2024-09-30

ロシア挑発をやめよ

米国の指導者たちはいつになったら「もう十分だ」と言うのだろうか。核保有国(ロシア)に対する好戦的な態度をやめよう。ロシアがウクライナを支配するくらいなら核戦争による死を望む人もいるかもしれないが、ほとんどの米国人や多くのウクライナ人は、それを望んでいない。
Enough Already: Stop Provoking Russia | Mises Institute [LINK]
ウクライナ政府は長年にわたり、ウクライナから分離独立し、親ロシアの独立共和国を形成したドンバス地方の一帯を攻撃してきた。プーチンがウクライナに対して動き出す直前、ウクライナは攻撃の規模と範囲を拡大した。だが米国はウクライナを制裁するどころか、武器を与えた。
A Manufactured World Crisis | Mises Institute [LINK]

ウクライナによるクルスク侵攻の目的が、将来の和平交渉での立場を強化することだったとすれば、ウクライナはまたしても立場の悪化を待つだけという状況に陥るかもしれない。米政府関係者は、(和平を妨げた)2年前のお粗末な決定を撤回し、ロシアとの和平交渉を促すべきだ。
The Incursion into Russia Will Not Solve Ukraine’s Biggest Problem | Mises Institute [LINK]

ドイツが実行可能な代替エネルギーを見つけたり、原子力発電所の閉鎖を撤回したり、ロシアとガス供給で合意したりできたとしても、長期的な東西関係は損なわれている。ドイツのエネルギー危機は欧州全体の危機であり、EU全体とそれを取り巻く多くの経済を揺るがすものである。
Germany's (and Europe's) Self-Inflicted Upcoming Energy Crunch | Mises Institute [LINK]

2023年半ば、サウジアラビアはロシアから記録的な量の重油を輸入し始め、両国間の貿易関係をさらに強固なものにした。米国がロシアをドル経済から切り離そうとしていることを考えると、ロシアとサウジの貿易が拡大することで、ドル以外の通貨での貿易の必要性がさらに高まる。
Saudi Arabia Drifts Away from Washington and the Dollar | Mises Institute [LINK]

2024-09-29

日中戦争と統制経済

局地衝突から全面戦争へ


満州事変以降、日本政府と軍部は、「満州国」を確保し、さらに権益を拡大するために、華北を「第2の満州国」にしようとする華北分離工作を進めた。これが日中全面戦争の伏線となる。

日中戦争 前線と銃後 (講談社学術文庫)

1937(昭和12)年7月7日、日中両軍が北京郊外の盧溝橋付近で衝突する盧溝橋事件が起きるが、11日には停戦協定が現地で調印された。

ところが、すでに7月10日、陸軍中央は日本本国、関東軍、朝鮮軍から合計約10万人の大兵力を華北に派遣することを決定し、11日には近衛文麿内閣もこれを承認し「重大決意」を声明した。陸軍は現地で再び小規模な衝突が起こったことを口実に27日、派兵を最終決定し、現地軍も28日から総攻撃を開始した。盧溝橋事件の起きた現地では事態が収束したにもかかわらず、むしろ日本国内において、この際、華北分離を実現しようという考えが支配的になり、事態を拡大させたのである(江口圭一『十五年戦争小史』)。

日本軍の戦力動員に伴って、中国側(蒋介石政権)も国内の抗日意識の高まりを背景に、積極的な軍事活動を行なった。本格的な戦力動員を行えば蒋介石はすぐに屈服・妥協すると考えていた日本側の予想は外れる。8月13日には上海で日本海軍の陸戦隊が中国軍と衝突(第2次上海事変)し、同日、日本政府は上海派遣軍の派遣を決定するとともに、海軍も15日より長崎県大村基地からの南京、上海への渡洋爆撃を開始し、戦火は一挙に広がった。

同日、日本政府もそれまで建前としてきた「不拡大方針」を明確に放棄するとともに、国民をこの戦争に集中させるために、国民精神総動員運動を始めた。この官製国民運動によって、ラジオや講演会などを通じて戦意の高揚をはかるとともに、貯蓄奨励、消費節約など政府の経済政策の実践を国民に呼びかけた(大日向純夫他『日本近現代史を読む』)。

戦火が華北から華中に飛び火した段階で、日本側の実質的な戦争目的は、単に華北を国民政府から分離することから、蒋介石政権の打倒へと変わっていった。

1937年9月、蒋介石は共産党との第2次国共合作に踏み切り、日本軍は中国側の激しい抗戦に直面して苦戦する。日本は大軍を投入し、1937年末に首都南京を占領した。その際、日本軍は中国軍捕虜、一般中国人を含めて少なくとも数万人以上を殺害し、国際的な非難を浴びた。南京大虐殺と呼ばれる。

戦時体制と統制経済


日中戦争が全面化すると、第1次近衛内閣は国民を戦時体制に協力させるため、国民精神総動員運動の開始に続き、1938年には国家総動員法を制定した。

同法により、政府は議会の承認なしに、労働力、物資、出版など国民生活の全体にわたって統制する権限を得た。また産業報告会もつくられ、労働運動を吸収していった。前年には、内閣直属の総合国策立案機関として企画院が発足しており、物資動員計画がつくられ、軍需産業には資材や資金が優先的に配分された。このように、日本は明治以来の自由主義経済の体制を変質させ、政治や社会も含め、官僚統制のきわめて強い国家になっていった。

日中戦争が拡大する中で、軍需生産は拡充したが、民需品の生産は減少した。また軍事費をまかなうための赤字国債や日銀券の濫発によって物価が高騰し、多数の兵士の動員で労働力不足になっていった。

そこで1939年、政府は国家総動員法に基づき国民徴用令や価格等統制令を出し、政府の指令で一般国民を軍需産業に動員したり、公定価格を定め、物価の統制をはかった。そのうえで、国民に「ぜいたくは敵だ」のスローガンのもとに、生活の切り詰めを強いた。1940年からは、砂糖、マッチなどの切符制が実施され、代金のほかに国から割り当てられた切符がないと購入できなくなった。

また政府は、地主よりも小作などの耕作者を優遇して、米の生産力を増大させようとしたが、労働力や肥料などが不足したために、1939年を境に、食料生産は低下し始め、食料難が深刻になっていった。そこで1940年から農村では米の供出制が実施され、翌年には国民に対し米が家族数に応じた配給制となった。

経済が戦時体制へと編成替えされるにつれて、軍需産業以外の中小企業者の大部分とその従業員は失業した。中年の失業者には、新参者として工場に勤めても安い賃金では妻子を養うこともできない気の毒な境遇に追い込まれた者が少なくない。徴用の場合にはもっと悲惨な目にあった。作家の永井荷風はこう記している。

「このたび実施せられし徴用令のことにつきその犠牲となりし人びとの不幸なる話は地獄も同様にも聞くに堪へざるものなり。大学を卒業して会社銀行に入り年も四十近くとなれば、地位も進みて一部の長となり家には中学に通ふ児女もある人あり。/しかるに突然徴用令にて軍用品工場の職工になり下り、石炭鉄片などの運搬に追ひ使はれ、苦役に堪へやらずして斃死するもの、また負傷して廃人となりしものも尠(すくな)からず。幸ひにして命つつがなく労働するもその給料はむかしの俸給の四分の一くらゐなれば駐留過程の生活をなす能(あた)はず、妻子もにはかに職工なみの生活をなさざるべからず、涙に日を送る由なり」(橋川文三・今井清一編著『果てしなき戦線』)

国民を犠牲にし、戦時体制を支える統制経済は、アジア太平洋戦争でさらに強まっていくことになる。

国民の自発的な戦争協力


日中戦争下の国民統制について忘れてならないのは、国民の戦争協力は必ずしも国家が強制したのではなく、自発的なものだったという点だ。

すでに述べたように、日中戦争の長期化は、国内体制の総動員化を要求した。政府の制定した国家総動員法は、社会大衆党などの無産政党(社会主義政党)にとって、「社会主義の模型」と受け止められた。無産政党はこの法律によって、国家が資本を統制し、富が再配分されれば、国内体制の「社会主義」化に一歩近づくものと考えた。

1938年に開いた社会大衆党大会で、同党の衆議院議員・麻生久は、社会大衆党が戦争に協力する理由をこう説明した。 「吾々は、現在においても、帝国主義戦争には絶対反対である。しかし今次の支那事変は、民族発展の戦争であって、資本主義改革を要求する所の国内改革の戦争である」

無産政党が国家総動員法を支持した背景には、戦争に協力する労働者や農民、女性たちがいた。歴史学者の井上寿一氏は、「それまで体制から疎外されていた社会の下層の人びとは、戦争による社会の平準化を、相対的な地位の向上のチャンスとして歓迎した」と指摘する(『日中戦争 前線と銃後』)。

同氏によれば、たとえば1938年1月の厚生省の設置は、労働力・兵力としての国民の力を強化する目的を持ちながら、事実として、部分的ながら、社会保険制度の拡充につながった。あるいは同年4月の農地調整法、翌年12月の小作料統制令といった立法措置は、戦時下食糧増産のために、地主に対する小作農民の地位を相対的に向上させる結果をもたらした。また戦場に赴いた男性の代わりを女性が務めることで、女性の社会進出が目立つようになった。女性たちは、「台所からの解放」を実感することができた。

戦争に自発的に協力したのは、国民の中でも社会的弱者とされる労働者、農民、女性たちだったのである。

だがその後、戦局が一段と悪化すると、下流階層の相対的な地位上昇は実感できなくなった。農民の小作料は減免され、労働者の賃金は上がったものの、皮肉なことに、彼ら自身が支持した戦争に伴うハイパーインフレによって、収入増をはるかに上回る物価上昇に見舞われたからだ。

戦争は軍需産業の隆盛や国家による富の再分配を背景に、一部の国民を潤すことはある。しかし、それが長続きすることはない。多くの人を豊かにする経済の長期にわたる繁栄は、平和によって築かれる。

2024-09-28

財産権は人権である

財産権は他の人権と対立するどころか、すべての人権の基本である。例えば、政府がすべての新聞用紙を所有し、誰がどれだけ使用するかを決定する権限を持っている場合、報道の自由という人権はどのようにして守られるのだろうか。報道の自由は私有財産権に依存している。
Property Rights Are Human Rights | Mises Institute [LINK]
人権と財産権の不自然な二項対立は、リバタリアンによって反論されてきた。リバタリアンによれば、(a)財産権はもちろん人間に、人間だけに生じるものであり、(b)生命に対する「人権」には、生命を維持し発展させるために、生産したものを保持する権利が必要である。
16. Human Rights and Property Rights | Man, Economy, and State with Power and Market | Mises Institute [LINK]

