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「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ

インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2017-05-10

フランス革命と重税

次より抜粋。
Eileen L. Wittig, Dickens Knew Taxes Started the French Revolution
(ディケンズは税金がフランス革命を起こすと知っていた)

フランス革命の背景には政治、宗教、羨望、その他多くの要因があった。しかし火を付けたのはもっと原始的なことである。飢え(hunger)だ。飢えの原因は飢饉ではなく、財政である。市民のお金が宮殿の建造と維持に使われてしまったのだ。

ディケンズ(Dickens)は小説『二都物語』で、革命のほんの数年前のフランスについてこう書いた。「貧困の原因は物不足ではない。政府、教会、領主などに支払う税だった。地方税、国税、あちこちで税を払わなければならなかった」

私たちの多くは重税で餓死するほどではないが、稼ぐよりはるかに少ない資本(capital)で生きている。税金を払っているのに道路には穴があき、街灯はお粗末だ。むしろ道路は税率の高い州ほど貧弱で、税率の低い州ほど良好である。

収入(earnings)の75%とか60%とかではなく、100%、せめて95%が手元に残れば、何ができるか、どれだけ投資や寄付ができるか、考えてみてほしい。18世紀フランスの人々が収入を取っておけたら、飢えずに済んだだろう。

私たちがフランスの革命家たちのように税金についてはっきり理解すれば、減税や基礎控除額の引き上げ、そして理想的には税金の廃止をもっと強く主張するようになるだろう。もちろん平和的な手段によってである。ギロチン(Guillotines)はいらない。

2017-05-09

欧州ポピュリズムの正体

次より抜粋。
Iain Murray, European Populism Is Really Nationalist Conservatism
(欧州のポピュリズムの正体は国家主義的保守主義)

欧州におけるポピュリズムの台頭は、実際には、ハイエク(F.A. Hayek)が1960年のエッセイ「なぜ私は保守主義者でないのか」で警告したような、国家主義的保守主義の復活である。

欧州の保守主義は、米国の保守主義とは性質が異なる。米国では守られるべき伝統は自由である(英国も程度は違うが同じことが言える)。大陸欧州では、伝統とは暗黒の国家主義(darker form of nationalism)である。

国家主義的保守主義には、ハイエクが指摘した欠点がある。「保守主義はしばしば社会主義と妥協し、そのお株を奪ってきた」。欧州の保守主義は公然と大きな政府(big government)を主張しており、それが自身の崩壊につながるだろう。

欧州の保守派が政府権力を掌握し、経済の力(economic forces)を無視するにつれ、各国が直面する問題は収まるよりむしろ激化するだろう。

国家主義(少なくとも地域主義)と調和するようなハイエク的自由主義が、今日の欧州政治における唯一の希望だろう。しかし欧州の自由主義諸国指導者たち(liberal leaders)の関心が問題解決より英国の懲罰にあるようでは、光明は見えない。

2017-05-08

グローバル化が地域文化を磨く

次より抜粋。
Frédéric Jollien, Is Culture Really Threatened by the Free Market?
(文化は自由な市場によって本当に脅かされているか)

自由な市場は、文化を均質的な塊(homogenized mass)にしてなどいない。それどころか、地域文化の大幅な改善をもたらした。

イヌイットの石の彫刻が盛んになったのは20世紀の終わりだ。イタリア、ブラジル、カナダ・ケベック州との貿易のおかげで、彫りやすいステアタイト(steatite)を利用できるようになった。

中華料理やケバブのレストランは世界中どこでも繁盛し、アイリッシュパブ(Irish pubs)では伝統音楽の演奏が鳴り響き、アフリカやラテンのダンス教室は多くの国で成功を収めている。自由な市場は世界主義につながった。

一方、市民は地方の独自性を求めている。この傾向は北アイルランド、ブルターニュ、バイエルン(Bayern)など愛郷心が強い土地で特に顕著だ。独自性の肯定はグローバル化や世界主義に反するものではなく、その一部である。

逆説的だが、人々が地域文化に多くを投資し、それを大きく改善したのはグローバル化のおかげである。異文化どうしのかかわりは、文化を豊かさにする中核基盤であり、自由だけがそれに対して真の誘因(genuine incentives)となる。

