国の経済成長を示すのは国内総生産(GDP)である。だから企業や個人が不況で支出を増やせないときには、政府が公共事業を拡大したり、失業者を公務員に雇ったりしてカネをどんどん使えばいい。そうすれば定義上、GDPは必ず増加し、したがって景気は回復する――。評論家や政治家でこのように主張する人は少なくない。しかしこの意見は、政府のカネ遣いを民間と同列に扱うGDPの欠陥を見落としている。
経済学者ジョセフ・サレルノ(Joseph T. Salerno)が、この種のGDP信仰が現実の経済からいかにかけ離れたものか、わかりやすく説明している。
ある島では、民間で年に1,000個のリンゴを生産するとしよう。このうち200個は、島の政府が税として徴収し、軍隊の費用に充てる。「テロの潜在的脅威」をなくすため、隣の島に侵攻するのである。ケインズ経済学に根ざした通常の国民所得計算によれば、GDPはリンゴ1,200個となる。すなわち、課税前の1,000個と、国防という「公共財」を提供する軍隊に支出された200個の合計である。
さて翌年、侵攻作戦が終了したとしよう。島の政府は軍事費削減を決め、課税をリンゴ100個分減らす。他の事情に変わりがなければ、GDPは1,200個から1,100個(政府部門100個と民間部門1,000個の合計)に減る。
しかしちょっと待ってほしい。リンゴは自発的に生産されたものだから、それをつくるために投入されたコストよりも高い価値があるとみなされたのは明らかである。ところが政府が提供する軍事サービスの場合、コストよりも高い価値があるかどうか、民間の生産者や消費者がはっきり示した証拠はない。なぜなら政府軍事費は、民間から強制的に取り立てられたものだからである。民間人に選ぶ権利はなく、したがって何の価値判断も示せない。政府の無駄遣い体質を考えれば、生み出す価値はゼロかもしれない。
これは政府支出の対象が軍隊でなく、たとえば病院でも同じである。自発的な生産と交換がなければ、財やサービスの価値を確かめるまともな方法はない、とサレルノは述べる。
このためケインズ経済学に異を唱えるオーストリア学派経済学では、経済全体の生産を計算する際、政府支出を加えない。サレルノは経済学者マレー・ロスバードにしたがい、島の経済を計算し直してみせる。まず民間の総生産は、政府の軍事費200個を加えないので、1,000個である。
しかし実際には税金分の200個を徴収されているので、正味の民間生産はこれを差し引いた800個となる。これをオーストリア学派では「残余民間生産」(PPR)と呼ぶ。つまり政府支出は、民間の生産に加えるのではなく、むしろ除かなければならない。これが生産活動に従事する民間人の実感に即した計算であろう。
島の政府が軍事費をリンゴ100個分減らすと、ふつうのGDPは1,200個から1,100個に減るけれども、オーストリア学派の考えにしたがえば、課税が少なくなる分、逆にPPRは800個から900個へと増加する。さらに、増えた100個の一部はリンゴの生産を増やす投資に回されるだろうから、長期では島の経済成長は加速する、とサレルノは指摘する。
GDPは経済の現実を適切に反映していない。そのことを無視し、景気対策と称して政府支出を拡大すれば、民間の活力を奪い、経済をますます疲弊させてしまうだろう。
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