2020-07-31

住吉雅美『あぶない法哲学』

国家という暴力団


多くの人は、国家・政府や法律に従うことは道徳的に正しいと信じている。だから法律に基づくものであれば、「自粛要請」という矛盾した日本語に疑問も抱かず、その要請に進んで従うし、従わない人を声高に罵ったりもする。


しかし、そうした考えや態度は正しくない。本書は、国家や法律をむやみにありがたがる誤った思い込みに、根底から疑問を投げかける。

著者が述べるように、法律は原則、道徳とは無関係なルールである。殺人や窃盗など両者が一致する場合もあるが、法律は人為的に作れるから、道徳とは別の目的で制定されうる。

その最たるものが、国家自身の行為に関する法律だ。一般人が行う殺人は犯罪だが、国家が行う殺人は死刑と呼ばれ合法化されている。一般人が行う強盗は犯罪だが、国家が国民を脅して税金を取ることは合法である。

国家が国民から税金を取ることが正当化されたのは、16世紀フランスの法学者ジャン・ボダンが「主権」の概念を確立させて以降のことだ。主権というと難しそうだが、著者が指摘するとおり、「要するに暴力団の縄張り支配と本質的には変わらない」。

国家と暴力団の違いは、国家の暴力が合法であるのに対し、暴力団は違法というだけだ。著者は続ける。
国家は主権者という組長に「合法的に」支配されるシマなのだ。ボダンは主権の権限として国民からの徴税権を正当化したが、それはいわば「みかじめ料」のようなものである。
なんと過激な主張だと驚くかもしれない。けれども、「国家=暴力団説」は、著者が記すとおり、別に珍奇なものではない。アウグスティヌスやマックス・ウェーバーをはじめ、神学や政治学では昔から言われていることだ。

本書は、昨今流行の無難な哲学本や教養本とは対照的に、思想の危険な魅力にあらためて気づかせてくれる。

ロスチャイルド陰謀論の化けの皮を剥ぐ…デタラメだらけの挿話を徹底検証

陰謀論には、世界を支配するという謎めいた集団や一族が登場する。そのなかでも圧倒的な知名度を誇るのは、ロスチャイルド家だろう。ユダヤ系の金融財閥であるロスチャイルドについては、その卓絶した富と力、冷徹で非情な性格を印象づけるさまざまなエピソードが陰謀論で語られる。

けれども、これらの「ロスチャイルド伝説」は果たして本当なのか。今回はその代表例とされる、ワーテルローの戦いにまつわる挿話をみてみよう。

破産しかけた過去


ワーテルロー(ウォータールー)の戦いとは、1815年6月18日、フランスのナポレオンが英国・オランダ・プロイセン連合軍に大敗し、百日天下に終止符を打たれた有名な戦いである。


多くの陰謀本によれば、当時の英国ロスチャイルド家当主、ネイサン・ロスチャイルドが、ナポレオン敗北の報せを独自の密使によっていち早く入手し、その情報を他の人々に隠し、英国債の取引で莫大な利益をあげたという。

さて、これらのエピソードは事実なのか。以下、検証しよう。

第1に、戦争の結果がロスチャイルド家にもたらした影響である。ハーバード大学教授で経済史が専門のニーアル・ファーガソンは、ロスチャイルド家は連合軍の勝利で「大儲けをするどころか、もう少しで破産するところだった」と指摘し、「彼らの財産は、ワーテルローの戦いによってではなく、この戦いにもかかわらず築かれたというほうが正しい」(『マネーの進化史』<仙名紀訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫>)と述べる。

ネイサン・ロスチャイルドは、それまでのナポレオンの戦争と同じように、今回の戦争も長引くだろうと予想していた。そしてこの読みにもとづき、ネイサンとその兄弟は、戦時中に需要が急増すると予想される金を大量に買い込んだ。まさか戦いがあっという間に終わるとは、つゆほども思わずにである。連合軍側政府への融資や軍需品の買い付けで、ネイサンは大きく儲けるつもりだった。

けれども、戦いが早々と終われば狙いは外れる。

「彼ら兄弟は、いまやだれにとっても無用の金貨の山の上にすわっているのも同然だった。そのカネが必要とされる戦争は、終わってしまったからだ。平和が訪れれば、ナポレオンに応戦した軍隊は不要になり、連合軍も解散する。したがって兵士の給料も、イギリスの盟友諸国に支給する予定だった金も支払われなくなる。戦時中に高騰した金の価格が暴落することは、目にみえていた」(ファーガソン前掲書)

戦争の期間を読み誤ったネイサンは、今や巨大で増え続ける損失に直面することになったのである。

2020-07-30

財政赤字の害悪

財政赤字は深刻な経済問題を引き起こす。お金の量を増やして埋め合わせれば、お金の価値を損なう。増税や国債でまかなえば、貴重な貯蓄を生産的な民間投資から無駄な政府事業に振り向けることになる。
Murray N. Rothbard, Making Economic Sense

財政赤字を心配するのは正しい。ところが残念なことに、多くの人は間違った解決法を提案する。増税だ。財政赤字を増税で解決しようとするのは、気管支炎の人を治すのに銃で撃つのと変わらない。そんな「治療」は病気よりはるかに害が大きい。正しい解決法は財政支出の削減だ。
Murray N. Rothbard, Making Economic Sense

パーキンソンの法則が言うとおり、政府の支出の額は収入の額に達するまで膨張する。政府は収入が増えても、それ以上に支出を増やし、結局、財政赤字の比率は元のままにとどまる。
Murray N. Rothbard, Making Economic Sense

コンピューターメーカーは製品の値下がりにもかかわらず成功している。生産コストが下がり、生産性が向上しているからだ。それどころか、コストと価格の下落のおかげで、大衆消費者を取り込み、ダイナミックな成長ができた。「デフレ」はこの業界に何の危害も及ぼしていない。
Murray N. Rothbard, Making Economic Sense

Ludwig von Mises Institute
発売日 : 2011-07-14

9・11米同時多発テロ、真相知る民間人が次々と不審死か…米政府の自作自演説も根強く

2001年9月11日に米国内で発生した同時多発テロ事件から16年。この事件については米政府の「9・11委員会」が発生から3年後の2004年に公式の調査報告書を発表したものの、その内容に納得できないとして真相究明を求める声が今なお多い。

公式見解に対する異論は多岐にわたり、それに対する反論もあって議論が非常に複雑である。異論のほんの一部を挙げれば、以下のようなものがある。

  • 世界貿易センタービル(ツインタワーの北棟、南棟、7号棟など)の崩壊は航空機の衝突とそれに伴う火災ではなく、人為的な爆破によるとの説
  • 国防総省(通称ペンタゴン)に突入した飛行物体は旅客機ではなくミサイルとの説
  • テロを米政府があらかじめ知っていたが無視したとの説、あるいは政府による自作自演との説

これらの説を念頭に置いてもらったうえで、9・11テロに関するある事実を紹介したい。テロで命を落とした人々のほかに、公式見解に疑義を唱えた人や真相究明の鍵を握っていたとみられる人が多く不審な死を遂げていることである。


以下、おもな不審死を時系列で記す。

プラサナ・カラハスティさん(Prasanna Kalahasthi)は南カリフォルニア大学で歯科医の勉強をする女子学生だった。9・11テロから1カ月後の01年10月19日、ロサンゼルスのアパートで死亡する。自殺とされる。まだ25歳の若さだった。
 
プラサナさんはある男性と結婚していた。ペンディアラ・バミシクリシュナ氏。同氏は世界貿易センター北棟に突っ込んだアメリカン航空11便の乗客の1人とされるが、元々の乗客名簿には名前がなく、その後、互いに矛盾する2組の非公式名簿に現れた謎の人物である。

キャサリン・スミスさん(Katherine Smith)はテネシー州車両管理局の職員で、アラブ人の不法入国者に運転免許証を売った罪に問われた。裁判所に出廷する前日の02年2月10日、電柱に突っ込み炎に包まれた自家用車の中で、死亡しているのが見つかる。

キャサリンさんの着衣からはガソリンが発見された。米連邦捜査局(FBI)の調べによると、発火は可燃性物質によるもので、死因は衝突による火災ではなかった。不法入国者のひとりには世界貿易センターの入館許可証が発行されており、テロとなんらかの関係があるとみられている。

2020-07-29

交通事故死の犯人

道路における多数の交通事故死に責任があるのは、政府である。道路網を建設し、運営し、管理し、修繕し、計画するのはすべて政府なのだから。
Walter Block, The Privatization of Roads and Highways: Human and Economic Factors

政府が交通事故に対する責任を免れるのは、たいていの人が交通事故を飲酒、スピード違反、不注意、車の不具合など、政府の誤った道路運営以外のせいにするからだ。
Walter Block, The Privatization of Roads and Highways: Human and Economic Factors

政府による道路の誤った運営に人々が無関心なのは、単にそれに代わるやり方に気づいていないからだ。ちょうど火山に対し誰も反対・抗議しないのと同じように、政府の道路管理は人には制御不能と信じ込み、ほとんど誰も反対しないのだ。
Walter Block, The Privatization of Roads and Highways: Human and Economic Factors

民間の道路会社ができれば、航空会社と同じように、道路の安全を確保するため規則と運用を整備できる。運転者、車両、道路に影響を及ぼすことができる。欠陥車を禁止するのに、政府の官僚より機敏に対応できる。
Walter Block, The Privatization of Roads and Highways: Human and Economic Factors