2017-05-07

戦時下日本の愚劣と傲慢

戦争を論じる保守主義者は、将兵の雄々しさばかりを強調する。しかし戦争において人間は雄々しさと同じく、いやそれ以上に、度し難いほどの愚かしさや傲りもさらけだす。

早川タダノリ『神国日本のトンデモ決戦生活』(ちくま文庫)は大東亜戦争中に刊行された雑誌やパンフレットをもとに、銃後の日本人、とりわけ政府や軍関係者、それに迎合する言論人らの愚劣きわまる言動を、ユーモアを交え、しかし呵責なく批判する。

文部省の教学錬成所で錬成官を務める医学博士の杉靖三郎は、「日本に栄養不足絶対になし」という珍妙な文章を「婦人倶楽部」に書いた。杉曰く、従来の栄養学は肉食偏重の西洋型で、日本栄養学の見地から見ればどんな粗食・少食にも日本人は耐えられる。「足りないのは実は食糧でなくて……食事に対する工夫です」。精神力で空腹を克服しろというわけである。

杉は戦後も大活躍で、医学専門書のほか、『エレガントなSEX』『写真で見る性生活のテクニック』といった本を量産し、九十六歳まで生きた。

雑誌「主婦之友」は空襲下での子育てについて、母親たちにこんな説教を垂れた。「子供を被害から逃れさすことばかりが防空ではありません。戦場に育つた子供でなければ経験し得ない、生々しい戦いの体験を、将来国の強兵として戦場に立つときの基礎に、立派に活かしてゆかうではありませんか」。いつ命を落とすかわからない空襲を、子供の精神鍛錬に活用しろとは恐れ入る。

同誌は十九年十二月号で、全体の半分近い頁に「アメリカ人をぶち殺せ!」といった扇動的なスローガンを刷り込んだ。この号は古書店でも入手が難しく、敗戦時に主婦之友社が戦犯追及から逃れるため回収・焼却したのではないかとみられている。

帝国在郷軍人会本部が刊行した『軍国家庭読本』は最終章を、戦争未亡人の貞操をどう守るかに費やした。女は「つまらぬ劣情」に左右されるものと決めつけ、そのうえで「理想としては、一生独身生活を送るのが至当」「親兄弟や社会が、何等要求する事がないに拘はらず、その身の勝手や、情欲の為に、再婚するような事は許すべからざる罪悪」などと非人間的な要求を押しつける。

極めつけは右翼の巨魁、頭山満である。昭和十九年七月、サイパン島で約三千名の日本軍が玉砕、残された日本人住民も断崖から身を投じたと聞き、「愉快なことぢや」と喜んだ。「忠に死し孝に死するは臣子の大経」だからである。頭山は同年十月、御殿場の山荘にて九十歳で大往生を遂げる。

こうした愚劣や傲慢から目を逸らした、建前だけの戦争論など無意味である。

(2014年4月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)

2017-05-06

政府信仰という宗教(スペンサー)

次より抜粋。
Herbert Spencer on the State’s cultivation of “the religion of enmity” to justify its actions (1884)
(英社会学者ハーバート・スペンサーいわく、政府はみずからの行為を正当化するため「憎しみの宗教」を育てる)

社会進化(social evolution)の長い段階を通じ、あらゆる物事の運営上、強力で広範囲にわたる政府権力が必要とされた。それに応じて政府権力への信頼と服従が伴った。大規模な事業は政府の行動によってのみ達成された。

〔政府権力による〕強制的な協力はほんの少しずつ、〔市場経済による〕自発的な協力(voluntary cooperation)に置き換わっていった。それに応じて、政府の能力・権威に対する信頼も弱まっていった。

政府の能力・権威に対する信頼の維持が必要とされるのは、おもに戦争に対する適応力(fitness for war)を保つためである。

政府はみずからに対する信頼と服従のおかげで、攻撃または防御の際、社会のあらゆる力を使うことができる。だから政府への信頼と服従を正当化する政治理論(political theory)はなくならない。

政府に対する信頼と服従という感情や概念は、絶えず平和を脅かす。政府の権威に対する信念は、戦争のため政府に国民への強制力(coercive power)を与えるうえで欠かせない。同時にその信念は、戦争以外の目的にも強制力を与えるのだ。

2017-05-05

自然発生的な秩序

次より抜粋。
Barry Brownstein, The Mountain Paths That No One Planned
(誰も計画しない山道)

