2020-06-08

全国民に月額11万支給で話題のベーシックインカムの罠…国民をどんどん貧困に

世界一シンプルな経済学 (日経BPクラシックス)
世界一シンプルな経済学 (日経BPクラシックス)

北欧フィンランドは、約540万人の全国民に月額800ユーロ(約11万円)の「ベーシックインカム」を支給する検討を始めた。2016年11月までに最終決定される見通しで、導入されれば世界初となる。

まだ実際に導入が決まったわけではないが、反響は大きい。日本でも今月このニュースが報じられると、インターネット上で「壮大な社会実験が始まった」「日本も導入を検討してもよい」などと称賛する声が上がった。

ベーシックインカムとは、就労や資産の有無にかかわらず、すべての国民に対して生活に最低限必要な収入を現金で給付する社会政策である。社会保険など従来の所得保障がなんらかの受給資格を設けているのに対し、無条件で給付するのが最大の特徴だ。

全国民に漏れなく最低限度の収入を保障することで、「ワーキングプアなど従来の社会保障で救えなかった人々も助けることができる」と期待する声がある。

だが、本当にベーシックインカムで貧困層を救うことはできるのだろうか。

ベーシックインカムを支持する人々が、忘れてしまっていることがある。それは、貧しさを救うために本当に必要なのは、お金ではないということだ。必要なのは食品、衣類、住居をはじめとするモノである。お金を食べたり着たりすることはできないのだから。

ベーシックインカム導入後、支給された金額で必要なモノが必要な量だけ買えるのであれば、問題はない。しかし、もしベーシックインカムを導入した影響で国のモノを生産する力(生産力)が落ちてしまうようだと、話は違う。必要なモノが足りなくなり、手に入りにくくなってしまうからだ。


生産力にマイナス


実際、ベーシックインカムを導入すると、いくつかの理由により、生産力にマイナスの影響を及ぼす。

まず、働かなくても一定の収入を得られるため、勤労意欲が低下する。この指摘に対しては、「稼ぎが一定以上になると打ち切られる生活保護と違い、ベーシックインカムは所得水準にかかわらず支給されるので、勤労意欲を阻害することはない」という反論がある。

確かに、ベーシックインカムがたとえば1人あたり月5万円程度の比較的少額であれば、それが支給されたからといって、「もう働くのはやめて遊んで暮らそう」などと考える人はいないだろう。ベーシックインカムがこの程度の金額にとどまっていれば、生産力はさほど落ちないとみられる。

しかし、月々たった5万円では「生活に最低限必要な収入」とはいいにくい。ベーシックインカムとうたうからには、日本の場合、フィンランド並みの10万円超を念頭に、もっと上積みが求められるはずである。そして実際にもっと多い金額が支給されれば、文字どおりそれがあれば最低限の生活はできるのだから、働かない人は確実に増える。これは生産力を低下させる。

ベーシックインカムを支持する人のなかには、ホリエモンこと堀江貴文氏のように、「世の中には働くのが好きで働いているような一握りの人がいて、イノベーション(技術革新)を生み出し、社会の富を作り上げている。だから、働きたくない人は働かなくてもいい」という意見もある。しかし、この考えも生産力のことを忘れている。

なるほど、商品のアイデアを生み出すのは、たいてい一握りの才能ある企業家であるが、それを現実の商品として製造・販売する仕事は、一握りの企業家だけではできない。多くの働き手がいる。ふつうの人々がベーシックインカムに満足して働かなかったら、生産力はガタ落ちとなり、社会を物質的に豊かにすることはできない。

貧しい人々をもっと貧しく


ベーシックインカムが生産力を衰えさせる原因は、勤労意欲の低下だけではない。もし財源として増税が必要になれば、それも生産力にマイナスの影響を及ぼす。

現代経済の高い生産力を支えるのは、製造の機械化である。増税が実施されると、機械化投資に回す資金が減り、生産力の低下につながる。

企業の投資に直接響く法人税は、さいわい減税の議論が進んでいる。だが消費税や所得税など個人が負担する税金でも、増税されれば投資に影響する。個人は貯蓄から銀行預金や株式購入を通じ、企業に資金を供給しているからである。増税で個人に貯蓄の余裕がなくなれば、企業に流れる資金は減り、生産力の低下に結びつく。

資産税や相続税など富裕層への課税が強まれば、堀江氏が述べたような一握りの才能ある企業家が、日本を離れてしまう恐れもある。これも生産力にはマイナスだ。

ベーシックインカム導入に伴い増税が実施される可能性は大きい。従来の社会保障を撤廃することで浮く財源もあるが、それによって支給できるベーシックインカムはせいぜい月5万円程度といわれる。前述のように、わずかそれだけでは「生活に最低限必要な収入」とはいえないとして、上乗せの圧力が強まるだろう。そうなれば増税は避けられない。

しかも厄介なことに、「生活に最低限必要な収入」は、本来の最低限を超えてどんどん膨らむ恐れがある。政治家が有権者の人気を取りたがるからである。

従来の社会保障では、社会保険料の負担を抑え有権者の人気を取るため、歴代政権によって税金が安易に投入されてきた。ベーシックインカムの額が国政選挙のたびに引き上げられる事態はたやすく想像できる。

有権者は一時喜ぶかもしれないが、増税や勤労意欲の低下で生産力が落ち、モノ不足で物価が上がり、ベーシックインカムのさらなる引き上げや他の社会保障の復活が必要になるという悪循環に陥るのは確実である。

貧しい人々に必要なモノを行き渡らせるためには、まず十分な量のモノを生産しなければならない。ベーシックインカムは、従来の社会保障と同じかそれ以上に国の生産力を衰えさせ、貧しい人々をむしろもっと貧しくするだろう。

Business Journal 2016.01.02)*筈井利人名義で執筆

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