左翼は「人権」と「財産権」を分けて考えるが、その欠陥は、人間が抽象的な存在として扱われていることである。自分の「人権」、つまり自分自身における財産権を維持するためには、物質世界における財産権、つまり自分が生産する物における財産権も持っていなければならない。
Property Rights and "Human Rights" | For a New Liberty: The Libertarian Manifesto | Mises Institute [LINK]

言論の自由は特別な権利ではなく、財産権と密接な関係にある。もし他人の財産権を侵害しない場所と方法で自分の考えを表明していたのなら、平和的に、他人の権利を尊重する形で行動していたことになる。つまりその思想表明には、いかなる強制や暴力もなかったと思われる。
Europe's Latest Attack on Free Speech | Mises Institute [LINK]

インチキな「人権」は、権利の本質に対する誤解の産物であるだけでなく、真の権利を破壊するための手段である。差別からの自由という権利は、人々が他者について判断する際に、利用可能なあらゆる情報を利用することを妨げる、力の行使を可能にする手段にすぎない。
Inflating Away Our Human Rights | Mises Institute [LINK]

2024-09-27

自由主義対シオニズム

平和の大義において、米シオニスト帝国主義、NATO、シオニズムを糾弾することが重要である。自国の支配者がこのいずれかに服従を示したなら、糾弾すべきである。人々の生活を破壊する国家主義の悪に反対するならば、国際的な場面では、平和の最大の敵に反対すべきである。
To Promote Peace, You Must Fight Statism | The Libertarian Institute [LINK]
シオニズムはユダヤ人国家を信奉するものであり、いかなる国家をも否定する無政府資本主義的なロスバード派リバタリアニズムとは明らかに対立する。また、シオニズムはユダヤ教という国家宗教を意味するため、宗教と国家の分離を唱える最小国家主義の観点からも問題がある。
Libertarianism and Zionism Can’t Be Squared | The Libertarian Institute [LINK]

政治的シオニストは、世俗主義者であるにもにもかかわらず、自分たちの政策を、宗教であるユダヤ教と同一視してきた。ユダヤ人はその同一視を否定してきたが、裏切り者として辱められた結果、多くは沈黙し、やがて自称 「ユダヤ人国家」であるイスラエルの建国を受け入れた。
Zionism versus Judaism | The Libertarian Institute [LINK]

イスラエルの残虐な占領に対する怒りが、ユダヤ人全般への反感に波及しているのは間違いない。だがどんなに嘆かわしいことであっても、不思議なことではない。イスラエル批判に反ユダヤのレッテルを貼るならば、イスラエルへの反感がユダヤ人全般に波及しないほうが不思議だ。
Israel, Zionism, Jews, and Anti-Semitism | The Libertarian Institute [LINK]

ウクライナ生まれのアハド・ハアムは精神的・文化的シオニズムの提唱者で、テオドール・ヘルツルや政治的シオニズムと対立関係にあった。パレスチナのユダヤ人入植者は醜悪な行為で先住民の怒りを買ってはならず、むしろ友好的な尊敬の精神で接しなければならないと警告した。
TGIF: Ahad Ha'Am's Prophetic Warning about Political Zionism | The Libertarian Institute [LINK]

2024-09-26

ヘイトスピーチと言論の自由

ヘイトスピーチという概念は言論の自由と相容れない。あらゆる反対意見をヘイトと決めつけることは、言論・思想の自由の否定そのものである。自由、正義、平等といった普通の言葉、つまりほとんどの人が支持するような価値観が破壊され、社会主義の推進に利用されている。
The Ruling Elites Create An Orwellian Reinterpretation Of Human Rights | ZeroHedge [LINK]
政府やIT企業、主流メディアは、人々の意見、欲求、選択を決定する独占権限を確保したいと考えている。そのために、虚偽を真実に変えることにさえ手を染めている。あるテーマについて真実を語る者は、ヘイトスピーチや誤情報、偽情報を流布していると非難されるようになった。
The Great Reset in Action: Ending Freedom of the Press, Speech, and Expression | Mises Institute [LINK]

規制される言論の大半は、不人気な意見だ。多くの考えは悪いし、反論されるべきだ。しかし他者を黙らせるために暴力を行使することで、反ヘイト十字軍は、政治的暴力は気に入らない人々を黙らせるために使えるし使うべきだと主張している。それ以上に悪い考えがあるだろうか。
When You're Popular, You Don't Need Freedom of Speech | Mises Institute [LINK]

政府は人種差別騒動を、教育、雇用、富の再分配など権力拡大を正当化するために利用している。その一方で、政府の暴力を批判する者を、魔法のような、決して定義されることのない人種差別という言葉で黙らせる。批判者は残りの人生をかけて反証を試みなければならない。
The Freedom Crisis | Mises Institute [LINK]

パン屋には理由を問わず、望まない相手にパンを売らない権利がある。特定の人種などを憎んでいるのかもしれないが、動機は問題ではない。自由と私有財産の原則の下で、個人事業主には差別する権利がある。同様に、消費者は他者を差別するビジネスをボイコットする権利がある。
Wedding Cakes Have Nothing to Do With Free Speech | Mises Institute [LINK]

2024-09-25

リバタリアンとジェノサイド

リバタリアンは、究極の原則をオウム返しに唱えるだけでは、現実の世界に対処するには不十分だ。究極的にはあらゆる国家に罪があるからといって、どの国家も同罪であるということにはならない。それどころか、事実上すべての戦争において、一方は他方よりはるかに罪が重い。
War Guilt in the Middle East | The Libertarian Institute [LINK]
ネタニヤフ首相とその同盟者は、イスラエルが過去に得意とした、標的を絞った暗殺戦術や人質救出作戦を拒否し、爆撃作戦を選んだことで、不必要にパレスチナの家族を虐殺し、イスラエル人の人質を見捨て、10月7日以降にイスラエルが集めた同情をほとんど破壊してしまった。
What Israel Is Doing to Gaza Is a Choice | Mises Institute [LINK]

国際法は無差別大量殺人の問題に関し、自然法すなわちリバタリアン法と対立するものではない。明白な理由から、古典的自由主義と無政府主義とでは、この場合に非侵略原則をどう理解するかに違いはないはずだ。最小国家主義も無政府主義も、大量虐殺は自由主義では禁じられる。
Israel’s Waging Genocide, Not War | Mises Institute [LINK]

米国の血と金が単独で安定と平和を維持できるという前提で築かれた世界秩序は、深刻なストレスにさらされている。貧弱な基盤に亀裂が入り始めているのだ。政府債務は34兆ドルを超えた。軍事予算に対する監視は事実上存在しないため、資源の不正投資と配分の誤りが生じている。
Hamas, Israel, and the Collapse of the Fiat Global Order | Mises Institute [LINK]

中東の米軍基地は米国の国境を攻撃から守る役には立っていない。むしろ強引な駐留は、米国人を攻撃しようとする過激派やテロリストの動機付けになる。基地は軍産複合体にとっては利益かもしれないが、そのツケを払わなければならない一般納税者には何の利益ももたらさない。
Get the US Out of the Middle East | Mises Institute [LINK]

2024-09-24

迫り来るマネーの破壊

借金から逃れることはできない。政府が紙幣を刷って支払えば、通貨は下落し続け、賃金生活者や貯金のある人は困窮する。インフレは隠れた税金であり、政府にとっては非常に都合がいい。いつも商店や企業のせいにし、解決策がありますと言って、またお金を刷ればいいからだ。
An Unprecedented Monetary Destruction Is Coming | Mises Institute [LINK]
グローバル市場におけるデフォルト(債務不履行)の真のドラマは、米国の債務上限交渉ではなく、インフレによる借金の実質踏み倒しである。コロナとウクライナ戦争でインフレが起こった米国などの国々は、債務の実質価値を大幅に引き下げた。政治的な揉めごととは無縁にだ。
Default by Inflation Is the Real Drama in the Global Debt Market | Mises Institute [LINK]

一方では財政赤字と政府債務の増大、他方では成長率の低下という不整合は、投資家が世界経済の「安全な避難所」とみなしてきた米国債への投資を控えるという悪循環を招く可能性がある。そうなれば債券利回りは上昇し、債務返済のコストがかさむため、財政圧力はさらに高まる。
The Global Debt Crisis | Mises Institute [LINK]

破綻を隠すために、私たちは2つのゲームをしてきた。1つは、将来の収益からさらに多くの借金をし、現在の過剰債務のコストを支払う。もう1つは、資産バブルによって無から富を作り出す。資産バブルはレバレッジと融資を必要とする。融資がなくなれば、資産バブルは弾ける。
Will the Crazy Global Debt Bubble Ever End? | Mises Institute [LINK]

自由に変動するグローバルな不換紙幣の実験は、過去に何度も破綻しかけた。それをコントロールしようとするあらゆる試みにも抵抗してきた。不定期な介入によって支えられている、このような不健全な通貨は、一貫して安定した国際経済発展の基盤にはならない。
Global Inflation | Mises Institute [LINK]

2024-09-23

ローマ帝国の放漫財政

ローマ帝国は、帝国にありがちなことだが、余裕以上の出費をした。戦争は軍事費を飛躍的に増大させ、公共事業や社会援助も増加した。約200年の間に、デナリウス銀貨は銀含有率95~98%で鋳造されていたのが、2~5%程度になった。銀は90%以上も減少したのである。
The Denarius and the Dollar: Price Controls Then and Now | Mises Institute [LINK]
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの時代には、金貨は1ポンドあたり45枚で流通していた。カラカラはこれを50枚にした。その後72枚になり、ディオクレティアヌスが60枚に減らしたが、コンスタンティヌスが再び72枚に増やした。金貨でさえもインフレ、つまり劣化していた。
Inflation and the Fall of the Roman Empire | Mises Institute [LINK]

ローマ帝国の財政は、軍事費、社会援助、圧力団体への支払い、新しい公共事業、様々な種類の過剰支出の増加によって圧迫された。最初の2世紀のインフレは年平均0.7%と緩やかだったが、過剰な公共支出は、物価全体と帝国経済システムを制御不能に追い込む深刻な脅威となった。
It Didn't Begin with FDR: Currency Devaluation in the Third Century Roman Empire | Mises Institute [LINK]