雪山で出会った若い男女は、踏み固められた山道のすばらしい状態は、人間が意図的に設計したものに違いないと確信していた。山には雪で固められた道(snow-packed trails)が数百マイルも続いているが、誰かが計画して作ったものではない。

踏み固められた山道は人間の行動の産物であり、人間の設計(human design)の産物ではない。

私の教える経済学部の学生で、現代の高い生活水準(standard of living)をもたらしたのは何か、不思議に思う者はほとんどいない。わずか数百年前、厳しい貧困に苦しんだ大多数の人々にとっては想像を絶するほどの〔豊かな〕暮らしに違いない。

豊かな暮らしをもたらすのは、人間の計画されない行動(unplanned human actions)だが、それはほとんど目に見えない。メディアや学校ではめったに議論されないし、個人の理解を超えている。

経済学者ハイエクによれば、秩序や進歩は自然発生的な現象(spontaneous phenomenon)として生じうるのであって、人間やその集団によって制御されない。人間の設計の結果ではなく、多くの人々の行動の産物として、秩序ある構造がもたらされるのである。

2017-05-04

賃金格差は女性差別?

次より抜粋。
Brittany Hunter, What the Wage Equality Crusaders Don't Understand
(男女同一賃金論者が理解していないこと)

男女同一賃金論者にとって残念なことに、データを詳しく調べると、そこで見つかるのは必ずしも賃金格差ではなく、より正しくは「選好」格差( “preference” gap)というべきものだ。それが存在する理由は性別ではなく、個人的な選択である。

経済学者クラウディア・ゴールディン(Claudia Goldin)によれば、キャリア開発の初期段階では、同じ分野で働く男女の間に実質的な賃金格差はない。 ほぼ同じ履歴と知性の男女の同僚を比較したところ、賃金格差は1%未満しかなかった。

しかし時間が経つにつれ、働く女性の一部が結婚して子供を持つと、賃金格差は最終的に広がった。女性が子供の世話(caregiving)に多くの責任を負うよう決めると、高い賃金を得る機会よりも融通のきく勤務形態を重視するようになった。 

子供の世話に責任を持つ女性の多くは、より多くの責任と勤務時間を意味する昇進を求める代わりに、より低い賃金を受け入れることにした。仕事場の外で、より多くの時間を過ごせるという利点(benefit)があるからだ。

これは女性社員の雇い主が、女性であることを理由に価値の低い仕事を割り当てたことを意味しない。女性社員の多くにとって、融通のきく勤務形態は高い給与や責任よりも価値があることを示す。それは選択と人間の行動(human action)の現れである。

2017-05-03

イラク戦争という愚行

次より抜粋。
Neil Clark, Saddam Hussein at 80: Iraq without its ‘liberation’
(生きていれば80歳のサダム・フセイン)

2003年3月20日、米国とその同盟国はイラクが大量破壊兵器(Weapons of Mass Destruction)を所有していると主張し、同国に侵攻した。それ以来、100万人以上のイラク人が命を失っている。米国と同盟国の兵士も4800人以上が死亡した。

反対派の予測どおり、戦争は大規模な難民危機(refugee crisis)を引き起こした。国連によれば、2015年末までに避難したイラク人は460万人に達した。それには厳しい迫害にあったキリスト教徒も含まれる。キリスト教徒の80%が逃避したという。

開戦から14年後、米軍はまだイラクにいて、「イスラム国」から都市モスルを「解放」しようとしている。だが「イスラム国」は以前の「解放」がなければ存在しなかった。それは戦争を先導した一人、ブレア元英首相(Tony Blair)すら一部認める。

フセイン政権最後の年である2002年、イラクは報道の自由指数(Press Freedom Index)で世界130位だったが、今は158位。ジャーナリストにとって世界で最も危険な国の1つだ。ジャーナリストの殺害は処罰されないままである。

そうそう、開戦の前提とされた大量破壊兵器だが、どこからも出てこなかった。葉巻をくゆらせ、映画「サウンド・オブ・ミュージック(Sound of Music)」を愛した独裁者フセインとイラク。14年前、ほうっておいたほうがましではなかっただろうか。

2017-05-02

圧力だけでは解決できない

次より抜粋。
Nile Bowie, Trump’s foreign policy after 100 days: Tweeting with bombs?
(トランプ、就任100日後の外交政策)

