2018-11-25

技術革新と画家たち

技術革新はしばしば社会に軋轢をもたらします。政治家・官僚や大企業経営者、古い産業の労働者など、既得権益を脅かされる人々が反発・抵抗するからです。

しかし政治力で技術の進歩を妨げれば、社会は停滞し、物質面だけでなく、精神面でも貧しくなります。

話題の「怖い絵展」を監修した中野京子氏の本『印象派で「近代」を読む』によれば、印象派絵画に決定的な影響を与えた発明品があります。チューブ入りの既製絵の具です。

19世紀になるまで、画家は使うだけの分量の絵具を工房内でそのつど調合して作らなければならず、戸外に出て絵を描くことはできませんでした。携帯しやすい既製絵の具や金属製チューブ、ネジ式キャップなどの発明によって、画家は外へ飛び出し、自然光の下で絵を描けるようになったのです。

ここで中野氏は興味深い事実を明かします。既製絵の具の販売を始めたのは「画家になれなかった人たち、あるいは画家として生活してゆけない人たち」だったといいます。

18世紀の終わり頃、創作を断念した元画家や画家志望者は、自分たちであらかじめ練って作った、さまざまな色の絵の具を売り出します。これは今でいう「起業」だと中野氏は指摘します。

写真技術も絵画に大きな影響を及ぼします。写真が肖像画家に与えた打撃は深刻でした。フランスの画家で新古典派の大家、アングルは政府に写真禁止を求めたほどです。

けれども一方で、画家たちは写真を参考に斬新な表現を切り開きます。ドガは写真術を学び、その知見を生かして、踊り子の絵などで斬新な動きのイメージを醸し出しました。

写真の登場という衝撃をきっかけに、印象派もそのライバルであるアカデミー派も真剣に道を模索し、それがかえって絵画の質を高めたと中野氏は言います。もし写真を禁止していたら、この進歩はなかったでしょう。

技術革新による変化を恐れず、むしろ飛躍のばねにする起業家精神こそ、社会を豊かにする原動力です。印象派時代の絵画の歴史は、そのことをあらためて教えてくれます。(2017/11/25

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