ローマ帝国は滅びたが、それは起こりうる最高の出来事だった。ローマが滅亡したことで、競争主導の革新と小さな政府の自由が促され、それが近代を可能にしたからである。ローマが後世に残した最大の贈り物は西洋の創造ではなく、消滅によって西洋に台頭の余地を作ったことだ。
The Greatest Thing the Roman Empire Ever Did Was Go Away | Mises Institute [LINK]

今日の国民国家は、領土概念に根ざしている。一方、西欧の封建時代に国家は存在しなかった。様々な共同体、評議会、集会、協会が階層的に構成されていた。ここにはローマの影響が見られる。ローマの政治は、ローマ市民を基礎とする個人主義的な思想によって特徴づけられた。
Should We Embrace the Stateless Roman Political Thought? | Mises Institute [LINK]

2024-09-22

満州の暴走

1931(昭和6)年9月18日、中国東北部の奉天(瀋陽)近郊の柳条湖で、南満州鉄道(満鉄)の線路が爆破された。関東軍(「満州」=中国東北部に駐屯する日本軍)は、この柳条湖事件を中国兵の仕業であると称して、中国軍(張学良軍)に対する軍事行動を開始し、翌32年初頭までに満州全土をほぼ制圧した。この満州事変は、第一次世界大戦後の世界秩序を破壊する先駆けとなった重大な事件である。

図説 写真で見る満州全史 (ふくろうの本)

満州事変は、発端の鉄道爆破から関東軍の出動、治安維持・邦人保護を口実にした満州の制圧まで、「満蒙」(中国東北地方と内モンゴル)を武力占領しようとした関東軍の計画的軍事行動だった。作戦参謀・石原莞爾を首謀者とする関東軍は当初、満蒙の日本併合を目指していた。だが国際連盟による英国のリットンを団長とする調査団派遣や諸外国の批判に対応するために、関東軍は自らの満州の武力占領を「自治運動」の結果であるかのように偽装し、「満州国」を建国する方針へと転換する。吉林省では、関東軍参謀にピストルで脅されながら、省政府首脳が「独立宣言」をした。

東アジアの秩序の変更を目指した満州事変により、国家改造(政党政治を倒し、軍部主導・天皇中心の政府に代える)と大陸への膨張を求める軍部を中心とする勢力は活気づいた。英米協調の幣原外交(幣原喜重郎外相)を政策の柱としていた、第二次若槻礼次郎内閣は倒れた。満州事変は、結果的にクーデターの役割を果たしたといえる。事実、戦前の政党政治は、翌32年の5・15事件によって幕を閉じた。

柳条湖事件をきっかけに軍事行動を始めた関東軍に続き、1931年9月21日には、朝鮮軍(朝鮮の日本軍)が独断で満州へ越境出動した。この朝鮮軍の行動は、関東軍と事前に打ち合わせておいたものだったが、天皇の許可なく担当地区外に出兵することは、明らかに朝鮮軍司令官の擅権(越権行為)だった。だが天皇も軍中央首脳も、満州での衝突はさほど拡大しないだろうとの楽観的な見通しから、朝鮮軍の越権も、関東軍の独断専行も追認していった。

国民の徴兵による「天皇の軍隊」を勝手に、天皇の命令もなしに動かすことは、本来なら大罪である。石原莞爾やその盟友・板垣征四郎をはじめとする満州事変の首謀者、関東軍を助けに行くために朝鮮軍を勝手に動かして「越境将軍」と呼ばれた朝鮮軍司令官・林銑十郎らは、全員この時点で「擅権の罪」で死刑になるべきだったと、経済学者の安冨歩氏は著書『満洲暴走 隠された構造』で指摘する。ところが彼らはみんな出世した。石原莞爾は参謀本部作戦課長に栄転する。エリート中のエリート、英雄扱いである。

たしかに、20万から30万といわれる張学良軍を、1万ほどの関東軍と増援の朝鮮軍であっという間に蹴散らし、日本の面積の3倍ほどある満州全土を占領したのだから、軍事的にみれば歴史に残るような大手柄である。「しかし、これが何よりもよくなかったのです」と安冨氏は述べる。これで「あ、なにやってもいいんだ、独断専行でやって、擅権だろうと何だろうと結果オーライだったら出世するんだ」と軍人みんなが思ってしまった。

その後、軍人が勲章と出世欲しさに暴走し、暴走を止めようとすると、止めようとした者が弾き飛ばされるというパターンが繰り返される。皮肉なことに、のちに中国戦線が拡大した際、関東軍を止めようと説得に行った石原莞爾は、現地参謀の武藤章に「私は閣下がやったことと同じことをしているだけです」と言い返された。

満州事変が始まると、新聞・ラジオなどは軍部を支持する報道を行い、国民の間に満州占領の軍事行動は当然であるとの空気が形成されていった。なお石橋湛山の主催する「東洋経済新報」は、事変直後に満蒙権益放棄論を唱えて事変を批判した数少ない例である。

戦線を拡大した関東軍は、10月8日には張学良政権の政庁が置かれていた錦州を爆撃した。この爆撃は、錦州が満鉄沿線から遠く離れ、英国の権益に属する北寧線(京奉線)沿線にあったこと、第一次世界大戦以来初の都市爆撃だったことによって、世界に衝撃を与えた。錦州爆撃に続いて、関東軍は1931年11月にはチチハルを、翌32年2月にはハルビンを占領し、満州北部まで制圧した。

日本の満州占領に対して国際世論の厳しい批判が集まり、満州に傀儡政権を樹立しようとする日本にとって障害となった。そこで国際社会の注目を満洲からそらすため、関東軍と日本の駐上海領事館の武官は共謀して、中国人暴徒に日本人僧侶を襲撃させる事件を企て、これを口実にして1932年1月、日本の海軍陸戦隊は上海の中国軍を攻撃し、日中両軍が衝突した(第一次上海事変)。

関東軍は32年3月、旧清朝の廃帝・愛新覚羅溥儀を担ぎ出して満州国を建国させた。満州国は、溥儀を執政(のち皇帝)に据え、「五族協和(日本人・漢人・朝鮮人・満州人・蒙古人の協力による平和な国づくり)」「王道楽土(徳に基づいて治められる安楽な土地)」をスローガンにして建国されたが、実際には関東軍と日本人官吏によって支配された傀儡国家だった。

満州国建国後も抗日勢力の活動は活発で、日本軍はこれらを匪賊であるとして「匪賊討伐」に明け暮れた。また匪賊討伐は、しばしば抗日軍とともに日本軍に敵対する一般住民への虐殺へと発展した。32年9月に撫順の日本軍守備隊が行った平頂山での住民虐殺(平頂山事件)はその最大級のものである。女性や子供、老人を含む3000人余りのほとんどが命を失った。

満州国は経済も迷走した。当初、資本主義経済の進入を拒否するという態度をとった。五族協和、王道楽土を金看板にする以上、満州では搾取があってはいけないという理想からだ。しかし日本が自由な資本主義なのに、満州だけが統制経済で進もうとしても油と水を混合するようなもので、無理な話である。日本の財界は「関東軍は赤(共産主義者)だ」と騒ぎ、大財閥の三井や三菱はそっぽを向いてしまった。

そこで商工省の高級官僚だった岸信介(戦後に首相)は新興財閥の日本産業株式会社(日産)を満州に引き入れ、「満州重工業開発(満業)」を発足させる。ところがこの満業の経営に対し、関東軍が何かと口を出した。ああしろこうしろと軍人の思いつきで、意味のないことばかりやらされる。結局、まったくもうからず、赤字を出しては本体の日産の子会社の利益でカバーするというような状態に陥った(前掲『満洲暴走』)。

満州で始まった軍の暴走は、日本をさらなる危機へと追いやっていく。

<参考資料>
  • 小田部雄次・林博史・山田朗『キーワード日本の戦争犯罪』雄山閣、1995年
  • 橋川文三編著『アジア解放の夢』(日本の百年)ちくま文庫、2008年
  • 安冨歩氏『満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦』角川新書、2015年
  • 平塚柾緒著、太平洋戦争研究会編『図説 写真で見る満州全史』(ふくろうの本)河出書房新社、2017年

2024-09-21

価値は主観である

マルクスのいうように労働力が商品であるとすれば、それは実に奇妙な商品である。マルクスによれば、この商品はつねにその価値よりも安く売られている。言い換えれば、労働者はつねに、自分の労働能力を価値よりも安く売り、資本家のために剰余価値を生み出しているのである。
Why Marx Was Wrong about Workers and Wages | Mises Institute [LINK]
経済学的にいえば、労働は生産の最終段階で消費者に価値をもたらすだけで、それ自体には何の価値もない(労働者自身が仕事に喜びを感じている場合は別だが)。生産量よりも長時間労働のほうが重要だと考える上司がいたら、オーストリア学派経済学を紹介してみたらいいだろう。
The Labor Theory of Value Refuted: Nobody Cares How Hard You Work | Mises Institute [LINK]

商品の価値は労働量で決まるという考えは、市場価格の形成における主観的評価の役割を完全に無視している。人間は先見的であり、過去の支出や努力は、商品の価値を現在決定することとは無関係である。過去の支出に関する記憶が突然失われたとしても、市場価格は形成される。
A Critique of the Labor Theory of Value | Mises Institute [LINK]

価値とはそれぞれの商品に内在する何かによって測られるのではなく、消費者の主観的評価によって測られる。商品が同じような金額で交換されるのは、それらが同じ量の労働力を含んでいるからではなく、消費者が、それらが満たす目的を同じような強さで評価するからである。
Three Arguments Debunking Marx’s Labor Theory of Value | Mises Institute [LINK]

ある時、ある場所ではほとんど価値のないサービスや製品が、別の時、別の場所では高く評価されることもある。個人の価値判断はさまざまだ。市場的な意味における価値は、客観的な判断というよりは、主観的な判断である。価値は、美と同じく、客観的に決定することはできない。
Leaving behind the Labor Theory of Value | Mises Institute [LINK]

2024-09-20

中央銀行「独立」の嘘

FRBの金融政策について政治環境を無視することはできない。FRBは「独立性」を強く主張するが、政治がその行動に直接影響を及ぼしてきた長い歴史がある。大統領選前を目前にした利下げによる短期の景気テコ入れは、実態経済の基礎を蝕むという長期の犠牲を伴うことだろう。
An Economy So Strong It Requires Crisis-Level Fed Action | Mises Institute [LINK]
パウエル議長やFOMCメンバーが経済について本当はどう考えているか知ることはできない。政治的な理由から、すべてが順調だと言わなければならないからだ。おおっぴらに「はい皆さん、あと数カ月で景気後退がやってくると思います。覚悟してね」などと言うことは決してない。
The Fed Hits the Panic Button and Slashes the Fed Funds Rate | Mises Institute [LINK]