トランプ米大統領は、ホワイトハウスにわざわざ全上院議員を招いて対北朝鮮政策(North Korea policy)に関し説明した。だが最大の圧力と関与を伴うその政策は、過去の政権が示そうとしなかった柔軟性がない限り、目標を達することはできない。

第一に、北朝鮮の世界市場への関与は非常に限られ、経済制裁(economic sanctions)の効果は期待できない。同国への制裁はすでに世界一厳しく、それでもなお穏やかな経済成長を遂げている。上層部は折に触れ、制裁には準備できているとほのめかしてきた。

第二に、北朝鮮の核開発を平和裏にやめさせる交渉の実現可能性はきわめて低い。北朝鮮はイラクのフセイン(Saddam Hussein)、リビアのカダフィ(Muammar Gaddafi)の過ちに学び、核抑止力を放棄しないだろう。核兵器は安全保障と国威の象徴の両方で重要な役割を果たす。

オバマ政権(Obama administration)は、非核化の約束を前提として北朝鮮と対話した。当然このやり方は失敗し、北朝鮮は核兵器の開発を進めた。トランプの関与政策が彼独特の傲慢なものだとすれば、成功はない。

北朝鮮は朝鮮戦争を正式に終結させる平和条約の締結と、侵攻の予行演習とみなす米韓共同軍事演習の一時停止と引き換えに、核開発とミサイル実験を凍結する意思を何度も表明している。見る限り、これが唯一の軟着陸(soft landing)だろう。

2017-05-01

トランプの減税案は正しい

次より抜粋。
Jeffrey A. Tucker, Trump’s Tax Plan Is Brilliant Politics and Even Better Economics
(トランプの税制改革は政治的にすばらしく、経済的にはさらに良い)

トランプ大統領の税制改革案は良い考えに基づく。経済成長をもたらすのは民間部門(private sector)であり、民間投資である。資本の所有者がうまく利益をあげたら、それを再投資できなければならない。すると新しい雇用が生まれ、分業が広がる。

反対派は財政赤字と政府債務を持ち出すだろう。税収が減ったらどうする、と。しかし資本形成に基づく経済は静的なもの(static one)ではない。税率が引き下げられたとしても、企業の増益と事業拡大によって税収が増える可能性は大いにある。

財政赤字を減らすには一つの方法しかない。歳出カット(cut spending)だ。納税者の負担によって​​予算を均衡させるのは、経済的に愚かで、道徳的にも不健全である。政府の財政問題にかかわらず、人々が得たお金をより多く手元に残すことは正しい。

「財政赤字」という言葉が何度もおまじない(incantations)のように繰り返されるのを聞いたら、その本当の意味は、人々の正当な収入を奪い続ける口実にすぎないと知るべきである。

トランプ大統領の税制改革に反対する人々は、すでに予想された不平を言いつのっている。「金持ちのための減税」という不平だ。そう、そのとおり。そしてそれは良いことだ。金持ちの資本家は社会の恩人(benefactors)なのだから。

2017-04-30

責任を取らない国

日本人なら日本に誇りを持てという声が喧しい。しかし若者に死を強いた指導者らが責任を取らない国に、誇りなど持てないのは当然である。

小川榮太郎は『「永遠の0」と日本人』(幻冬舎新書)で、特攻の発案者と言われ、終戦時に割腹自殺した中将大西瀧治郎を「西郷隆盛に本当に私淑した、豪の者」と褒めそやす。そして「特攻の英霊に曰す、善く戦ひたり深謝す」で始まる大西の遺書を、「熟慮と断念と若者への激しい愛惜の血で書かれた絶唱である。百遍の熟視、味読に値する」と絶賛する。文芸評論家を名のるとは思えぬお粗末な文章感覚である。

大西の遺書の愚劣は、特攻で友人を失った医師の三村文男が二十年近く前、『神なき神風』(テーミス)で的確に指摘している。

「善く戦ひたり深謝す」とは「よくやった、ほめてつかわす」ということである。英霊に対する言葉づかいではない。特攻死した部下たちを本当に英霊と思うのなら、たとえば「かしこみて特攻隊諸士の英霊に申し上げたてまつる。諸士は善く戦はれたり。深く謝したてまつる」と書かねばならない。大西の遺書は「あの世へ行っても司令官と部下の関係を続けるつもりであったような文言」であり、「傲岸不遜、神をおそれぬ態度」である。