ロシアゲートは、トランプ大統領追放クーデターの可能性…国家とメディアの陰謀

前回の本連載でも述べたとおり、トランプ米大統領周辺がロシアと不透明な関係にあるという真偽不明の「疑惑」は、「ロシアゲート」と呼ばれる。1970年代にニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件になぞらえたものだ。

しかし、このウォーターゲート事件自体、発生から45年たった今でも大きな「謎」に包まれていることは、日本ではあまり知られていない。真相を探ると、現代にも通じる権力とマスコミの不都合な関係が垣間見える。

著者 :
ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日 :

1972年、ニクソン大統領の共和党の再選支持派が、ワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会本部に盗聴器を仕掛けるため侵入、逮捕された。ホワイトハウスは関与を否定したが、ワシントン・ポスト紙が調査報道で追及。もみ消し工作も明らかになり、ニクソン氏は74年辞任した(朝日新聞「キーワード」より)。これが事件の一般的な説明だ。

事件を追ったワシントン・ポストの若い2人の記者、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは報道の経緯を共著『大統領の陰謀』にまとめ、1974年に出版。ベストセラーとなった。76年には映画化され、世界中でヒットする。今でもブルーレイ・ディスクなどで見ることができ、原作より映画で事件のイメージをつくり上げている人も多いだろう。両記者は一躍英雄となった。とくにウッドワードはその後も米国政治をテーマとする著作を次々と発表し、ジャーナリストの神様のように崇められている。

2020-07-28

価値は主観的

古典派経済学は、物の価値は客観的だという理論に基づき、お金とは客観的価値を測る物差しだと考えた。現代の経済学は、物の価値は主観的だという理論に基づき、価値の源泉は行動する個人の心にあると考える。価値とは、ある個人によって特定の商品に与えられる重要性なのだ。
Robert P. Murphy, Study Guide to the Theory of Money and Credit

自発的な取引を行う双方はそれぞれ、自分の価値の序列が低い物を手放し、序列が高い物を手に入れる。互いに得になる取引がなくなるまで、交換は続く。個人の主観的な価値判断によって、客観的な交換比率、すなわち価格が左右される。
Robert P. Murphy, Study Guide to the Theory of Money and Credit

現代の経済学によれば、価値とは物理的な物自体に備わっているのではなく、主観的な選好によって物理的な物に与えられる属性である。価値とは、個人によって特定の商品に与えられる重要性である。個人はその商品を使って、より大きな満足を得る方法を考えることができる。
Robert P. Murphy, Study Guide to the Theory of Money and Credit

自発的な取引を行う双方はそれぞれ、自分の価値の序列が低い物を手放し、高い物を手に入れる。同じ物の価値が人によって高くなったり低くなったりするのは一見矛盾だが、何もおかしくはない。価値とは見る人の目に映るものだからだ。言い換えれば、価値は主観的だからだ。
Robert P. Murphy, Study Guide to the Theory of Money and Credit

米トランプとロシアの疑惑の関係、存在しなかった可能性…CIAによる捏造工作との見方

ドナルド・トランプ米大統領周辺がロシアと不透明な関係にあるという「疑惑」が、米メディアによって盛んに報じられている。1970年代にニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件になぞらえて、「ロシアゲート」とも呼ばれる。しかし、これらの報道は信頼性に乏しく、むしろ「疑惑」を主張する側に危険な意図があるとの見方が強まっている。

ロシアゲートの発端は、トランプ(共和党)、ヒラリー・クリントン(民主党)の両候補が争った米大統領選中の昨年夏、民主党全国委員会へのサイバー攻撃が発覚し、同委幹部らのメールが流出した事件。同12月9日、ワシントン・ポスト紙は米中央情報局(CIA)の秘密報告書を引用し、サイバー攻撃はロシア政府機関のハッカー集団によるもので、クリントン氏の当選を妨害し、トランプ氏の勝利を支援するものだったと報じた。


このほか、「トランプ陣営関係者がロシア政府による選挙干渉を支援」「ロシア側と対ロ制裁について秘密裏に協議」「ロシア絡みで不透明なカネの流れ」といった「疑惑」が相次ぎ浮上。今年5月に米連邦捜査局(FBI)のコミー長官を突如解任したトランプ氏の司法妨害疑惑も加わった。

米主流メディアはこれらの「疑惑」について繰り返し報道してきた。しかしワシントン・ポストによる最初の報道から半年以上が過ぎた今でも、「疑惑」を裏づける証拠は判明していない。

2020-07-27

ピケティのナンセンス

自由と平等は論理的に両立できない。人々に自由を与えれば、一部の人々は自由を使って物質的に豊かになり、他の人々はそうならない。このジレンマを解決するために暴力で平等を強いれば、自由は守れないだろう。
Hunter Lewis, Economics in Three Lessons and One Hundred Economics Laws

仏経済学者ピケティによれば、金持ちによる投資の収益は必ず一般の人々の収入の伸びを上回るという。これはナンセンスだ。もし本当なら、過去数千年のうちに金持ちは現在の世界の資産の数倍を手にしているはずだ。
Hunter Lewis, Economics in Three Lessons and One Hundred Economics Laws

仏経済学者ピケティが提案するように資産課税を強化すれば、資産家は多くの株式、債券、不動産を売却しなければならない。それらの市場価格は急落するだろう。その結果、課税できる資産の額が小さくなるうえ、企業は投資を控え、従業員の大量解雇につながるだろう。
Hunter Lewis, Economics in Three Lessons and One Hundred Economics Laws

社会主義は、社会の全員を貧しくすることによって、平等な収入をもたらすと言われる。しかし実際には、国民のほとんどが貧しくなっても、支配者層はつねに一般国民より多額の収入を手にする。
Hunter Lewis, Economics in Three Lessons and One Hundred Economics Laws

トランプと敵対の「正義の味方」FBIの正体…無実の国民を監視・逮捕・大量殺傷

昨年の米大統領選にロシアが介入した疑惑をめぐり、捜査にあたる米連邦捜査局(FBI)が注目を浴びている。トランプ大統領は5月9日、同局のジェームズ・コミー長官を突然解任。これに対し同長官は6月8日、上院情報委員会の公聴会で宣誓証言し、「トランプ政権が自分とFBIについて嘘をついた」(ワシントン・ポスト紙)などと述べた。

コミー前長官の言い分に対し、米大手メディアは大半がコミー氏に好意的で、トランプ大統領を批判している。日本の大手メディアの論調も、米メディアをなぞったようなものばかりである。


けれども、一方的な論調には違和感がある。たとえばメディアはトランプ氏の「嘘」を強調するが、これは文脈を無視している。コミー氏が言う「嘘」とは、トランプ氏が自分を解任した理由である。トランプ政権は解任の際、FBIは混乱状態に陥り、コミー氏の指導力に対する信頼も失われたからと説明した。これに対しコミー氏は公聴会で「あれは真っ赤な嘘だった。FBIの職員があんな言葉を聞かされたことは残念だ。国民にそうした説明が行われたことも残念に思う」と強調した。

だが、これは読めばわかるとおり、政権側の説明を侮辱と受け取り、それを感情的に否定したにすぎない。本人が「嘘」と言いたくなる気持ちはわかるが、メディアがその言葉だけをことさら強調するのは、トランプ氏は嘘つきだという印象を広めたいからだと思われても仕方あるまい。

それでも読者の多くは、メディアのコミー氏支持を素直に信じているようだ。その背景には、捜査機関であるFBIに対する信頼感があるとみられる。FBIは昔からテレビドラマなどで、有能で正義感にあふれ、政治的な腐敗とは無縁の存在として描かれてきた。

2020-07-26

世界を動かしたロックフェラーの「陰謀の真実」…戦争や軍事クーデターで巨万の利益

米ロックフェラー家の当主で世界有数の大富豪、デビッド・ロックフェラー氏が3月、心不全のため101歳で死去した。

主要メディアが訃報で伝えたデビッド氏の経歴はおおむね次のようなものだ。石油業で巨富を成したロックフェラー家の3代目で、チェース・マンハッタン銀行の頭取を務めた。有力シンクタンク外交問題評議会(CFR)の理事長となり、日米欧の民間有識者による政策協議グループ「三極委員会」を創設する。親日家で慈善家としても知られた――。


これらの記述に誤りはない。問題は書かれていないことにある。デビッド氏は政府の公職には一度も就かなかったが、米国の政治、特に外交政策に対して強い影響力を及ぼす影の実力者だった。おもなエピソードを3つだけ紹介しよう。

2020-07-25

CIA、米主要メディアと強固な協力関係…偽ニュース流布で軍事介入、職員が記者活動も

トランプ米政権と報道機関が対立を深めている。トランプ大統領は匿名の情報源に基づく報道を「偽ニュース」と批判。偽ニュースを流したという報道機関を取材の場から締め出し、対決姿勢をあらわにした。

これに対し報道機関は「報道統制」「政権が望まない報道をしたことに対する報復」などと反発している。一応もっともではあるが、素直にうなずけない。


政府に取材できたからといって、正しい報道になるとは限らない。政府との親密な関係によって、かえって真実が歪められてしまうかもしれないからだ。いや実際、そのような政府と報道機関の不健全な関係は過去にもあった。

