2023-08-12

愚かな農政、「経済安保」揺るがす

日本経済新聞がまた、「経済安全保障」がらみのニュースを「特報」した。農林水産省が外国人の農地取得の実態把握に乗り出すそうだ。農地の住所や持ち主などをまとめた「農地台帳」に所有者の国籍という項目を追加し、農地取得の許可申請でも国籍の記載を求める。「外国資本による国内の土地買収という経済安全保障上の懸念に対応する」という。
この農地取得の規制は、他の土地取得規制と同様、肝心なことを見落としている。それは「土地を買う人の反対側には、必ず土地を売る人がいる」という事実である。

農地を売るのは日本の農家だ。では、なぜ農家は農地を手放すのか。ジャーナリストの窪田新之助、山口亮子両氏は共著で「ここ数年、農家が高齢化して一斉に離農し、全国的に農地が大放出される時代に突入している」と指摘する(『誰が農業を殺すのか』)。

また、両氏の別の共著によれば、1961年のピーク時に609万ヘクタールあった耕地面積は、2019年時点で439万ヘクタールまで減少している(『人口減少時代の農業と食』)。

減少の主な要因は、農地の転用と荒廃農地の発生だ。農地は宅地に比べて固定資産税が安く、所持するのにあまり費用がかからない。一方で、住宅や工場、道路など農外の目的に転用されると高値で売れる。

荒廃農地の発生については、「富山県と同じくらいの面積の耕作放棄地」がメディアの決まり文句となっている。だが耕作放棄地の問題には「国による自作自演の面もある」(『誰が農業を殺すのか』)と両氏は指摘する。

国は戦後一貫して農地の造成を進めてきた。1961〜2021年に造成された農地は、113万ヘクタールにのぼる。造成は今も続いており、2020年に新たに拡張された耕地面積は0.8万ヘクタール、21年は0.7万ヘクタールだ。0.7万ヘクタールは東京ドームおよそ1500個分にあたる。

日経の記事は、外国人と思われる農地取得は22年1〜12月に140ヘクタールほどで、「東京ドームおよそ30個分に相当する」と強調する。しかし、国が同時期に造成した農地の広さ(東京ドームおよそ1500個分)に比べれば、微々たるものでしかない。

1970年代初めにはすでに食料生産は過剰基調に陥っていたにもかかわらず、干拓や浅海開発、山を切り拓いての造成などを行う国営農地開発事業は継続された。全国で増え続ける耕作放棄地の中には、もはや耕作する必要性のないもの、そもそも開墾された当初から必要性の薄かったものが少なからず混じっている。「耕作放棄地の増加に国の農地開発が拍車をかけたのは、間違いない」(同)

外国人の取得する農地のうち、荒廃農地がどの程度を占めるのかはわからない。しかし荒廃農地かどうかにかかわらず、国の過剰な造成で農地があふれ、それが外国人の農地取得の一因になったのは間違いない。外国人の農地取得は「経済安全保障上の懸念」だと政府は言う。かりにそれが本当に憂慮すべき事態だとしても、その原因を生んだのは政府自身の愚かな農政なのだ。

外国人の土地取得に対しては、日本に限らず、敵視する政治家や一般人が多い。しかし、それは人種差別と紙一重だ。

米国では、「外国の敵対者」や外国(とくに中国)企業の農地購入を禁止する法案を検討・可決する州が増えている。CNNによれば、最近成立したフロリダ州法は、「懸念される外国」のほとんどの市民に対し、海港、空港、発電所を含む「軍事施設または重要なインフラ施設」上またはその10マイル以内の土地の購入を禁止する。懸念される外国には、中国、ロシア、キューバ、北朝鮮、イランを含む。2024年の共和党大統領候補であるデサンティス知事は、公の場で繰り返し中国を非難した。

これに対し法案可決後、フロリダ州在住・在勤の中国人グループと、中国人と中国系米国人を主な顧客とする不動産会社が、この法律は合衆国憲法下の平等保護と適正手続きの保障に反するとして州当局を訴えた。

問題がこじれれば、中国との対立に拍車をかける恐れもある。国家の安全保障を錦の御旗に掲げる政府の規制強化は、かえって国際的な緊張を高め、人々の安全保障を揺るがす。

<参考資料>
  • 窪田新之助、山口亮子『誰が農業を殺すのか』(新潮新書、2022年)
  • 同『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書、2023年)
  • States accelerate efforts to block Chinese purchases of agricultural land | CNN Politics [LINK]

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