それでも大西は腹を切ったのだから、まだ誠実だった。ところがそれ以外、特攻という帰還率ゼロの自殺行為を命じた責任を取り、自決した高級軍人は誰もいなかった。三村が憤るとおり「陸海軍の首脳部はじめ、責任をとるべき人たち」は「免れて恥とせず、戦後を生きのび」るという「厚顔」ぶりを発揮したのである。

小川も「終戦に際して腹を切った指導者の少なさは、戦後の日本の恥の始まりであった」と申し訳程度に書きはする。しかしその後、指導者の責任を問う文章は一切ない。

それどころか、指導者の責任をあいまいにし、免罪しようとする。たとえばこうである。「作戦をめぐる葛藤は……死に赴いた者のみならず、これを立案し、命じた者、特攻要員のまま終戦を迎え、生き延びた者それぞれが、それぞれの仕方で背負うことになる」。特攻を命じた者と命じられた者を同列に扱うことも不適切だし、人を殺しても道義的な「葛藤」を感じさえすればよしと言わんばかりの甘さも問題である。

小川は、特攻隊員の立派な態度を称揚しつつ、平成日本人の「エゴと自己主張」を嘆いてみせる。しかしもし戦後日本人の「エゴと自己主張」が肥大したとすれば、原因の一端は間違いなく、特攻の責任に頬かむりした厚顔な政府・軍高官にある。その罪を誤魔化し、若者の無念を踏みにじる言論人も、同類の恥知らずである。

(2014年3月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)

2017-04-29

高田貫太『海の向こうから見た倭国』


古代日韓の交易ネットワーク

グローバル経済は人間を不幸にすると左右両翼の政治家や知識人は叫ぶ。しかし経済に古代の昔から国境はなかった。現在、政治的に何かと対立の目立つ日本と韓国も例外ではない。

本書によれば、弥生時代から朝鮮半島南部と九州北部の海辺の村に住む人々の間には、互いに往来し交易するような日常的なつながりがあった。そのネットワークは日本列島の河川や陸路を通じ、西日本の内陸や東日本まで広がっていた。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

海村の人びとは優れた航海技術をもっていて…〔朝鮮〕半島南部の海村と西日本の海村の間には、互いに行き来し交易するような日常的なつながりがあった。その交易は、単なる物々交換ではなくて中国銭貨が用いられた可能性もある…。(507)

北部九州の人びとだけではなくて西日本各地の人びとも、海村のネットワークを利用して〔朝鮮〕半島とつながるようになった。…日本列島の河川や陸路とむすびつき、交易の範囲は西日本の内陸はむろんのこと、東日本へも広がっていった。(513)

倭王権と地域社会は時には協調して時には競合して、朝鮮半島のさまざまな社会と政治経済的な交渉を重ねた。…先進文化にかかわるモノ、人、情報をさかんに受け入れて、それにもとづいてさまざまな生産活動や土地開発をおこなった。(2947)

各地の首長層が、みずからの活動を表現し誇示するために、そして倭王権や他の地域社会、ひいては朝鮮半島とのつながりをしめすために、共通のモニュメントや仕組みが必要だった。それが前方後円墳だった。(2949)

遅くとも六世紀中ごろまでには、日本列島各地の地域社会は、それまでつちかってきた朝鮮半島へとつづくルートや多様なコネクションを、積極的であれ消極的であれ、倭王権へ譲りわたした。(2410)

2017-04-28

デフレは悪くない

次より抜粋。
Randall G. Holcombe, Why is the Fed so Fixated on the Inflation Rate?
(FRBがインフレ率に固執する理由)

価格が示す情報は、商品やサービスを市場に送り出すコストである。価格の上昇は生産がより高くなることを示し、価格の低下は生産がより安くなることを示す。この機能からの逸脱は価格の情報価値を低下させ、経済計算(economic calculation)を困難にする。

技術の進歩(advances in technology)は一般に生産コストを下げるので、価格は総じて低下するはずだ。生産性向上でコストが低下すると、安定した物価水準でさえ誤解を招く。貨幣の価値がより速く低下しない限り、生産性の向上は価格の下落をもたらす。

