2022-09-29

テロリストの勝利

ミーゼス研究所編集主任、ライアン・マクメイケン
(2019年9月11日)

2001年9月11日、テロリストが世界貿易センタービルと国防総省に飛行機を飛ばした。数時間後、2900人以上が死亡し、その大多数がニューヨークの世界貿易センターの民間オフィスビルにいた。

24時間以内に、米国政府はその得意とするところを発揮した。さらに権力を求め、巨大な軍事・国家安全保障機構(その会計年度内に5兆ドル以上を受け取っていた省庁群)を利用するための計画を練り始めたのである。

9・11テロで米国の国家安全保障が破綻したとき、重要な責任者は誰一人、職を失わなかった。

注目すべきことに、9月11日に国家安全保障の提供に完全に失敗したのと同じ人々が、9月12日に安全保障の提供を任された。ただし、その人々や政府機関には、より大きな権力と予算が与えられ、法的・公的な監視の目がこれまで以上に行き届かなくなった。

11月までに、連邦政府は自分の無能さに対し、早くも惜しみなく報酬を与えた。議会は愛国者法を可決し、大統領はそれに署名した。この法律は、アメリカの法体系を一変させ、すべての米国人をテロリストの容疑者とし、政府職員による監視の対象とするものであった。ワシントンの政治家たちは、さらに別の連邦政府機関、国土安全保障省を設立した。国防総省は米国の「国土」以外の防衛に従事しているかららしい。

米国民に対するこの戦争は、9月11日の爆撃事件とはまったく関係のない国家を含む、他の国家に対する通常の銃撃戦によって補完された。例えば、イラクへの侵攻は、ホワイトハウスと中央情報局(CIA)長官ジョージ・テネットによって操作・歪曲された情報に基づいて行われた。イラクは米国にとってまったく脅威ではなかった。しかし、米政府は戦争が大好きで、9・11の後、米国民は何でも信じようとしたようである。だから政治家たちは戦争を始めた。それ以来、多くの戦争が起こっている。

一方、米国内では政府が、権利章典を尊重するという政府よりも、中国を手本にしたようなものに変貌しつつあった。

今日の米国では、誰もが潜在的なテロリストである。国はつねに戦争状態にある。「国家安全保障」のために、米国民は裁判を受けることなく、ドローン(無人機)で殺される。あるいはグアンタナモ収容所に投獄され、忘れ去られる。

テロ事件後、米国民がしょっちゅう言われたのは、日常生活を続けなければならない、さもなければ「テロリストが勝つ」ということだった。しかし、米国を最も変えたのは、テロリストたちではなかった。米国にとって、9月11日以降の世界は、捜索の拡大、規制の増大、監視の強化、負債の増大、「軍隊の支援」、「我々の仲間かテロリストの仲間か」に関する果てしない演説を意味した。「犠牲を払わねばならない」と言われた。「自由」がそれを求めているというのだ。

何か良いことはあったのか。今のところ、あったと信じる理由はない。とくに連邦政府は、すべてが秘密、機密であり、公開に適さないものだと主張しているので、証拠は提供されていない。「政府を信じてください、政府はあなたの安全を守っています」というのが、つねに繰り返される言葉だ。なぜか、多くの人がそれを信じている。

一方、連邦政府自身は何も犠牲にしていない。連邦政府にとって、いつも欲しがっていたものが増えただけなのだ。より多くの税金。より多くの権力。投獄・監視・課税・捜査・統制のための、より自由な権限。9・11での大失敗は、何の変化も、何の改革も、何の説明責任も生まないままであった。政府にとっては、すべてが良くなったのだ。

米国の自由の破壊がテロリストの望んだことであるなら、テロリストもまた望んだものを手に入れたのだ。

(次より抄訳)
America After 9/11: The Terrorists Won | Mises Institute [LINK]

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