中央銀行は紙幣、つまり現物通貨の発行を独占している。発行された通貨の額面と製造コストの差額はシニョレッジ(通貨発行益)と呼ばれ、通貨主権者に利益をもたらす。現代の中央銀行の紙幣は、金などに兌換できない。中央銀行自身の命令によって、無から生み出される。
Understanding the Basics of Modern Banking | Mises Institute [LINK]

中央銀行はかつて民有されていたが、つねに政府と密接な関係にあり、2つの主要な役割を担ってきた。(1)政府の財政赤字のファイナンス支援(2)民間商業銀行のカルテル化——である。カルテル化によって、取り付け騒ぎにつながりかねない信用失墜をなくし、融資拡大を助けた。
Enter the Central Bank | The Case Against the Fed | Mises Institute [LINK]

主流派の経済学者によれば、政府はカルテル、預金保険、不換紙幣を通じて、金融政策と銀行制度を管理しなければならない。オーストリア学派はこの枠組みを否定し、すべて民間市場を通じて管理する方がよいと主張する。景気後退に陥ったとき、政策決定者は何もすべきではない。
Money and Banking | Why Austrian Economics Matters | Mises Institute [LINK]

2024-09-19

マイクロリバタリアンを排す

ミレイ大統領は軍の支持者を前にした演説で、「大きなアルゼンチン、強いアルゼンチン、強力なアルゼンチン」と呼ぶビジョンを示した。これは政府支出の拡大を意味する。ミレイはF16戦闘機24機の購入とTAM戦車の近代化を自慢し、政府官僚(軍人)の給料を上げたいと述べた。
Milei Wants More Government Spending—For the Military, of Course | Mises Institute [LINK]
ミレイ・アルゼンチン大統領は、イスラエルおよび狂信的で邪悪なネタニヤフ首相と強く結びつき、ユダヤ教に改宗するまでに至っている。よりによって、イスラエルがパレスチナ人に対して大量虐殺を行い、世界大戦に発展しかねない恐ろしい地域戦争を煽っているときにである。
Milei Is Little More Than a Political Wolf in Sheep's Clothing: Beware the False 'Libertarian' Hype - LewRockwell [LINK]

小さな問題では自由主義の原則に基づいて行動するのに、大きな問題では原則を放棄するリバタリアンを見つけるのは簡単だ。小さな問題とはマリファナ、家賃統制、売春、ライドシェアなどだ。大きな問題とは戦争と平和、地政学、パンデミックなど、より物議をかもすテーマだ。
The Problem with Microlibertarianism | Mises Institute [LINK]

マイクロリバタリアンは、国家権力の制限は小さな問題では機能するが、大きな問題では機能しないと考える。その結果、国家権力の中核をなし、市民の生活や自由を最も脅かす権力は無制限に認める。「国家緊急事態」「国益」「国家安全保障」「公衆衛生」については政府に従う。
Libertarianism vs. Microlibertarianism | Mises Institute [LINK]

殺人が窃盗よりも凶悪な犯罪であるように、核戦争による大量殺人は最悪の犯罪である。大量殺戮の阻止はゴミ処理の民営化よりはるかに重要だ。リバタリアンは物価統制や所得税には正しく憤るのに、大量殺人という究極の犯罪には肩をすくめ、あるいは進んで擁護するのだろうか?
A Libertarian Theory of War | Mises Institute [LINK]

2024-09-18

保守ではなく自由

米国の右派(旧右派、オールドライト)はほんの少し前まで、現在とはほぼ正反対だった。自らを保守派とは表現しなかったし、そう考えてもいなかった。保守ではなく、廃止と転覆を望んだ。言論の自由、結社の自由、自決権など自由の理想に傾倒し、専制政治を打倒したいという願望を育んだ。
The Rebellious Old Right | Mises Institute [LINK]
米旧右派の外交政策に関する考え方は、米国の伝統そのものだった。ジョージ・ワシントンは外国との 「政治的なつながり」や「もつれた同盟関係」に警告を発したし、ジョン・クインシー・アダムズは「米国は滅ぼすべき怪物を求めて国外に行くのではない」と語った。
The Old Right Was Right | Mises Institute [LINK]

米国は立憲共和国として建国され、その軍隊は独裁者、専制君主、内戦、革命、飢饉、抑圧に苦しむ人々を助けるために世界中を巡りはしなかった。自由、平和、繁栄を求める人々に同情しなかったわけではない。単に、怪物を退治するために国外に行くことはなかったということだ。
America: The Dictatress of the World | Mises Institute [LINK]

米建国の父たちが国家間の平和と通商を主張し、政治的・軍事的同盟のもつれに反対したのは正しかった。つまり、不干渉主義である。不干渉主義は孤立主義ではない。米国が他国の内政に軍事的、財政的、秘密裏に干渉しないことを意味する。貿易、旅行、外交はむしろ推奨される。
The Original American Foreign Policy | Mises Institute [LINK]

戦後冷戦が起こったとき、米国の旧右派はたじろがなかった。冷戦に反対する最大勢力が、戦争陣営に引き入れられつつあった左派ではなく、ハワード・バフェット、フレデリック・スミス両下院議員ら「極右共和党」によって主導されていたとは、今では想像しにくい。
The Old Right on War and Peace | Mises Institute [LINK]

2024-09-17

インフレは隠れた税金

インフレは隠れた税金だ。政府はインフレが大好きで、それを永続させる。そのために赤字財政によってお金を刷り、貿易や競争、技術革新を害する規制を課す。大きな政府とは大きなインフレである。インフレは政府が市民を騙して、政府は何でも提供できると信じ込ませる手段だ。
Kamalanomics: More Inflation for America | Mises Institute [LINK]
物価インフレ(物価の上昇)は、お金の量の急激な増加によってのみ生じるし、生じうる。歴史上、急激な物価上昇は、ほとんど常に急激な通貨インフレ(通貨量の膨張)を伴っている。言い換えれば、本物のハイパーインフレが起こるとき、政府の通貨発行が必ず関与している。
Chapter 9: Monetary Inflation and Price Inflation | Understanding Money Mechanics | Mises Institute [LINK]

政治家は自分が作り出した危機の前では無力だ。思いつく対策はさらなるインフレ、つまりリフレ以外にない。だがお金の量を増やしても、世界は豊かにならない。最初は好況をもたらしても、遅かれ早かれ破綻し、新たな恐慌を招く。得られるのは、見かけ上の一時的な救済だけだ。
8. Inflation | Socialism: An Economic and Sociological Analysis | Mises Institute [LINK]

官僚が「インフレと戦う」というときに頭にあるのは、インフレを避けることではなく、インフレの必然的な結果を物価統制によって抑えることである。これは絶望的な企てだ。市場価格よりも低く価格を固定すると、一部の生産者は採算が合わず、生産を中止せざるをえなくなる。
19. Inflation | Economic Freedom and Interventionism | Mises Institute [LINK]

インフレは経済に不可分に組み込まれているわけではないし、世界が成長し繁栄するための前提条件でもない。米国で19世紀の大半は、米英戦争と南北戦争の時期を除けば、物価は下落していたが、経済は成長し工業化していた。物価の下落は、成長する市場経済の正常な働きなのだ。
Money and Inflation | For a New Liberty: The Libertarian Manifesto | Mises Institute [LINK]

2024-09-16

9/11テロは政府の失敗

米国の情報機関は重要な局面でその使命に何度も失敗してきた。9/11のテロ攻撃は、米国側の軍事・諜報面の大失敗によって可能になった。米政府は中東の内政に際限なく干渉することによってテロの動機を与えただけでなく、その反撃が来たときに自国民を守ることもできなかった。
9/11 Was a Day of Unforgivable Government Failure | Mises Institute [LINK]
冷戦終結をきっかけに、米帝国の解体を望むパット・ブキャナンら保守派とロスバード派リバタリアンは外交政策で一致しかけた。しかし9/11とブッシュの対テロ戦争で状況は一変した。米国の右派は共和党大統領による新たな安全保障国家の建設を声高に主張するようになった。
Lew Rockwell's Prophetic Warning About 9/11 | Mises Institute [LINK]

近年、9/11の記念行事で、米国民は「自由はタダではない」とか「軍隊を支援せよ」といった、米政府に承認された感情だけを記憶するよう言われる。米政府があの日、清掃員や受付係や消防士の死を利用して、プライバシー、私有財産、権利に対する攻撃を正当化したことではなく。
America Since 9/11: 22 Years of Lies and Despotism | Mises Institute [LINK]

9/11への対応によって米政府は以前よりはるかに大きく、費用がかかり、法律や憲法による歯止めがなくなった。これは国が自らを常に非常事態にあると信じている場合に起こることだ。政府高官は何の議論もなく、正当な手続きもなしに政令を発布する。これはコロナで加速した。
From 9/11 to Covid-19: Nineteen Years of Permanent "Emergency" | Mises Institute [LINK]

米軍はイラクとアフガンで敗れ、1945年以来主要な戦争に勝利していない。賢い新兵候補者なら、米国のイラク侵攻がロシアのウクライナ侵攻以上に道徳上正当化されるものではないことに気づくだろう。軍が米兵をロシアの大砲の餌食にしたがっていることにも気づくかもしれない。
Three Reasons Why Military Recruitment Is in Crisis | Mises Institute [LINK]

2024-09-15

第一次世界大戦と軍拡競争

20世紀初頭の欧州では、英国・ロシア・フランスの三国協商と、ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟の対立が深刻となり、1914(大正3)年、バルカン半島のサラエボでオーストリア皇太子が暗殺されたのをきっかけに、第一次世界大戦が勃発した。戦争は西部戦線において激戦を繰り返しながらも、一進一退の膠着状態となる。米国の参戦(1917年4月)で西部戦線のバランスは崩れ、1918年11月、4年間にわたる戦争はドイツの敗北をもって終結した。

軍備拡張の近代史: 日本軍の膨張と崩壊 (歴史文化ライブラリー 18)

大戦勃発に先駆けて、各国は軍艦をはじめとする軍備の強化にしのぎを削った。英国は1905年に弩級戦艦(12インチ=30センチ主砲を8門以上搭載)の一番艦ドレッドノートを、1909年には超弩級戦艦(13.5インチ=34センチ主砲を8門以上搭載)オライオンを起工し、建艦競争を常にリードした。毎年のように、起工される戦艦の大きさと主砲のサイズ、搭載数は増えていった。

