2020-05-28

マスクが語るグローバル経済の底力


  • マスク生産の背景にグローバル経済の巨大なネットワーク
  • 政府の命令なしに多数の人々が動き商品を作りあげる不思議
  • グローバル経済は国籍・文化の異なる人々による協力を可能に


最近、資本主義への風当たりが強い。富の格差を拡大させる、自然環境を破壊する、拝金主義がはびこる――などなど、さんざんだ。

そのうえ、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、また批判の種が増えてしまった。グローバル資本主義のせいで、ウイルスが世界中にあっという間に広がってしまったという。

たしかに、グローバル経済のもとでは人やモノが国境を越えて自由に移動し、それにつれて感染症も広がりやすくなるのは事実だ。その一方で、グローバル経済は人々に恩恵を与え、命を救いもする。しかも、とても不思議なやり方で。

■マスクの背後に広がる巨大なネットワーク


たとえば、ここに1枚のマスクがある。コロナ危機以来、手に入りにくくなった家庭用マスクだ。たいていの人は、この小さなマスクの背後に巨大なグローバル経済のネットワークが広がることを知らないか、忘れている。

よくある使い捨てマスクの場合、原料は原油だ。原油は中東やロシアなどの産油国から輸出され、タンカーやパイプラインによって、日本や中国の石油化学工場まで運ばれる。加熱してナフサという油を取り出し、そこからプロピレンという素材を得て、プラスチックの一種であるポリプロピレンを製造する。


ポリプロピレンは別の工場に運ばれ、不織布という布に加工。いよいよマスク工場に材料として納品される。1枚のマスクを作るのに必要な不織布は、通気性のいい表用、肌触りのいい裏用、その間で飛沫をカットするフィルター用の3種類だ。

不織布からマスク本体を作り、鼻の形に合わせて曲げることのできるプラスチック製のノーズフィッターを組み合わせる。さらに耳ひもを取り付け、完成だ。

ここまででも、すでに相当な数の人たちがマスクの製造に携わっていることがわかるだろう。けれども、それだけではない。

2020-05-27

金融緩和による幻想

消費と生産は人々の究極の目的、つまり生命と幸福の維持にとって、同じくらい重要である。消費は生産に依存し、その一方で生産は消費に依存する。中央銀行による金融緩和政策はこの結合関係を破壊する。あたかも生産しなくても消費できるかのように見える環境を作り出すのだ。
Let's Hope Deflation Is Headed Our Way | Mises Wire

最近の通貨供給量の増加がいずれ物価を押し上げ、通貨の購買力を下げる可能性は高い。中央銀行は経済制度の崩壊防止を優先目標としている。そのために通貨を増やした結果、物価高を招いても、やむをえぬ損害とみなすだろう。国を守るためなら通貨破壊も仕方ないというわけだ。
To Prevent Problematic Inflation, We Need More Production. Which Means There's Trouble Ahead. | Mises Wire

余った労働者が専門技能を身につけるには時間がかかる。その過程は労働組合によって妨げられる。建前は組合員の保護でも、実際は労働資源の再配置に対する抵抗だ。政府が経済に介入すると不採算な事業や誤った投資から資本を引き揚げるのを妨げられ、不況を無駄に長引かせる。
Central Banks Are Destroying What Was Left of Free Markets | Mises Wire

政府の物価指数には、現実との食い違いがある。たとえば資産価格が含まれていない。しかしここ数十年、不均衡な物価上昇が進み、とくに不動産や株式など長期資産が大きく値上がりしている。ユーロ圏における実感に基づく物価上昇率が公式発表値より年5%高いのは不思議でない。
Why Official Inflation Measures Don't Work | Mises Wire

2020-05-26

大流行から大惨事へ

天然痘撲滅を指揮した米医師ドナルド・ヘンダーソン氏は、感染症対策として日常生活を混乱させると、かえって大惨事をもたらすと警告した。今回のコロナ対策はまさしくそれだった。韓国、スウェーデン、日本など一部の国を例外として、世界中でひどい意思決定ミスが広がった。
Pandemics and the Liberal Path – AIER

新型コロナで厳しい都市封鎖を実施した国や州は、死亡率が高い。非常に厳しい封鎖を行ったイタリアの百万人あたり495人に対し、ほぼしなかった韓国はわずか5人。封鎖しなかった米サウスダコタ州などはほぼ無傷で、強権発動したミシガン、NY、カリフォルニア州は打撃が大きい。
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : Listening to the Coronavirus 'Experts' Has Led to Death and Despair

人の心理は進化によって、たとえ想像上のものでしかなくても、あらゆる脅威を恐れるようにできている。政府は人の本性に関するこの事実を理解しており、それを利用する。支配者はマキャベリの忠告に本能的に耳を傾ける。「愛されるよりも恐れられる方が、はるかに安全である」
Covid-19 Fear Used to Justify Expanded Government Power

米国の富豪は遺産のおかげで金持ちになったのではない。1982年以降、純資産額の大きい上位400人について調べたところ、2014年にも400位以内にとどまった本人またはその子孫は、69人だけだった。つまり富豪の多くは叩き上げであり、その相続人は親並みに金持ちではいられない。
Charitable Giving Helps Mitigate the Impact of COVID-19. What’s Wrong With That? – Reason.com

2020-05-25

大恐慌前夜?

