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「反インフレ経済勉強会」開講のお知らせ

インフレは税の一種です。しかも普通の税よりも悪質な税です。ところが、この事実はよく理解されていません。それどころか、多少のインフレはむしろ良いことだという嘘が、現在主流の国家主義的な、誤った経済学(ケインズ経済学)や、そこから派生した極端な説 (MMT=現代貨幣理論など) によっ...

2018-09-05

ねたみの時代

「出る杭は打たれる」ということわざは、才能・手腕に抜きん出た人がとかく憎まれる日本独特の社会のありようを示すといわれますが、外国でもさほど変わりはありません。

米国のマイケル・ミルケン氏は1980年代に高利回り社債市場の先駆けとなり、「ジャンク債の帝王」として名を馳せました。ジャンクは「くず」という意味。利回りは高いけれども発行企業が無名などで信用度の低い社債をさげすんで呼んだ言葉です。

それまで社債の発行は超優良の大企業に限られ、それ以外の企業は事実上資本市場から締め出されていました。ミルケン氏は、高利回り債はリスクを差し引いても高い収益を稼ぐことに目をつけます。

1977年、ミルケン氏が働く投資銀行ドレクセル・バーナム・ランバートは7社の新発高利回り社債を引き受け、「ジャンク債革命」が始まります。

新たな資金調達手段でとくに恩恵を受けたのは、新興企業です。携帯電話のマッコーセルラー、ケーブルテレビ向け放送局のターナー・ブロードキャスティング、ケーブルテレビネットワークのバイアコム・インターナショナルなどが相次いでジャンク債で多額の資金を集め、成長の糧にしました(アレン他『金融は人類に何をもたらしたか』、東洋経済新報社)。

ジャンク債は、敵対的な企業買収の資金調達にも使われました。敵対的買収と聞くとまゆをしかめる人が少なくありませんが、社内政治だけがとりえで能力のない経営者をやめさせ、株主の利益を高めるうえで、有効な手段です。

こうして金融市場に劇的な変化を起こしたミルケン氏は、財界エリートの反発を買います。企業が融資に頼らなくなると銀行は商売あがったりですし、敵対的買収は経営者の地位を脅かすからです。マスコミは巨額の報酬を稼ぐミルケン氏を強欲だと叩きました。

出る杭が打たれるときがやってきました。1989年、ミルケン氏は詐欺など98の罪で起訴されます。結局、有罪となったのはわずか6つで、それまで投獄の対象になったことのない、ささいな罪ばかりでした。それにもかかわらず、ミルケン氏は禁錮10年の判決(2年に減刑)を受け、1年10月の刑に服します。

ミルケン氏は証券界を永久追放され、近年は慈善活動のほか、自身の名を冠した「ミルケン研究所」の運営に注力しています。同研究所が主催する国際経済会議「ミルケン・グローバル・コンファレンス」は盛況で、今年5月には麻生太郎副総理・財務相も参加しました。それでも汚名が完全に晴れたとはいえません。

ところが先日、米モルガン・スタンレーのマネージングディレクターだったデ-ビッド・バーンセン氏が、ミルケン氏の恩赦をトランプ米大統領に求めました。

ブルームバーグの報道によれば、バーンセン氏は大統領宛ての書簡で、ミルケン氏に対する起訴は「集団的なねたみが手に負えなくなった時代」の結果だと主張。恩赦すれば「ニュースの見出しを飾ることを意識し、企業社会で働く人間にダメージを与える起訴」に歯止めをかけることを示唆すると訴えたそうです。

恩赦が実現するかは疑問です。しかしこの話題が名誉回復のきっかけになれば、現在71歳のミルケン氏に多少の慰めになるかもしれません。

既得権益に挑戦する風雲児に対する政府や大企業、マスコミの敵視は、とくにこの十数年、日本でも強まったと感じます。ねたみが支配する時代に、経済・社会の発展は望めません。(2017/09/05)

2018-09-04

核は手放せない

北朝鮮による核実験を受け、日米首脳は3日深夜、北朝鮮に対し「これまでになく強い圧力」をかけていくことで一致したと報じられています。これまで何度となく「圧力」という言葉を目にしましたが、事態はまったく好転しませんでした。どんなに圧力をかけようと、北朝鮮が命綱である核を手放すとは思えません。

北朝鮮が核に固執するのは、それが超大国である米国に屈しない唯一の手段だと考えているからです。背景の一つは、8月29日の投稿で述べた1962年のキューバ危機ですが、それだけではありません。もっと最近、核を持たず敗れた権力者たちが悲惨な最期を遂げたことがあります。

イラクのフセイン元大統領は2006年12月、死刑確定からわずか4日後に絞首刑に処され、死刑制度に反対する欧州連合(EU)各国や人権団体などから非難の声が上がりました。逮捕や裁判が米中間選挙の直前に行われたことから、劣勢だった共和党政権の選挙対策に利用されたとの見方もあります。

リビアの最高指導者だったカダフィ大佐は2011年10月、欧米の支援を受けた反政府勢力に身柄を拘束された直後、死亡します。死亡の経緯はよくわかっておらず、惨殺されたとの情報もあります。意図的に殺害したとすれば捕虜に対し拷問や処刑を禁じたジュネーブ条約違反だとして、批判されました。

金正恩委員長をはじめとする北朝鮮の支配層にしてみれば、悲惨な末路をたどった独裁者らの轍は決して踏みたくないはずです。「窮鼠猫を噛む」という言葉もあります。圧力一辺倒がじつはポーズで、水面下で冷静な対話の道が探られていることを祈るばかりです。(2017/09/04)

市場の声を聞こう

利潤は経済に不可欠
利潤が存在するのは資本主義だけではない。社会主義でも利潤はなくならない。どんな仕組みの経済でも、少しでも豊かになりたければ、消費を上回る生産が必要だ。それには余剰資金(利潤)を投資し資本財を製造し、生産を拡大しなければならない。利潤は経済に欠かせぬ血液だ。
Economic Myths #4 – Profits are Evil! – The Ludwig von Mises Centre