米国では1865年から連邦準備理事会(FRB)が発足する1913年まで、物価が長期間下落する一方で、工業化経済(industrializing economy)が空前の勢いで成長した。コンピューターの価格は半世紀にわたって低下したが、市場は急成長している。

デフレは経済にとって悪くない。生産性の向上を反映したデフレは、商品とサービスの実際のコストをより正確に示す。FRBが意図的にインフレを作り出そうとすることに、正当な理由(good reason)はない。

FRBが2%のインフレ目標をちょうど達成すれば、物価は36年間で2倍になる。 現在の2.4%のインフレ率なら30年間だ。FRBが物価安定よりもむしろ継続的なインフレ(continual inflation)に固執するのは困ったものである。

2017-04-27

産業革命は暗黒だったか

次より抜粋。
John Majewski, The Industrial Revolution: Working Class Poverty or Prosperity?
(産業革命――労働階級は貧しくなったか、豊かになったか)

産業革命に関する悲観的な解釈(pessimistic interpretations)は、広く流布しているにもかかわらず、根拠がない。実質賃金の上昇に伴い、生活の量的(物質的)水準が上昇し、死亡率が低下していることは、生活の質的(社会学的)水準の改善を示す。

実質賃金がどれだけ上昇したかは議論があるが、最近の研究によれば、ブルーカラー(blue-collar)の実質賃金は1810年から1850年に倍増した。1780年の1人あたり11ポンドから1880年に28ポンドまで上昇したとする研究もある。

児童労働(child labor)の存在は否定できないが、ほとんどの悲観主義者は、その規模と子供の健康への影響の両方を誇張している。彼らの根拠の多くは、工場制度を調査した政府委員会の非常に有名な、しかし非常に不正確な報告書に由来する。

〔産業革命による〕進歩を妨げたのは政府の介入だった。その中で最も大きかったのは、長期間にわたる激しい戦争である。1760年から1815年まで、英国はフランスやアメリカ植民地(American Colonies)との間でつねに戦争を行っていた。

戦争は生活の質を低下させる唯一の政府介入の形ではなかった。東インド会社(East India Company)やカトラー名誉組合などの政府独占企業は、経済効率と成長を低下させた。あらゆる外国商取引と貿易は、大規模な政府規制と争うことを強いられた。

2017-04-26

アフリカが貧しい本当の理由

次より抜粋。
Marian L. Tupy, How Africa Got Left Behind
(アフリカ経済が遅れた顛末)

アフリカの貧困は、植民地主義(colonialism)、資本主義、自由貿易によって引き起こされたものではない。それは不幸な政策選択の結果であり、その大部分は独立後、アフリカの指導者によって自由に選ばれたものである。

1870年に欧州人はアフリカ大陸(African continent)の10%以下を支配したが、西欧諸国の所得はすでにアフリカの4倍に達していた。 欧州は繁栄するためにアフリカを必要としたのではない。繁栄によって強力になったため、植民地化したのだ。

独立後、アフリカ各国政府は植民地制度の多くを滅ぼそうと決めた。法の支配(rule of law)、責任ある政府、財産権、自由貿易は欧州からの輸入品なので、否定された。代わりに、ある新興国家の正反対な政策を模倣することを選んだ。ソ連である。

ソ連経済の浪費と後進性は1970年代まで明らかにならなかった。そのときには一党政権を選んだアフリカ諸国は社会主義の病原菌(socialist bacillus)に感染し、経済成長を損なった。価格と賃金を統制し、自由貿易でなく輸入代替品と自給自足に頼った。

アフリカは社会主義との恋愛関係(love affair)を長らく続けたが、1990年代になり、やっと世界経済に再び参加し始めた。それでも今なお、経済的に最も不自由で保護主義的な大陸のままである。問題はそのことであり、自由貿易ではない。

2017-04-25

ファシズムと共産主義は双生児

次より抜粋。
Michael de Sapio, Fascism and Communism Were Two Peas in a Pod
(ファシズムと共産主義は同じさやの豆)

俗説(popular wisdom)では、ファシズムと共産主義は正反対のものとされる。実際には、2つのイデオロギーはとても似ている。だから生き残るために、互いに正反対だとみずからを定義しなければならなかった。少なくともどちらも社会主義を源泉とする。