日本も日露戦争でロシアを破った日本海海戦を主力艦決戦の典型としてそれを理想化し、常にその再現を目指そうとして、大艦巨砲主義(大型の大砲をできるだけ多数搭載しようとする建艦方針。結果的に艦は大型化する)の道を突き進んだ。米国を仮想敵国とし、主力艦クラスの軍艦の国内建造が可能になったこともあり、弩級、超弩級戦艦の世界的建艦競争に参入した(山田朗『軍備拡張の近代史』)。

その財政負担は国民にのしかかった。大戦勃発時、当時の雑誌「風俗画報」はこう伝えた。「海軍砲の最新式12インチの砲口へは、人間1人が楽々と入りうるほどである。この大砲を製造するには、砲身のみにて12万円、砲塔を加算して40万円を要する。しこうしてズドンと1発放つときは1000円はかかる。この40万円を我々の日常生活費に割り当て三度の飲食費をかりに20銭とすると1日に200万人だけ生活され、一カ年に5350人の生活費を支弁されうる。〔略〕いまや欧州の天地においてこの大砲が惜し気もなくドンドン発砲さるるのである。それことごとく国民の血と肉であるを思えば、戦慄するばかりである」(今井清一編著『成金天下』)

日本は欧州で戦争が始まるとただちに1914年8月、ドイツに対して宣戦布告を行った。英国の要請により日英同盟に基づいての参戦というのが、大義名分だった。日本は英国からアジアの海域におけるドイツ艦艇(とくに商船を攻撃する仮装巡洋艦)掃討を要請されたことを格好の口実にして、中国山東半島の青島だけでなく山東鉄道や太平洋のドイツ領諸島(グアム島以外の赤道以北の南洋群島)を11月までに占領した。

日本は欧米諸国が欧州での戦争に全力を投入し、アジアのことを省みる余裕がない時をとらえて、中国における権益の拡大を図った。大隈重信内閣の加藤高明外相は、陸軍の中国への過大な要求に屈し、1915(大正5)年、中国の袁世凱政府に二十一カ条要求を突きつけ、大部分を強引に承認させた。その主な内容は、①山東省のドイツ権益を日本が継承する②旅順・大連の租借期限を99カ年延長する③南満州・東部内蒙古の権益の強化——などだった。この要求に中国国民は憤慨し、要求を受け入れた5月9日を国恥記念日とした。

第一次世界大戦の講和条約・ベルサイユ条約の調印は、1919年6月に行われた。大戦の終結とこの条約によって、従来の英独を軸とする諸国の対立図式は崩壊し、戦勝国である英米仏主導による一極的支配体制が成立した。この一極的支配体制は、一面では国際連盟(1920年成立)という平和維持機構を成立させるとともに諸国の軍備制限を行い、他面では欧州におけるベルサイユ体制、アジア・太平洋地域におけるワシントン体制という新たな国際秩序を生み出した。

ベルサイユ条約によって、敗戦国ドイツは領土を削減されるとともに、海外植民地はすべて戦勝側諸国によって再分割された。日本は中国と太平洋地域におけるドイツ権益をそのまま継承することになった。ドイツ領だった南洋群島(サイパン、テニアン、トラックなど)はそのまま委任統治領として、国際連盟から日本が委任される形式をとって統治することになった。委任統治領には軍事施設を建設することはできないものの、行政と住民への教育などの責任は日本が負い、事実上の領土といってもよい存在だった。

大戦が終わった後も、大艦巨砲主義に基づく建艦競争は、英国・米国・日本を対抗軸にして続いた。巨大化した主力艦の建造費用は膨れ上がり、日本の国家予算が15億円に満たない時代に主力艦は1隻3000万円から4000万円もしたため、建艦費は国家財政をひどく圧迫した。1920年には八・八艦隊案(戦艦8、巡洋戦艦8)が成立し、1921年、原敬内閣の時期の海軍費は国家歳出の31.2%を占めるに至った(陸海軍全体の軍事費は国家歳出の49.5%に達した)。

このような状況の中で、1921年、米国の提唱によるワシントン会議が開催された。この会議には、軍縮による平和維持と、植民地を有する大国の権益維持という二つの性格があった。会議には、米英仏日蘭ベルギー・ポルトガル・中国の9カ国が参加し、主力艦と航空母艦の大きさ、性能と保有量を定めた海軍軍縮条約、太平洋に関する4カ国条約、中国に関する9カ国条約の3つの条約が締結された。

ワシントン海軍軍縮条約によって日本の主力艦・航空母艦保有量は米国の6割とされたほか、4カ国条約の締結に伴い日英同盟は廃止され(1923年)、9カ国条約の結果、日本は旧ドイツ権益を中国に返還し、出兵していたシベリアからも撤退することを迫られた。すなわち、「満蒙特殊権益」については黙認されたものの、ワシントン会議において日本は、大戦中に拡大した中国での権益の大部分を失ったことになったのである。

このため、これらの諸条約は、米国による日本封じ込め政策であるといった反米論が日本国内で高揚した。軍縮条約の締結によって海軍の軍縮が実行されるとともに、1920年代には陸軍の軍備も削減されたが、軍内部においては、人員整理、すなわち職業軍人の失業と部隊の廃止によって軍縮に対する強い反発を残すことになった。

それでも、もしワシントン海軍軍縮条約が締結されていなかったら、日本は財政破綻の危機に直面していただろう。残念ながら、第二次世界大戦ではこうした歯止めは失われてしまう。

<参考資料>
  • 大日方純夫ほか『日本近現代史を読む』新日本出版社、2010年
  • 歴史教育者協議会編『ちゃんと知りたい! 日本の戦争ハンドブック』青木書店、2006年
  • 山田朗『軍備拡張の近代史』吉川弘文館、1997年
  • 今井清一編著『成金天下』日本の百年〈5〉、ちくま学芸文庫、2008年

2024-09-14

祖国防衛戦争という嘘

膨大な軍事費に充てるため大増税を実施し、庶民を苦しめた日露戦争。その目的は司馬遼太郎の原作のいう「祖国防衛戦争」などではなく、韓国の支配をめぐる日本とロシアとの戦いだった。戦争中、日本は英米にアジアでの植民地支配を承認する代わりに、韓国の支配を認めさせた。
▼スペシャルドラマ「坂の上の雲」 - NHK [LINK]
「ロシア・ウクライナ戦争の現実は、ウクライナにとって厳しい」という現実を踏まえ、これまでの「ウクライナ応援団」の態度は、「いずれ大きな試練を迎えるのではないか」と指摘。エセ言論人だけでなく、応援に熱狂した日本国民も借金の肩代わりなどでツケを払うことだろう。
▼「ウクライナ応援団」はどこへ行くか | アゴラ 言論プラットフォーム [LINK]

安全保障上の理由で買収を阻止するのは「同盟国の日本に対する理解しがたい判断だ」と読売。実質植民地の日本に対し、大統領選を前に必死の米政権がそんな配慮をすると本気で思っているのか。あまりにおめでたい。台湾有事が起こっても、米政府は国内事情を最優先するだろう。
▼社説:日鉄の買収計画 米政府の阻止は理解出来ぬ : 読売新聞 [LINK]

財政難だというのに、癒着した既得権益への支出を優先し、税収分をすべて使ってしまう政府。口を開けば「国家のため」「国益のため」と説教を垂れる政治家のセンセイたちが、庶民を道連れに国家破産と亡国への道を突っ走る。日本人の敵は中国でも北朝鮮でもない。日本政府だ。
▼ 自民総裁選「減税」訴える候補者なしの絶望…5年で22兆円負担増に専門家が危惧「社会保障がブラックホールのようにカネもヒトも飲み込む」(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース [LINK]

外来種のマングースを「根絶」したと環境省。今は多様性を大切にする時代ではなかったのか? いくら被害が出ているとはいえ、抹殺を快挙として宣言する冷血に身がよだつ。マングース一家の悲劇を描くアニメを見たいが、政府肝入りの映画戦略ナントカ委員会では無理だろう。
▼社説:マングースの根絶宣言 生態系崩すリスク教訓に | 毎日新聞 [LINK]

2024-09-13

ゼロサム思考の誤り

ゼロサム思考は前近代の世界によく当てはまった。経済成長がなかったため、所得や富は増えなかった。食料品などを多く手に入れるのは収奪によるものだった。頻繁な戦争は外国人嫌いを助長した。アダム・スミスをはじめとする経済学者たちは18世紀にこの世界観に異議を唱えた。
The Woke Plot To Destroy Our Economy | Mises Institute [LINK]
ねたみを煽るゼロサム思考は、社会が経済的自由を促進し、富を生み出すチャンスを増やしたときに、初めて弱まる。人々が自由に繁栄できるようになれば、成功をより高く評価するようになる。富の再分配よりも、経済的自由を原動力とする進歩こそが、ねたみの解決策なのである。
Progressives Want to Eliminate Wealthy Entrepreneurs but Need the Wealth They Create | Mises Institute [LINK]

強盗などで本人の同意なしに財産を奪うと、その人の犠牲によって利益を得ていることになる。これはまさにゼロサムゲームだ(ちなみに被害者の視点から見ると、「ゲーム」とは言いにくい)。平和な交換が道徳的であるのに対し、強盗は不道徳であるだけでなく、生産を妨げる。
The State, by Franz Oppenheimer | Mises Institute [LINK]

リンゴの値段を叫ぶ店主と、ライバルに死闘を挑む凶暴な捕食者を混同するのは馬鹿げている。それは貿易をゼロサムゲームとして描写するときに犯す混同と同じだ。平和な社会的協力だけが、人間生活の最良の部分を活用し、生物学的競争の暴政から逃れることを可能にする。
Planet Earth and the Tyranny of Mother Nature | Mises Institute [LINK]

市場競争で誰がレースに勝つかは、消費者にとっては、結果の向上よりもはるかに重要度が低い。競争の結果、製品が10%向上した場合、その利益は消費者にほとんど還元される。核心となるのは、競争が他の仕組みよりも優れた結果を生むかどうかということである。
Why the Marketplace Is Not a Zero-Sum Game | Mises Institute [LINK]