贈与経済の限界
完全な贈与経済では交換が行われないから市場価格が存在しない。市場価格はどの商品をつくればいいか判断する目安になるが、贈与経済では誰かの優れた判断に頼るしかない。そんな才能の持ち主は滅多にいないし、贈与経済では才能が報われないから、才能が磨かれることもない。
Charity Needs Markets | Mises Institute

市場の声を聞こう
あなたが画家の卵で、絵の具とキャンバスを1万円で買い、それで描いた絵が5000円でしか売れなかったら、市場経済に腹を立てるかもしれない。しかし市場は現実を伝えるにすぎない。早く現実を知れば、その分早く軌道修正でき、他人のために価値を創造し富を築く方法を学べる。
Don't Hate Market Signals. Use Them.

価格のない社会
私有財産が廃止された社会主義の下では、何も売買できない。何も売買できない社会では、商品やサービスの価値を伝える価格がなくなる。価格がなければ、すべてを知っているはずの政府は、生産の効率を最大にするために資本や労働をどう配置すればよいか、知るすべがなくなる。
Want a Socialist Society? First, Abandon Your Hopes and Dreams | Mises Wire

2018-09-03

自然の驚異、市場の驚異

先月21日、米国の広い範囲で太陽が月と重なって見えなくなる皆既日食が起き、話題となりました。真昼の闇に浮かび上がる日輪は神秘的で、まさに自然の驚異です。

米国で皆既日食が観測されるのは38年ぶり、日本で観測できる次の皆既日食は2035年9月2日で、前回から26年ぶりになるそうです。いずれにせよ、そうそう起こるものではありません。

けれども、がっかりすることはありません。自然の驚異に劣らないすばらしい驚異を、私たちは日々目にしているからです。それは市場経済の驚異です。

非日常的な大自然や大宇宙と違い、市場経済はせわしない日常そのものです。しかし、そんな平凡な営みに、目を見張るような驚きが隠されています。

米実業家で教育団体の創設者、著作家でもあったレオナード・リード氏は「私は鉛筆」という物語風のエッセイを1958年に発表しました。1本のありふれた鉛筆がこう語り始めます。「私は神秘です。木や夕焼け、稲妻よりも」

鉛筆はさらに意外なことを言います。「私をどうやってこしらえるのか、知っている人は1人もいません」。なぜなら、なんの変哲もない鉛筆でも、できあがるまでには想像以上に多くの人々がさまざまな形でかかわっているからです。

まず最初に、カリフォルニア州の北部やオレゴン州に生えている1本の真っすぐなヒマラヤ杉が材料の材木となります。この木を伐採して、鉄道の引き込み線があるところまで材木を運んでいくためには、のこぎりやトラックやロープや、その他にも数えきれないほど多様な道具や用具が必要になります。

のこぎりや斧やエンジンをこしらえるためには、鉱石を採掘し、鉄鋼をこしらえ、これらをさらに精錬し精製しなければなりません。リード氏はさらに鉛筆の口を借りて、木部のほか、黒鉛の芯、真鍮の環、消しゴムなどの製造に、いかに世界中の多くの人々がかかわっているかを描いていきます。

驚くべきなのは、想像以上に多くの人々が製造過程にかかわっている事実だけではありません。誰かが中央集権的な本部から命令を下しているわけでもないのに、鉛筆がちゃんと生産されることです。市場経済の「見えざる手」と言ってもいいでしょう。

米経済学者のミルトン・フリードマン氏は著書でこのエッセイを紹介し、感嘆を込めてこう記します。「何千人もの人びとは、あちらこちらの諸国に住んでいて、異なった言語をしゃべり、いろいろな違った宗教を信仰しているだけでなく、ひょっとするとお互いに憎悪し合っている可能性さえある。そうだというのに、このような相互間の相違は、鉛筆を生産するためお互いが協同するのに、なんの障害にもなっていない」(『選択の自由』、日本経済新聞出版社)

もちろん鉛筆だけではありません。1冊の本、1台のスマホ、1本のペットボトル……。私たちが日々目にし、利用するあらゆる製品に、市場の神秘が潜んでいます。

お互いに顔も知らない、もしかすると憎み合ってさえいるかもしれない人々が、平和のうちに協力し合う市場経済。この不思議な仕組みにもっと驚き、畏敬の念を持ってもよいのではないでしょうか。(2017/09/03)

2018-09-02

経済制裁のリスク

日経電子版の記事によれば、日米両政府は北朝鮮が北海道上空を通過する弾道ミサイルを発射したことを受け、国連安全保障理事会で石油禁輸措置を提起する方針だといいます。しかしこれは記事自体が指摘するとおり、リスクを伴う一手であり、そのリスクは小さくありません。

日本の近現代史を学んだ人であれば、石油禁輸と聞いて連想するのは、1941年8月の対日石油禁輸でしょう。日本の南部仏印(フランス領インドシナ南部)への侵攻に対して、米国が7月の対日資産凍結に続き発動した経済制裁措置です。

石油禁輸は日本経済の首を絞め、対米戦争に追い込んでいきます。同年11月、東条英機首相は指導者を集めた会議で「軍事に使える石油は2年間で一滴もなくなる」と述べ、「このまま座していれば日本は2、3年の後には三等国に成り下がることを恐れる」と憂慮を表明します。真珠湾攻撃に踏み切ったのはその翌月、つまり石油禁輸から4カ月後でした。

日本との戦争で米国も多大な犠牲を払うことになります。米国の軍事専門家には、石油禁輸をはじめとする対日経済制裁は誤った措置だったという批判があります。

米空軍大学教官のジェフリー・レコード氏はこう述べます。「経済封鎖は戦争を抑止するためにとるべき方法ではない。なぜなら日本はわが国の経済封鎖を戦争行為そのものと理解し、それに反撃せざるを得ないと思い込んだ。日本がそう思わざるを得ない理由も十分に存在した」(『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』、草思社)

