それは資本主義の害悪か
資本主義を批判し、その終焉を望む言論が流行している。しかし、そうした言論の多くに共通した誤りがある。政府の政策や規制がもたらす害悪を資本主義の弊害だと取り違え、資本主義を非難することだ。本書もその誤りを犯している。
著者は米金融市場における派生商品取引の膨張を取り上げ、資本主義を批判する。しかしそもそも派生商品取引が広まったのは、著者自身が記すとおり、政府が金とドルの交換を停止した結果、ドルの下落をヘッジする必要が生じたからだ。
福島原発事故が大惨事となったのは、「より合理的に」という発想から無駄なコストを削り、津波対策を怠ったからだと著者はいう。だがそれは政府とその影響下にある東京電力の近視眼的判断であり、資本主義の合理精神にむしろ反する。
著者は、資本主義は過剰や過多をもたらすとして、空き家の増加を例にあげる。しかし空き家問題の主因は「更地にすると固定資産税の負担が増す」「建築基準法の規制で建て替えが認められない」といった事態を招く政府の税制や法制だ。
一方で著者は、資本主義は必要なところに物やサービスを届けられないとして、世界における栄養不足問題を例にあげる。だがアフリカなどの飢餓の多くは、政治的混乱のせいで食料のサプライチェーンが整備されないため起きている。
原発事故を繰り返してはならない、世界から飢えをなくしたいという著者の願いには共感する。しかしもし資本主義を終わらせれば、その願いがかなえられることは決してないだろう。経済的な資源を本当の意味で効率よく使い、社会を豊かにするのは自由な資本主義であり、政治家や官僚ではないからだ。
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