ロシアのウクライナ侵攻から1カ月以上が過ぎ、米欧日諸国では「ロシアは孤立に追い込まれている」との見方が広がっている。北大西洋条約機構(NATO)と先進7カ国(G7)が24日にブリュッセルで開いた緊急首脳会議も、すべての国に対し、ロシアによる経済制裁逃れを助けるいかなる行動も控えるよう求め、ロシア孤立の印象を強めた。
米欧日などによる制裁が、ロシアの経済や体制に悪影響を与えることは間違いないだろう。しかしロシアが世界で本当に孤立しているかどうかは、冷静に見極める必要がある。ニュースでは、ロシアに正義の裁きを下す米主導のキャンペーンをめぐり、「国際社会」が団結しているように見える。しかし現実の世界では、状況は少し違っているようだ。
米紙ワシントン・ポストによれば、発展途上国の多くはプーチン大統領によるウクライナの主権侵害に不安を抱いているものの、インド、ブラジル、南アフリカといった「南」の大国は、中国がロシア寄りの姿勢をとっているのをにらみ、保険をかけている。NATO加盟国のトルコでさえ、管理権限を持つボスポラス海峡とダーダネルス海峡について、ロシア軍だけでなく、すべての軍艦に対して閉鎖する方向で動くなど、米欧とは距離を置く。
「西側諸国の傍観者が中東やアフリカの紛争に無関心なように、新興国の市民には、自分たちはウクライナでの戦争に無関係で、やむを得ない国益のためにロシアを疎外できないと考える人もいる」と同紙は指摘する。むしろ西側諸国では「全世界がロシアに対抗して団結している」という報道の洪水にかき消されて、現実がわかりにくくなっているかもしれない。
「ロシア非難せず」が世界人口の半分強
ロシア孤立の印象が広まったのは、報道だけが原因ではない。国連での議論も影響している。3月初め、国連総会の緊急特別会合で、ロシアを非難し、軍の即時撤退などを求める決議案が賛成多数で採択された。決議案には欧米や日本など合わせて141カ国が賛成し、反対はロシアを含むわずか5カ国だったことから、あたかも事実上、全世界がロシアを非難しているかのように受け止められた。
しかし加盟国全体の反応を詳しくみると、そう単純ではない。棄権した国が35カ国もある。これには中国、インド、南アフリカなどの大国が含まれる。
旧ソ連諸国の多くはロシアを非難する投票を行わず、南アジアのすべての大国(パキスタン、インド、バングラデシュ)も同様だ。アフリカはほぼ3分の1にあたる17カ国が棄権した。イラクは米国が20年の歳月と数兆ドルを費やして親密国にしようとした国だが、同じく棄権した。
米シンクタンク、ミーゼス研究所によると、棄権した35カ国の人口を合わせると39億人に達する。反対した5カ国(ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア)を加えると、さらに2億人が上乗せされて41億人となり、ロシアのウクライナ侵攻を非難しない国は、世界人口(77億人)の53%と半分強を占める。
もちろんこの数字は、あくまで一つの目安にすぎない。それでも、ロシアが世界で孤立に追い込まれているという先入観を見直す材料にはなるだろう。アフリカやユーラシアに広がる棄権した国々の経済圏は、決して無視できる規模ではない。
また、国連決議で米国などのロシア非難に賛同した国の中にも、米国主導の経済制裁には乗り気でない国がある。たとえばメキシコは、米国に追随して制裁を行うつもりはないと明言している。アルゼンチンも制裁に抵抗し、制裁は和平プロセスに反すると表明している。ブラジル、チリ、ウルグアイを含め、南米諸国は米国の制裁要求に同調していない。
アフリカ諸国もロシア制裁には慎重だ。これは一部の国とロシアとの軍事的な関係や、何世紀にもわたる欧州の帝国主義や植民地化に対する根強い反発が背景にあるかもしれない。
新興国は経済制裁に慎重
これを経済規模で分析すると、興味深い事実が浮かび上がる。
制裁に抵抗する国のうち、中国、インド、メキシコ、ロシア、ブラジルの5カ国だけで、世界の国内総生産(GDP)の3分の1を占める。これは米国と欧州連合(EU)の合計に匹敵する。
欧米以外の新興国が世界経済に占める規模は、以前は小さかった。たとえば1990年当時、米国とEUは40%以上を占め、中国、インド、メキシコ、ロシア、ブラジルの合計はわずか18%だった。しかしこの30年で状況は変わり、今では両陣営は対等になっている。
つまり、人口のみならず経済規模の面からも、ウクライナ紛争をめぐる世界各国の勢力は二分されている。「国際社会」がロシア非難で一致団結しているという主張は、明らかに言い過ぎであり、冷静な判断を狂わせる幻想と言っていいだろう。
経済の観点から重要なのは、ロシア非難と制裁をめぐって世界を二分する両勢力のうち、反対・慎重派の多い新興国は、今後も高い経済成長が見込まれる点だ。経済規模で米欧を抜き去る日も遠くないかもしれない。
一方、賛成派の西側先進国は、経済規模こそまだ大きいものの、成長は鈍化している。また、国によってばらつきはあり、対立陣営の中国なども無縁ではないが、積み上がった多額の政府債務も懸念要因だ。とくに最近、ロシアへの経済制裁をきっかけにエネルギーや穀物の価格が高騰し、金利への上昇圧力となっている。国債価格の急落などで政府債務の抱えるリスクは一気に表面化する恐れがある。
米欧日、制裁で経済活力そがれる恐れ
皮肉なことに、経済制裁の打撃は標的のロシアだけでなく、発動した西側自身をブーメランのように襲い、食糧危機など深刻な影響を及ぼしかねない。バイデン米大統領は24日、ブリュッセルで開いた記者会見で、「食糧不足は現実になりそうだ」と認め、「制裁の代償はロシアだけに課されるものではない。欧州諸国や米国を含め、多くの国に課される」と述べた。
制裁は経済の自由も奪っていく。林芳正外相は27日のNHK番組で、「制裁をくぐり抜ける動きに対し、どう穴をふさぐかも、これからの課題だ」と述べた。「穴をふさぐ」とは貿易などに対する規制の強化を意味する。制裁が長引くほど、日本自身の経済活力がそがれることになるだろう。
米欧日がロシア制裁によって自分の首を絞めるようだと、存在感を増す新興国に経済成長でさらに水をあけられる可能性がある。衰退の危機に直面するのは、ロシアなのか、それとも米欧日なのか。世界経済の構造変化をしっかり見定める必要がある。
*QUICK Money World(2022/3/30)に掲載。