に入れたすべての富など意味がない」と漏らすこともあったという。
信仰心の厚いロックフェラーは若い頃から教会などの慈善事業に寄付をしてきたが、富を築いてからはそれを本格化した。シカゴ大学はロックフェラーによる寄付金をもとに今日では名実ともに世界的な大学となった。医療研究、文化施設にも多くの寄付を行った。
金ぴか時代の泥棒貴族には、政治の力で金儲けをし消費者の利益を損なう、まさに泥棒の名にふさわしい連中もたしかにいた。しかしそれ以外に、ビジネスの王道を通じ社会を豊かにした英雄的な起業家たちもいた。これら二つの集団を混同してはいけない。それは縁故主義と資本主義の違いでもある。
<参考文献>
- 飯塚英一『若き日のアメリカの肖像: トウェイン、カーネギー、エジソンの生きた時代』彩流社
- 松尾弌之『列伝アメリカ史』大修館書店
- Thomas J. Dilorenzo, How Capitalism Saved America: The Untold History of Our Country, from the Pilgrims to the Present, Crown Forum
- Burton W. Folsom, The Myth of the Robber Barons, Young Amer Foundation
2024-05-26
南北戦争の真の目的
米国では南部を中心に、奴隷制存続を主張した南部連合(アメリカ連合国)にゆかりのある人物の銅像や記念碑が数多く設置されているが、抗議運動の中で、各地で倒されたり自治体によって撤去されたりする動きが相次いだ。
南北戦争(1861〜65年)に関しては、人種差別をめぐる善対悪の単純な図式にあてはめた報道が目立つ。しかし実際の背景はもっと複雑であり、ニュースでは触れられない意外な事実が少なくない。
まず、戦争の目的である。南北戦争は初めから奴隷解放のための戦争だったと思うかもしれないが、そうではない。戦争が始まってから少なくとも一年半の間、奴隷制は戦争の争点ではなかった。
開戦前にさかのぼって経緯をたどってみよう。1860年11月の大統領選挙で、奴隷制の拡大反対を唱える共和党からエイブラハム・リンカーンが当選すると、これを機に南部ではサウスカロライナ、テキサス、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、ジョージア、フロリダの7州が相次いで連邦から脱退し、翌61年2月、アメリカ連合国を結成した。3月4日にリンカーンが第16代大統領に就任したときには、合衆国はすでに分裂状態になっていた。
ところがリンカーンは同日の大統領就任演説で、奴隷制を批判しなかった。むしろ「奴隷制度が敷かれている州におけるこの制度に、直接にも間接にも干渉する意図はない」と述べた。同年7月4日に特別議会へ与えた教書でも、南部の行動を「連邦破壊の試み」だとして非難するばかりで、奴隷制の是非などはまったく語っていない。
リンカーンは個人としても、奴隷制や人種差別に反対ではなかった。1858年、イリノイ州選出の上院議員候補として出馬し、民主党の現職議員スティーブン・ダグラスと論戦を交わした際、こう述べた。「私は白人と黒人のいかなる社会的・政治的平等の実現にも賛成しないし、賛成したこともない。黒人が選挙権や裁判権を与えられたり、公職に就いたり、白人と結婚したりすることに賛成でないし、賛成したこともない」
リンカーンはこれに先立つ1834〜42年、イリノイ州議会の議員を務めているが、この間、州の黒人差別立法に反対したことはない。黒人への選挙権付与に反対し、黒人に裁判で証言を認めさせようとする請願に署名することを拒んだ。
リンカーンは黒人植民を強く支持してもいた。黒人植民とは、奴隷から解放され、自由な身分となった黒人を米国外の地に移住させることだ。1816年に創設されたアメリカ植民協会は、黒人植民によって合衆国を白人の共和国にすることを目指した。リンカーンが政治の師と仰いだ大物政治家ヘンリー・クレイは同協会の創立メンバーで会長も務めた。リンカーン自身、黒人をアフリカのリベリアや中米のハイチに移住させる案を抱いていた。
当時の米国で人種平等や奴隷解放を唱えたのはごく一部の運動家だけで、奴隷や黒人への蔑視と嫌悪は、南部に限らず、北部でもごく一般的な感情だった。リンカーンもそうした普通の白人の感情を共有していた。もし黒人差別を理由にリー将軍の像を撤去するのなら、ワシントンの記念堂にあるリンカーンの大理石像も問題にしなければならないだろう。
