2016-08-09
シェファード『遠すぎた家路』
左翼も好んだ優生思想
神奈川県相模原市の障害者施設で入所者を次々と殺傷した男が逮捕前、「障害者は安楽死させた方がよい」と語っていたと報じられ、優生思想が関心を集めた。極右の思想と思われているが、左翼も信奉していたことが本書でわかる。
20世紀前半の英国で、政策エリートたちは人口減を心配し、原則制限していた移民の受け入れを検討するようになった。ただし条件がある。人口に関する王立委員会は1949年、移民が「よい血統」でなければならないと断言した(p.451)。
注目すべきは、労働党の母体にもなった左翼系団体のフェビアン協会が1945年に表明した意見である。「健全な血統を国内にもたらすと思われる、心身ともに健全で犯罪歴のない者たちだけを入国させるよう最大限の配慮をすべきだ」(同)
同協会は続ける。「移民の優生学は、いくら強調してもしすぎることがない」(同)。著者シェファードは「ナチスのイデオロギーそっくり」と論評する。優生思想はナチスがドイツで権力を握る以前に、英国の政治家などに広がっていた。
福祉国家の父ことベヴァリッジ、経済学者ケインズ、作家ウェルズといった進歩的知識人は優生学運動の一員として、労働者の産児制限や精神障害者の自発的避妊を提唱したという(p.26)。優生思想は左右を問わず国家主義に好都合な思想なのだ。
第二次大戦後の連合国によるドイツ占領政策がきわめて官僚的だったことから、東・中央ヨーロッパから追われたドイツ人難民の多くは劣悪な生活環境を強いられ、疫病が広がり、餓死寸前となる女性や子供も少なくなかったという(p.339-346)。戦争を引き起こす国家は、戦争の最中だけでなく、終わった後も人々を苦しめるのである。
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