2024-09-12

ヘイトスピーチを犯罪化するな

個人の自由の価値を支持する社会では、刑法の唯一の目的は、他人やその財産に対する侵害行為を行う者を抑制し、罰することであるべきだ。刑法は、人々が他人を「憎む」ことを防止したり、「愛し合う」ことを強制したりするために使われるべきではない。
The Folly of Criminalizing "Hate" | Mises Institute [LINK]
言論の自由を絶対とする立場からは、「保護される」集団に対してであろうと、「保護されない」集団に対してであろうと、攻撃的な言論はすべて許される。ある集団はヘイトスピーチから保護され、他の集団は保護されないという考え方自体が憲法違反なのだ。
Free Speech and Legislative Bans on DEI | Mises Institute [LINK]

ヘイトスピーチに言論の自由はないという。ところで過去、共産主義政権のために世界中で1億人が死亡したとされる。共産主義者やそのシンパに、その危険な思想を広める自由を与えていいのだろうか。血に塗れたアカのたわ言を説く場を与えていいのだろうか。
Is Communist Speech Free Speech? | Mises Institute [LINK]

歴史上、「権利」とは、物理的暴力や強制からの自由に限定されてきた。これには暴行、誘拐、監禁などが含まれる。もしこの暴力の定義が、傷つけられた感情やストレスといった概念にまで拡大されるとしたら、実に革命的なことである。そして人間の自由にとって悲惨なことだ。
Redefining Violence: The Problem With PC Speech Codes | Mises Institute [LINK]

政府の役人がそう呼んだからといって、言論が「脅威」になることはない。政府関係者はしばしば、怒った有権者から「落選させるぞ」と脅されて、嫌がらせや脅迫を受けていると感じるが、だからといって、そのような言論が、保護されない脅迫になるわけではない。
Speech Isn't a "Threat" Just Because a Government Official Says So | Mises Institute [LINK]

2024-09-11

GDPで現実を測れるか?

国内総生産(GDP)は現実世界との関連性を欠いているが、政府の介入を正当化するため大きな需要がある。GDP成長率が高いことは、ほとんどの場合、実質貯蓄が集中的に浪費されていることを意味する。「良い」GDPデータにもかかわらず、多くの個人の暮らしは困難になっている可能性がある。
Is GDP an Accurate Measure of Reality? | Mises Institute [LINK]
GDPが社会に利益をもたらす経済活動を測定するものならば、政府支出を含めるのは好ましくない。民間経済では、支出はサービスの提供に対する自発的なものだから、生産物の価値を測定すればいい。政府のサービスは一方的な強制だから、測る方法はない。
How GDP Metrics Distort Our View of the Economy | Mises Institute [LINK]

GDPは、私たちが医療や教育にどれだけのお金を費やしているかを記録することはできるが、購入しているサービスが良いものかどうかを知ることはできない。民間の医療サービスを国有化すれば、GDPの数字は伸びるだろうが、医療の質は下がり、コストは上がる。
Should We Believe the GDP? | Mises Institute [LINK]

経済の歴史的な発展を統計で測ることには、根本的な問題がある。生活水準の向上を測る際、メールとファックス、自動運転車とポンコツ車、レコードと音楽ストリーミングなどを比較するのは難しい。この問題はGDPにとどまらず、経済的不平等や物価上昇率の変化の測定にも及ぶ。
The Poverty of GDP | Mises Institute [LINK]

健全な経済と成長への道を取り戻す方法は、いつだって大幅減税と歳出削減だ。たしかにこれは緊縮財政だが、政府にとっての緊縮でしかない。民間経済に対する政治の収奪を減らすことで、消費者は利益を享受できる。政府予算による資源の消費は、ほとんどすべてが無駄だからだ。
How Reducing GDP Increases Economic Growth | Mises Institute [LINK]

2024-09-10

チャーチルの真実

英雄とされる英首相チャーチルは1940年にすでに事実上終結していた戦争を再開し、ドイツ軍の侵攻の脅威がほとんどなかったにもかかわらず、市民爆撃で攻撃を続けた。ドイツの都市への恐怖の爆撃は、最終的に約60万人の市民の命を奪い、約80万人に重傷を負わせた。
The Truth about Churchill | Mises Institute [LINK]
チャーチルには主義主張がなかったが、一つだけ不変のものは戦争への愛だった。1925年に「人類の歴史は戦争である」と書いている。古典的自由主義の基本、とりわけ人類の真の歴史は協力と分業の拡大であり、戦争ではなく平和こそが万物の父であることを理解しなかった。
Rethinking Churchill | Mises Institute [LINK]

ある意味で、英首相を務めたチャーチルが「世紀の人」に選ばれるのは妥当なことだろう。20世紀は国家の世紀であり、福祉・戦争国家が台頭し、肥大化した世紀であったが、チャーチルは徹頭徹尾、国家の人であり、福祉国家の人であり、戦争国家の人であった。
Raico on Churchill | Mises Institute [LINK]

チャーチルは英国における福祉国家の立役者の一人であった。近代福祉国家は1880年代にビスマルク率いるドイツで始まった。英国では1908年発足のアスキス内閣で、財務相のロイド・ジョージ、通商相のチャーチルがドイツを訪問し、ビスマルク型の社会保険制度に改宗した。
How Churchill Built the Welfare State in Britain | Mises Institute [LINK]

チャーチルは英労働党を全体主義者と評したが、戦後の福祉国家の基礎を築いたベヴァリッジ報告を受け入れたのはチャーチル自身だった。経済学者ミーゼスがいうように、英国の社会主義はアトリー労働党政権の成果ではなく、チャーチル戦争内閣の成果だった。
The Real Churchill | Mises Institute [LINK]

2024-09-09

ナチスは社会主義

国家社会主義者(ナチス)は、革命的左翼の敵どころか、レーニン主義的左翼とは少し異なるタイプの全体主義に献身する左翼だった。国家社会主義者は、その名が示唆するように社会主義者だった。しかも全体主義的な社会主義者であり、その制度的モデルはソ連の全体主義だった。
The National Socialists Were Enemies of The West | Mises Institute [LINK]
現在ヒトラーは歴史上最も憎まれるべき人物だが、その見方は経済政策には向けられない。むしろ世界中の政府に受け入れられている。ヒトラーは金本位制を停止し、巨大な公共事業計画に着手し、外国との競争から産業を保護し、軍備を拡大し、国民医療と失業保険を実現した。
Hitler's Economics | Mises Institute [LINK]

ヒトラーは政権を握ると事実上、ケインズ政策に着手した。政府支出は経済を軍事路線に導くために重要になった。ケインズ自身はナチスの努力を好意的に見ていた。『一般理論』ドイツ語版への序文で、自著の考え方は権威主義的な体制のほうが容易に実行に移せることを示した。
Nazi Economic Policy | Mises Institute [LINK]

ナチスドイツのマスコミは初期のニューディール政策を熱狂的に歓迎した。機関紙によれば、米国はドイツと同様、市場投機の奔放な熱狂と決別した。同紙はルーズベルトが経済社会政策に国家社会主義思想の系統を取り入れたと強調し、ヒトラーと相通じるものがあると称賛した。
Three New Deals: Why the Nazis and Fascists Loved FDR | Mises Institute [LINK]

資本家や企業家が、共産主義かナチズムかという選択肢に直面し、ナチズムを選んだ理由は、説明するまでもない。スターリンによって「ブルジョア」として「清算」されるよりも、ヒトラーの下でただの店番として生きることを選んだのだ。資本家だって殺されるのは好まない。
"Progressive" Attacks on Capitalism Were Key to Hitler's Success | Mises Institute [LINK]

2024-09-08

大逆事件の闇

近代日本で国家主義が次第に台頭していた1910(明治43)年5月25日、長野県明科のとある製材所の奥で、注意深く隠された木箱が発見された。その中身は、明治天皇暗殺のために準備された爆裂弾の材料だった。後にいう大逆事件、すなわち社会主義者・無政府主義者の幸徳秋水一味が天皇暗殺を目論んだとして大逆罪に問われ、処刑された一大事件発覚の瞬間である。この事件は、国家によるフレームアップ(でっち上げ)の典型として知られる。明治の「闇」を象徴する出来事だ。

「社会」のない国、日本 ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆 (講談社選書メチエ)

当時は産業革命の進展に伴って賃金労働者が増加し、社会主義運動が盛んになりつつあった。幸徳、安部磯雄、片山潜らは1898年に社会主義研究会をつくり、1901年、最初の社会主義政党である社会民主党を結成したが、治安警察法によってすぐに解散させられた。それでも幸徳らは日露戦争に反対し、反戦論を唱えた。

日露戦争反対を機に高揚した社会主義運動に対し、政府は機関誌紙の発禁や集会の禁圧、結社禁止などの抑圧を加えた。実質的な運動はほとんど展開できない状勢になり、幸徳、管野スガらの創刊した「自由思想」も発禁の連続で廃刊を余儀なくされ、合法的な運動は不可能になる。管野、宮下太吉、新村忠雄、古河力作の4人は、天皇の血を流すことにより日本国民の迷夢を覚まそうと爆裂弾による暗殺計画を練った。

宮下は長野県明科の製材所で爆裂弾を製造し、爆発の実験も試み、1910年1月には東京・千駄ヶ谷の平民社で投擲の具体的手順を相談するが、幸徳は計画に冷淡で著述に専念しようとした。

当時の第2次桂太郎内閣は、当局にスパイを潜入させたりなどしてこの計画を感知し、同年5月の長野県における宮下検挙を手始めに、6月1日には神奈川県湯河原で幸徳を逮捕した。政府は一挙に社会主義運動の撲滅を狙って、幸徳が各地を旅行した際の放談などをもとに26名を起訴するほか、押収した住所録などから全国の社会主義者、無政府主義者数百名を検挙して取り調べた。

検察当局は、爆裂弾で明治天皇の暗殺を計画したものとして、刑法の大逆罪を適用し、26人を起訴した。実際に計画を相談したことを認めたのは宮下ら4人だけだったが、翌1911年1月、わずか1カ月の審理で裁判所は幸徳ら24人に死刑を宣告し、その月のうちに幸徳、管野ら12人を絞首刑にした(12人は天皇の特赦として無期懲役に減刑)。管野はその手記に「今回の事件は無政府主義者の陰謀というよりも、むしろ検事の手によって作られた陰謀という方が適当である」と記している。

なお幸徳は弁護士宛の陳弁書で、無政府主義思想について「東洋の老荘と同様の一種の哲学」と述べ、「無政府主義者が圧制を憎み、束縛を厭い、同時に暴力をも排斥するのは必然の道理で、世に彼等程自由平和を好む者はありません」と力説した。このような無政府主義者からは、暗殺者は少なく、むしろ「暗殺主義なりと言わば勤王論愛国思想ほど激越な暗殺主義はない」と反論している。