リンカーンと北部諸州にとって、戦争の本来の目的は奴隷解放ではなく、連邦の維持にあった。
先に連邦を離脱した7州に続き、1861年4〜5月にかけて、バージニア、ノースカロライナ、テネシー、アーカンソーの4州が新たに南部連合に加わり、首都はバージニアのリッチモンドに置かれた。一方、南北の間に位置し「境界州」と呼ばれるミズーリ、ケンタッキー、メリーランド、デラウェアの4州は、奴隷州でありながら南部連合には加わらず、連邦にとどまった。
これに対しリンカーンはいかなる州も勝手に連邦を離脱することはできないとして、断固連邦を維持する決意を示した。1862年8月、ニューヨーク・トリビューン紙の編集長ホレス・グレーリーに対し、明確にこう述べている。「この戦争における私の至上の目的は、連邦を救うことにあります。奴隷制度を救うことにも、滅ぼすことにもありません。もし奴隷は一人も自由にせず連邦を救うことができるものならば、私はそうするでしょう。そしてもしすべての奴隷を自由にすることによって連邦が救えるのならば、私はそうするでしょう。またもし一部の奴隷を自由にし、他はそのままにしておくことによって連邦が救えるものならば、そうもするでしょう」
リンカーンは、合衆国憲法にのっとって正当に選出された自分の権威が、相次ぐ離脱によて否定されるのは耐えがたかった。また、共和党や北部世論にとっても、連邦体制は一種の神聖さを帯びた理念であり、実体でもあった。
だからといって、連邦離脱は許さないというリンカーン側の言い分には疑問が残る。南部連合側の主張によれば、離脱の法的根拠は合衆国憲法修正第10条にある。同条では「この憲法が合衆国に委任していない権限または州に対して禁止していない権限は、各々の州または国民に留保される」と定めている。合衆国憲法に連邦離脱に関する規定はなく、なおかつ州は連邦政府に対し離脱を禁止するいかなる権限も委任していない。したがって、離脱は州の権利として留保されているはずだという。
これは決して無理な主張ではない。事実、リンカーンの前任者ジェームズ・ブキャナン大統領が最初の南部7州の離脱を黙って認めた背景には、この法解釈があった。ブキャナンは南部諸州に離脱の権利があるとまでは考えなかったものの、連邦政府に離脱を禁止する権限があるとも思わなかった。
しかしリンカーンは、離脱に対し強硬姿勢で臨んだ。1861年4月、南部連合はサウスカロライナ州の中心都市チャールストン、つまり自国のど真ん中に残された連邦政府のサムター砦に砲撃を加え、陥落させた。死傷者はなかったが、リンカーンは反乱のレッテルを貼り、7万5000人の兵を差し向けた。ここに南北戦争の幕が切って落とされた。当初、南北双方とも自らの勝利のうちに短期間で終わると楽観していた戦争は、丸四年続くことになる。
戦争が長引くにつれ、リンカーンは焦りを覚えた。このままでは英国やフランスの干渉を招き、南部連合の独立の承認という耐えがたい条件を飲まされることになる。戦局を好転させる窮余の一策として脳裏に浮かんだのが、奴隷解放の宣言だった。
実行すれば、奴隷解放を求める内外の声に応え、「人道のための戦争」として世界の世論を味方につけることができる。同時に、南部の奴隷たちは大挙して大農園を脱出し、北軍のもとに押し寄せるだろう。それは南部社会・経済の根幹を破壊し、南軍の戦争遂行能力に打撃を与えるだけでなく、脱走奴隷を北軍の兵士や労働者として使役すれば、連邦政府側の戦力が高まる。
こうして1862年9月22日、リンカーンは「奴隷解放予備宣言」を発し、翌63年1月1日、正式な「奴隷解放宣言」を発した。ただし、解放の対象となったのは反乱状態にある州や地域の奴隷だけであり、連邦軍がすでに支配していた地域や境界州の奴隷は対象外だった。境界州の奴隷主たちを刺激しないための配慮だった。リンカーンの奴隷解放が人道上の目的ではなく、政治・軍事上の手段でしかなかったことを物語る事実だ。北軍に逃げ込んだ黒人奴隷は自由にはならず、野営地で過酷な労働を強いられるか、奴隷主に送り返された。
奴隷解放が目的であれば、戦争に訴える必要はなかった。18世紀後半から19世紀にかけて、奴隷制は英国、フランス、スペインの植民地を含め多くの国・地域でなくなったが、米国と違い、いずれも平和裡に廃止された。奴隷は労働者の賃労働に比べ割高で、経済的に不採算になっていたからだ。
