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2025-12-13

政府は自発的に権力を放棄しない

この記事「Governments Never Give Up Power Voluntarily」(政府は自発的に権力を放棄しない)は、オーストリア学派の経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスの著作『リベラリズム』からの抜粋です。

要点は以下の通りです。

記事の要点

  1. 政府の本質的な傾向: すべての政治権力、政府、支配者は、その支配領域を可能な限り拡大し、国家の干渉なしに起こる事柄を一切残さず、すべてを管理しようとする内在的な傾向を持っています。

  2. 私有財産は自由の基盤: 私有財産は、個人が国家から自由でいられる領域を生み出し、権威主義的な意思の活動に制限を設けます。このため、私有財産は個人の自治と、あらゆる知的・物質的な進歩の根源であり、「自由の前提条件」とされています。

  3. 政府は自発的に権力を放棄しない: 政治権力は、生産手段の私有財産の自由な発展を妨害するのを自発的にやめたことは一度もありません。政府は、その必要性を認めてではなく、強制されたときにのみ私有財産を容認します。ミーゼスは、「リベラルな政府は矛盾した形容語句である」とし、政府が自発的にリベラルになることは期待できず、人々の総意の力によってリベラリズムの採用を強要されなければならないと主張しています。

  4. 財産権攻撃の政治的優位性: 農業だけでなく産業や大企業が存在する社会において、支配者層にとって財産権への攻撃は、政治的に最も有利な行為です。なぜなら、「大衆を土地や資本の所有者に対して扇動することは常に容易なこと」だからです。歴史上、すべての専制君主や暴君は、財産を持つ階級に対して「人民」と同盟を結ぶという考え方を取ってきました。

  5. 私有財産の存続: 政府の敵意や、作家、道徳家、教会、大衆からの反対にもかかわらず、私有財産制度が存続してきたのは、それに代わる生産・分配の組織化の試みがすべて、自ずと実現不可能であることが証明されてきたためです。

  6. イデオロギー的敵意は残る: 政府は私有財産を許容せざるを得ませんでしたが、それでも「私有財産は、少なくとも倫理的に十分に進化していない人間がいる限り、当面はなしには済まされないである」という、財産権に敵対的なイデオロギーを固く保持し続けている、と結論づけています。

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    Governments Never Give Up Power Voluntarily | Mises Institute [LINK]

2025-12-12

自然秩序とその破壊

2025-12-11

階級理論のルーツ

歴史家ラルフ・ライコによるこの記事「Classical Liberal Roots of the Marxist Doctrine of Classes(マルクス主義の階級ドクトリンにおける古典的リベラルのルーツ)」は、階級階級闘争という概念が、マルクス主義以前の古典的リベラリズム、特にフランスの産業主義(Industrialisme)と呼ばれる思想に起源を持っていることを論じています。

以下は記事の要約です。


マルクス主義の階級概念の曖昧さ

  • マルクス主義は階級と階級闘争の概念と密接に結びついていますが、マルクスとエンゲルスは、階級の明確で一貫した定義を最後まで提供できませんでした。

  • 例えば、『共産党宣言』の冒頭では、奴隷と自由民、貴族と平民などの対立を挙げていますが、これらは主に経済的カテゴリーではなく、法的カテゴリーです。

  • マルクスは資本論の最後の章で「階級を構成するものは何か?」という問いを立てたものの、原稿は未完のまま終わっています。


古典的リベラルな階級闘争理論

  • マルクスは、現代社会における階級の存在と闘争の発見について、「自分に功績はない」と認め、「ブルジョアの歴史家」がこの階級闘争の歴史的発展を、「ブルジョアの経済学者」が階級の経済的解剖学を自分よりずっと以前に記述していたと述べています。

  • マルクスが名指しした「ブルジョアの歴史家」には、フランスのフランソワ・ギゾーオーギュスタン・ティエリーなどがいます。

  • ティエリーの協力者であるシャルル・コントシャルル・デュノワイエが提唱した「産業主義(Industrialisme)」が、このリベラルな階級分析の中心です。

産業主義の視点

  • 産業主義は、社会を「生産者」「非生産者(または略奪者)」の2つの階級の闘争として捉えます。

    • 生産者階級(Industrieux): 自身の労働によって生きようとする人々、すなわち、財やサービスを生産し、自発的な交換を通じて富を生み出す人々(農民、職人、商人、工場労働者、企業家など)。

    • 非生産者/略奪者階級(Oisifs/Dominators): 他者の労働によって生きようとする人々。これには、国家権力を利用して特権、税金、関税、独占などを通じて富を吸い上げる貴族、軍隊、政府職員、特権的な産業が含まれます。