ムッソリーニもヒトラーも、伝統的宗教心と道徳への敵愾心を育てた。「科学による救済(salvation by science)」(ナチスの人種差別的な優生学運動)を促し、国家による健康・環境政策(ナチスの標語「栄養は私的な問題ではない!」)を推し進めた。

これらの要素はすべて、20世紀初頭の「科学的」進歩主義から育った。ナチスの民族イデオロギーでさえ、その根本においては、フランス革命にさかのぼる「人民の意志(Will of the People)」なる観念を崇める、世俗的な宗教代用品であった。

ヒトラーとムッソリーニはソ連のスターリンと同じく革命家であり、決して保守主義者でも伝統主義者でもなかった。彼らのイデオロギーの淵源は19世紀後半の前衛的実証主義、進歩主義、プラグマティズム哲学(pragmatic philosophies)である。

フランス革命に始まり20世紀に結実した「ファシズムの時(fascist moment)」は、西洋の道徳・哲学的伝統の放棄を意味する点で「進歩的」だった。そこで具現化した哲学とは、真実の熟考から目をそむけ、ひたすら「行動」を呼びかけるものだった。

2017-04-24

金は暴政を生き延びる

次より抜粋。
Stewart Jones, The Great Gold Racket
(金の大強奪)

米連邦政府は1913年に中央銀行を創設した後、金の個人所有を違法とし、銀を課税と規制で攻撃した。1971年に米ドルを金本位制(gold standard)から切り離し、1974年に金の違法化を解除した。米国民から富と真の貨幣を文字どおり奪った。

政府債務に対する基準や抑制と均衡(check and balance)がなくなり、政府は一時的に無制限に支出することができた。なぜ一時的かといえば、歴史が教えるとおり、政府が我を忘れて費消すれば最後は市場の是正が起こり、帝国は瓦解するからである。

金は歴史を通して政府から攻撃されてきたが、時の試練に耐え、多くの独裁政治や寡頭政治(dictatorships and oligarchies)から生き残った。今もなお、政府が無視できない市場の基準として機能している。

米連邦政府が債務20兆ドル、未積立債務(unfunded liabilities)100兆ドルに急接近する間、米ドルは債務証書として増加し続けるだろう。債務を印刷して無制限に支出する政府の能力は、連邦準備制度と、真の貨幣への攻撃によってのみ可能であった。

金、貴金属(precious metals)、市場ベースの通貨は、いかなる政府よりも長生きする力があり、個人に自分の財産を管理する能力を与える。

2017-04-23

新自由主義のまぼろし

左派も右派も、今の世界や日本は「新自由主義」に侵されていると憤る。しかしもし新自由主義が経済活動に対する政府の干渉を拒む考えを意味するのであれば、それが世の中を支配しているというのは事実に反する。

左派の佐高信と右派の佐藤優は『世界と闘う「読書術」』(集英社新書)で仲良く対談し、新自由主義をこき下ろす。たとえば佐藤は「新自由主義における自由の主体、これは巨大企業です」と述べ、「だからビル・ゲイツの自己実現はあるんですよ。しかしプロレタリアートの仲間である佐高信や佐藤優の自由ってのは基本的にないんですよ」と言う。

もし佐高や佐藤に自由がないのなら、本を出版し、新自由主義を批判できるはずがない。すでに十分お粗末な議論だが、本題はここからである。

佐高は日本航空の再建に触れ、「公的資金で援助して、法人税を免除してもらって、要するに借金を全部棚上げしただけ」と批判する。これは正しい。しかし、もし世の中で新自由主義が優勢ならば、政府が特定の企業を税金で救済できるわけがない。市場経済への干渉そのものだからである。

事実、佐高の発言を受け、佐藤は日航再建について「新自由主義の理屈ではまったく説明できない」と認める。そして二人は口々に、政府の態度を「国家資本主義そのもの」と言う。しかし、繰り返しになるが、もし日本が反国家的な新自由主義に支配されているならば、政府が「国家資本主義そのもの」の政策を採れるはずがない。要するに、佐高も佐藤も思考が杜選で、混乱した議論を思いつくままに喋っているだけなのである。

