2014年12月31日水曜日

未来は変えられる

毎年年末が近づくと、メディアは新年の政治や経済の動向を予測する記事であふれる。だが身も蓋もない話だけれど、政治や経済の未来を予測することはできない。物理法則にしたがう自然現象と異なり、人間の行動次第でさまざまに変化しうるからである。しかしそれは悪いことではない。私たち自身の努力によって、未来をより良い方向へ変えられることを意味するからだ。

エコノミストのリチャード・エベリング(Richard Ebeling)が、そのことについて説得力ある文章を書いている。抜粋して紹介しよう。

米国や他の国々の自由にとって、先行きは明るくないとみるのはたやすい。政府は肥大し、出しゃばる一方だし、税負担は私有財産の多くをかすめとる。しかし悲観するには一つだけ問題がある。未来は予測できないし、一見変わりそうにない動きも変化するということだ。

私(エベリング)が大学生だった1960年代後半、経済学の講義で最初の教科書に指定されたのは、ポール・サミュエルソン『経済学』第七版(1967年刊)だった。ケインズ流の教科書としては当時一番読まれていた。この本に1945年から1965年までの米国とソ連の国民総生産(GNP)を描いたグラフがあった。

サミュエルソンはそこから20世紀の末まで米ソのGNPを予測していた。それによると、おそらく1980年代初め、遅くとも2000年までにはソ連のGNPが米国に並ぶか、上回るというのだった。サミュエルソンは言外に、ソ連は2000年にも存在すると予測していたわけである。実際には1991年12月に世界地図から消えてしまったのだが。

私たちのうち誰が、生きているうちにソ連の終焉を目にすると予測しただろう。核戦争や血なまぐさい内戦もなしにである。

奴隷制にも同じことがいえる。奴隷制ほど、大昔から人間の生活環境に深く根づいた制度はなかった。すべての人間は自由で、法の下で平等であるべきだなどとは夢物語にすぎなかった。

しかし18~19世紀に新しい政治理念が生まれた。人間はすべて平等につくられ、生命、自由、まっとうな方法で手に入れた財産を侵されない、個人としての権利を与えられていて、それは他人から奪われることはない――そう宣言したのである。アリストテレスが一部の人間にとって自然な状態とみなした奴隷制は、19世紀末までには廃止された。思想の力と人間の決意がそれを可能にしたのである。

未来を予測できないからこそ、過去がそうであったように、世界の動きは変えられるし、変わる。そう自信をもっていい。以上のように述べた後、エベリングはこう締めくくる。

予測できることが一つある。我慢強く、粘り強く取り組む。思想の力を信じる。個人の権利と自由な市場を一体のものとして擁護する。そうすれば、多くの人々が望む自由な社会を実現するうえで、このうえないチャンスを手にすることができるだろう。

始めたばかりのこのブログですが、未来がより良いものになるように、来年も微力を尽くします。みなさん、良いお年を。

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