  • 経済学者ジャン=バティスト・セイの思想が産業主義に大きな影響を与え、彼は富を生み出す「企業家」を称賛し、富を消費するだけの軍隊や政府、特権階級を「非生産的」な階級と見なしました。

  • アドルフ・ブランキは、すべての革命において対立する二つの党派は「自身の労働によって生きることを望む人々の党」と「他者の労働によって生きようとする人々の党」に過ぎないと述べています。

階級闘争の本質

  • リベラルな階級闘争理論の本質は、生産者間の調和した利益と、国家権力を手段として利用する略奪者による生産者からの富の搾取との間の対立にあります。彼らにとって、闘争は自由な市場国家による強制/略奪の間のものです。


結論

この記事は、マルクス主義の階級闘争論が、実はフランス復古王政期に栄えた徹底した自由主義の系譜にあり、そのリベラルな思想家たちは、現代社会における階級対立の根源を、「生産」「略奪」、すなわち自由な交換国家の強制の間の闘争として捉えていたと結論付けています。

概念古典的リベラル(産業主義)マルクス主義
階級の対立生産者(Industrieux) 対 非生産者・略奪者(Oisifs/Dominators)ブルジョアジー(資本家) 対 プロレタリアート(労働者)
搾取の根源国家権力による特権、税金、関税などの法的・政治的強制私有財産生産手段の所有に基づく経済的構造
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Classical Liberal Roots of the Marxist Doctrine of Classes | Mises Institute [LINK]

2025-12-10

国家統制・保護主義・生存圏

この抜粋は、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが1944年に発表した著書『万能政府:全体国家と全体戦争の台頭』からのものです。

ミーゼスは、国家統制主義 (Etatism)、すなわち介入主義社会主義といった国家による経済への干渉政策が、必然的に経済的ナショナリズム保護主義につながり、最終的に戦争を引き起こすという論点を展開しています。

1. 国家統制主義と経済的ナショナリズム

  • 国家統制主義の性質: 国家統制主義は、自国の利益のみを考慮し、外国人の運命や幸福には関心を持ちません。

  • 国際自由貿易との非互換性: いかなる形の国家統制主義も、国際的な自由貿易の世界では機能しません。国家の介入政策を維持するためには、必然的に国内市場を外国市場から切り離す措置(現代の保護主義)が必要になります。

  • 保護主義の原因: 現代の保護主義は、過去の誤った経済的議論から生じたものではなく、政府による国内ビジネスへの干渉(介入主義)の避けられない結果です。介入主義は生産コストを上昇させるため、輸入品の競争から国内産業を保護せざるを得なくなります。

  • 自由貿易の前提: 国際的な自由貿易は、国内の自由貿易を必要とします。

2. 労働政策と保護主義の必要性

  • 国内コストの上昇: 労働時間の短縮やその他の「親労働」的な法制は、他の条件が変わらなければ生産コストを上昇させます。

  • 競争条件の変化: コストが上昇すると、外国の生産者が国内および海外市場でより有利に競争できるようになります。

  • 保護の要求: そのため、賃金の高い国々の労働者は、より低い賃金で生産された外国製品との競争から身を守るために、輸入関税を要求します(「ダンピング」として非難)。

  • 国際的合意の限界: 国際的な労働法制の平等化(国際労働機関など)は、各国間の天然資源や人口密度による労働生産性の違い(賃金格差)を解消できないため、保護主義に代わる解決策にはなりえません。

3. 関税による独占の発生

  • コスト上昇の隠蔽: 政府の介入による国内生産コストの上昇を相殺し、競争力を維持しようとする保護関税は、新たな問題を引き起こします。

  • 独占の創出: 国内需要を上回る製品を生産している産業では、関税はそれだけではコスト上昇を完全に相殺できません。関税が国内市場を隔離することで、国内生産者はカルテルを結成し、世界市場価格に関税を加えた水準に近い独占価格を国内消費者に請求することが可能になります。

  • 輸出補助: 国内で独占利益を得ることで、彼らは海外ではより低い価格で販売する(輸出補助金を国内消費者が支払う形)ことが可能になります。

  • 政府の目的: 政府は、国内価格を世界市場より高く保つことを目指しており、独占に対する闘いは見せかけに過ぎません。独占は自由放任資本主義の必然的な結果ではなく、政府の政策(関税)によって作られたものです。

4. 経済的自給自足(アウタルキー)への志向

  • 介入主義と自給自足: 介入主義は市場を国家管理下に置くことを目指すため、国境を越えた国際的な経済関係は障害と見なされ、その究極の目標は経済的自給自足 (Autarky) となります。