その代表例は「モッキンバード作戦」である。

モッキンバード作戦とは、米中央情報局(CIA)が報道の操作を図った秘密工作である。冷戦期の1950年代に始められた。米国の主要ジャーナリストを誘い入れ、政治や外交などに関するCIAの見解を広める手助けをさせた。

作戦を主導したCIA幹部はアレン・ダレス長官、フランク・ウィズナー工作本部長、コード・メイヤー(ワシントン・ポスト紙編集主幹ベン・ブラッドリーの義兄)らである。ウィズナーはワシントン・ポスト紙発行人のフィル・グラハムを協力者に引き入れたほか、50年代初めにはニューヨーク・タイムズ紙、ニューズウィーク誌、大手放送局CBSなどの経営者やジャーナリストの協力を取りつけたとされる。

77年10月、ウォーターゲート事件報道で知られる元ワシントン・ポスト紙記者カール・バーンスタインは、ローリング・ストーン誌に衝撃的な記事を寄稿した。それによると、52年以来、ピュリッツァー賞受賞記者を含む総勢400人ものジャーナリストがCIAのために働いていたという。

バーンスタインは「CIAとメディア」と題するこの記事で、CIAに協力したとされる報道関係者を実名で列挙した。それにはウィリアム・ペイリー(CBS創業者)、ヘンリー・ルース(タイム誌・ライフ誌創刊者)、アーサー・サルツバーガー(ニューヨーク・タイムズ紙発行人)などの大物が含まれていた。彼らはダレスCIA長官の親しい友人でもあった。

CIAはこうした大物や、第二次世界大戦中に政府の情報機関である戦争情報局にいたジャーナリスト、大戦中に政府の広報に携わった職員らを通じ、海外情勢や各国指導者に関する情報を意図的にリークした。情報を小さな新聞社に流し、CIAに協力的なメディアを通じて次第に広げさせる手法もとった。

2020-07-24

白井聡『武器としての「資本論」』

使い物にならない武器


著者の白井聡氏は、マルクスの『資本論』を「人々がこの世の中を生きのびるための武器として配りたい」と述べる。しかし、間違った設計図に基づいて作った銃が使い物にならないように、間違った経済理論に基づく『資本論』は知的な武器にはなりえない。

著者 : 白井聡
東洋経済新報社
発売日 : 2020-04-10

『資本論』によれば、資本制社会では「等価交換」が原則となっているという。この考えによれば、AさんがBさんにリンゴ1個をあげ、代わりにオレンジ1個をもらったとしたら、リンゴ1個とオレンジ1個の価値は同じということになる。

けれども、よく考えてほしい。もしリンゴとオレンジの価値が同じなら、なぜわざわざ交換をする必要があるのだろうか。せっかくリンゴを手放して得たオレンジが、もともと持っていたリンゴと同じ価値しかなければ、そもそも交換を行う意味はない。

交換が起きるのは、Aさんはリンゴよりもオレンジの価値が大きいと考え、Bさんはオレンジよりもリンゴの価値が大きいと考えるからだ。つまり、物の価値とは、誰が見ても変わらない客観的なものではなく、見る人によって異なる主観的なものなのだ。

現代の経済学では、物の価値が主観的であるというのは常識だ。これに対し『資本論』は、物の価値は客観的だという間違った前提に基づいている。だから、そこから導かれる結論のすべてが間違っている。たとえば、資本家が労働者を搾取するというのは誤りだ。労働者を搾取するのは、税金や社会保険料を奪う政府だ。

論理破綻した書物は理解できない。解説する白井氏も「読んでいてよくわからなくなるのです」「何度読んでも頭がこんがらがってきます」と四苦八苦している。今の政治や社会のあり方に白井氏が感じる怒りには共感するものがあるけれども、『資本論』やマルクスは、それと闘う武器にはならない。

2020-07-23

行為の目的

行為する人間は、選択し、決定し、目的を達成しようとする。同時に二つのものを選べない時、一方を選んで他方をあきらめる。だから行為は、つねに取捨選択を伴う。
Ludwig von Mises, Human Action

人間に行為をさせる誘因は、つねに何らかの不安である。自分の状態にまったく満足なら、物事を変えようという誘因はないだろう。希望も願望もなく、まったく幸福だろう。行為せず、何の悩みもなく生きるだろう。
Ludwig von Mises, Human Action

行為をするためには、不安で、満足な状態を想像できるだけでは十分でない。行動には不安感を除くか、少なくとも軽減する力があると予想できなければならない。この条件が欠ければ、どんな行為も不可能である。人間は必然に従うほかはなく、宿命に屈しなければならない。
Ludwig von Mises, Human Action

人間行為の究極目標は、欲望の満足だ。満足の大小は、各個人の価値判断以外に基準はなく、人によって異なり、同じ人でも時によって異なる。何が不安を感じさせ、軽減させるかは、その人自身の意思と判断で決まる。どうすれば他人を一層幸福にできるかわかる人は、誰もいない。
Ludwig von Mises, Human Action

デフレって本当に良くないの?


  • 製品価格が下がっても販売数量が増えれば売り上げは減らない
  • 経済が急成長した19世紀後半の英米はデフレだった
  • デフレ対策の金融緩和は副作用が大きく見直し必要

総務省が19日発表した5月の全国消費者物価指数(2015年=100)は、生鮮食品を除く総合指数が101.6と前年同月比0.2%下落した。3年4カ月ぶりに下落した4月に続き、下落は2カ月連続だ。新型コロナウイルスの感染拡大を背景に原油安が進行し、ガソリンや電気代などエネルギー関連の値下がりが続いている。

素朴な庶民感覚からすると、ガソリンや電気に限らず、物価が下がるのはうれしい。ところがそれは間違いだと、政府や中央銀行の偉い人たちは言う。デフレだからだ。


多くのモノやサービスの価格が下がり続けることをデフレと呼ぶ。日本政府は2001年3月、日本経済が「緩やかなデフレ」状態であると認めた。それから19年間、日銀はさまざまな手法で大幅な金融緩和を行い、対策を講じてきたが、デフレからの明確な脱却はできていない。日本に続き、米欧でもデフレへの懸念から金融緩和に舵を切ってきた。

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、デフレが悪化するのではと心配する声も聞かれる。けれども、ここであえて考えてみたい。デフレが経済にとって悪いというのは本当だろうか。

米国、強制不妊手術の優生保護政策を国を挙げて発展させた「暗黒の歴史」

旧優生保護法に基づく強制不妊手術の実態が明らかにされ、問題となっている。

きっかけは今年1月、不妊手術を強制された宮城県の女性が、国を相手に損害賠償を求める初の訴訟を仙台地裁に起こしたことだ。5月には東京、宮城、北海道に住むいずれも70代の男女3人が東京、仙台、札幌の各地裁に提訴。厚生労働省は救済に向けた実態調査を始め、全国の都道府県・市区町村に調査書を配布した。

優生保護法は「不良な子孫の出生を防止」などを目的に、終戦後まもない1948年に施行された。遺伝性の疾患や精神障害、知的障害などと診断され、都道府県の審査会で「適当」とされた場合、本人の同意がなくても不妊手術ができた。1996年に母体保護法に改正されるまで、全国で少なくとも男女1万6475人が不妊手術を強いられたとされる。


マスメディアでも報じられるように、優生保護法の前身は戦時中の1940年に制定された国民優生法で、国民優生法はナチスドイツの断種法(1933年)をモデルとした。このことから、優生保護法とはナチスの人種差別的・軍国主義的な思想が生んだものと思い込む人も少なくないだろう。

しかし、それは正しくない。ナチスの断種法にはさらにルーツがある。20世紀初めの米国である。

人類の遺伝的素質を向上させ、劣悪な遺伝的素質を排除することを目的とした優生学は、19世紀後半、英国の人類学者フランシス・ゴルトンによって提唱された。ゴルトンは進化論で有名なチャールズ・ダーウィンのいとこにあたる。

20世紀に入る頃、優生学は米国に伝わる。当時の米国社会は、急増する移民や農村から都市への人口流入により不安定化していた。こうした社会の変化に脅威を感じたのは、白人の支配層である。変わりゆく国をなんとか自分たちの権益を守るかたちで制御したいという彼らの意向と、新興の学問だった遺伝学とが結びつき、現在の科学的知見からは考えられないような優生保護政策が実践されるに至る。

2020-07-22

社会と国家は別物

社会は、商品・サービスの自発的な交換によって織りなされる。税を強制的に搾取する国家とは、同じどころかまったくの水と油だ。
Murray Rothbard, David Gordon, Edward Fuller, Rothbard A to Z

国家と市場を区別するポイントはこうだ。市場を通じた行動では、すべての関係者が利益を得る。一方、国家を通じた行動では、ある集団の利益は他の集団の犠牲によってしか得られない。
Murray Rothbard, David Gordon, Edward Fuller, Rothbard A to Z

政府の基本方針のひとつは、政府自身を政府が支配する領域と同一視させることだ。たいていの人は故国を愛するから、故国と政府が同じだと思い込ませれば、自然な愛国心を政府のために利用できる。
Murray Rothbard, David Gordon, Edward Fuller, Rothbard A to Z

政府はたしかに、多くの重要不可欠な役割を果たしている。しかしだからといって、政府だけがそうした役割を果たせるとか、うまくやれるとかいうことにはならない。
Murray Rothbard, David Gordon, Edward Fuller, Rothbard A to Z