上記の「日本」を「北朝鮮」に置き換えれば、今回の石油禁輸方針の危うさがわかります。経済封鎖は武力行使に比べ穏やかな印象がありますが、レコード氏がいうように、決して「戦争を抑止するためにとるべき方法ではない」のです。日経電子版の記事も、石油の全面禁輸は北朝鮮の暴発につながる恐れがあると指摘しています。(2017/09/02)

2018-09-01

関東大震災と企業救済

94年前の1923年(大正12)9月1日、相模湾北西部を震源地とするマグニチュード7.9の大地震が関東地方南部を襲いました。関東大震災です。

政治の世界では、震災時のデマが原因で虐殺された朝鮮人犠牲者に対する追悼文を小池百合子東京都知事が断ったことが問題となっていますが、関東大震災は経済的にも大きな教訓を残しました。震災手形です。

関東大震災の震災手形は、震災によって悪影響を受けた企業が手形を銀行に割り引いてもらえ、また銀行がその手形を日銀に持って行くと、さらにそれを割り引いてくれるというものでした。

ところが震災手形の中には、震災以前に、振出人が第一次世界大戦終結後の「反動恐慌」などのために打撃を受け、焦げ付いていた手形も便乗していました。このため回収が進まず、不良債権が日本経済の重しとなっていきます。最後は1927年(昭和2)の金融恐慌を引き起こしました。

本当に実力のある企業であれば、災害で一時苦境に陥っても、やがて自力で立ち直るはずです。しかし政治が介入すると、往々にして実力のない企業まで救済することになり、経済を不効率にします。そのツケはいつか誰かが払うことになります。多くの場合、それは納税者です。これが震災手形の教訓です。

関東大震災から一世紀近くがたとうとする今、日本は震災手形の教訓を忘れつつあるようです。

2011年の東日本大震災を受け、政府は、被災した企業の復旧費用を公費で助成するグループ補助金制度を特例として新設しました。今年4月時点で、東日本大震災では5000億円近くの交付が決定。2例目となる熊本地震では熊本・大分両県で500億円近い交付が決まりました。

けれども補助金が本当の意味で復興に役立っているかは疑問です。今年4月の日経電子版の記事は、東北では補助金を受けながら、過大投資などが響いて経営破綻した企業も出始めていると伝えています。

「震災前から経営が苦しかった企業も、大多数は補助金を得て設備を復旧した。本来なら赤字企業は事業を縮小し、収益力の高い企業に集約すべきだった」。宮城県内の経営コンサルタントが指摘する実態は、震災手形で企業を救済して問題を先送りし、破綻に向かった、かつての日本の姿そのものです。(2017/09/01)

2018-08-31

ホロコーストの教訓

麻生太郎副総理兼財務相がナチス・ドイツの独裁者ヒトラーを例示して「動機が正しくても駄目だ」と発言、撤回したことが問題となっています。

社民党の又市征治幹事長は「ナチス・ドイツの独裁者をひきあいに政治家の心構えを説くのは言語道断であり、断じて許されない」と批判。共産党の志位和夫委員長は「動機が邪悪だったからこそホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という残虐な結果が引き起こされた」と指摘しました。

撤回は正しいし、批判ももっともです。しかし、与野党の政治家がホロコーストの真の教訓を理解しているかは疑問です。

恐ろしいホロコーストを引き起こした要因はいくつかありますが、その一つは経済的な成功者に対する嫉妬心です。

近代欧州の夜明け、フランス革命が起きて王政が壊されると、それまでゲットー(特別居住区)に隔離されていたユダヤ人が解放され、市民権を与えられます。その中から一気に社会的上昇を果たし、資本主義の先頭に立つ者が多数出てきます。

「これがキリスト教徒にはまったく面白くないんです」と歴史学者で東大教授の石田勇治氏は指摘します。「やつらに市民権を与えなければよかった」と声が上がります。ヒトラーはそうした大衆の嫉妬心に付け入ってユダヤ人差別を煽り、政治的支持を獲得していったのです。

2015年、ホロコーストをテーマとしたドキュメンタリー映画『SHOAH ショア』(クロード・ランズマン監督)が日本で20年ぶりに再上映され、東京都内の映画館に観に行ったことがあります。4部構成で計9時間27分にも及ぶ大作で、加害者側、被害者側それぞれの当事者に膨大な聞き取りを行い、大虐殺の実像を浮かび上がらせます。

第2部で印象的な場面があります。大虐殺を生き延びたユダヤ人男性が、かつて滞在したポーランドの村を訪ね、住民たちと再会。カトリック教会の前で男性を囲んだ村人たちに、映画スタッフが「ユダヤ人はなぜあんな目にあったと思いますか」と尋ねると、ある女性がこう答えます。「金持ちだったから」

ホロコーストを擁護する発言とはいえません。それでもナチス・ドイツが大虐殺を決断・実行した背景に、経済的に成功したユダヤ人に対する大衆の嫉妬心があったことを十分うかがわせます。

野党の左派政党は福祉の財源として富裕層に対する課税強化を訴えます。政府・与党はタックスヘイブン(租税回避地)を利用した富裕層の税逃れを非難します。そこに大衆の嫉妬心への迎合がないとは思えません。

ヒトラーが悪だと本当に信じるなら、嫉妬心という危険な炎を煽る政治を続けることはできないはずです。(2017/08/31)

さらば、官僚たちの夏

戦後日本が奇跡的な経済復興を遂げたのは、通商産業省(現経済産業省)のすぐれた産業政策のおかげである——。1980年代、米国際政治学者チャルマーズ・ジョンソン氏によって唱えられたこの説は、今でもかなり信じられているようです。しかし、それは根拠の乏しい神話でしかありません。