  • 社会主義の志向: 社会主義政府もまた、市場を排除しようとするため、経済的に自給自足している状態が「完全」なものと見なされます。

  • 生産性の低下: 保護主義と自給自足の追求は、国際分業を阻害し、より生産性の高い資源を未使用のままにし、世界の生産性を低下させ、生活水準を低下させます。

5. 生存圏(レーベンスラウム)の要求

  • 工業国の懸念: 特に工業国では、他国の保護主義によって食料や原材料の輸入代金を輸出で支払えなくなることへの懸念が高まります。

  • ドイツ・ナショナリズムの動機: ドイツの攻撃的ナショナリズムは、この経済的窮状への懸念から生まれています。彼らは、食料と原材料の輸入なしには生き残れないと考え、他国が自国市場を閉ざす中で、この問題の解決策として「生存圏(Lebensraum)」を征服する必要があると主張しました。

  • 戦争の動機: ドイツは戦争をしたがっているから自給自足を目指したのではなく、経済的自給自足(アウタルキー)を達成したいから戦争を目指した、とミーゼスは結論付けています。

この分析は、経済的自由の原則からの逸脱(国家統制主義)が、いかにして国際対立を激化させ、最終的に世界大戦へとつながるかを論じています。


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Etatism, Protectionism, and the Demand for Lebensraum | Mises Institute [LINK]

2025-12-09

ヘイトスピーチ禁止はなぜ悪か

ルー・ロックウェルによるこの文章は、「ヘイトスピーチ」の禁止は自由な社会と両立せず、悪であるというリバタリアン的な視点から主張を展開しています。

以下に、その主な論点を要約します。


📜 1. ヘイトスピーチ規制への批判

  • 規制の要求: 「ヘイトスピーチ」とされる、女性、黒人、同性愛者、ユダヤ人、イスラム教徒などの様々なグループに対する否定的な発言は、そのグループのメンバーに悪影響を与え、憎悪を助長し、固定観念を定着させ、不快感を与えるとして、禁止が求められている。

  • 例外的な被害者: ほとんどのグループが「ヘイトスピーチ」の被害者になり得ると主張されるが、白人異性愛者の男性やキリスト教徒はそうではなく、規制は主にいわゆる「保護された階級」を対象としている。

  • 自由な言論の価値: 自由な言論の価値は、「ヘイトスピーチ」の悪を上回ると主張されている。

🗽 2. リバタリアンの立場と第一修正条項

  • 自由社会との不適合: リバタリアンの観点からは、いかなる種類の言論であっても禁止することは、自由な社会と両立しない。

  • 財産権としての権利: 偉大なマレー・ロスバードが教えたように、すべての権利は財産権である。誰もが自分の財産上での発言のルールを設定でき、他人の財産上での発言をコントロールする権利は誰にもない。これには「不快な」発言も含まれる。

  • 第一修正条項の厳格な解釈: アメリカはリバタリアン社会ではないが、可能な限りそれに近づくべきである。これは、「議会は、…言論または報道の自由を制限する法律を制定してはならない」という第一修正条項を最も厳格に解釈することを意味し、「いかなる法律も」は「ヘイトスピーチ」に対する法律を含むことを意味する。

🌐 3. 規制の事例と「萎縮効果」

  • ソーシャルメディアの自己規制: ADL(名誉毀損防止同盟)などの圧力により、Facebookがホロコースト否定コンテンツを禁止し、Twitterが暴力や憎悪的な行為を助長する外部コンテンツへのリンクを禁止するなど、インターネットプラットフォームは自主的に「ヘイトスピーチ」の規制を採用している。

  • 海外でのヘイトスピーチ禁止法: 外国での規制法は、言論に対する「萎縮効果」(chilling effect)をもたらすとして、特にスコットランドの事例に焦点を当てている。

    • スコットランド憎悪犯罪・公安法(Hate Crime and Public Order (Scotland) Act 2021): 既存の法律を統合・更新し、保護対象グループ(障害、人種、宗教、性的指向、トランスジェンダーのアイデンティティ)に「年齢」を追加し、将来的に「性別」を追加可能にした。

    • 新犯罪の創設: この法案は、保護されたグループに対する憎悪を煽るという新しい犯罪を創設した。

  • 「多様性」の名の下の検閲: 法の支持者は「多様性」を支持するコミュニティを作りたいと主張するが、これは彼らの言う「多様性」に反対する者をコミュニティの一部と見なさないという矛盾を指摘している。