フェイクニュース規制は、フェイクニュース以上に危険だ…政府は国民の言論統制に利用

米フェイスブックにフェイク(偽)ニュースが蔓延したとされる問題をきっかけに、SNS(交流サイト)上の偽ニュースに対する規制論が強まっている。

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は4月10~11日に開かれた米議会公聴会で、個人情報流出に加え、偽ニュースの蔓延について謝罪。人工知能(AI)などを使った対策の強化を説明した。政治的広告に対する規制強化の動きには「なんらかの規制は避けられない」と受け入れる姿勢を示した。


しかし、もし規制強化が実現したら、一番痛手を被るのはフェイスブックではなく、そのシェアを奪おうとする新興SNSや独立系ニュースサイトだろう。ザッカーバーグ氏自身が指摘したとおり、小規模な会社は資本力が弱く、規制の負担に耐えきれないからだ。規制強化はフェイスブックなどSNS大手の市場支配をむしろ強めることになる。

それ以上に気がかりなのは、偽ニュースの規制が言論・報道の自由の抑圧につながる恐れだ。

ザッカーバーグ氏はAIで偽ニュースを見分けるというが、実際にはそう簡単ではない。日本経済新聞によれば、同社のAI開発責任者、アレクサンドル・ルブリュン氏は「AIは学習して不適切かどうかを判断するため、新手の投稿には対処できない」と述べる。

そのうえ、AIによる判断にはある種の危うさがつきまとう。2016年の米大統領選後、米カーネギーメロン大学のコンピューター科学者、ディーン・ポマロー氏は「フェイクニュース・チャレンジ」というプロジェクトを立ち上げ、ニュースの真偽を見分ける手法を公募。17年6月までに世界各地の80チームが参加し、優秀だった上位3チームには合計2000ドル(約21万円)の賞金が与えられた。

問題はニュースの真偽を見分ける方法だ。ニューヨーク・タイムズの記事によれば、各チームは「検証された記事のデータベース」を基にAIで判定するという。「検証された記事」とは常識で考えれば、大手新聞、雑誌、テレビなど主流メディアの報道だろう。

もしそうだとすれば、真偽の判定は不安が残るといわざるをえない。主流メディアの報道はいつも正しいどころか、大きな誤りを犯す場合が少なくないからだ。

米政府は2003年のイラク戦争で、イラクが大量破壊兵器を保有していると主張し、安保理決議のないまま、攻撃を開始。だが、開戦の理由とした大量破壊兵器は最終的に見つからなかった。当時、米欧の主流メディアは政府の言い分を無批判に垂れ流し、不正な戦争に加担した。

2020-07-21

危機と政府

政府はなくてはならない。政府だけが物事を首尾よくやれる。政府がなければ、外国の攻撃から身を守れず、国内の秩序を保てず、私有財産の定義も保護もできない——。そう言われる。残念ながら、政府が私たちを守れるほど強ければ、その力で私たちを押しつぶすかもしれない。
Robert Higgs, Crisis and Leviathan: Critical Episodes in the Growth of American Government

政府は巨大な非人間的物体ではない。政府を人間離れした存在だと思い込むと、その本質と行動を誤解してしまう。現実の政府は、政府以外の人々から支えられなければ、少なくとも許容されなければ、存続できない。支配する側と支配される側との間を絶えず行き来する人々もいる。
Robert Higgs, Crisis and Leviathan: Critical Episodes in the Growth of American Government

経済が複雑になったからといって、経済問題をうまく調整するのに政府の指示拡大が必要とは言えない。スミスやハイエクら多くの経済学者によれば、社会・経済を最もうまく調整できるのは、自由な市場だ。市場だけが、絶えず変化する消費者と生産者のシグナルに反応できる。
Robert Higgs, Crisis and Leviathan: Critical Episodes in the Growth of American Government

米国史上、重要な危機には2種類ある。戦争と経済恐慌だ。戦争が起こると、政府の軍事活動に伴う需要が急増する。市場による資源の配置に代わり、税が引き上げられ、財政支出が増え、残った民間経済への規制が強化される。戦争が拡大し長引くほど、市場経済が強く抑圧される。
Robert Higgs, Crisis and Leviathan: Critical Episodes in the Growth of American Government

米国、トランプ保護主義政策の「不吉な末路」…「世界大恐慌」の歴史的検証より予想

トランプ米政権は3月23日、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発動した。それぞれ25%、10%の追加関税を課す。主な輸入相手である欧州連合(EU)やカナダなど7カ国・地域は関税の適用を一時的に猶予する一方、日本や中国には適用する。

これを受け、同日の米株式相場はダウ工業株30種平均がほぼ4カ月ぶりの安値に下落。中国が米国製品への関税引き上げ計画を準備していると発表し、株式市場に米中貿易戦争への懸念が強まった。


この展開は不吉な連想を誘う。1929年から30年代に世界を襲った大恐慌の前夜にも、米国の保護主義的な貿易政策に対し株式相場が神経質に反応する時期があったからだ。今後を占う参考とするため、当時を振り返ってみよう。

2020-07-20

憲法の限界

憲法がつくった政府は、自身の権力を審査する。立法、行政、司法の三権分立は理屈上、互いに抑制し合うとされる。問題は、憲法問題の最終判定者である最高裁判所自身、政府の一部である点だ。政府と国民の争いで、最高裁が政府を敗訴させることはありそうにない。
Llewellyn Rockwell, Against the State: An Anarcho-Capitalist Manifesto

自決権が意味するのはこうだ。特定の地域の住民が、自由に実施された住民投票により、現在属する国家を離れ、独立国家をつくるか、他の国への併合を望むかしたら、その意思は尊重・実現されなければならない。これは革命や内戦、戦争を防ぐ実現可能で効果的な唯一の方法だ。
Llewellyn Rockwell, Against the State: An Anarcho-Capitalist Manifesto

今や大半の人が受け入れているのは、政府に適用される道徳規則は一般人と異なるとか、政府は伝統的な道徳を超えるとかいった主張だ。政府が自身の存続のために使う手段は、民間の企業や個人に許される手段とは異なっても構わない。人はそれを当然のこととして受け入れている。
Llewellyn Rockwell, Against the State: An Anarcho-Capitalist Manifesto

民主主義の政府は、選挙に負けることを恐れて権力の濫用を控えるといわれる。実際にはそうはならない。権力者は票を獲得するために、貧困層に過剰な福祉を約束する。コストを払う富裕層は不満でも、貧困層より人数が少ないので政府を倒せない。略奪は妨げられず、政府は潤う。
Llewellyn Rockwell, Against the State: An Anarcho-Capitalist Manifesto

「男女の経済格差は存在しない」論者が、公開討論で圧勝してしまった事件

男女間の経済的な格差はしばしば問題視される。賃金の格差、企業内における地位の格差などだ。厚生労働省の調査(2016年)によると、フルタイムで働く女性の平均賃金は男性の賃金の73%。縮小傾向にはあるものの、欧州各国などと比べると格差はなお大きいとされる。

左翼知識人や過激なフェミニストは、男女間の経済格差は、家庭や学校での性差別的な教育や、資本主義の仕組みに原因があると批判する。フランスの作家、ボーボワールの「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」という言葉は、そうした見方をよく表す。


けれどもこうしたイデオロギー的な見方に対しては、近年活発な脳科学や進化心理学の研究に基づき、異論が唱えられている。男性と女性の脳組織には顕著な違いがあり、興味や関心、知能や感情などさまざまな面に影響を及ぼすのだ。

こうした科学的事実の指摘は、今なお一種のタブーだ。ベストセラーになった橘玲氏の著書『言ってはいけない』(新潮新書)によれば、米ニューヨーク・タイムズの女性記者は、社会的成功を手にした高学歴の女性たちが自らの意思で続々と家庭に戻っていく現象について「男と女は生まれながらにしてちがっている」と記事で述べ、女性差別を正当化するものとして反響を巻き起こした。

欧米でも大学やメディアは左翼の支配力が今でも強く、その価値観に反する発言はしにくいのが実情だ。ところが最近、公の場で男女格差をはじめとするタブーに正面から挑戦し、脚光を浴びる知識人がいる。カナダの心理学者、ジョーダン・ピーターソン氏だ。

2020-07-19

銀行の「錬金術」が金融危機をもたらす…リスクは一般庶民に転嫁されている

2018年は世界的な金融危機を引き起こしたリーマン・ショックから数えて10年目に当たる。当時は米欧の大手銀行数行が破綻や経営危機に陥り、国際金融システムが崩壊する危機に瀕したばかりか、大恐慌の再来まで危ぶまれた。現在、危機は脱したようにみえる。しかし、金融危機の原因を私たちは本当に理解しているだろうか。

リーマン・ショックで08年9月に倒産したリーマン・ブラザーズは米大手証券会社。しかし当時はそれ以外に、庶民が日ごろ利用する銀行でも預金引き出しが殺到する取り付け騒ぎが起こり、破綻に追い込まれている。


米インディマック・バンコープは住宅ローンを広く取り扱っていた地方銀行で、サブプライムローン(信用度の低い個人向けの住宅融資)問題の影響から経営が悪化。08年6月に取り付け騒ぎに見舞われ、7月に破綻した。英中堅銀行ノーザン・ロックも前年の07年9月、店頭やインターネット口座に預金者が殺到し、08年2月に国有化される(12年に英ヴァージン・グループが買収)。

