2016-08-07

佐伯啓思『さらば、資本主義』



それは資本主義ではない

今、地球上に純粋な資本主義は存在しない。とくに先進主要国の経済は、国家の干渉がさまざまな分野で広がっている。ところが半可通の知識人は、経済・社会問題の原因は資本主義にあると的外れにも論評する。本書はその好例である。

著者は「『資本』を金融市場にバラまいて成長をめざすという『資本主義』はもう限界なのです」と記す。この短い文章に誤りが二つある。第一に、「資本」がマネーを指すとすれば、それをバラまいているのは市場自身ではなく、政府・中央銀行である。

今よりも純粋な資本主義に近かった時代、政府・中央銀行のマネー濫造には金本位制が一定の歯止めをかけていた。マネーの暴走と呼ばれる現象が頻発するようになったのは、金本位制が完全に消滅したニクソン・ショック以降である。

第二に、純粋な資本主義では、誰も国全体の「成長」をめざせと号令をかけたりしない。自分の会社が儲かるかどうかに関心はあっても、国内総生産(GDP)がどうなろうと知ったことではない。そもそも昔はGDP統計などなかった。

GDP(当初は国民総生産=GNP)統計とは、戦争や公共事業が経済にプラスになるという口実にする狙いで、政府主導で開発されたものである。著者が今の世を本当に憂えるのであれば、「さらば、国家主義」と言わなければならない。

主流派経済学に対する批判に傾聴すべき部分はあるものの、大枠の議論が混乱してしまっている。

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