🚨 4. スコットランドでの起訴事例

  • トランスジェンダー関連の批判: 特に、「トランス」の人々に対し、自己認識だけで性別が変わるという考えに同意しない人々を沈黙させようとする動きが攻撃的であると述べている。

  • マリオン・ミラー氏のケース: 著名なフェミニストであるマリオン・ミラー氏(50歳)が、トランスジェンダーの自己識別を批判するツイートにより、「悪意のある通信」(malicious communication)の罪で起訴された事例が挙げられている。

    • 彼女は「ターフ」(trans-exclusionary radical feminist:トランス排除的な急進的フェミニスト)であるとして批判された。

    • 彼女は、起訴の根拠となったツイートを具体的に知らされず、最大2年の懲役刑に直面する可能性があった。

    • 最終的に検察官はこの訴訟を取り下げたが、次の人物は「幸運」ではないかもしれないと警鐘を鳴らしている。


最後に文章は、「私たちを検閲し、彼らの正気ではない意見を強制しようとする偏屈者に反対するために、できる限りのことをしよう!」と呼びかけて締めくくられています。


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Why Banning Hate Speech Is Evil | Mises Institute [LINK]

2025-12-08

デモクリトスの合理思想

ギリシャでは紀元前8世紀に各地にポリス(都市国家)が成立した。ポリスは小規模な共同体であり、市民たちは自らポリスの独立・自治に関与するとともに、自由を重んじた。また、ギリシャ人は地中海沿岸の各地にポリスを建設し、交易を活発に行い、東方のオリエント文化とも接した。

自由な精神や異文化との接触は、やがてそれまでの神話に基づく素朴な世界観や人生観と異なる考え方を芽生えさせることになった。哲学の誕生である。


紀元前6世紀の初頭に、当時の先進的な地域であった小アジア・イオニア地方に新たな考え方をする人々が現れた。初期の哲学者たちである。彼らはとくに自然(ピュシス)を考察した。そのためその哲学は自然哲学と呼ばれる。彼らは神話的世界観を排して、自然の世界は神々の気ままな働きに左右されるものではなく、それ自体で確固とした秩序を備えた存在であると考えた。

そして、その秩序は人間の観察と思考によってとらえられ、さらに、秩序の根拠も人間のロゴス(理性)の働きによって自然そのもののうちに把握されると考えた。世界は人間の理性によって認識されうるとする合理的世界観は、人間を理性的存在とみて、理性を中心にして生きていこうとする理性的人間観と深く関係する。

自然哲学の祖で、哲学の創始者とされるのがタレスである。天文学や数学など多方面で才能を発揮したタレスは、その自然観察をもとに、「万物の根源は水である」と主張した。これを始まりとして、世界の全体について統一的な説明を求める人々が多く現れるようになった。

たとえば、ヘラクレイトスは、万物の原理を火とし、世界の秩序を動的にとらえた。パルメニデスは、「あるもの」はつねに「ある」のだと主張し、「あるもの」がなくなったり、なかったものが「ある」ことになったりする変化や生成消滅を否定するに至った。これに対して、エンペドクレスは、世界全体が4つの元素(火・土、水、空気)から構成され、この4つの元素の混合と分離によって生成や変化が起こると主張した。

これら初期ギリシャ哲学者のうち、経済思想の面から、良い意味と悪い意味で、それぞれとくに興味深い2人にスポットを当てよう。最初はピタゴラスである。

ピタゴラスは前570年頃、小アジア沿岸の島サモスに生まれた。前530年頃、ポリュクラテスの僭主政を避けて、イタリア南部のクロトンに落ち着き、学問性と宗教性をあわせもった一種の結社を設立し、政治的にも大きな影響力をもった。その地に20年ほどとどまったが、政治的動乱のため同じ南イタリアのメタポンティオンに逃れ、その地で没した。


ピタゴラスは、宇宙の調和と秩序の根源を数であると考えた。たとえば、テトラクテュスはピタゴラスの考えを象徴する図で、ピタゴラス派のシンボルマークだった。1つ、2つ、3つ、4つの点を三角形に並べた図で、4つの数の和は10となり、大宇宙と小宇宙に共通する世界秩序(コスモス)を表す。ピタゴラス教団では、この図形の前で誓いを立てたと伝えられている。ピタゴラスによれば、世界が数であるだけでなく、それぞれの数が道徳的な特質やその他の観念を体現している。たとえば、正義は4であるという。