およそ10年後の現在、主要国は好景気を謳歌して株価は高騰し、金融危機はすっかり影を潜めたかに見える。しかし、私たちは危機の本質を本当にわかっているのだろうか。

2020-07-18

安倍政権の賃上げ圧力は、大量失業を招く

政府が企業に対し、賃上げの圧力を強めている。報道によれば、特定の条件を満たした大企業に適用している法人税優遇措置について、賃上げが不十分な場合に停止し、実質的に増税する方向で与党と調整に入ったという。

しかし政治の力で無理に賃金を引き上げると、労働コストの上昇を受けて企業が雇用に慎重になり、労働者は職を得るチャンスが小さくなってしまう。悪くすると、多数の失業者が生じかねない。

政府による賃上げ圧力は経済史上、最悪の事態の一因となったことがある。有名な大恐慌だ。


大恐慌当時、米国の失業率が25%にも達したことはよく知られる。この原因について、当時のハーバート・フーバー大統領が自由放任主義者で、必要な不況対策を何も打たなかったからとよく説明される。しかし昨年10月24日の本連載記事『政府の経済政策で経済悪化いう事実』でも指摘したように、近年、事実は逆であることがわかってきた。

フーバー政権は実際には、さまざまな不況対策を講じた。そしてそれが逆効果となり、経済の自律的な回復を妨げてしまったのである。そうした政策の1つが、賃金決定に対する政府の介入だった。

大恐慌の発端となったニューヨーク株暴落から1カ月後の1929年11月21日、フーバー大統領はホワイトハウスに自動車王ヘンリー・フォードをはじめとする米産業界の大物たちを集め、次のような「過激な提案」を行った。

「賃金は現状を維持しなければならない。(略)産業界は状況を『緩和する』のを支援すべきである。苦しい企業は最悪でも労働時間を削減して雇用を共有してほしい。しかし、一般的な方向は高賃金を維持しつつ雇用を押し上げることにある」(『アメリカ大恐慌・上巻』<アミティ・シュレーズ著/田村勝省訳/NTT出版>)

強制ではなかったが、大統領の要請を受け、会議に出席した経営者らは賃下げをしないと誓い、全米の経営者に同調を呼びかけた。なかでもヘンリー・フォードは、労働者が自分たちのつくった製品を購入するのに十分な賃金を払わなければならないという持論に基づき、勇敢にも賃上げを表明した。

フーバーの介入に喜んだのは労働組合である。当時の労組は弱体で、組織率は労働者の7%にすぎず、業界全体に最低賃金を強制する力がなかった。そこへ政府が組合の代わりに、最低賃金を事実上強制してくれたのである。

1930年10月、米労働総同盟(AFL)は年次総会にフーバーを招き、ウィリアム・グリーン議長が「(大統領は)偉大な影響力を発揮され、賃金水準を維持し、下落を防ぐことに貢献されました」とその政策をほめそやした。

2020-07-17

恐怖の利用

恐怖とは人間の状態の一部である。思考と行動に影響を及ぼし、駆り立てる。その不合理な感情によって、普段は知的な人々が論理と知恵を捨て去ってしまう。英思想家バークが述べたように、恐怖という感情ほど、精神から行動力と思考力をみごとに奪い去るものはない。
Connor Boyack, Feardom: How Politicians Exploit Your Emotions and What You Can Do to Stop Them

昔から専制君主や独裁者は恐怖を研究し、目的追求に役立ててきた。政治運動は恐怖の上に築かれる。政治宣伝は恐怖なしにはうまくいかない。中央集権化は恐怖の自然な延長である。米建国の父ジョン・アダムズは、恐怖とは多くの政府の基礎だと述べたが、それは誇張ではない。
Connor Boyack, Feardom: How Politicians Exploit Your Emotions and What You Can Do to Stop Them

ラーム・エマニュエル(現シカゴ市長)は大統領首席補佐官当時、「危機を無駄にしたくはない。普段は避けるような重要なことを行うチャンスだ」と述べた。危機は未知と未来に対する恐怖を生む。政治は危機を利用し、いつもなら国民が拒否するような政策を推し進める。
Connor Boyack, Feardom: How Politicians Exploit Your Emotions and What You Can Do to Stop Them

恐怖は万人に共通で、権力を求める政治家や官僚にしばしば利用される。恐怖が政治上の世論や対応に影響することを許せば許すほど、恐怖の状態を利用して支配権を握ろうとする人々の力をその分、強めることになる。新たな危機が支配階級に利用されるたびに、自由は衰えていく。
Connor Boyack, Feardom: How Politicians Exploit Your Emotions and What You Can Do to Stop Them

ノーベル賞で脚光の行動経済学は、政府権力と人々を誤った方向に導く危険

2017年のノーベル経済学賞に10月9日、米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が選ばれた。同教授は行動経済学の研究で有名である。しかし最近ブームになっているこの学問は、注意しないと政府権力に都合よく利用されてしまう危険をはらんでいる。

同賞を選考するスウェーデン王立科学アカデミーはセイラー氏について「人は完全に合理的には行動せず、社会的な公平性を認識して選択する」ことを明らかにしたと評価した。ここでも述べられたように、行動経済学の特徴は「人は完全に合理的には行動しない」と強調するところにある。

しかし、ここには少なくとも2つの問題がある。


1つは、行動経済学が「不合理」とみなす人の行動は、本当に不合理なのかという点である。たとえば、行動経済学で人の不合理さを示す証拠としてよく挙げられる例に「リンダ問題」がある。次のような問題だ。

リンダという女性がいます。彼女は独身で聡明、率直にものを言う性格。大学では哲学を専攻し、人種差別や民族差別などの社会問題に深くかかわっていました。さて、より可能性が高いのは次のどちらでしょうか?

(A)リンダは銀行の窓口係である。
(B)リンダは銀行の窓口係であり、フェミニズム運動の活動家である。

実験してみると、多くの人はBと答える。しかしそれはおかしいと行動経済学者は言う。BはAの部分集合なので、Bの確率がAより高いことはありえない。「銀行の窓口係であり、フェミニズム運動の活動家」よりも「銀行の窓口係」のほうが必ず多い。だから正しい答えはAである。

なぜこのように単純な間違いをしてしまうのか。行動経済学者によれば、それはリンダの説明文が、人々が持つフェミニズム運動家のイメージにぴったりと一致するからである。

このように、ある特徴を過大評価してしまう思考の癖を、リンダ問題を考案した心理学者で行動経済学の先達、ダニエル・カーネマン(2002年ノーベル経済学賞授賞)は代表性ヒューリスティック(検索容易性)と呼ぶ。カーネマンは、人は個人的な経験則に認知や思考が引っ張られがちになると強調する。それだけ人は不合理というわけだ。

しかし、そう決めつけることに対しては、同じ心理学者から批判がある。英心理学者のポール・グライスは、言葉には文字どおりの意味だけでなく、言外の含みがあるとして、リンダ問題を次のように批判する。

問題を読んだ人々が、リンダの人格に関する情報は回答に関係あるから書かれていると考えるのは自然なことだ。いきおい、問題にある「可能性」の定義を厳密な数学的定義とは違うものだと推量する。なぜなら、数学的に答えたら、人格の情報が無意味になってしまうからだ。

グライスのこの意見には説得力がある。だとすれば、人々が「可能性」を数学的意味でなく、話としてもっともらしいという意味と解釈しても、必ずしも不合理とはいえない。

興味深いことに、ドイツの心理学者、ゲルト・ギーゲレンツァーらの研究によれば、リンダ問題の質問を「可能性」ではなく「相対度数(特定の区分に属するデータの数が全体に占める割合)」と改めて尋ねたところ、正答率が大きく上昇したという。

つまり人は、質問の表現や形式から最も妥当と思われる回答をしており、むしろきわめて合理的ともいえる。その意味で、人は不合理だと強調する行動経済学は偏った議論に走る恐れがある。

2020-07-16

代表民主制の嘘

国家主義者によれば、国民は投票で毎回代表を選ぶチャンスがあるから、政府の行動に同意しているという。それはおかしい。投票は偽りの選択だ。政治家Aから強制されるか、政治家Bから強制されるかを選ぶだけ。強制されないという選択肢はない。
Zack Rofer, Busting Myths About the State and the Libertarian Alternative

国民は選挙で政治家Aの対抗馬に投票しても、完全に棄権しても、政治家Aが当選すれば、彼から物事を強制される。これがまともな選択と言えるだろうか。日常の本当の選択では、何も買わなくてもいいし、売り手が購入を無理強いすることはできない。
Zack Rofer, Busting Myths About the State and the Libertarian Alternative

ある政治家が私の「代表」になるとは、どういう意味だろう。お互い会ったこともなければ、代表の具体的な条件について契約書にサインしたこともない。条件に違反しても、責任も問えず首にもできない。選挙区内の多数の異なる人々を代表すれば、何をしても板挟みになるだろう。
Zack Rofer, Busting Myths About the State and the Libertarian Alternative

有権者は政治家に投票するとき、いったいどの条件に同意するのだろう。投票前のいつ表明した公約なのか。それとも投票後に追求する新しいアイデアか。あとで公約を破棄したらどうなるのか。実のところ、有権者も政治家も、同意した条件を明確にすることなどできないのだ。
Zack Rofer, Busting Myths About the State and the Libertarian Alternative