1960年代、通産省は自動車産業の再編をもくろみました。日本が先進国として経済協力開発機構(OECD)に加盟するには海外からの直接投資を自由化しなければならない。しかしそうすれば、米国のゼネラルモーターズ(GM)やフォード・モーターなどの強大な自動車会社が日本の下位メーカーを買収して国内に拠点を築き、いずれ国内自動車会社は米国のメーカーに吸収合併されてしまう。それを防ぐため、直接投資の自由化前に国内の自動車会社はトヨタと日産グループに統合しておく——。これが通産省の構想でした。

ところが通産省の意図に反し、ホンダやマツダなどの下位メーカーが抵抗して再編が進まず、自動車産業では10社体制が長らく維持されました。その結果、国内市場で厳しい競争が維持され、かえってその後の日本の自動車産業の発展に大きく寄与したのです。寡占体制だった米自動車産業が衰退したのと好対照です。

ジョンソン氏はこうした事情を無視して「通産省の産業政策ゆえに、日本の自動車産業は発展した」と日本の産業政策を賛美しました。これに対し経済学者の小宮隆太郎氏(東大名誉教授)は「通産省の存在にもかかわらず、日本の自動車産業は発展した」と正しく反論しています(八代尚宏『新自由主義の復権』、中公新書)。

誤った「通産省神話」を広める助けとなったのは、1975年に刊行された城山三郎氏の小説で、テレビドラマにもなった『官僚たちの夏』(新潮文庫)です。「ミスター通産省」と呼ばれた元事務次官の佐橋滋氏らをモデルに、高度成長期の通産官僚たちの「奮闘」を描きました。独断専行型の佐橋氏(作中では風越信吾)を突き放して描いた部分もありますが、佐橋氏らが推し進めようとした官主導の業界再編を賛美した面があるのは否めません。

佐橋氏は1993年に亡くなり、佐橋氏の右腕でフランス流の官民協調経済を唱えた両角良彦氏(元通産事務次官、作中では牧順三)も今月97歳で死去しました。しかし佐橋氏らの時代、すでに批判されていた市場経済への介入はなくなるどころか、東芝に米原子炉大手ウエスチングハウス(WH)の買収を勧め、現在の経営危機を招くなど、ますますはびこっています。もういい加減に、時代遅れの「官僚たちの夏」に別れを告げるときではないでしょうか。(2017/08/31)

2018-08-30

不思議の国の通貨

個人が自らの仮想通貨を発行できる「VALU」で人気ユーチューバ-、ヒカルさんの仮想通貨の価値が高騰後に暴落する騒動が起きました。この騒動、仮想通貨と本物のお金の違いについていろいろと考えさせられます。

まず、当たり前のことかもしれませんが、仮想通貨の世界では、通貨の価値が下がると、それを持っている人は損をしたことに怒ります。ヒカルさんらが高騰した自身のVALUを一気に売り出し急落したことで、利用者から「不当」と批判が殺到しました。

次に、仮想通貨の世界では、発行者は通貨の価値を高めようと努力します。通貨の価値が下がったときは、利用者から見放されないよう、最善の努力をします。ヒカルさんは自分のVALUを買い戻し、謝罪コメントもツイートしました。

北欧のエストニアは国家レベルで初めて、独自の仮想通貨「エストコイン」を発行し資金調達する新規仮想通貨公開(ICO)の検討に入ったそうです。発行後は民間の仮想通貨のように、価値が下がらないよう努力することでしょう。

さて一方、本物のお金の世界です。通貨の価値が下がっても、それを持っている人は怒らないどころか、損をしたことにすらほとんど気づきません。物価が上がることは通貨の価値が下がることを意味しますが、むしろ良いことのように信じられています。

発行者である中央銀行も、通貨の価値を高めようとするのでなく、逆に引き下げようとします。日銀は年2%の物価上昇目標を掲げていますが、これは円の価値を毎年2%ずつ引き下げるのと同じです。もちろん実現しても日銀総裁が謝罪したりしないでしょう。

仮想通貨は何か得体の知れないもののように思われていますが、以上の比較からは、本物のお金よりよほどまともに思えてきます。本物と信じられているお金のほうこそ、じつは不思議の国の奇妙な通貨なのかもしれません。(2017/08/30)

民主主義と独裁の間

政府に腐敗がはびこる理由
大きくて強い政府にあこがれ、権力者への道を選ぶ人々。彼らはエゴが肥大し、誰よりも物を知っているとうぬぼれ、自分の考えを他人に無理強いすることをためらわない。政府に腐敗がはびこるのは、ノーベル賞経済学者ハイエクが述べたように、人間のくずが一番出世するからだ。
Poverty Is No Mystery - LewRockwell

棄権という選択
選挙で投票しないことを恥じてはいけない。投票の権利とは、誰にも投票しない権利、つまり棄権を含む。国民は棄権によって「大統領なんかいらない」という意思を表明しているかもしれない。棄権は投票と同じくらい重要な意味がある。どちらも国民の選択を明らかにするからだ。
The Cost of Politics - The Libertarian Institute

民主主義と独裁の間
スターリン、ムッソリーニ、ヒトラーは皆、自分は世界一民主的だと公言した。偏狭で取るに足らない一部の個人的な利益を押さえつけ、労働者、民族、人種全体の真の利益を尊重するからだという。民主主義は多数決を原則とするから、政府の目的が正しいかどうかを判断できない。
The Dangers of Totalitarian Planning, Past and Present - The Future of Freedom Foundation

アイデンティティ政治の行方
性別、人種、民族、性的指向など特定集団の利益を代弁するアイデンティティ政治の推進者によれば、人間は個人としての幸福を求めてはならない。どの人種、性、社会階級に属するかによって、自分は何者であるか、どう生きるべきかが決められる。言論の自由に存在の余地はない。
Totalitarian Planning Dangers, Past and Present - Foundation for Economic Education