ピタゴラスがギリシャにおける数学の発展に貢献したことは確かだが、数字そのものに神秘的な意味を持たせるその数秘学には、ついていけないのが正直なところだろう。自由意志をもった人間の行動が織りなす経済現象を、まるで自然現象のように数字だけで分析しようとする、現代の数理経済学や計量経済学の過ちは、ピタゴラスに発するとの見方もある。経済学者マレー・ロスバードがいうように、ピタゴラスは、哲学と経済思想の発展に不毛な行き詰まりをもたらした。

一方、初期ギリシャ哲学者のもう1人の興味深い人物は、哲学と経済思想に前進をもたらした。デモクリトスである。

デモクリトスはギリシャ北方、トラキア地方アブデラの出身。生年は前470年頃で、有名な哲学者ソクラテスとは同時代だが、交流はなかった。レウキッポスという人から原子論を学んだというが、はっきりしたことはわからない。古代における優れた文章家の一人とされ、残された断片から「簡潔で引き締まった、しかも気品のある文体をかいま見ることができる」(廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』)といわれる。

デモクリトスは、それ以上分割することができない原子と空虚から宇宙全体が構成されていると考え、あらゆる現象は、原子(アトム)の配列と運動によって説明できると説いた。この考えを原子論と呼ぶ。

前出のロスバードによれば、デモクリトスは、経済思想の発展に2つの重要な貢献をした。第1に、近代経済学でいう主観価値説を初めて唱えた。財(商品)の価値は人々が主観的に判断する効用によって決まるという洞察だ。デモクリトスによれば、「善と真は、万人にとって同じだが、快は人それぞれに異なっている」という。この「快」は現代経済学でいう効用にあたる。それぞれの人にどれだけの快、つまり効用を与えるかによって、財の価値は決まる。このことをデモクリトスは「快と不快こそ、有益なものと無益なものを分ける境界線である」と明言している。

2番目の貢献は、私有財産の尊重である。すべての財産を皇帝やその配下の官僚が所有・管理した東洋の専制政治と異なり、ギリシャの社会と経済は私有財産に基礎を置いていた。デモクリトスは、私有財産経済のアテネと集団主義経済のスパルタを比較し、前者のほうが優れていると結論づけた。財産が集団によって所有される場合と異なり、私有財産は勤勉に働くインセンティブ(誘因)を与えると正しく指摘した。

興味深いことに、デモクリトスの原子論は、個人の幸福は快楽を得ることによって実現するという快楽主義を説いたヘレニズム期の哲学者、エピクロスの思想に影響を及ぼした。エピクロスは、人間の生命も原子からなる以上、死を恐れたり不安に思ったりすることは無意味だと考えたのである。

誤解してはならないのは、デモクリトスの快もエピクロスの快楽も、一時的で感覚的な快さではなく、内面的なものであるということだ。デモクリトスが先達となった本来の経済学が前提とする人間は、金銭的利益だけを求める存在ではない。内面的な満足こそ真の快楽であることを知っている。その価値観は初期ギリシャ哲学の合理主義に支えられているのである。

<参考資料>
・廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)
・It all began, as usual, with the Greeks | Mises Institute [LINK]

2025-12-07

木村貴の経済チャンネル(101本目〜)

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  2. 孔子の自由主義思想(2025/09/04
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  7. 豊臣秀吉の「大東亜戦争」(2025/09/20
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  9. 産業革命は地獄という嘘(2025/09/25
  10. 社会保障、保守政治家の大罪(2025/09/27
  11. 動画が電子書籍になりました!(2025/09/29
  12. 金が信頼される理由(2025/09/30
  13. 銀というグローバル通貨(2025/10/04
  14. デフレ政策が日本を救う!(2025/10/11
  15. アベノミクス再来なら日本沈没(2025/10/14
  16. 政治が戦争を止めるという嘘(2025/10/18
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  18. 元祖アベノミクス、高橋是清を崇めるな(2025/10/23
  19. 金価格が大幅安 歴史的な下げ局面か、再上昇の始まりか(2025/10/27
  20. 大恐慌前夜、「株は暴落しない」と信じた教授の末路/日経平均は10万円まで行く?(2025/11/03
  21. 「脱ドル」で拡大、世界のゴールド需要/金や株を超える最強の「投資」とは?(2025/11/10
  22. 大恐慌を予言した男たち/経済危機で厳禁な行動10選!(2025/11/17
  23. 金銀価格を押し上げ、債務のブラックホール/堅実な米経営者は経済危機にこう備えている!(2025/11/24
  24. 「打ち出の小槌」は国を滅ぼす/人間関係は損得で割り切ればラク!(2025/12/01
*ショート動画を除く。タイトルは変更する場合があります
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木村貴の経済の法則!(2025年、更新中)

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