南北戦争では近代的兵器が初めて使用され、両軍合わせ約60万人が戦死した。これは第二次世界大戦の約40万人、ベトナム戦争の約5万人などを上回り、米国史上最大の犠牲者数である。戦争末期、北軍の将軍ウィリアム・シャーマンが決行した焦土作戦では道路や鉄道、橋、工場などが破壊され、家畜が殺戮された。当時でも戦争犯罪にあたる非道な行為だ。
南北戦争は英語でCivil War(内戦)と呼ばれるが、正確には内戦ではない。内戦とは国内における権力の奪取をめぐる戦争だが、南部諸州は権力を奪おうとしたのではなく、独立を望んだだけだ。リンカーン政権が黙って離脱を認めていたら、戦争で甚大な犠牲者を出すことはなかったし、奴隷制も平和に廃止されていたかもしれない。南北戦争を善対悪の図式でとらえるだけでは、その真の教訓を学ぶことはできない。
<参考文献>
- 小川寛大『南北戦争-アメリカを二つに裂いた内戦』中央公論新社、二〇二〇年
- 貴堂嘉之『南北戦争の時代 19世紀』岩波新書、二〇一九年
- 紀平英作編『アメリカ史 上』山川出版社、二〇一九年
- Thomas E. Woods Jr., The Politically Incorrect Guide to American History, Regnery Publishing, 2004
- Thomas J. Dilorenzo, The Real Lincoln: A New Look at Abraham Lincoln, His Agenda, and an Unnecessary War, Crown Forum, 2003
2024-05-19
「鉄血宰相」負の遺産

- 飯田洋介『ビスマルク - ドイツ帝国を築いた政治外交術』中公新書
- 橘木俊詔『福祉と格差の思想史』ミネルヴァ書房
2024-05-12
イギリス帝国主義への道
イギリスでは十九世紀前半、自由主義思想が隆盛し、リチャード・コブデン、ジョン・ブライトらマンチェスター派の政治家は自由貿易、平和主義、自由放任を唱えた。1846年の穀物法廃止は、その輝かしい成果と言える。
ところが十九世紀半ばから、自由主義に逆行する動きが目立ち始める。武力で植民地を維持・獲得しようとする帝国主義である。
自由主義を唱えるマンチェスター派は植民地について、自治権を与えて本国からの自立を促すよう主張していた。しかし現実の植民地政策はまったく逆の方向に展開した。
十九世紀半ば、イギリスの帝国主義をまず先導したのは外相、首相を歴任したパーマストン子爵である。彼はロシア帝国の南下政策を阻止するとして1854〜56年にクリミア戦争に参戦し、フランス、サルディニア(のちのイタリア王国)と協力して戦争を勝利に導き、国民的英雄になった。1856年には中国でフランスとともに第二次アヘン戦争(アロー戦争)を起こす。
同時にパーマストンは「イギリスの通商業者、製造業者のために新たな市場を確保するのは政府の仕事である」との確信を抱いて、帝国主義政策を世界各地で積極的に推進した。
次いで帝国主義政策の中心人物となったのは、保守党政治家のベンジャミン・ディズレーリである。1804年、ユダヤ系の文筆家の長男として生まれ、親とともにキリスト教(イギリス国教会)に改宗。1868年と1874〜80年の二度にわたり首相を務めた。外交政策では、本国からインドに至る「エンパイア・ルート」を、他の欧州列強の海外進出から防衛することを重視した。
ディズレーリは軍備を拡張し、露土(ロシア・トルコ)戦争に介入、同じくロシアの南下政策に対抗した第二次アフガン戦争を引き起こした。また、キプロスを占領し、南アフリカのトランスバール共和国を侵略した。
1875年にはエジプトのスエズ運河株を買収する。スエズ運河はフランス資本で作られ、株の多くをフランスが握っていた。破産しかけたエジプト副王が保有株(全株式の四四%の十七万六千六百株)をフランス資本家に売却するという情報をつかんだディズレーリは、議会に無断でユダヤ系金融資本ロスチャイルドから四百万ポンドを急ぎ借り受け、先手を打って株を買い取る。これによりイギリス政府がスエズ運河の最大株主となった。
ディズレーリはビクトリア女王に、「陛下、これでスエズ運河は陛下のものです。フランスに作戦勝ちしました」と報告したという。もっとも、本当に勝ちと言えるかは微妙だ。スエズ運河買収後、イギリスは約八十年にわたりエジプトを直接・間接に支配するが、その間、戦争と軍事費膨張、政治的動揺に見舞われることになる。