2018-08-29

体制転換とミサイル危機

北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐり、緊張が続いています。29日朝も北朝鮮が発射したミサイルが日本上空を通過し、政府は北朝鮮を非難しました。

しかしそもそも、北朝鮮はなぜ核・ミサイル開発に固執するのでしょうか。それを理解することは問題解決の手がかりになるはずです。

結論からいえば、北朝鮮が核・ミサイル開発をあきらめようとしないのは、超大国やその同盟国による力づくの「レジーム・チェンジ(体制転換)」、つまり今の金体制の転覆を防ぐために有効だと信じているからです。それには歴史的実績の裏付けがあります。

1959年のキューバ革命で同国が社会主義国となったことに衝撃を受け、米政府は国防総省と中央情報局(CIA)が主導し、武力侵攻で革命政権の転覆を図ります。1961年4月のピッグス湾事件です。この企ては失敗しますが、翌年キューバは米国による体制転換を防ぐため、ある手段を選択します。ソ連のミサイルを自国に配備することです。

これにより米ソは激しく対立し、核戦争まで懸念されますが、からくも妥協が成立し、戦争は回避されます。キューバ危機と呼ばれる歴史的事件です。

米教育団体、自由の未来財団理事長のジェイコブ・ホーンバーガー氏はこう指摘します。「もしペンタゴン(国防総省)とCIAがキューバの体制転換を試みなかったら、キューバはソ連のミサイルを配備する必要など感じなかっただろう。ペンタゴンとCIAによる体制転換の企てこそがキューバ危機をもたらした」

経済・軍事力に乏しい第三世界の国々の支配者たちがキューバ危機から学んだのは、超大国による体制転換から身を守る最善の手段は、核ミサイルの保有だということです。今の北朝鮮もそう考え、実行に移したのです。

そうだとすれば、北朝鮮に核・ミサイルの開発を思いとどまらせる第一歩は、体制転換はしないと確約することであるはずです。しかし米国はティラーソン国務長官が北朝鮮の体制転換をめざさないと発言する一方で、ポンペオCIA長官が体制転換に前向きな意向を示すなど、腰が定まりません。日本にも主体的な動きは見えません。

北朝鮮政府が国民を圧政で苦しめているとしても、武力による体制転換が良い結果をもたらさないことは、イラクやアフガニスタンで証明されたはずです。

そもそもの原因である体制転換の脅しをやめず、北朝鮮をただ非難し、圧力をかけるだけでは、事態は改善しないどころか、むしろ逆効果でしょう。(2017/08/29)

2018-08-27

金密輸と消費増税

経済犯罪が起こると、犯人をただ非難し、司法当局になんらかの対策を求めて話が終わってしまいがちです。しかし経済犯罪は表面に現れた症状にすぎません。症状をもたらした病根を見極め、メスを入れるほうが重要です。

7月3日付の投稿でも取り上げた、日本への金密輸問題があらためて注目を浴びています。ニッケイ・エイジアン・レビュー(NAR)が8月24日に配信した記事「Gold smugglers take a shine to Japan(金密輸業者、日本にほれ込む)」は海外の経済ブログやSNSで紹介され、反響を呼んでいます。

金密輸の背後には、大きく2つの経済問題があります。まず中国人民元の下落不安。中国の富裕層が人民元に対する信頼を失い、財産を国外に逃す手段として金を利用しているとみられます。「デジタルゴールド」の異名を持つ仮想通貨ビットコインが同様の理由で中国で人気となっていることを思い出します。

次に日本の財政問題です。運び屋が手荷物などに隠し、消費税を免れて日本に持ち込んだ金を貴金属店などに持ち込むと、消費税を上乗せした金額で買い取ってもらえるので、消費税分が儲けになります。政府は2014年に消費税率を5%から8%に引き上げましたが、これが金密輸のうまみを増した格好です。

NARが他メディアの報道として伝えるところによれば、消費税率引き上げのおかげで、運び屋への手間賃や空港係員への賄賂を払っても十分儲けが出るといいます。このままさらに税率が引き上げられれば、密輸に拍車がかかることでしょう。

人民元への不信にしろ日本の財政問題にしろ、その責任は政府の拙劣な経済運営にあります。密輸は「悪いこと」かもしれませんが、犯人だけを悪者に仕立て上げれば、問題の本質から目をそらすことになります。

しばらく前のNHK「クローズアップ現代+」で、密輸業者が消費税を逃れていることを指して「私たちの税金が不法にかすめとられている」と表現していました。しかし、一部の者が税金を違法に逃れたからといって、他の人から税金をかすめ取ったことにはなりません(税金を「かすめ取る」のはつねに政府です)。そのような表現で密輸業者への憎しみを感情的に煽れば、増税で国民を苦しめる政府の責任を見失ってしまうでしょう。(2017/08/27)

ヘイトスピーチ規制の危険

ヘイトスピーチ規制の危険
政府がヘイトスピーチとは何かを決める権限を持つと、政府に対する批判はすべてヘイトスピーチだとみなすようになる。少数派を守るための法律でも、警察をナチスと非難した人を捕まえる道具に変わりうる。多数派への反対意見を黙らせるための不明確な法律として利用されうる。
The Harms of Hate Crime Laws

起業家が官僚になる時
ダイバーシティをうたうネット企業は創業以来、能力より多様性を重んじてきたわけではさらさらない。従業員に今の政治信条を押しつけたいにすぎない。政治信条で経営判断する道を選んだ企業の行動様式は、もはや起業家ではなく官僚である。GMもIBMもその道をたどり没落した。
PC and the Bureaucratization of the Economy | Mises Wire

