2019-12-01

イスラムと女性活躍

東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国政府と日本政府が設立した国際機関日本アセアンセンター(東京・港)は2019年1月、マレーシアの首都クアラルンプールで、創業間もない女性起業家を支援するイベント「日ASEAN女性起業家リンケージプログラム(AJWELP)」を開催した。

イベントでは女性起業家による事業アイデアコンテストを実施。開催国のマレーシアからは、アイデアを披露する若手だけでなく、助言を行うメンターとしても先輩の女性起業家が参加した。

マレーシアはイスラム教徒(ムスリム)の多い東南アジアでも、特にその割合が高い国の一つだ。約3200万人の人口のうち61%を占める。女性の社会進出に否定的なイメージのあるイスラム社会で、起業家として活躍する女性がいることは意外に感じるかもしれない。

実はマレーシアは、東南アジアで最も女性が働きやすい国と言われる。2018年版ヘイズ給与ガイドによると、マレーシアの女性管理職比率は、日本、中国、香港、シンガポール、マレーシアのアジア5カ国・地域で最高の38%だ。

イスラム社会の女性が抑圧されているというイメージは、誇張されているのかもしれない。戒律の厳しいイランの街でも、女性向けのウィッグや派手な下着などが売られているという。全身や頭髪を覆う衣装の下では、おしゃれをしているのだ。

そもそもイスラム教の聖典コーランでは、男性と女性は神の前では対等なパートナーであり、同等の義務と責任を負うとされている。

33章35節にはこうある。「本当にムスリムの男と女、信仰する男と女、献身的な男と女、正直な男と女、堅忍な男と女、謙虚な男と女、施しをする男と女、斎戒(断食)する男と女、貞節な男と女、アッラーを多く唱念する男と女、これらの者のために、アッラーは罪を赦し、偉大な報奨を準備なされる」(徳永里砂訳)


コーランは、西洋で女性の権利が認められるより数百年も前に、相続権を女性に与えてもいる。


イスラム以前の時代、女性は財産を所有することができなかった。女性のもとに入ってくる富はすべて家族のものとなり、男性親族によって管理された。イスラムの創始者ムハンマドの妻ハディージャのように、高位の貴族の女性の中には、財産を相続し自ら管理することのできる者もいたが、ごく一握りの例外である。

伝統的に女性は男性の財産の一部と考えられていた。男性の死後、妻たちは男性後継者に引き渡され、男性後継者は相続財産を支配するために女性たちを結婚させず、子供を産ませずにいることもしばしばだった。

無節操な男が家族の財産をすべて奪い、女性に何一つ残さないというのはよくあることだった。男性の後見人に性的に虐待されたり、奴隷に売られてしまったりということもよくあった。

コーランはこのような行為に異議を唱え、女性にも不可侵の遺産相続権があるとした。それを保証する手段として定められたのが、一夫多妻制である。

イスラムの一夫多妻制は西洋社会から批判されてきたが、作家カレン・アームストロングによれば、ムハンマドの時代には社会的進歩をもたらした。

イスラム以前の時代には、男女ともに幾人かの妻、夫を持つことが許されていた。結婚後、女性は実家にとどまり、すべての「夫たち」の訪問を受けた。これは実際のところ、公認の売春だった。したがって実父の確定は難しく、子供たちは通常、母親の子孫として扱われた。男たちは妻たちを養う義務がなく、子供たちに対してもなんの責任もなかった。

また当時、戦争で多くの男性が命を落とし、女性は保護者のいないまま放置されていた。

コーランは、男性が妻を4人まで持つことを認めた。ただしその条件として、妻全員をまったく公平に扱い、誰か1人だけを寵愛する素振りさえ見せてはならないとする。イスラムの一夫多妻制は、男性の性欲を満たすためではなく、弱い立場にある寡婦、孤児、その他女性の被扶養者を助けるためのものだった。

そもそも一夫多妻制はイスラム特有の制度ではなく、人類に普遍的に見られる慣習だとの指摘もある。世界規模の調査によれば、人間社会で圧倒的に多い婚姻形態は一夫多妻であり、欧米や日本など先進国に多い一夫一婦制は少数派だという。

近年注目される進化心理学の知見に基づき、社会学者アラン・ミラーとサトシ・カナザワが述べるところでは、富の格差が大きな社会では、女性は貧しい男性の富を独占するよりも、豊かな男性の富を分け合う方が、より多くの子孫を残すうえで理にかなっている。

現代欧米の先進国が一夫一妻制をとっているのは 、中世の欧州やイスラム圏と比べ富の格差が小さいからだ。

女性の服装について、コーランはムハンマドの妻たちに一定程度の隔離居住とベール着用を定めているが、すべての女性にベール着用を求めたり、家屋の隔離された一角で別に暮らすよう強制したりする文言はない。

このような習慣は、ムハンマドが死んで3〜4世代後に採用されたものだ。アームストロングによれば、当時のイスラム教徒はビザンツ帝国のギリシャ系キリスト教徒を模倣しており、もともとはキリスト教徒が以前から女性にベールを着用させ、居室を隔離していた。女性蔑視を取り入れたのもキリスト教からだという。

米国の女性ジャーナリスト、ローズ・ワイルダー・レインは商人出身のムハンマドを「叩き上げのビジネスマン」と呼び、アメリカ独立戦争などとともに人間の自由に寄与した功績を称えている。彼女の母、ローラ・インガルス・ワイルダーは『大草原の小さな家』の作者として、ドナルド・トランプ米大統領を支持する保守派層に人気がある。

トランプ大統領はテロの恐れを理由に、イスラム教徒の多い国からの難民入国を制限するなど、イスラム教徒に敵対的な姿勢を隠さない。その底流には、イスラム教の教義が、個人の自由を尊重する米国の価値観と相容れないという考えがあるようだ。

しかしこれまで見たように、イスラム教が個人の自由を抑圧するというイメージは、多分に誇張されて伝わっている。それによるイスラムへの誤解は日本でも決して小さくない。中東や東南アジアのイスラム諸国との経済交流が活発になる今日、その等身大の姿をきちんと知っておきたいものだ。

<参考文献>
カレン・アームストロング、徳永里砂訳『ムハンマド──世界を変えた預言者の生涯』国書刊行会
カレン・アームストロング、小林朋則訳『イスラームの歴史 - 1400年の軌跡』中公新書
アラン・ミラー、サトシ・カナザワ、伊藤和子訳『進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観』パンローリング

(某月刊誌への匿名寄稿に加筆・修正)

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