ディズレーリがスエズ運河を買収した狙いは、英本国とインドの往来をより安全にすることだった。そのインドでは十九世紀半ばまでに、イギリスは東インド会社を通じ、英語を公用語とし、官僚制度による近代的な行政・司法制度を導入した。一方で「野蛮な風習」を排斥するとして啓蒙主義的変革を進め、伝統の破壊として多くのインド人の反発を招いた。
1857年、北インドで東インド会社のインド人傭兵(シパーヒー、英語名セポイ)の反乱が起こった。シパーヒーはデリーを占拠し、ムガル皇帝を盟主として擁立。反乱は北インド全域に広がった。インド大反乱である。しかしイギリスは反乱を鎮圧。ムガル皇帝を廃し、東インド会社を解散させ、旧会社領をイギリス政府の直轄領に移行させた。
1876年、ディズレーリ首相はビクトリア女王にインド皇帝の新たな称号を贈る国王称号法を制定。翌77年1月にビクトリア女王のインド皇帝宣言が行われ、政府直轄領と五百程度の藩王国で構成するインド帝国を成立させた。
現地のデリーでは、インド総督リットンが旧ムガル帝国の儀式にのっとって大謁見式(ダールバール)を開催した。イギリスの君主制とインドが直結され、帝国の一体性と偉大さが強調された。
政府が推し進める帝国主義政策に対し、反対する声はあった。穀物法廃止で活躍したコブデンは議会に対し、クリミア戦争に介入しないよう訴えた。世界中を見回り、目に入るあらゆる悪事を正す「欧州のドン・キホーテ」になるのはイギリスの仕事ではないと主張した。しかし帝国の拡大を支持する声が強く、コブデンは反戦の主張のせいで一時議席を失った。
ディズレーリの政敵である自由党のウィリアム・グラッドストンも1879年の遊説で、武力による拡張主義外交をこう批判した。「我々が未開人と呼ぶ人々の権利を忘れるな。彼らの粗末な家の幸福も、雪に埋もれたアフガニスタンの丘陵の村に住む人々の生命の尊厳も、万能の神の目においては、諸君の生命の尊厳とまったく同じく、侵すべからざるものであることを忘れるな」
帝国主義に対する警告は的中した。政府が進めていた第二次アフガン戦争は頓挫した。南アフリカではズールー王国との戦争で八百人のイギリス兵が戦死した。さらに他の欧州列強との対抗上、地中海で海軍の配備を増強した。
ディズレーリは軍事費を賄うため増税に踏み切ったが、財政は赤字に陥った。これは前任首相のグラッドストンが減税し、しかも財政黒字を保ったのと対照的だ。
ディズレーリは、冒険主義的な外交を批判して平和主義を訴えるグラッドストンに1880年の総選挙で敗れる。グラッドストンは1894年まで首相を務めるが、帝国主義の流れは止められなかった。グラッドストンの退任後、イギリス政府はジョゼフ・チェンバレン植民相の下で海外膨張を推し進めていく。
歴史学者の間では、十九世紀の中葉、1850〜1870年代前半のイギリスの海外膨張を「自由貿易帝国主義」と呼ぶ。必要ならば軍事力による領土併合によって、自由貿易を各地に強制したからだという。
しかしこの主張は論理的に無理がある。そもそも言葉の定義上、「自由」を「強制」することはできない。もし国家が貿易を強制したのなら、それはもはや自由貿易ではなく、国営貿易とでも呼ぶべきだろう。逆に、イギリスと植民地時代のアメリカの貿易のように、貿易が自由な意思で行われているのであれば、それ自体に悪い点はない。悪いのは植民地にした帝国主義政策であって、その結果起こった貿易ではない。したがって、あえて「自由貿易帝国主義」などという言葉を使わず、単に「帝国主義」と呼べばいい。
経済学者シュンペーターは「帝国主義はその性格において原始的である。その特質は大昔からあらゆる社会で重要な役割を演じ、今まで生き延びてきた。つまり帝国主義とは現在ではなく、過去の生活状況の産物だ」と述べている。帝国主義は自由貿易とは相容れない政治行動だった。
近代文明の精華といえる自由貿易で豊かさを享受したイギリスは、前近代的で野蛮な帝国主義によって徐々にその土台を侵され、疲弊していった。戦前の軍国主義への反省を踏まえ、貿易立国として生きる日本にとって重要な教訓である。
<参考文献>
- 秋田茂『イギリス帝国の歴史 アジアから考える』中公新書
- 君塚直隆『物語 イギリスの歴史(下) 清教徒・名誉革命からエリザベス2世まで』中公新書
- 尾鍋輝彦『最高の議会人・グラッドストン』清水新書
- Jim Powell, The Triumph of Liberty: A 2,000 Year History Told Through the Lives of Freedom's Greatest Champions, Free Press