官民連携の言論抑圧
米大手ネット企業は政府と多くのレベルで深く関わる。データ収集、監視、兵器開発、人工知能、よからぬ省庁へのクラウドスペース提供など。経済・社会・文化的な力を市場競争からだけでなく、政府とのつながりからも手にする。SNSアカウント閉鎖は政府の言論抑圧と連携する。
The Social Media Purge: Is the Mises Institute Next? | Mises Wire

人を黙らせる言葉
ヘイトスピーチとは、検閲推進派が人に見聞きさせたくないものを何でも表現できる便利な言葉だ。とても柔軟で、だから危険きわまる。マッカーシズムの赤狩り旋風が吹き荒れた1950年代、誰かを黙らせるには共産主義者のレッテルを貼ればよかった。今はそれがヘイトスピーチだ。
I Was Banned for Life From Twitter | The American Conservative

2018-08-26

銀行はなぜ破綻する

信用を失った銀行に預金者が払い戻しを求めて殺到することを「取り付け騒ぎ」といいます。銀行にとってきわめて深刻な事態です。預金の払い戻しに応じることができず、破綻する恐れが大きいからです。

最近では、銀行ではありませんが、カナダ最大の住宅ローン会社、ホーム・キャピタル・グループに取り付け騒ぎが起こって経営危機に陥り、米著名投資家ウォーレン・バフェット氏が救済する出来事がありました。

しかしそもそも、なぜ銀行は預金の払い戻しに応じることができないのでしょうか。たとえば、倉庫会社は顧客から多くの物品を預かっていますが、預かった物品を返すことができず倒産したという話は聞いたことがありません。

銀行と倉庫会社の違いは何でしょう。倉庫会社は預かった物品を必ず倉庫に保管しているのに対し、銀行は預かったお金の大半を貸し出しに回してしまいます。預金者から一斉に預金の払い戻しを求められても、貸したお金は急には返してもらえないので、払い戻しに応じられず破綻するのです。

もし銀行が倉庫会社のように、預かったお金をいつでも返せるように手元に置いておけば、たとえ多数の預金者が一斉に押しかけようと、払い戻せなくなることはないはずです。しかし実際には貸し出しに回して手元にないので払い戻せない。これが銀行が破綻する根本の理由です。つまり自業自得です。群集心理に駆られた預金者が悪いわけではありません。

おそらく金融に知識のある人ほど、この説明に戸惑うことでしょう。求められればすぐに返さなければならない預金を、返してもらえるまでに時間のかかる貸し出しに回す、つまり「短期で借りて長期で貸す」商売は、どの銀行もやっている普通のビジネスだ。それを否定したら銀行業は成り立たないし、経済にも大打撃になる。素人考えはやめてほしい——。こんな反論が目に浮かびます。

しかし「短期で借りて長期で貸す」ビジネスモデルこそ金融危機をもたらす元凶だという指摘は、決して素人考えではありません。金融を知り尽くしたプロが言っています。英国の中央銀行、イングランド銀行の前総裁マーヴィン・キング氏です。

キング氏は著書『錬金術の終わり』(日本経済新聞出版社)で、リスクの高い長期の資産に投資しながら、預金は安全だと装うのは、錬金術に等しいまやかしだと批判します。そのうえで新たな銀行システムのモデルとして、1933年に米国の著名な経済学者らによって提唱された「シカゴプラン」を紹介します。

シカゴプランとは、預金の100%を裏付ける流動資産を払い戻しの備えとして銀行に保有させる案です。実行すれば取り付け騒ぎはなくなり、それが生み出す不安定性も消えるとキング氏は説明します。

世界を金融危機に陥れたリーマン・ショックから来年で10年になりますが、金融緩和などの対症療法ばかりで、根本にはメスが入らないままです。このままでは危機の再来を否定できません。(2017/08/26)

貿易戦争の犠牲者

盗んでも使えないもの
米トランプ政権、中国が米国の知的財産権(intellectual property)を「盗んだ」と非難。しかしかりに何かを盗んだからといって、それをうまく使いこなせるとは限らない。そもそも中国政府はどうやって、盗む価値のある知的財産を取捨選択できるのか。中国の役人が経済音痴な他国の役人より賢いとなぜ言えるのか。
China's Alleged 'Intellectual Property' Theft Is Much Alarmism About Nothing | RealClearMarkets

偽りのポピュリズム
ポピュリストは、勤勉で重税にあえぐ中産階級の利益を代表する。トランプ米大統領はロシアや北朝鮮と平和を求める点ではポピュリストだが、保護貿易を進める点ではその正反対。保護主義は政府の力で物の値段を押し上げ、大衆を犠牲に政府と癒着した企業を潤す仕組みだからだ。
Fake Populism - LewRockwell

チリとベネズエラの明暗
ベネズエラが保護主義を採ってきた半面、チリは貿易障壁を劇的に引き下げた。1979年以来、チリ経済の特徴は中南米で最も低い関税率(10%)と非関税障壁がないこと。ベネズエラは貿易を規制し、国営企業の製品を無理やり国民に買わせる。会社設立の期間はチリの4倍以上かかる。
Capitalism: Why Chile Is So Much Richer than Venezuela | Mises Wire

貿易戦争の犠牲者
中国製品に関税をかけると、米国の消費者が購入する製品はいずれ値上がりする。米国民が中国製品を買うのは国産品より安いから。関税のせいで米国民は貧しくなる。中国製の部品に頼る米国の企業も代替品を探すのが難しい。25%のコスト上昇を自分でかぶるか消費者に転嫁する。
Trump's Senseless Trade War with China | Mises Wire

2018-08-25

軍という官僚組織

なぜかあまり意識されないことですが、軍は官僚組織です。昔の日本軍も、今の自衛隊もそれは同じです。一般のお役所同様の悪弊から逃れることはできません。

藤井非三四『陸海軍戦史に学ぶ 負ける組織と日本人』(集英社新書)は、戦前の陸軍・海軍が安全保障という任務を果たすうえでいかに欠陥を抱えた組織だったか、多くの具体例を挙げて明らかにします。

