2014年12月27日土曜日

平和なきクリスマス

聖書によると、イエスの生まれた晩、天使たちがこう歌ったという。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」(「ルカによる福音書」2章14節)。この言葉にあるように、キリスト教でクリスマスは平和と結びつけて語られることが多いようである。しかし世界のキリスト教徒にとって、今年のクリスマスほど平和という言葉からかけ離れたものもなかっただろう。その責任の多くは、大国の軍事介入政策にある。

ロン・ポール研究所(Ron Paul Institute for Peace and Prosperity)の事務局長ダニエル・マカダムス(Daniel McAdams)は12月23日付の記事で、紛争地域に暮らすキリスト教徒の苛酷な境遇を紹介しながら、米政府の軍事介入政策を以下のように厳しく批判した。

「レジーム・チェンジ」(体制転換)を唱えるネオコン(新保守主義者)は、標的とした国々に自由と民主主義をもたらすといったが、結果は正反対である。米政府がイラク、シリア、ウクライナなどに残したものは過激思想、飢饉、民族浄化、経済破壊である。

ワシントン・ポスト紙の報道によれば、これまで千年以上なかったことだが、(聖書に登場する)ニネヴェ平原とその県都であるモスルにほとんどキリスト教徒がいなくなった。すでにキリスト教徒の六割はイラクを去り、教会は空っぽとなり、キリスト時代にさかのぼる生活様式の記憶は薄れた。

多くの米国人、とくに主流メディアの情報に頼る人々は、キリスト教徒を殺害する「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」やアルカイダが台頭したのは米軍がイラクから撤収したからだと信じ、米国がイラクを侵略したからだとは考えない。しかし2003年のイラク侵攻前までイラクでキリスト教は栄えていたのだから、同国でのキリスト教衰亡に侵攻が無関係などとどうしていえるだろう。

自宅からの退避を強いられたおよそ五十万のウクライナ人も境遇は同じだ。米国に支援されたウクライナ政府が同国東部の多くを破壊した。米主流メディアは東部の分離派が暴力に訴えたと非難し、それ以前の要因は無視するだろう。すなわち、米国に支援されたクーデターにより、選挙で選ばれた政府が倒される一方、選ばれていない政府が権力を握り、東部ウクライナに敵対したという事実である。

ギリシャ正教の暦でクリスマスとなる1月7日、東部ウクライナの多くの住民はソビエト時代の防空壕で過ごすことになろう。そこには水道もトイレもプライバシーもない。

シリアでは米国が三年にわたりイスラム過激派を支援し、世俗主義のアサド政権を転覆したが、ここでもキリスト教徒はほとんどいなくなった。

以上のように述べた後、マカダムスは米国のキリスト教徒にこう呼びかけ、記事を終える。米政府の介入政策に追随してきた日本の私たちも噛みしめるべき言葉だろう。
クリスマスの準備の手を休め、キリスト教の名において海外でおこわれていることについてよく考えてみてほしい。もし米国のグローバルな介入政策を支持することによって海外でキリスト教の価値観を広めていると信じているのなら、爆撃や断頭台のもっとそばにいるキリスト教徒に確かめてみたほうがいい。米政府の外交政策を支配するネオコンと「人道的」介入主義者の横暴を終わらせるよう求めてほしい。それこそが真に必要なレジーム・チェンジなのだ。

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