- Jim Powell, Wilson's War: How Woodrow Wilson's Great Blunder Led to Hitler, Lenin, Stalin, and World War II, Crown Forum
2024-05-05
「覇権による平和」の代償
[毎日新聞] 二つの戦争と平和憲法 市民の力で破壊止める時 (2024年05月03日) #社説 https://t.co/uyDYmmUwN8
— 新聞社説一覧 (@ktaro38) May 2, 2024
2024-04-28
語られないジェノサイド
ジェノサイド黙認し、ジャングルの世界待つのか 人権派弁護士の警鐘 https://t.co/vM9rdS12Zi
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) April 13, 2024
イスラエル軍の攻撃が続くパレスチナ自治区ガザで、長年イスラエルの占領政策を批判してきた、国際的に著名な人権活動家がいます。パレスチナ人の弁護士ラジ・スラーニさん。
2024-04-21
日米同盟はいらない
[社説]世界の安定へ重責増す日米同盟https://t.co/41wMzwmTuR
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) April 11, 2024
2024-04-07
北朝鮮制裁の非道
[社説]北朝鮮の不正を隠す決議案否決https://t.co/G3A7ckSgId
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) April 2, 2024
2024-03-30
「ルールに基づく国際秩序」の化けの皮
(社説)飢餓迫るガザ 惨事防ぐ停戦を急げ https://t.co/z8QTmOj6Cf
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) March 27, 2024
2024-03-25
民主主義を語る資格のないメディア
<主張>プーチン氏5選 欺瞞で「圧勝」を演出した https://t.co/zyoNGPQ1RV
— 産経ニュース (@Sankei_news) March 18, 2024
ウクライナ侵略に反対し、「反政権」「反戦」を訴えた立候補者が事前に排除されるなど、民主的な選挙の片鱗もみられない。
2024-03-20
オスプレイがなくならない理由
(社説)オスプレイ再開 説明尽くさぬ強行だ https://t.co/9on1o9d9b5
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) March 14, 2024
米軍がきのう、輸送機オスプレイの日本国内での飛行を再開した。鹿児島県沖で墜落し8人が死亡した事故を受け、全世界で飛行を約3カ月停止していた。その措置から、よほどの重大事故だったとわかる。
2024-03-10
自由を奪った政府の責任
尹錫悦大統領「日本はパートナー」…北への対抗姿勢鮮明、韓国による統一の努力が「北朝鮮の住民の希望に」https://t.co/PEc1SsLAc5#国際
— 読売新聞オンライン (@Yomiuri_Online) March 1, 2024
2024-03-06
核とリベラル派の堕落
[朝日新聞] ビキニ事件70年 非核の連帯を広げよう (2024年03月02日) #社説 https://t.co/Qr9S1RJzkC
— 新聞社説一覧 (@ktaro38) March 1, 2024
2024-03-03
永田町の特権集団
繰り返す「在日特権」論は100年前のドイツと同じ 社会保障の行き詰まりを「あいつらのせい」に転嫁https://t.co/NOfrs43I4j
— 東京新聞(TOKYO Web) (@tokyo_shimbun) March 1, 2024
2024-03-02
靖国神社という政治の道具
海自隊員ら靖国集団参拝 幕僚長「私的」問題視せずhttps://t.co/jMZQUuKfNM
— 産経ニュース (@Sankei_news) February 20, 2024