たとえば人事。平時はもちろん、戦時になっても年功序列、学校の成績を重んじ、信賞必罰が実行されませんでした。

海軍で主戦力となった空母機動部隊の司令長官には、航空に暗い南雲忠一ではなく、航空育ちで積極果敢な山口多聞を起用すべきだったと今も語られます。しかし著者によれば「それはまったく無理な話だ」。なぜなら「南雲は海軍兵学校36期、山口は40期、4期も若い者を後任として補職することは、制度的にあり得ないし、当時はそう発想すること自体、妄想として片付けられた」からです。

たとえば組織。陸海軍の連携が取れていなかったことは有名です。陸軍の輸送船団の護衛には海軍が当たりましたが、どちらの指揮官が全体の指揮権を握るかあいまいで、情報の共有も不十分でした。

その結果招いた「信じられないような椿事」の一つが、バタビア沖海戦での同士討ちです。味方である海軍の魚雷誤射により陸軍の輸送船団四隻が沈没し、陸軍司令官の今村均中将が海中に投げ出され3時間漂流したのです。「統一指揮の下に行動すれば、情報を共有することができて、錯誤が避けられる」はずだったと著者は批判します。

旧日本軍の欠点は防衛省・自衛隊にも引き継がれているようです。日経電子版の記事は、南スーダンでの自衛隊の国連平和維持活動(PKO)の「日報問題」について、防衛省が「起きているのは『戦闘』ではなく『衝突』である」と苦し紛れの言い抜けをしたのは、「退却」を「転進」とごまかした旧日本軍と重なると指摘します。

こんな調子でもし有事となった場合、旧軍のような失態を演じないといえるのか。心細い限りです。

民間企業でも、硬直した人事や縄張り意識、都合の悪い事実の無視など官僚的な欠陥が生じる場合はあります。しかし軍などの政府組織と決定的に異なるのは、欠陥を克服できない企業は、満足なサービスを提供できず、顧客から見放される点です。政府の場合、どんなに低劣なサービスでも、顧客である国民から愛想を尽かされる気遣いはなく、殿様商売にあぐらをかいていられます。

これは精神論で解決できる問題ではありません。政府という官僚組織の本質です。だとすれば、予算を増やし軍の規模を大きくしても、安全保障サービスの質がその分高まるといえないのはたしかでしょう。(2017/08/25)

2018-08-24

戦前のモラルは高かったか

最近の日本人はルールやマナーを守らない。ゴミをまき散らして帰る行楽客、電車内で子供が騒いでも怒らない甘い親。これらは戦後教育のせいだ。それにひきかえ戦前の日本人はモラルが高かった——。よくあるこんな解説、本当でしょうか。

戦前は今より道徳心が高かったという主張に根拠がないことは、大倉幸宏『「昔はよかった」と言うけれど——戦前のマナー・モラルから考える』 (新評論)を読めばわかります。同書は戦前の新聞や出版物を調べ、当時の日本人のモラルの実態を描きます。

たとえば電車内でのマナー。昭和15(1940)年7月5日付読売新聞にこうあります。「集団をなしたハイカーは、とかく群集心理に酔って粗暴に流れがちになります。始発駅の列車や乗換駅で窓から乗り込み荷物を投込む。最近では窓から荷物を投込んで座席をとって置くと、先に乗り込んだハイカーがこれをホームに投出して座りこみ、そのため口論が始まる」

公共の場でのマナーの悪さは駅に限りません。街には人々が捨てたゴミであふれていました。昭和5(1930)年3月25日付同紙で、東京家政学院創設者の大江スミはこう嘆いています。「折角きれいに道幅も広々とつくられた立派な道路を、かの紙屑、蜜柑の皮、竹皮などを捨てて汚す悪習がありますから、これを十分きれいにしなくてはならない」

また俗説と異なり、家庭での子供のしつけは厳格ではありませんでした。明治43(1910)年7月3日付同紙では、ある外国人が日本は「子供の威張る国」だと感想を語ったと記し、こう認めています。「客間と云わず応接室と云わず、一家を子供の横行するに任かせ、来客に供したる菓子を子供の奪い去ることすらある我国のある種の家庭の状を見せしむれば、あるいは『子供の威張る国』という感じを起さざるを得ざる場合あるべし」

日本人を好意的に描いた『東京に暮らす』の著者キャサリン・サンソムも「子どもを叱っている母親を目にすることはめったにありません」と記しました。

著者の大倉氏が批判するとおり、歴史に学ぶには、根拠の乏しい印象論に走らず「過去の事実を正確に、より客観的に、より多角的に把握する」必要があります。「昔はよかった」という幻想に基づいて歴史の全体像を歪めてはなりません。ましてや政府の道徳教育によって、ありもしない「古き良き時代」への回帰を強いられるのは御免です。(2017/08/24)

2018-08-23

お金を貯め込むのはけしからん?

稼いだお金を使わないのはけしからん、という主張をよく目にします。稼ぐばかりで使わないとお金が「回らない」とか、稼いだお金は社会に「還元」しなければならない、といった意見です。

しばらく前のニコニコニュースによれば、ツイッターで、同様の考えを持つあるユーザーのこんな意見が反響を呼んだそうです。「お金を使うと対価を貰えたうえで他者に渡り、その他者がお金を使うと対価を、という無限の連鎖こそが経済効果の正体なのだと、いつになったらこの世界の常識が日本に広まり根付くんだろう」

こうした議論でたいてい目の敵にされるのは、お金を「貯め込む」富裕層や大企業です。上記のツイートに対しても「内部留保ばかり貯め込んで社会に還元しない企業がなくらないと無理」という反応がありました。お金を抱え込んで使わないのなら、政府が課税で取り上げ、他の人たちに配ったほうがいいという声さえあります。

