2020-08-12

日産ゴーン逮捕、東京地検特捜部に世界中から批判…異分子排除の「宗教裁判」

日産自動車のカルロス・ゴーン会長(当時)が東京地検特捜部に逮捕され、衝撃が広がっている。特捜部は11月19日、約50億円の役員報酬を有価証券報告書に記載しなかったとして、ゴーン氏を金融商品取引法違反容疑で逮捕。これを受け日産は同22日、臨時取締役会を開き、ゴーン氏の会長職と代表取締役の解任を決めた。

この出来事に対しては、起こった直後から、海外メディアや専門家から疑問や批判の声が上がっている。米ウォールストリート・ジャーナルは、検察によるゴーン前会長の取り調べに弁護士が同席できず、疑惑が次々とメディアにリークされるなか、ゴーン前会長が一方的に企業のトップを解任されたことに対し「宗教裁判」だと批判した。


ゴーン氏がトップを務める仏企業ルノーの地元フランスのメディアでは、西川廣人日産社長らがゴーン氏排除に動いたクーデターだとの見方が広がっている。

郷原信郎弁護士はITmedia ビジネスオンラインへの寄稿で「堀江貴文氏、村上ファンド事件の時より本件の捜査はひどいと感じた」と述べた。2006年、ライブドア社長だった堀江氏、村上ファンド代表だった村上世彰氏がゴーン氏と同じく東京地検特捜部に逮捕された事件は、米国型敵対的買収の排除を狙った「国策捜査」だったとの見方がある。

ゴーン氏は日産の経営危機を救った立役者で「コストカッター」の異名をもつ。今回の逮捕の背景にはまだわからない部分が多いものの、日本の経営風土になじまない「異分子」を排除しようとする点で、かつてのライブドア、村上ファンド事件に通じるものがある。


「ジャンク債の帝王」


政治・経済の支配層が、新たに台頭したり国外からやって来たりする異分子を排除する構造は、とかく閉鎖的といわれる日本に限った話ではない。激しい市場競争を通じて新興企業が急成長し、古い企業をしばしば追い落とす米国でさえ、古い企業と政府との結びつきが強い業界では、旧来の秩序を守ろうとする排除の構造が存在する。それが特に顕著なのは金融業界だ。

1980年代の米ウォール街で「ジャンク債の帝王」として名を馳せた人物がいる。マイケル・ミルケン氏だ。ジャンク債(くず債)とはその名のとおり格付けが低く、デフォルト(債務不履行)の可能性が高い債券を指す。信用リスクが高い半面、利回りが高く、ハイリスク・ハイリターンの金融商品である。かつてはあだ花扱いされたが、今ではプロ向けの投資対象として定着し、活発に取引されている。このジャンク債を考案したのがミルケン氏である。

ミルケン氏は1946年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校を首席で卒業した後、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでMBA(経営学修士)を取得。証券会社ドレクセル・バーナム・ランバートに入社し、ウォール街で頭角を現す。

ミルケン氏が仕事を始めた70年代、米国は厳しい不況に見舞われていた。当時、銀行は大企業と最高格付けの企業を除き、ほとんどすべての企業への貸し出しを削減する。資本効率が高く、高成長する新興企業も銀行から締め出された。

ジャンク債は存在したものの、過去に高格付け銘柄として発行され、発行企業の経営悪化に伴い格付けの下がった「堕天使」と呼ばれる債券が、流通市場で取引されているだけだった。新規に発行される公募債は事実上すべて、超優良の大企業が発行する投資適格債に限られた。

このため格付けの低い新興企業などは資本市場から締め出され、コストが高くつくうえに制約の多い銀行融資や、保険会社などの大口投資家に直接販売される私募債に頼らざるをえなかった。株式を上場していても、社債を発行できない企業が何万社もあった。

こうしたなかでミルケン氏は、利回りの高いジャンク債は、倒産などのリスクを差し引いてもなお、メリットのある投資対象になりうると気づく。それを踏まえ、企業の資金調達手段としてジャンク債を活用する道を切り開いていく。