海自トップの酒井良海上幕僚長は20日の記者会見で「研修の合間の時間に、個人の自由意思で私的に参拝した。問題視しておらず、調査する方針はない」と述べた
2024-02-28
領土問題で対立を煽るな
<主張>北方領土の日 ウクライナと連帯強化をhttps://t.co/HKFXLHTtBB
— 産経ニュース (@Sankei_news) February 6, 2024
ウクライナはロシア軍に侵攻され、領土を占領されている。北方領土とウクライナは同じ構図の問題といえる。
2024-02-24
戦争をやめさせない新聞
(社説)ウクライナ侵攻2年 長期化見すえ持続的支援を https://t.co/Y2SBSLOjbI
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) February 23, 2024
ロシアが国際規範をふみにじり、隣国ウクライナへの全面的な侵略を始めて、きょうで2年になる。ロシアが一方的に始めた戦争を終わらせられるのは、ロシアだけだ。プーチン大統領に改めて求める。
2024-02-23
騒がれる獄中死、無視される獄中死
(社説)ナワリヌイ氏 弾圧国家が恐れた勇気 https://t.co/faaR5hpupm
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) February 18, 2024
違法な侵略戦争を進めながら、市民からの正当な批判を恐れ、封殺する。プーチン体制の危険性だけでなく、その本質的な弱さも浮き彫りにされたとみるべきだ。
2024-02-21
嘘の戦争
A WAR OF LIES
— David Sacks (@DavidSacks) February 17, 2024
The war in Ukraine is based on lies — lies about how it started, how it’s going, and how it will end.
We are told that Ukraine is winning when in fact it is losing. We are told that the war makes NATO stronger when in fact it is depleting it. We are told that…
2024-02-20
ウクライナ支援停滞は当然だ
[社説]危ういウクライナ支援停滞https://t.co/EqQZaoQsTh
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) February 10, 2024
2024-02-17
香港「民主化運動」の真実
周庭氏の指名手配 自由への脅迫は許されぬ https://t.co/ftGP1c9cUw
— 産経ニュース (@Sankei_news) February 8, 2024
周氏の基本的人権を踏みにじるその言動は、背後で香港政府を操る中国共産党政権の本性をあらわにしている。
2024-02-15
日本は建国4万年
[産経新聞] <主張>建国記念の日 日本の由来をしのびたい (2024年02月11日) #社説 https://t.co/6cnuQinNsM
— 新聞社説一覧 (@ktaro38) February 10, 2024
2024-02-14
NATOはいらない
[社説]トランプ前米大統領のNATO発言を憂うhttps://t.co/b4EJ5lM9GK
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) February 13, 2024
2024-02-03
リバタリアンとガザ攻撃
昨年10月7日にパレスチナの武装勢力ハマスが行った大規模なロケット弾攻撃に対する「報復」として、今もイスラエルによるガザ地区、ヨルダン川西岸地区への無差別爆撃が続き、世界の注目を浴びている。この問題について、リバタリアンはどう考えるのだろうか。
Lew Rockwell and Hans-Hermann Hoppe kick Walter Block right the hell out of the libertarian movement for being an "unhinged, bloodthirsty [Zionist] monster," and a very bad arguer.