大恐慌に学ぶ金融相場の危うさ 株価が上がるホントの理由


  • 株式相場を長期で押し上げる要因は社会全体のおカネの量
  • おカネの量が増える限りバブルでも株高続くが、危うさも
  • 大恐慌前夜に米FRBが金融引き締めに転じ株暴落の引き金

株式相場の動きが目まぐるしい。米国では新型コロナウイルス感染症の拡大を受けてダウ工業株30種平均が今年2月初めから3月下旬にかけて急落した後、6月上旬まで急ピッチで回復した。しかし、6月11日に前日比1861ドル安と史上4番目に大きい下げ幅となるなど、荒れ模様となっている。日本の日経平均株価もほぼ同様の動きだ。

世界銀行が6月8日に公表した予測によると、コロナの収束が遅れれば、世界の域内総生産(GDP)は2020年に最悪の場合で8%縮小し、第2次世界大戦後で最悪の景気後退になる恐れがあるという。それにもかかわらず株価が急回復しているのは、経済の実力から乖離(かいり)したバブルではないかとの見方も出ている。

株価を押し上げる真の要因とは


これを機会に、そもそも株価が上がる理由は何なのか、あらためて考えてみよう。

一般に信じられている見方は、こうだ。経済が成長すると、企業の利益が増え、それによって株式の価値が高まり、株価の上昇につながる。逆に経済が衰退すると、企業の利益が減り、それによって株式の価値が低下し、株価の下落につながる——。


この見方は表面的には間違っていない。けれども実際には、株価を動かす真の要因を見落としている。

株式に限らず、さまざまなモノの値段を長期にわたって押し上げる要因は一つしかない。社会全体に出回るおカネの量だ。

かりに株式市場にA、Bという2社だけが上場しているとしよう。Aという会社の株を売り、Bという会社の株を買えば、Bの株価は上がっても、Aの株価は下がるから、株式相場全体では変動しない。株式相場全体が上昇するためには、株式市場に流れ込むお金の総量が増えなければならない。

社会全体のおカネの量が増えなくても、短期では銀行預金や不動産などから株式市場におカネが流れ込み、株価を押し上げるケースもある。株式市場から銀行預金や不動産などにおカネが流出し、株価が下がるケースもある。

だから長期にわたって株式相場が上昇するためには、社会全体のおカネの量が増えなければならない。逆に言えば、おカネの量さえ増えていれば、実体経済が停滞していても、株式相場は上昇し続けることができる。これが、いわゆる「金融相場」だ。

2020-07-15

自由より安全

自由の観念を最初に形成したのは地方の紳士階級であり、詩人や哲学者、ときに変わり者の王がそれを助けた。大衆が戦うのは自由のためではなく、ハムとキャベツのためだ。勝利を収めると、大衆はまず、空腹を直接満たさない自由を破壊する。次に、自由主義の活動家を殺戮する。
H. L. Mencken, Notes on Democracy

自由の本当の意味は、低劣な人間には理解できない。彼らは偽りの自由については考え、尊重しさえする。たとえば、二つの政治的詐欺集団のうち一方を選び、明らかに不誠実な方を支援する権利などだ。真の自由を守るために必要な資質は、低劣な人間にはない。それは勇気である。
H. L. Mencken, Notes on Democracy

自由とは自立であり、不屈さであり、冒険心であり、他人に頼らずやっていく能力である。自由な人間とは、言ってみれば、低劣な大衆から小さく不安定な領地を勝ち取り、それを守り、耕すことをいとわない者だ。周りは敵ばかりで、近くに味方は誰もいない。
H. L. Mencken, Notes on Democracy

大衆は自由の痛みに耐えられない。自由に不安になり、おびえ、深い孤独を感じる。冒険心はなく、恐れしかない。自由を求めないばかりか、耐えることもできない。大衆が求めるのは、自由とはまったく異なるもの。すなわち、安全である。守ってほしいのだ。傷つくのが怖いのだ。
H. L. Mencken, Notes on Democracy

マイナス金利という「壮大な社会実験」の末路…バブル崩壊という最悪のシナリオ

日本銀行が2016年2月16日にマイナス金利を導入してから1年半余り。住宅ローン借り換えが活発になるなど効果が指摘される一方で、金融機関の収益性悪化といった副作用もみられる。

マイナス金利は目新しい試みのように思われているが、この奇抜な政策のアイデアは昔からあり、戦前の大恐慌時に欧州の一部地域で短期間実施されたこともある。日本の今後を占ううえで、参考になるだろう。

「ヴェルグルの奇跡」


マイナス金利の起源は、シルビオ・ゲゼルという一風変わった人物である。

1862年にベルギーに生まれ、事業家となったゲゼルは、一時移住したアルゼンチンで経済危機を目の当たりにした。そこで金融問題への関心を深め、帰国後、金融の研究に専念する。1919年、社会主義革命で成立したバイエルン・レーテ共和国の金融担当大臣に就任するが、任期は1週間にも満たなかった。


ゲゼルは、経済が停滞するのは人々が現金を貯め込むからだと考えていた。現金保有のコストが上昇すれば経済成長は加速するはずであるとして、「減価する貨幣」という概念を提唱した。使わずに保有していると、お金としての値打ちが下がっていく貨幣である。

具体的な仕組みとして、「スタンプ貨幣」を提案した。一定期間ごとに紙幣に一定額のスタンプを貼らないと、使用できなくする。通常はお金を銀行に預けておくと一定の利子が付くのに対し、スタンプ貨幣は保有していると逆にコストがかかるから、マイナス金利と実質同じといえる。

ゲゼルは1930年に死去するが、その後、米国のアービング・フィッシャーや英国のジョン・メイナード・ケインズら著名な経済学者がゲゼルの考えを熱心に支持した。

さて、ゲゼルの死の2年後、彼のアイデアを実行に移すチャンスが訪れる。

オーストリアはザルツブルク近郊の町ヴェルグルに、ゲゼル理論を信奉するウンターグッゲンベルガーという鉄道工夫がいた。彼は町長に選出され、町が大恐慌のあおりで不況に苦しんでいた1932年8月、ゲゼル理論の実践に乗り出す。

町は道路の整備、橋やスキーのジャンプ台建設などの公共事業を始め、当時いた4300人の町民のうち1500人を雇い入れた。そして賃金の支払いのために、町独自の労働証明書といわれる地域通貨を発行する。公共事業に従事した労働者だけでなく、町長をはじめとする町の職員も給与の半分をこれで受け取った。

この地域通貨の特徴は、毎月1%減価していくところにあった。月末に減価分に相当するスタンプを町当局から購入して貼らないと、額面価額を維持できない。

地域通貨は、非常な勢いで町を巡り始める。お金を早く使ってしまえば、スタンプ代を払わなくて済むからである。失業はみるみる解消していったという。

評判を聞きつけて町を訪れたある学者は、町の様子をこう記している。

「以前はそのひどい有様で評判の悪かった道路が、いまでは立派な高速道路のようである。市庁舎は美しく修復され、念入りに飾り立てられ、ゼラニウムの咲き競う見事なシャレー風の建物である」(河邑厚徳他『エンデの遺言』<NHK出版>)

こうした成果は「ヴェルグルの奇跡」と呼ばれ、今でもスタンプ貨幣を支持する根拠とされることが多い。

2020-07-14

小国と繁栄

ルネサンスとバロックの音楽はなぜ中央集権的なフランスではなく、イタリアとドイツで盛んになったのか。両国の政治的な分裂こそ、その理由である。音楽家を招くための激しい競争を通じて、音楽が栄えた。さまざまな王室が音楽家を求め、魅力的な労働条件で獲得しようとした。
Philipp Bagus, Andreas Marquart, Small States. Big Possibilities.: Small states are simply better!

ドイツは、フランスや東洋の帝国と違い、首都に何もかもが集中してはいなかった。多くの独立した政体が激しい競合関係にあった。19世紀にはドイツの大学は世界で最も権威があるとされ、優秀な頭脳を競って求めた。ドイツの大学制度は変革を遂げ、世界の手本とされた。
Philipp Bagus, Andreas Marquart, Small States. Big Possibilities.: Small states are simply better!

ドイツは政治分裂のせいで文化や知識の優位を妨げられはしなかった。むしろ文豪ゲーテも指摘したように、そのおかげで輝かしい発展を遂げた。多数の政体が革新的な教育手法を試し、新たな形式の音楽や文学、科学研究を考案した。小規模で独立した拠点が互いを刺激し合った。
Philipp Bagus, Andreas Marquart, Small States. Big Possibilities.: Small states are simply better!

1933年まで、ドイツのノーベル賞受賞者数は米英を合計したより多かった。ナチスの強制的同一化政策と少数者迫害(とくにユダヤ人知識人)によって、ドイツの指導的地位は突然失われた。しかしすでに1871年には、ドイツ帝国の成立により、有益な政治分裂は終わりを告げていた。
Philipp Bagus, Andreas Marquart, Small States. Big Possibilities.: Small states are simply better!