ミルケン氏は77年、7社のジャンク債発行を成功させる。それ以来、投資家の人気を集め、発行が広がっていく。「ジャンク債革命」と呼ばれる。1979~89年にジャンク債の市場規模はほぼ20倍の2000億ドルに成長した。

ジャンク債はクライスラー社など多数の製造業に資金を供給し、リストラを成功させた。しかしとくに恩恵を受けたのは、新興企業である。

携帯電話のマッコーセルラー、ケーブルテレビ向け放送局のターナー・ブロードキャスティング、ケーブルテレビネットワークのバイアコム・インターナショナルなどが相次いでジャンク債で多額の資金を集め、成長の糧にした。ジャンク債は、そのころ活発になった敵対的企業買収の資金調達にも使われていく(フランクリン・アレン、グレン・ヤーゴ共著『金融は人類に何をもたらしたか』)。

ここまではジャンク債の帝王、ミルケン氏の栄光の物語である。しかし話には続きがある。

既得権益を脅かされた勢力と政府権力の結託


ジャンク債で金融市場に劇的な変化を起こしたミルケン氏は、経済界の反発を買う。企業が融資に頼らなくなると銀行は商売あがったりだし、敵対的買収は経営者の地位を脅かすからだ。マスコミは巨額の報酬を稼ぐミルケン氏を強欲だと叩いた。

1989年、ミルケン氏は詐欺など98の罪で起訴される。結局、有罪となったのはわずか6つで、それまで投獄の対象になったことのない、ささいな罪ばかりだった。それにもかかわらず、同氏は禁錮10年の判決(2年に減刑)を受け、1年10カ月の刑に服する。

ミルケン氏は証券業界を永久追放され、近年は慈善活動のほか、自身の名を冠した「ミルケン研究所」の運営に注力している。同研究所が主催し、米国版ダボス会議とも呼ばれる国際経済会議「ミルケン・グローバル・カンファレンス」は毎年盛況だ。それでも汚名が完全に晴れたとはいえない。

昨年8月、米モルガン・スタンレーのマネージングディレクターだったデービッド・バーンセン氏が、ミルケン氏の恩赦をトランプ米大統領に求めた。ブルームバーグの報道によると、バーンセン氏は大統領宛ての書簡で、ミルケン氏に対する起訴は「集団的なねたみが手に負えなくなった時代」の結果だと主張。恩赦すれば「ニュースの見出しを飾ることを意識し、企業社会で働く人間にダメージを与える起訴」に歯止めをかけることを示唆すると訴えた。

CNBCは今年5月、アンソニー・スカラムーチ元ホワイトハウス広報部長らトランプ大統領の側近が、ミルケン氏の恩赦を大統領に働きかけていると報じた。もし恩赦が実現すれば、若き日に栄光から突き落とされ、今72歳となった元「帝王」にそれほどの慰めにはならなくても、既得権益を脅かされた勢力が政府権力と結託し、異分子を排除する構造への警鐘にはなるだろう。



ゴーン氏の罪は、退任後にもらう予定の役員報酬を有価証券報告書に記載していなかったことだとされる。しかし専門家が指摘するように、一般には虚偽記載罪は粉飾決算に適用されることが多く、役員報酬の虚偽記載を罪に問うのは異例だ。しかも退任後の支払いの約束となると、そもそも記載義務があるか疑問だという。

ささいな罪に問われ、名誉を剥奪されたミルケン氏の姿が重なる。心あるメディアは検察当局の「大本営発表」を垂れ流すのでなく、その背後にある真実に迫ってもらいたい。

<参考文献>
フランクリン・アレン、 グレン・ヤーゴ共著、藤野直明他訳『金融は人類に何をもたらしたか: 古代メソポタミア・エジプトから現代・未来まで』(東洋経済新報社)

Business Journal 2018.12.03=連載終了)*筈井利人名義で執筆

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