— Scott Horton (@scotthortonshow) January 31, 2024
"The Murray Rothbard I knew would have immediately called [Block's arguments] out as unhinged,… pic.twitter.com/HJUbJUZHOe
(写真左からホッペ、ロスバード、ロックウェル)
リバタリアニズムとは「米国型資本主義」をひたすら礼賛する弱肉強食の思想だと信じ、毛嫌いする人は、その米国が肩入れし支援するイスラエルのガザ攻撃を、リバタリアンは当然支持するものだと思うかもしれない。それは間違いだ。この誤解を解く格好の「事件」が最近起こった。
ウォルター・ブロックといえば、現代のリバタリアン経済学者を代表する一人だ。著書『不道徳な経済学』は、売春婦や転売屋は社会の役に立つと大胆に主張する興味深い本で、私自身、昨秋から神奈川減税会の勉強会でこの本の邦訳書を教材に選び、読み進めている。ブロックは他にも切れ味鋭い論文やコラムを数多く発表しており、すばらしいリバタリアン知識人だと思っていた。
![]() |
| ウォルター・ブロック (wikipedia.org) |
ただし、気になることがあった。ユダヤ系米国人のブロックは2021年、アラン・フューターマンという経済学者と共著で『イスラエルを支持する古典的自由主義の主張』という本を出版している。序文を寄せたのは、今まさにガザを激しく攻撃している、イスラエルのネタニヤフ首相だ。違和感を覚えたものの、値段が高い(キンドル版で約1万6000円)こともあり、内容を確かめることなく、ほったらかしてしまった。
そして昨年、ガザ攻撃の始まった数日後の10月11日。ブロックはフューターマンと連名で、米経済紙ウォールストリート・ジャーナルのオピニオン欄に「ハマス壊滅の道徳的義務」と題する記事を寄稿した。「イスラエルは、その隣に存在するこの邪悪で堕落した文化を根絶やしにするために、必要なことは何でもする権利がある」という勇ましいリード文が、内容を端的に示している。この主張がいかにリバタリアニズムに反するものかは、後の説明でわかるだろう。
ブロックらの寄稿に対しては、リバタリアンの間で非難が起こった。反戦派ジャーナリストのスコット・ホートンはユーチューブで、「ウォルターはイスラエル・ガザの見解のおかげでリバタリアニズムから追い出された」と語り、ファンドマネジャーのケビン・ダフィーはブロックの主張をその師マレー・ロスバード(故人)と比較し、「戦争における民間人の殺害に関して、リバタリアン論壇の中に亀裂を感じる。それともブロックは単に敵前逃亡したのだろうか」と述べた。
エコノミストのサイファディーン・アモウズ(邦訳書に『ビットコイン・スタンダード』)は以前、パレスチナ問題についてブロックと議論したことがあった。10月の記事が出た後、ブロックから、意見の異なるリバタリアンであっても、同意する問題については協力できることを示そうと論文の共同執筆を提案され、次のような厳しい返信(本人の許可を得てステファン・キンセラがブログに掲載)で怒りをあらわにした。
ウォルターへ
私たちの討論で、あなたがパレスチナ人の私有財産権の正当性を認めず、社会主義的な政府機関であるイスラエル土地公社によるパレスチナの土地の独占継続を支持していることがはっきりした。また、あなたは最近、ウォールストリート・ジャーナルの血に飢えた論説で明らかにしたように、罪のない民間人を絨毯爆撃しても、自分の仲間でなければ許されると考えている。この2つの事実は、人間関係の基本として財産権を認め、自分から攻撃をしかけることを否定する私のような文明的な人間と、暴力と窃盗を支持するあなたのような野蛮な社会主義者の怪物との間に、建設的な対話の余地がないことを意味している。あなたのような考えを持つ人と付き合うことで名前を汚すような提案は、誰からであれ、ありえない。
(ガザ問題と)無関係な論文を私と書くことで、大量虐殺を支持することへの罪悪感を和らげようとするよりも、(経済学者)ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスの『ヒューマン・アクション』を読んで、文明にとって財産権が切っても切り離せない重要性を理解し、ホッペ教授(後述)の議論倫理学を読んで、財産権を否定する社会主義者と私が関わることがなぜ無意味なのかを理解するよう勧める。これらの点については、ここに添付した私の最新刊『経済学原理』でも詳しく論じている。これらの著者が書いているのは、売春や政治的シオニズム、その他の憎むべき退廃を擁護することに専心する、ウケ狙いの浅はかなリバタリアニズムという、あなたの白痴的なブランドよりもはるかに知的レベルの高いものであることは承知しているが、あなたが根気強く自らを奮い立たせれば、人間社会がどのように平和的に機能するかを理解し、晩年には自分を取り戻せるかもしれないと期待している。
もしあなたがこれらの本を読み、正気に戻り、歴史的パレスチナの土地の私有化を公に支持し、民間人への爆撃を糾弾する気があるなら、喜んであなたと仕事をすることを検討したい。それまでは、文明的な人間とだけ協力し続け、あなたとその仕事はこのまま無関心を装ううちに消えていくだろう。
サイファディーンより
売春を擁護するブロックの著書まで「ウケ狙いの浅はかなリバタリアニズム」とばっさりやられては、勉強会の教材に選んだ私の立つ瀬がないが、それはともかく、ガザ問題に関するアモウズのブロック批判は正しい。とくに、罪のない民間人に対する無差別爆撃が、暴力による身体・財産への一方的な侵害を否定する、リバタリアンの「非侵害原則」に反することは明らかである。


