2022-12-15

ノーベル平和賞の裏切り

法律家・作家、フレドリック・ヘッファメール
(2022年12月9日)

ノルウェーのノーベル委員会が1922年、極地探検家、科学者、思想家であり、後に「世紀のノルウェー人」と称されたフリチョフ・ナンセンに平和賞を授与してから、今週で100年が経った。

ノルウェーの人々はナンセンの受賞に歓喜したものの、世界平和のために多大な貢献をしたアルフレッド・ノーベルに別れを告げるものとして、世界がその授与を残念がる理由もあった。

ノーベル委員会によると、ナンセンが平和賞を獲得したのは「戦争捕虜や飢餓に苦しむ人々のための活動」だった。戦争の結果を軽減するための偉大な人道的活動は価値あるものであるが、ノーベルはもっと高い志を持っていた。平和と軍縮に関する世界的な協力によって戦争を終わらせるための賞である。

予防は修復よりはるかに優れている。ノーベルは遺言の中で「平和の擁護者のための賞」の受賞者と平和活動のあり方について述べている。その中には、国家共同体、軍縮、平和会議に関する文言が多く含まれている。

委員会は、その最初の、そして最も基本的な義務を果たしていなかったのだ。 委員会は、遺言に記されたノーベル賞の趣旨を確認することもなかった。

その代わりに、平和という言葉に対する独自の解釈に基づいて、独自の賞を授与したのだ。この言葉は、長年にわたって、ますます自由で無限の内容を持つようになった。

遺言の執行者が、これほどひどい失態を犯したことがあるだろうか。

数え切れないほどの論文や受賞者のスピーチの中で、委員会は、世界的な非軍事化による平和というノーベルの構想をつねに思い出しながらも、それを無視し続けてきた。

私はこのことを、最新刊『戦争よさらば』(まだノルウェー語版しかない)のために委員会の内部資料を調査した際に知ったのである。

したがって1922年の委員会は、ノーベルの意志を尊重しないことを十分承知でナンセンを選んだとみてよいだろう。

新しい考え方が定着したのである。これ以後、ノーベルの遺書で示された意志は、賞の授与にほとんど影響を及ぼさなくなった。ノーベルの名前にときおり丁重にうなずくことはあっても、ノーベルの平和に対する考えを委員会が公表することは、当然のことながら一度もなかった。

2007年、私は遺書の文言を再発見した。しかし、ストーティング(ノルウェー国会)もノーベル委員会も、この件にまったく関心を示さない。

2008年、私は『ノーベルの遺書』を出版した。これは、この遺書を専門家が解釈した初めての本である。

ノーベル自身は、この賞を「平和の擁護者のための賞」と呼んでいた。しかし彼が亡くなった1896年、政治的な風向きは変わっていた。ノルウェーは当時、スウェーデンとの連合から脱却するために戦争が必要になるかもしれないと危惧していた。

私は最新の本の中で、ノルウェーの議会の議長たちが、遺言の中の「常備軍の縮小または廃止」という明確な言葉を無視することを静かに決定したのではないかと推測している。その代わりに「平和賞」と称して、5人の委員からなる授賞委員会の過半数を自分たちで選出し、自分たちの思うままに賞を授与したのである。

賞の歴史上、最悪の10年


1906年、米大統領セオドア・ルーズベルトが受賞したが、ノーベルが支持したような大衆的な平和活動に対しての授与ではなかった。1922年にナンセンが受賞したのを皮切りに、平和賞史上、最悪の10年間が始まった。

第一次世界大戦は、軍国主義を抑制できるという信念を弱めていた。タカ派の政治家への授賞が一般化したのである。

1929年、ノーベル平和賞は、画期的な反戦条約であるブリアン・ケロッグ協定(パリ不戦条約)に敬意を表して授与された。ノーベル委員会の資料の中に、この年の受賞候補者であったサーモン・レビンソン(法律家)、チャールズ・モリソン(牧師)、ジョン・デューイ(哲学者)の3人が受賞を拒否されたことが書かれてあった。

この知的巨人たちは、米国で戦争全面禁止を求める一大運動を巻き起こしていたのである。

代わりに、ノルウェーの首相と外相を兼ねたモーヴィンケル率いるノルウェー・ノーベル委員会は、政治家フランク・ケロッグ(米国務長官)に賞を授与したのである。

これによって、議会に管理される委員会が、政治指導者に対して世界平和を求める民衆の圧力を強めるのに最適なものではないことがはっきりしたのである。

「戦争は規制も制御もできない。戦争は自ら無慈悲な法を作り出す。戦争の機構は、権力の網と死の予兆とともに、その全体が根こそぎにされ、拒否され、違法とされ、廃絶されなければならない」。レビンソン、モリソン、デューイの3人の戦争違法化運動は当時、このような見解を示していた。

このように、今日の政治文化とはかけ離れた考えを表明する人たちが、長年にわたって多く存在した。国際政治の非軍事化の要求は、絶滅の危機に瀕している政治思想のように見えるかもしれない。

ノーベル委員会の主な任務は、平和な世界秩序の構築に関する開かれた議論を喚起することであるはずだ。しかし今回のロシアとベラルーシの反体制派、ウクライナのゼレンスキー大統領支持者の受賞のように、委員会が冷戦路線に回帰してしまうことがあまりにも多いのである。

賞は戦争に反対するのではなく、戦争に味方する参加者になる。この賞の授与を政治家の手から離すべきときが来たのかもしれない。

(次を全訳)
Taking ‘Peace’ Out of the Nobel Peace Prize [LINK]

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