TPP、発効不透明のまま6千億円の対策費=税金投入 安倍政権の「自由貿易」の正体

環太平洋経済連携協定(TPP)や経済連携協定(EPA)は自由貿易だと政府やマスコミは宣伝し、国民の多くもそうだと信じている。しかしそれは嘘であり、誤りである。

自由貿易とは、国語辞典「大辞林」(三省堂)によれば、「国家が商品の輸出入についてなんらの制限や保護を加えない貿易。輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」をいう。日本と欧州連合(EU)がこのほど大枠合意したEPAは、どう見てもこの定義には当てはまらない。


報道によれば、交渉が難航していたチーズは、日本側が一定枠を設け15年かけて関税を無税にするという。EU産チーズはおもに29.8~40%の関税がかかっているが、大枠合意では低関税輸入枠をつくる。税率を段階的に引き下げて16年目にゼロにし、枠の数量は2万トンから16年目に3万1000トンまで引き上げる。対象はモッツァレラなどソフト系チーズだ。

しかし、消費者への恩恵は限られそうである。枠を超えた分は今の高関税が残るうえ、そもそも3万1000トンという輸入枠自体、チーズ全体の消費量の7%(想定ベース)にすぎないからだ。消費者は安くふんだんに手に入ると思っていた欧州産チーズがどこに行っても見当たらず、困惑することだろう。

報道によれば、日欧EPAの大枠合意は、チェダーなどハード系チーズの関税撤廃に応じる代わりに、ソフト系の関税を一定程度残したTPPとの「バランス」も考慮されたらしい。本当の自由貿易なら、消費者はそのような政治判断に基づいてチーズを選んだりしない。そもそも16年も先に日本がどんな政権になっているかさえ定かでなく、政治環境の変化でEPAそのものが反故になる可能性だってある。

日欧EPAではこのほか、マカロニ、スパゲッティ、ビスケット、トマトソースなども関税撤廃の対象になっているが、目玉とされるチーズですら上記のような実情だから、ほかは推して知るべしだろう。

2020-07-13

ファシズムは社会主義

マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』と同様、ムッソリーニは資本主義と市場経済を厳しく非難した。「物質的繁栄の利己的追求」を嘆き、ファシズムは「放漫で物質的な幸福の概念に対する反動」と主張。聴衆に対し、アダム・スミスら18世紀の経済学を拒否するよう願った。
Thomas DiLorenzo, The Problem with Socialism

イタリアとドイツのファシズムは、産業のすべてではないが、多くを国有化した。ロシアの社会主義に比べれば私有財産と私有企業をより広く認めたものの、重要なのは、私企業が厳しく規制され、政府が定める「国民全体の利益」にかなうよう運営された点だ。
Thomas DiLorenzo, The Problem with Socialism

伊ファシズムは私有財産と私有企業への攻撃であり、ロシアの社会主義との違いはわずかでしかない。どちらの社会主義も政府の広範な経済社会計画を支持。ムッソリーニの約束によれば、政府の中央集権的な計画は、資本主義の「無秩序」とは逆に「経済分野に秩序をもたらす」という。
Thomas DiLorenzo, The Problem with Socialism

イタリアのムッソリーニ政権は規制官庁を設立し、あらゆる企業、産業、労働組合に命令を発した。すべては政府による「調整」という名目である。同政権は社会主義の基本目標、すなわち政府による生産手段の支配を達成し、一方で企業の経営者にはその地位を保たせた。
Thomas DiLorenzo, The Problem with Socialism

米トランプ政権のパリ協定離脱は正しい…地球温暖化論は間違っている可能性

米トランプ政権が6月、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱すると表明し、「人類の未来に対する背信行為」(毎日新聞社説)などと非難を浴びている。米国内でも一部の保守系メディアを除き、批判が多い。ニューヨーク・タイムズは「同盟国を動揺させ、ビジネス界に背き、競争力や雇用を脅かし、米国のリーダーシップを無駄にする」などと論じた。

しかし、これらの批判は本当に正しいのだろうか。


多くのメディアでは「温暖化はでっち上げ」というトランプ大統領の発言を「非科学的」と切り捨て、「温暖化の進行は、科学的知見に基づく国際社会の共通認識」(前出・毎日新聞社説)と強調する。地球温暖化に関する主流派の主張によれば、温暖化は水資源の不足や穀物生産の減少などで人間の生存や地球の生態系に悪影響をもたらし、途上国での貧困拡大や地域紛争につながる危険もあるとされる。

だが、この主張にはさまざまな懐疑論が唱えられている。「そもそも気温は上昇していない」「温暖化の原因は人為的な温室効果ガスの増加ではなく、自然の活動」「なぜ数十年以上も先の気候が正しく予測できるのか」――などだ。

懐疑論のなかには誤りもあるかもしれないが、すべてを「非科学的」と決めつけるのは乱暴に思える。4月3日に配信された日本経済新聞の記事は「人為的な二酸化炭素の排出を気候変動の主因とする温暖化論はいまだ仮説の域を出ていない」と冷静に述べている。

筆者は科学の専門家ではないので、地球温暖化に関する主流派の主張が正しいかどうかこれ以上議論するつもりはない。しかし間違いなくいえるのは、もしかりに主流派の主張が正しいとしても、パリ協定を支持しなければならない理由にはならないということだ。

なぜなら、パリ協定は科学研究の結果だけを述べた論文ではなく、特定の政策を実行するよう求めた政治文書だからである。科学と政治は違う。別々の独立した問題だ。
 
同協定には、「すべての国に削減目標の作成と提出、5年ごとに現状より向上させる見直しを義務づける」「先進国に途上国支援の資金拠出を義務づける」「先進国は現在の約束よりも多い額を途上国に拠出する」といった義務が盛り込まれている。

地球温暖化は正しいと主張する科学者の多くは、当然のようにパリ協定を支持する。同協定が義務づける政策によって、人間や環境への悪影響が防げると信じているからだ。しかし科学者は科学の専門家ではあっても、経済や政治の専門家ではない。パリ協定の政策が正しいかどうかは、経済や法の原理に照らして考えなければならない。

2020-07-12

トランプ大減税策、殺到する批判は間違い…米国と世界の経済を活性化させる可能性大

トランプ米政権が大胆な税制改革案を発表し、メディアから「金持ち優遇」などと批判を浴びている。

改革案の目玉は法人税率の引き下げ。35%から一気に世界最低となる15%に引き下げる。所得税は7段階ある税率区分を3段階に簡素化する。最高税率を39.6%から35%に引き下げる一方、基礎控除を2倍に広げることで中低所得層に目配りする。相続税廃止も打ち出した。

毀誉褒貶の激しいトランプ政権だが、今回の税制改革案については、後述するひとつの気がかりな点を除き、素直に評価すべきだろう。もし社会を物質的に豊かにし、貧困をなくしたいのなら、民間の活力を高めなければならない。企業や個人に対する減税は、そのために最も有効な手段のひとつである。


改革案に対するメディアの批判には何種類かあるが、そのいずれも的外れなものだ。まず、大幅な法人減税は自国の利益しか考えない「自国第一主義」であり、多国籍企業の税逃れを防ぐための国際協調に水を差すという批判だ。しかし、これはそもそも、合法的な節税を「税逃れ」とまるで悪事のように呼び、さらに税を絞り取ろうとすること自体が間違っている。

本連載の以前の回でパナマ文書問題を取り上げた際にも指摘したように、法人税の引き下げは、一般市民にとってマイナスではない。むしろプラスである。企業は投資に回せるお金が増えて生産力が高まり、消費者に安くて質の良い製品・サービスを提供できるからだ。政府のお役所仕事より効率的なのは間違いない。

次に、所得税の最高税率の引き下げや相続税廃止が「金持ち優遇」という批判だ。確かに、金持ち優遇であることは事実である。だが、それは悪いことではない。金持ちの多くは企業のオーナー、つまり投資家だ。投資で得た利益が減税によって多く手元に残るようになれば、投資に対する意欲が高まり、やはり製品・サービスの供給増につながる。

それから、「減税分の財源を示さないのは無責任」という批判がある。しかしトランプ政権は財源を一応示している。経済成長による自然増収だ。ムニューシン財務長官は、改革案に盛り込まれた大型減税で米経済は2年以内に3%の成長を達成できるとして、結果的に税収が増えると主張している。

ただし、自然増収だけで減税分の財源をまかなえるか、やや不透明なのも事実だ。財源が足りなくなり、何かほかの増税(インフレ税という見えない税金を含む)で帳尻を合わせるのでは意味がない。

財源を確実にするには、政府が使うお金を減らすこと、つまり支出削減が欠かせない。しかし今のところ、米政府からは具体的な削減策が聞こえてこない。むしろトランプ大統領は、軍事費や公共事業費を積極的に増やす姿勢を示している。これが最初に述べた「気がかりな点」である。

2020-07-11

「英国のEU離脱で孤立=欧州の悲劇」論のデタラメ…欧州経済全体に多大な利益

英国政府が欧州連合(EU)に離脱を正式に通知した。昨年6月の国民投票で決定した方針に従うものだ。通知から離脱までは原則2年で、期間延長がなければ、2019年3月にEUを離脱する。同国のメイ首相は離脱交渉の基盤を固めるため、6月8日に総選挙に踏み切る。

英国のEU離脱について、主流メディアではほぼ批判一色だ。たとえば英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙は離脱通知を論評する3月30日付の社説で「離脱は英国にとって悲劇となるが、欧州にとっても悲劇となる」と述べた。

しかし、EU離脱を非難する主流メディアの主張は正しくない。そこでは言葉の意味が意図的にぼかされている。


主流メディアでよく見かける表現は、「離脱によって英国は欧州で孤立する」というものだ。EUを離れることは欧州を離れるに等しく、欧州の経済から切り離されるに等しいというイメージが煽り立てられる。