大逆事件は同時代の文学者や思想家に衝撃を与えた。東京・本郷弓町の下宿に両親妻子5人とともに暮らしていた詩人、石川啄木にとって、事件の発覚した1910年は「思想上において重大なる年」となった。

啄木はかつて日露戦争を賛美したが、日露戦争後は痛烈な国家批判の立場に移っていた。幸徳やそのグループと接触はなかったが、大逆事件公判の進められている期間、絶えず旧知の弁護士から話を聞き、幸徳の陳情書などの記録を借り受けて、その膨大な記録を筆写した。幸徳らが処刑された日、「ああ、何という早いことだろう」と嘆いている。

小説家、徳富蘆花は翌月の2月1日、第一高等学校(現在の東大教養学部)弁論部の求めに応じて演壇に立ち、「謀叛論」と題して演説した。講演は暗くなってろうそくがともされるころまで続いた。それは痛烈な政府批判であり、また幸徳らの擁護論だった。

蘆花は幸徳らを「自由平等の新天新地を夢み、身をささげて人類のためにつくさんとする志士である」「死は彼らの勝利」であると断じ、志士をただ殺戮する以外に能のない閣臣、「蛇の蛙をねらうような」検察当局を痛罵したのち、「諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見なされて殺された。が、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものはつねに謀叛である」と訴えた。

しかし、蘆花のように幸徳らを堂々と擁護する言論人は他にほとんどいなかった。幸徳らを乗せた囚人馬車を偶然目撃した小説家、永井荷風は「わたしは世の文学者と共に何も言わなかった。私は何となく良心の苦痛に堪えられぬような気がした」と記した。

一方、取締当局は、事件をテコに弾圧体制の整備を図った。1910年7月、内務相は首相に社会主義に対する意見書を提出し、警察に社会主義専門の担当者を置いて偵察を徹底させることなどを提案した。このような意見を踏まえ、1911年4月、社会主義の取り締まりを専門に行う警察官の増員が図られた。8月には警視庁に特別高等課が設置された。のちの特別高等警察(特高)である。監視の網はいっそう厳しくなり、社会主義者などを「特別要視察人」としてリストアップして監視する体制が固められた。大逆事件を契機に社会主義には「冬の時代」が訪れた。

社会学者の菊谷和宏氏は著書『「社会」のない国、日本』で、ともに国家による冤罪であるフランスのドレフュス事件と日本の大逆事件を対比している。

ドレフュス事件では、軍部が捏造したスパイの証拠によってユダヤ系陸軍大尉ドレフュスが軍法会議で有罪とされる。これに対し作家ゾラはドレフュスを擁護し、一時亡命を強いられながらも、再審の道を開く。ゾラを衝き動かしたのは、「人間性が国の都合に優先されてはならない」「国家以前に尊重されるべきものがある」という信念だった。

このような信念を生んだものは何か。ゾラの同時代人である仏社会学者デュルケームによれば、それはキリスト教である。キリスト教が育んだ個人主義精神からみれば、国家という組織はそれがいかに重要であれ、ひとつの道具に過ぎず、目的のための手段でしかない。

一方、大逆事件では、荷風が恥じたように、ゾラのように立ち上がり、幸徳らを堂々と擁護する言論人はほとんどいなかった。キリスト教の伝統をもつフランスと異なり、日本には「国家以前に尊重されるべきものがある」という思想は根づいていない。菊谷氏の言葉を借りれば、国家のみがあって社会が存在しない。

日本では長い物に巻かれることがよしとされ、国家の暴走に歯止めをかける者がない。それは「和をもって貴しとなす」日本人の長所を帳消しにしかねない、深刻な短所である。

<参考資料>
  • 橋川文三編著『明治の栄光』日本の百年〈4〉、ちくま学芸文庫、2007年
  • 田中伸尚『大逆事件』岩波現代文庫、2018年
  • 菊谷和宏『「社会」のない国、日本 ドレフュス事件・大逆事件と荷風の悲嘆』講談社選書メチエ、2015年

2024-09-07

良い政治という幻想

なんとも甘っちょろい。民主制とは「調整して制度を作っていく仕組み」ではなく、多数派が権力を握る仕組み。政治とは「話し合いで合意するための手段」ではなく、権力で人々の財産や自由を一方的に奪う手段。政治は悪。良い政治がありうるという幻想をふり撒くのはやめよう。
▼言葉を消費されて 「正義」に依存し個を捨てるリベラル 星野智幸:朝日新聞デジタル [LINK]
齋藤氏は企業の「市民営化」を提案する。企業の大株主から経営者やその一族を排除し、従業員や地域住民に株を持たせるという。やってみればいい。経営判断でプロの発言権が弱まれば、会社は競争に敗れて最悪倒産する。従業員は路頭に迷ううえ、買った株の価値はゼロになる。
▼齋藤幸平が語る、資本主義の矛盾と新システムの必要性〜資本主義の限界を理解することが第一歩〜 | 100年企業戦略オンライン [LINK]

低所得者の食費にまで課される消費税の軽減には賛成。けれど低所得者を苦しめる税は消費税だけではない。法人税は消費者などが実質負担するし、富裕層への累進課税は生産活動への投資を減らし物価高につながる。英国でも日本でも官営福祉を廃止し、あらゆる税の縮小・撤廃を。
▼「低所得者から徴収する消費税 憲法の生存権の保障に抵触するのでは?」ブレイディみかこ(AERA dot.) - Yahoo!ニュース [LINK]

「大学はタダであるべきだ」と白石氏。「大学には国家や経済とは違う無償性の論理がある」という。教員の給与はどうするのだろう。もし全員無償にするというなら見上げたものだ。もし税金で賄うのなら、国家の「論理に支配されない」どころか、国家に取り込まれることになる。
▼「大学はタダであるべきだ」 国家や経済の支配に立ち向かうために:朝日新聞デジタル [LINK]

「デフレに戻るおそれがあるから」脱却宣言は出せないと政府。無邪気なリフレ派以外、こうなることはわかっていた。あらゆる政策は政治の産物で、金融政策はその最たるもの。国債頼みでバラマキを続けたい政治家は、庶民が物価高で苦しもうと、異常な低金利が終わっては困る。
▼「デフレ脱却」宣言、出せないまま アベノミクス的政策いつまで?:朝日新聞デジタル [LINK]

2024-09-06

時代遅れの公立学校

公立学校は長い間、情報化時代の流れについていけず、思想と暴力の両方から生徒の安全を守ることができず、無能に運営される政府の教育制度という、時代遅れのモデルだ。在宅教育は、親の自主性と責任の行使を意味するだけでなく、破綻したモデルから救うチャンスを提供する。
The Problem with Trump’s Agenda 47 for Homeschoolers | Mises Institute [LINK]
在宅教育に対するマスコミの見方は、「脅威」の一語に集約できる。なぜなら、すべての子供はあらゆることに関して、政府が承認した物語や教義を学び、身につけるべきだからである。政府による教育とは、子供を忠実な臣民として形成するための課程なのだ。
What the Media Says about Homeschooling | Mises Institute [LINK]

米国では連邦や州の官僚や職員の複数、あるいは過半数が民主党員である。官僚は研究助成金を支給し、資金提供を支配する。大学の収入の行き先は結局左翼の官僚だ。大学当局は思想的に左翼でなくても、自身の存在を正当化できるような政策や研究を推し進めるよう奨励される。
Bureaucracy: The Death Knell of Higher Education | Mises Institute [LINK]

米国の大学では左派の教授の数が右派の教授を5対1で上回る。保守的で有能な教授を差別し、保守的な消費者(学生)を排除するのはコストがかかる。政府の介入がなければ、ほとんどの大学は、ビジネス上の判断として不適切であると認識し、すべての顧客に対応するだろう。
It Is Time to Treat Higher Education as the Business It Is | Mises Institute [LINK]

大学は公的な教育機関から、意識が高い「ウォーキズム」という心のウイルスを生み出すイデオロギーの温床へと堕落している。しかし現代のリバタリアンには楽観的になるだけの理由がある。他の領域と同様に、民間主導の大学教育が政府に対抗し始めているからだ。
A Review of Nock'sThe Theory of Education in the United States | Mises Institute [LINK]

2024-09-05

核戦争という現実

米政治学者ミアシャイマーら現実主義者がいうように、敵対する大国(ロシア)が核兵器で徹底的に武装し、自分たちを狙っている場合、非常に注意深く対処しなければならない。その大国を絶望的な状況に追い込んではならない。核兵器が使用される合理的な可能性があるからだ。
Russia Updating Nuclear Weapon Doctrine Due To Western 'Escalation' Of Ukraine War - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]
何世紀にもわたり、ロシアは西側から攻撃されてきた。最近ではナポレオンとヒトラーによってである。当然ロシア人はこの血塗られた歴史に敏感だ。CIA長官らはこのことをよく考えたのだろうか。NATOがロシアに侵攻すれば、プーチンは折れるとでも想像したのだろうか。
The Western Way of War – Owning the Narrative Trumps Reality - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

ガザ保健省によれば、過去10カ月に米国の支援を受けたイスラエルによるガザ攻撃で、1万6000人以上の子供を含む少なくとも4万435人が死亡した。これには瓦礫の下で死亡したと推定される1万人を含まない。インフラ破壊により間接的な原因でさらに多くが死亡した可能性がある。
Israel Says US Has Delivered 50,000 Tons of Military Aid Since Start of Gaza Slaughter - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

経済学者ジェフリー・サックス教授によれば、イスラエルは今や完全な無法国家だ。中東での戦争を誘発するために何でもやっており、これは米国民が望んでいることではない。同教授は多くのインタビューで、米国はガザ地区で今も続く「大量虐殺に加担している」と語っている。
US Calls For Ceasefire But Keeps Supporting War - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

思想家トマス・ペインが警告したように、敵を罰しようとする情熱は自由にとって危険であり、罰する側の自由さえも危険にさらす。自分の自由を安全にしたいなら、敵であっても抑圧から守らなければならない。この義務に違反すれば、自分自身に及ぶ前例を作ることになる。
Searching for Monsters - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

2024-09-04

排除する権利を守れ

排除する権利は何かのおまけではない。文明の機能にとって核心をなす。企業が人を雇うとき、採用される人とされない人がいる。その他ほとんどすべての団体も同じだ。誰もが排除する権利を行使する。もしこの権利が否定されたら、代わりに何が起こるか。政府による強制である。
Freedom of Association | Mises Institute [LINK]
暴君が権力を得る典型的な方法は、大衆に憎むべき人物を与えることだ。嫉妬を助長することは、左派が企業を支配する効果的な戦略だ。経営トップが稼ぐ金額は関係ない。もしそうなら、左派は何百万ドルも稼ぐハリウッド俳優やスポーツスターに対する嫉妬を助長しているはずだ。
The Politics of Envy - LewRockwell [LINK]