混乱はここで終わらない。続けて佐藤が「グローバリズムだ、規制緩和だといいながら、他方で国を挙げて、原発や新幹線とかのインフラを外国にさかんに売りつけようとしている」と言い、これに佐高が「新自由主義といいながら、JAL〔日航〕にしたって東電にしたって、巨額の金を出して助けてね」と同調する。

まるで政府の態度が矛盾しているかのような口ぶりだが、何も矛盾はない。政府は口先では市場経済の重視を唱えながら、現実にはその本性に従い、国家主義に邁進しているにすぎない。新自由主義の総本山のようにいわれる米国でも、政府は潰れかけた金融機関や自動車大手を税金で助けた。

政府、すなわち政治家と官僚が、ときに規制緩和や自由貿易といった自由主義的政策を採るのは、そうしなければ市場経済が衰え、寄生する自分たちの身にかかわることを知っているからだ。しょせんは一時的であり、新自由主義の蔓延などまぼろしにすぎない。さも一大事のように騒ぐのは、無知な左右の評論家だけである。

(2014年2月、「時事評論石川」に「騎士」名義で寄稿)

2017-04-22

シュッティンガー/バトラー『四千年の賃金・物価操作』


左翼政権の市民弾圧

南米ベネズエラで激しいインフレと物不足で経済が破綻寸前に陥っている。労組指導者出身のマドゥロ大統領は反政府デモを武力で弾圧し、死傷者が発生したという。

労働者や一般市民にやさしいはずの左派政権が、みずから引き起こした経済混乱をきっかけに市民を弾圧する現象は、近代民主主義の出発点であるフランス革命にさかのぼる。以下、抜粋。(数字は位置ナンバー)

1793年5月から1794年12月までの20カ月間に、フランス革命政府は、革命前から試されていた賃金と価格の操作に関するほとんどすべての実験を試みた。(913)

物価抑制を狙った最初の法律は1793年5月3日、公安委員会によって制定された。この最高価格令によれば、穀物と小麦粉の価格は1793年1月から5月までの平均値とされた。代金はアッシニア紙幣で受け取らなければならない。(920)

当然ながら、農家の多くは農産物を売らなくなった。インフレでもそれにふさわしい値段で売ることを許されなかったからだ。数カ所で一揆が発生し、5月に制定されたばかりの法律は8月には死文とみなされた。(924)

食料価格を管理しようとする政府の試みは繰り返され、仏全土で大きな闇市場が育った。特にバター、卵、肉は少量ずつ戸別で、おもに金持ち向けに販売された。結局、金持ちが十分以上の食料を手に入れる一方、貧乏人は飢え続けた。(944)

1794年12月、議会の過激派が敗北し、最高価格令は正式に廃止された。〔過激派ジャコバン派の首領〕ロベスピエールとその一派がパリの通りを処刑台へと向かうとき、群衆はこう野次を飛ばした。「薄汚い最高価格令が通るぞ!」(957)

2017-04-21

最低賃金法は人種差別

次より抜粋。
Chris Calton, The Racist History of Minimum Wage Laws
(最低賃金法の人種差別の歴史)

経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)は1966年、ニューズウィーク誌で「最低賃金法は六法全書で最も黒人差別的な法律だ」と述べた。しかし最低賃金法の人種差別的な影響は19世紀にさかのぼることができるし、今も続いている。

1930年代に黒人蔑視はそれ以前よりほとんど改善されなかった。それにもかかわらず、黒人の失業率は白人よりもわずかに低かった。これは鉄道労働者(railroad workers)のように、白人よりも低い賃金を受け入れる意思があったからである。

1930年代の一連の最低賃金法は、すべてアフリカ系米国人を雇用市場(job market)から閉め出すためのものだった。雇用主に人種差別的でない賃金を払わせるのではなく、黒人を人種差別的な賃金から人種差別的な失業に転じるよう強いただけだ。

1960年代、多くのアフリカ系米国人が農業従事者として雇われていた。一つには、まだ賃金規制の対象でない労働分野だったからだ。1967年、政府が「貧困との戦い(War on Poverty)」の一環として最低賃金法を農民に拡大すると、それが一変する。

最低賃金法のせいで、ミシシッピ・デルタ(Mississippi Delta)地域だけで2万5000人の農業労働者が仕事を失った。「時給1ドルだって価値はあるさ」と日雇い労働者の妻は語った。要するに、最低賃金は生計を立てる能力を破壊したのである。