だが政治的な独立は、経済的な孤立を意味しない。EUは欧州と同じではないし、EUを離れても欧州の経済と縁を切ることにはならない。EU非加盟のノルウェーは、主要貿易相手国に英国、ドイツ、オランダ、スウェーデン、フランスなどEU加盟国が並ぶ。同じくスイスも、ドイツ、イタリア、フランスなどと活発に貿易を行う。

むしろ主流メディアの主張とは逆に、欧州の政治統合をめざすEUを離れ、政治的に独立する国が増えれば、欧州の経済には有益といえる。政治的な独立は、経済的な相互依存を強めるからだ。

EUによる政治統合を支持する人々は、中央集権化が貿易と平和を促進すると主張する。だが実際には、政治統合で事実上の国家の規模が大きくなるほど、保護主義と戦争のリスクが高まる。政治統合で巨大な超国家が成立すると、貿易戦争に伴う経済的孤立に耐えられるようになる。超国家を構成する一部の国が他の国を戦争に引き込み、自国の対立のコストを他の国に押しつけやすくなる。

これに対し、小規模な国家は経済的に孤立する余裕がない。自国の資源や人材だけでは経済を支えられないからだ。だから他の国と経済的な相互依存の関係を築く。この関係を断つことは経済的な自滅を意味するから、戦争を抑制するようになる。

巨大な超国家はそれを構成する諸国家に対し、政策の国際的な「調和」を求める。だから超国家のなかで生きる市民は、ブリュッセルにあるEU本部の官僚たちが絶えず発する規則のような、面倒で複雑なルールから逃げることができない。

2020-07-10

利益の役割

企業が利益を上げるのは並大抵ではない。現実の生産方法が、大衆を満足させる最善の生産方法と食い違う場合のみ、それを修正することで利益は生まれる。利益とは経営資源の配置ミスを取り除いたことに対するほうびなのだ。配置ミスが完全に取り除かれるとともに利益は消える。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

利益に対し法外な儲けだとレッテルを貼り、差別的な課税によって有能な起業家を罰することで、人々は自分自身を傷つけている。利益に対する課税とは、大衆への奉仕に最も成功したことに対する課税に等しい。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

利益の役割は、資本の支配を移動させ、それを使って大衆を満足させる最善の方法を知っている者に任せることだ。彼が大きな利益を上げるほど、その富は大きくなり、ビジネスで影響力が増す。消費者は利益と損失という道具を頼りに、最も役立つ者に生産活動の指揮を委ねる。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

庶民は起業家の利益をうらやみ、まるでそれがすべて消費に使われるかのようにみなす。けれども富とビジネスでの影響力を手に入れた起業家は、利益のごく一部を消費するだけで、多くを事業に再投資する。小さな会社を大きくするのは消費ではなく、貯蓄と資本の蓄積だ。
Ludwig von Mises, Profit and Loss

著者 : Ludwigvon Mises
Ludwig von Mises Institute
発売日 : 2011-08-03

【トランプを支持し貧困化&職を失う米国国民】企業競争力低下で生活低下、保護主義の罠

自由貿易を批判し、保護主義を主張するトランプ米新大統領が経済政策の見直しに着手したことで、世界で保護主義に対する警戒感が広がっている。いつもは自由貿易にそれほど好意的でない日本のマスコミでさえ、トランプ氏のあからさまな保護主義に当惑し、慌てて自由貿易の価値を説くほどだ。

一方、自由貿易に否定的な一部の知識人は、トランプ氏の大統領選出に力を得て、保護主義の復権をいっそう声高に唱えている。たとえば日本で人気のある仏歴史学者エマニュエル・トッド氏は、「相互協力的な保護主義について議論を始めなければならない時期に来ていることを理解できるエリートが世界中で必要とされている」(2016年12月14日付毎日新聞)と主張する。


しかし、惑わされてはいけない。経済の道理に照らして、保護主義は社会にとって決してプラスにならない。自由貿易でなければ人々は豊かになれない。経済学者はさまざまな問題で必ず意見が食い違うと冗談の種にされるが、保護主義の誤りに関してはほぼ全員一致で同意する。

なぜ経済的に自由貿易が優れているか、理屈は簡単だ。商品の製造やサービスの提供は、ごく単純なもの以外、ひとりではできない。複雑な仕組みで高度な知識・技術を必要とするものほど、専門の知識・技能を持つ多くの人で手分けしたほうが効率的だ。これを分業という。

ひとつの会社の中でも多くの人がさまざまな仕事を分業しているし、会社同士の取引も分業のひとつのかたちだ。それをけしからんと否定する人はいないだろう。しかし、自由貿易とは、国境を越えた分業にすぎない。分業の相手がたまたま外国の人や会社というだけだ。

世界にはさまざまな技能や強みを持つ個人や会社が、多数存在する。だから分業は同じ国の中だけで行うよりも、世界に広げたほうがより大きな効果を発揮する。戦後自由貿易を推進したシンガポールや香港、ドイツや日本が飛躍的な経済発展を遂げたのは、その何よりの証拠だ。統計的にも、貿易の自由度と国の繁栄には強い相関関係がある。

2020-07-09

不満の根源

身分社会では、不幸は自分のせいではないと言える。奴隷が妻から「もしあんたが公爵だったら、あたしは今ごろ公爵夫人なのに」と言われたら、「もし俺が公爵のせがれに生まれてたら、奴隷の娘のお前なんかと結婚しねえよ」と言い返すだろう。資本主義社会ではこうはいかない。
Ludwig von Mises, The Anti-Capitalistic Mentality

資本主義社会では、自分の地位は自分の行い次第だ。野心を十分満たせなかった者は誰でも、自分がチャンスを逃したか、やってはみたが人を満足させられなかったとよくわかっている。妻から「なんで稼ぎが少ないのよ。出世してたらもっと楽に暮らせるのに」となじられ、傷つく。
Ludwig von Mises, The Anti-Capitalistic Mentality

資本主義社会で多くの人が不満を感じるのは、一番欲しい地位を手に入れるチャンスは誰もが与えられるものの、その地位を得られるのは当然少数の者でしかないという事実だ。自分が失敗した分野で成功する人々は必ずいる。人は自分を負かした人々に対し潜在意識で劣等感を抱く。
Ludwig von Mises, The Anti-Capitalistic Mentality

法の下に平等な社会では、人の知的能力、意志力、努力の不平等があらわになる。能力と成果に関する自意識と現実の隔たりが無慈悲にも暴かれる。自分の「真の価値」にふさわしく扱ってくれる「公正」な世界を夢想することは、自己理解を欠いたすべての人にとっての避難所だ。
Ludwig von Mises, The Anti-Capitalistic Mentality

正しい政策を見極める、ただ一つの言葉

  • 政策が社会全体に適切かを見極めるカギは政策の「コスト」
  • 都市封鎖で感染拡大が抑制できてもそれだけでは成功と言えず
  • 政策の正しさはリターンとコストを含む全体で判断

政府が打ち出す各種の政策は、金融市場での投資判断にも大きな影響を及ぼす。ある政策が社会全体にとって適切かどうか、どうやって見極めればいいのだろうか。

現在、世界で新型コロナウイルス感染対策の副作用が噴き出している。経済活動に厳しい制限を課してきたイタリアでは、5月から制限を段階的に緩和しているが、観光業や飲食業など幅広い業種で依然、厳しい状況が続く。不安を抱えた国民の抗議活動が起きている。


米国では5月25日にミネアポリス市で起きた白人警官による黒人暴行死事件をきっかけに、全米で抗議デモが広がり、放火や略奪を含む暴動に発展した。その背景にはコロナ対策による経済活動制限が引き起こした大量の失業がある。5日発表された5月の失業率は13.3%と前月(14.7%)から改善したものの、戦後最悪水準の失業率が続く。

2020-07-08

民主主義という独裁

民主主義の危機は広く認識されているのに、民主主義そのものに対する批判はほとんどない。政党を問わず、問題解決には民主主義の縮小ではなく、強化が必要だと言う。官僚依存を脱し、透明性を高め、サービスを向上させるとは言うが、民主主義の良さを疑うことは決してない。
Frank Karsten, Karel Beckman, Beyond Democracy

民主主義による意思決定モデルは、小さな地域や団体内では役立つ。しかし全国規模の議会制民主主義は、利点より欠点がはるかに多い。議会制民主主義は不正で、官僚政治と経済停滞をもたらす。自由自立と企業活動を損ない、敵対、干渉、無関心、浪費を招く。
Frank Karsten, Karel Beckman, Beyond Democracy

民主主義はその定義上、集団主義である。裏口から忍び込む社会主義である。民主主義の基本思想とは、社会における物質・社会・経済の構造に関するあらゆる重要な決定は、人民という集団によって行われるのが望ましいし、正しいという考えである。
Frank Karsten, Karel Beckman, Beyond Democracy

民主主義は自由を意味しない。独裁の一形態にすぎない。多数派と政府による独裁である。民主主義は正義、平等、連帯、平和とも異なる。約150年前に西欧諸国の多くでさまざまな理由から導入されたが、理由の一つは、自由な社会の内部で社会主義の思想を実現することだった。
Frank Karsten, Karel Beckman, Beyond Democracy