公立学校の学費が安く見えるのは、その費用が税によって全国民に分散されるのに対し、私立学校の費用はそこに通う生徒のいる家庭だけが負担するからだ。公立学校と義務教育法を廃止し、すべて市場提供型の教育に置き換えれば、半額でより良い学校が手に入り、より自由になる。
What If Public Schools Were Abolished? | Mises Institute [LINK]

南北戦争前の米南部では、奴隷制は邪悪な制度であり、平和な進化を通じて黒人は教育され、自由な住民の地位を得られるという意見が支配的だった。だがその展開は、北部による流血の奴隷反乱の扇動と、南部人を悪として描く奴隷廃止論者のプロパガンダのために終わりを告げた。
The War Against the South - LewRockwell [LINK]

CIAは創設以来、数多くの暗殺計画に関与してきた。有名なのはキューバのカストロ殺害の度重なる試みだ。フォード大統領は大統領令で暗殺を禁じたが、CIAは新たな名目で殺害を続けた。リビアのカダフィ、セルビアのミロシェビッチ、イラクのフセインを空爆で殺害しようとした。
The CIA’s assassination plots | Mises Institute [LINK]

2024-09-02

ESGは環境を改善しない

ESGは環境への配慮や社会的原因を改善しない。経済成長が環境への配慮を可能にする。基本ニーズを満たせるようになって初めて、周囲に配慮する余裕が生まれる。ロンドンで大気汚染は工業化により初め増加したが、結局減少し、1700年に初めて測定されたときよりも低くなった。
ESG Undermines Social Welfare | Mises Institute [LINK]
生きるのがやっとの人々は、環境のことなど気にも留めない。しかしある一定の生活水準に達すると、こうした高次の財に関心を持ち始める。人々が清潔で魅力的な環境を維持するためにお金を使うことをいとわなくなれば、こうしたサービスを得るための外的障壁はなくなるはずだ。
An Austrian contribution to the praxeology of nature conservation | Mises Institute [LINK]

脱成長は環境持続可能性への道だといわれるが、自由市場経済が生み出す技術革新は、化石燃料や石炭への依存を小さくする。市場に基づく革新がなければ、脱成長活動家が非難するエネルギー源に代わるものは生まれない。成長率の低下は、気候変動適応技術に投資する能力を奪う。
The degrowth movement is antihuman, and its advocates are fine with that | Mises Institute [LINK]

環境保護主義者は、各国政府が化石燃料から人々を強制的に引き離すことを強く望んでいる。しかし、そのような野望は空想の域を出ることはないだろう。太陽光発電や風力発電のような再生可能エネルギーは、現在の開発レベルでは世界の人口を支えることはできない。
Banning Fossil Fuels Will Make Heat Waves More Dangerous, Not Less | Mises Institute [LINK]

地球の1次エネルギー消費の85%は、化石燃料から直接来ている。気候変動、ネットゼロ目標、化石燃料依存の引き下げ、クリーンな再生可能エネルギーについて、信念を語るがいい。政府の資金を投入するがいい。公共の場で説教するがいい。だが事実は変わらない。変えられない。
Climate Worries Are Non-Credible, Luxury Beliefs That Harm Civilization Itself | Mises Institute [LINK]

2024-09-01

秩父事件はなぜ起きたのか

1884(明治17)年11月、「困民党」と呼ばれた埼玉県・秩父地方の農民たちが、借金の10年据え置きと40年賦返済、学校費軽減のための3年間の休校や減税などを求めて蜂起し、郡役所、裁判所、警察署などを襲撃し、高利貸しに放火するなどした。秩父事件である。

秩父事件: 圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ

蜂起の発端となったのは秩父地方だったが、群馬県や長野県にまで広がる。鎮圧には警察だけでなく、憲兵隊や高崎鎮台兵が出動した。農民の一部は軍隊と交戦して、30人以上が死亡したとされる。検挙者は埼玉県で約3500人、群馬県で約300人、長野県で約600人という。広域にわたる大規模な事件だった。秩父事件はなぜ起こったのだろう。

秩父事件の背景の一つには、高揚期に達していた自由民権運動の影響がある。

1881(明治14)年、開拓使官有物払い下げ事件で民権運動による政府批判が強まり、国会開設をめぐる政府内の対立も激化した。その結果、大隈重信が下野し(明治14年の政変)、国会開設の勅諭が出されて10年後に国会が開かれることになった。

民権運動派は国会開設に向け、政党の結成に動く。板垣退助を中心とする自由党、下野した大隈重信を中心とする立憲改進党などが結成された。しかし改正集会条例で政治結社の支部の設置が禁じられており、全国的な組織づくりが困難だった。さらに政府は自らの主導権で憲法を制定するため、伊藤博文を欧州に派遣し、その一方で、板垣退助を外遊させるなどして自由党の切り崩しを図った。党内でも対立があり、自由党は解散するに至る。秩父事件の直前のことだ。

党の中核を失い、方向性が定まらないなか、福島事件、高田事件、群馬事件、加波山事件など、自由党が何らかの形で関わった激化事件が頻発した。秩父事件も、その一つに位置づけられてきた。しかし他の激化事件より規模がはるかに大きいうえ、異なる特徴をもつ。

特徴の一つは、秩父の蜂起勢の指導部には博徒(博打打ち)がいたことだ。自由党員の井上伝蔵、落合寅市、高岸善吉らのうち落合、高岸は博徒でもあり、その親分にあたる加藤織平も蜂起勢の幹部となっている。最高指導者の田代栄作も博徒だった。蜂起には農民、自由党員、博徒といった多様な人々が参加していたのである。

日記や裁判記録などには、次のような農民の言葉が書かれている。「圧政を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」「恐れながら天朝様へ敵対するから加勢しろ」「総理板垣公の命令を受け、天下の政事を直し、人民を自由ならしめんと欲し、諸民のために兵を起こす」

これらの言葉からは、明治政府の圧制を改め、自由で安心して暮らせる政治を実現するのだという強固な思いが読み取れる。事件は全国各地の新聞のほか、ロンドンで発行されていた「ベルギー独立」紙、フランスの「ルタン」(現「ルモンド」)紙にまで報道された。

秩父事件のもう一つの重要な背景は、松方デフレだ。

1877(明治10)年に西郷隆盛を擁して士族が起こした西南戦争は、明治の士族反乱として最大規模のものだった。西郷軍の総兵力は約3万人であり、これに対して政府は約6万人の兵力を投入した。整ったばかりの徴兵制による軍隊だけでなく、軍夫も雇い、戦費は4200万円もの莫大な額になった。政府はその多くを、不換紙幣を増発することで賄った。

その影響は2~3年後に激しいインフレとなって現れた。市場に出回る紙幣が多くなったために、物価が急激に高騰したのである。この事態に対応するため、大蔵卿の松方正義は、不換紙幣の消却を急速に進めた。一言でいえば、デフレ政策である。これはインフレの害を静めるためにやむをえない措置だが、痛みを伴った。

政府は一方で、増税にも踏み切った。これは朝鮮半島での壬午軍乱(反日的クーデター)をきっかけに始まった、清国との交戦を念頭においた軍備拡張計画の財源でもあった。内務卿の山県有朋は軍備拡張の必要性を説き、たばこ・酒類などに課税することによって経費を生み出すと述べた。そして、増税の令を一度発すれば、増税反対が起こることは承知のうえだが、それには弾圧をもって臨むといった。

増税となったのは、地租以外の「雑税」だった。雑税の合計額は1879年が21万9975円、1884年が45万4619円と5年間で倍増した。税額のうち最も額が大きいのが酒税、次いで各種印紙税、車税、たばこ税などと続く。地方税も増加の一途をたどった。地方税とは県税で、地租割、戸数割、営業税、雑種税だ。地方税は5年間で1.9倍になった。とくに営業税の伸びが顕著だった(秩父事件研究顕彰協議会編『秩父事件』)。

折からの世界的な不景気の影響もあり、増税とデフレ政策によって多くの農家が深刻なダメージを受けた。租税が納められず、滞納によって強制処分を受けた農民は36万人にものぼり、やむなく競売にかけられた土地は4万7000歩にもなった(藤野裕子『民衆暴力』)。

松方デフレによるダメージがとくに大きかったといわれるのは、養蚕地帯だ。秩父事件に参加した地域は養蚕地帯だった。

幕末の開港によって生糸の輸出が増加したため、この地域は養蚕・製糸業に重点を移すことで農家の経営を発展させていった。生糸価格は下落しても一時的だった。収益性が高かったため、高利貸し(個人だけでなく、銀行・企業など)から高い利息で借金をしても、通常であればそれ以上の利益を得て返済できた。

しかし今回の急激なインフレとデフレは、政府の政策によってつくり出されたものだ。強気になって借金をしすぎた農家に自業自得の面はあるものの、激しいインフレを生み出し、経営判断を惑わせた政府の責任は軽くない。

借金を10年据え置きにし、40年かけて返済するという要求は、現在の感覚からすると、かなり法外な要求にも思える。だがこの要求の背景には、貧窮に陥った際に温情的な措置を施す、現在の金融とは異なる負債整理の伝統的な慣行があったと指摘されている。

事件後、憲兵隊と警察隊は各村々に入り、参加者を逮捕しつつ自首を強要していった。警察の厳しい尋問を経て、裁判は事件の中心人物らを死刑、懲役、禁固の刑に処し、多くの人々を罰金・科料とし、彼らを「暴徒」として断罪した。そのため事件参加者の遺族や子孫の多くは、事件に口を閉ざして生きてきた。近年に至り、ようやく名誉回復が進んでいる。

秩父事件を起こしたのは、インフレや増税など明治政府の誤った政策が招いた生活苦だった。蜂起した人々が夢見た、圧制のない、自由で安心して暮らせる社会は、今も庶民の理想であり続けている。

<参考文献>
  • 松沢裕作『自由民権運動 〈デモクラシー〉の夢と挫折』岩波新書、2016年
  • 藤野裕子『民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代』中公新書、2020年
  • 秩父事件研究顕彰協議会編『秩父事件 圧制ヲ変ジテ自由ノ世界ヲ』新日本出版社、2004年