そうした考えは昔からありました。一番有名なのは英経済学者ケインズでしょう。ケインズは貯蓄を良くない行いと非難し、低金利で金利生活者を「安楽死」させ、投資は政府がせよと主張しました。

ケインズは今のマクロ経済学の開祖ですから、その主張は上記のツイートの主がいうように、ある意味で「世界の常識」なのは事実です。しかし、それが正しいかどうかは別問題です。

富裕層はお金をすべてタンスにしまうわけではありません。多くの場合、銀行に預けたり株式・社債の購入に回したりします。これらのお金は直接・間接に企業に渡り、企業の投資に使われます。お金を出した富裕層はリスクを負っているのであり、怠惰に過ごしているわけではありません。

今の日本では、企業はお金を投資にあまり使おうとせず、銀行も企業が借りてくれないのでお金を抱えている現実はあります。富裕層のタンス預金も増えています。しかしこれらにも利点はあります。企業や富裕層が物を買わないので物価が上がらず、庶民や貧困層の暮らしを楽にするという効果です。

ケインズの主張に従い、政府が企業や個人が抱えたお金を無理やり取り上げ、公共事業などに使っても、一部の関係業者を一時潤すだけです。

自分のお金は、使おうと使うまいと自由なはずです。金持ちだから、大企業だからというだけでその自由が否定されるのは、おかしなことです。(2017/08/23)

2018-08-22

資本主義のDNA

日本人は穏やかな農耕民族なので、生き馬の目を抜くような米国流の資本主義はなじまない——。こんなもっともらしい解説を見かけます。でも、それが正しくないことは、世界に先駆けた先物取引の歴史をみれば明らかです。

「惣(そう)じて北浜の米市は、日本第一の津なればこそ、一刻の間に五万貫目のたてり商ひもある事なり」。江戸時代の大坂の米市場に触れた、井原西鶴『日本永代蔵』の一節です。「たてり商ひ」とは売り手、買い手が立ち会って行う取引。のちに米市場は堂島に移転しますが、北浜はその前身です。

江戸時代の経済の基本は米でした。百姓は毎年、決められた量の年貢を納め、幕府・各藩はそこから消費する分と家臣に禄(給料)として与える分を取り置き、他は換金して武器購入や運営費用に充てました。

こうしたなかで米商人が台頭し、米市場も発展します。大坂で最も有力な商人は淀屋でしたが、他の商人も米相場の変動を利ざや稼ぎのチャンスとみて、「空米(からまい)取引」に乗り出します。空米取引とは、現物として存在しない帳簿上の米を取引すること。つまり先物取引です。

西鶴は、米の作柄を左右する気象に目を凝らして作戦を練り、相場を張る商人の姿を生き生きと描きます。「夕(ゆうべ)の嵐、朝(あした)の雨、日和を見合せ、雲の立所(たちど)をかんがへ、夜のうちの思ひ入れにて、売る人有り、買ふ人有り」

農耕民族うんぬんの俗説とは異なり、日本人に脈々と受け継がれる、利にさとい資本主義のDNAを示しています。

空米取引の多くは相場に賭ける投機です。投機というと眉をひそめる人が少なくありませんが、投機がなければ市場は役に立ちません。取引量が増えないので売りたいときに売れず、買いたいときに買えないからです。

空米取引は幕府自身が米を売りたいときに売るのに必要なのに、幕府は無慈悲にもそれを行なった商人の財産を没収したそうです(赤坂治績『江戸の経済事件簿』、集英社新書)。

日経電子版の記事によれば、自民党農林族の反対などを背景に、米先物の本上場が再び延期されました。昔も今も、政治家は自分がコントロールできない市場を恐れ、憎むのでしょう。(2017/08/22)

2018-08-21

デフレは本当に悪いのか

いまさらですが、デフレって本当に悪いのでしょうか。

政府・日銀の公式見解では、デフレ(物価が毎年のように下がること)は経済にとって悪いことだとされています。でも、現実に照らして考えるほど、納得できなくなります。

たとえば、昨日配信された日経電子版のこの記事(「物価抑える格安スマホ」)です。格安スマホのおかげで、家庭の携帯電話通信料が下がっているそうです。それが物価全体に下げ圧力となっています。

今、つい「格安スマホのおかげで」と書いてしまいましたが、デフレが悪だとすれば、不適切な表現ですね。正しくは「格安スマホのせいで」です。格安スマホのせいで物価が上がらないのです。困ったものです。でも、いったい誰が困るのでしょうか。

日銀のホームページにある「5分で読めるマイナス金利」というQ&A形式の解説に、「物価が下がって何が悪いの?」という問いがあります。答えにこうあります。「デフレで物価が上がらないということは、会社の売上げも増えないので、給料も上がりません……」

もっともらしく見えますが、考えれば変です。インフレになってすべての会社の売り上げが増えたとしましょう。するとA社の売り上げだけでなく、A社に原料や部品を売るB社やC社の売り上げも増えますから、A社は利益が増えません。利益が増えなければ給料を上げるのは難しいでしょう。

一方、給料が上がらなくても、物価が下がれば、つまりデフレになれば、その分多くの物を買えるようになります。これを実質賃金の上昇といいます。だったら別にデフレでもいいのではないでしょうか。

米国で資本主義が急速に発展し、「金ぴか時代」と呼ばれた1870〜80年代、物価はほぼ一貫して下落しました。つまりデフレでした。

三菱UFJインターナショナルのエコノミスト、ブレンダン・ブラウン氏によれば、当時の物価下落率は1870年代が年3〜4%、80年代が同1〜2%でした。その結果、80年代には1人あたり実質賃金の伸び率がおよそ年4%にも達します。製品改善を考慮した現代流のヘドニック法で計算すれば、物価下落率はさらに大きくなるといいます。

日銀は2%の物価目標をあくまで掲げ続けています。しかしその目標がいつか達成されたとして、そのとき私たちの暮らしは今より豊かになっているでしょうか。(2017/08/21)