大恐慌前夜と現在の米経済の類似点。FRBの大幅な金融緩和による消費者物価の緩やかな上昇。通貨供給量の増加は1921-29年が60%、2009-19年がなんと480%だ。経済学者たちは視野が狭く、消費者物価ばかりに注目し、株式など資産価格を含む広義のインフレを正しく認識しなかった。
How Government Intervention Triggers Depressions | Mises Wire

多くの賢い人が欺かれ、景気刺激策という誤った道へと向かう。経済の表面しか見ていないからだ。GDP、消費者支出、失業率。経済活動の結果だけを見て、価値と富の源泉といった、より深い関係を見ていない。この浅はかな経済的思考が、膨張する財政刺激という愚行につながる。
Why Government Stimulus Is Bad Policy - Foundation for Economic Education

デフレやインフレがいつどの程度起こるかわからない。変数が多くて正確な予測は無理だし、政治家の判断はとくに予想困難だ。個人にできる備えは、財産の一部を金、原油、銅、アルミなど価値がゼロにならない実物資産への権利にしておくこと。流動性の高さと国際分散が重要だ。
Deflation or inflation: COVID-19 economic chaos - Washington Times

資源は交換できる。スミスは1週間分の労働をジョーンズに提供し、ジョーンズはスミスに衣食をいくらか与える。交換の条件が価格だ。貨幣経済では価格は金銭で表示される。貨幣経済に暮らす人々は、労働の時給や自家用車、住宅など自分のもつ資源に関する相場感覚が養われる。
The Remarkable Blessings of the Price System – AIER

2020-05-24

教育と政府の分離

今日、宗教と政府の分離は当然と思われている。それなら教育と政府を分離してもいい。教育の選択は、宗教と同じように親に任せればいい。教会が富裕・中間層の寄付で建てられ、貧困層も自由に利用できるように、学校も運営できるはず。授業料は無償かほぼ無償にできるだろう。
How About Permanently Closing Public Schools? – The Future of Freedom Foundation

ジョンはリンゴを10個、ジョージはオレンジを10個持っている。2人は合意のうえで、リンゴ9個とオレンジ1個を交換する。ジョンに残ったのはリンゴもオレンジも1個だけ、ジョージはどっちも9個。不公正取引ではない。2人とも取引のおかげで生活水準が向上。果物の数は関係ない。
Free Trade Raises Standards of Living – The Future of Freedom Foundation

債務不履行に陥ったアルゼンチンの政府債務は650億ドル。一方、米国は25兆ドルを突破。制御不能の福祉・軍事支出、多額の景気刺激策、数兆ドルの「無償」支援、150兆ドルの未積立負債、大量の失業者、貯蓄率の低下、空前の通貨発行量…。覚悟しよう、ろくな結末にはならない。
Government Debt in Argentina and the U.S. – The Future of Freedom Foundation

ルーズベルト米大統領がニューディール政策で導入した社会保障は、社会主義の政策であり、その構想はドイツの社会主義者の間で生まれ、米国に輸入された。その思想によると政府は国民の面倒を見る責任があり、ある集団から税金を取って他の集団に与えるのは思いやりだという。
The FDR Plan to Restore America – The Future of Freedom Foundation

2020-05-22

経済危機の原因

経済学者ミーゼスは戦時中、当時の経済危機の原因は戦前からの誤った経済政策にあると指摘した。大きすぎて潰せないという口実で、本来淘汰されるはずの金融機関や企業を政治が支援。官民が癒着する縁故資本主義。税金による保護や助成のばらまき。今となんと似ていることか。
An “Austrian” Agenda for Post-Coronavirus Recovery – The Future of Freedom Foundation

経済に関する古い誤りの一つは、お金は富という考えだ。紙切れをつくり、これはお金だという政府の印をそれに押し、社会の人々に振りまけば、あら不思議、無から富が生まれるという。お金は取引の手段であり、それをいくら増やしたからといって、人々が求める商品は増えない。
There Will Be No Recovery Without Production – The Future of Freedom Foundation

政府による個人情報の収集と利用について、保守派はテロ対策や麻薬規制、移民規制に必要だと言う。進歩派はヘイトクライムや人身売買の規制、公共医療や環境保護、コロナウイルス対策に必要だと言う。どちらも悪用はしないと強調する。次の選挙では敵が勝つかもしれないのに。
The Coronavirus and the Attack on Liberty and Privacy – The Future of Freedom Foundation

英社会学者スペンサーによれば、産業型社会では生産と貿易で経済が繁栄し、富と物質的な豊かさが増す。その結果、軍事型の部族社会では淘汰されていた弱者が、適者として生き残れるようになる。そこで必要なのは知性、創造力、芸術・文化への好奇心と能力、商業への適応力だ。
Herbert Spencer on Equal Liberty and the Free Society – The Future of Freedom Foundation

2020-05-20

『記者たち』〜記者よ、政府を疑え

2016年の米大統領選挙でトランプ陣営がロシア政府と共謀して得票を不正に操作したという「ロシア疑惑」は実際にはなかったことが、モラー特別検察官の捜査によって結論付けられました。過去2年以上にもわたり大手メディアが洪水のように垂れ流してきたロシア疑惑報道は、フェイク(偽)ニュースだったことになります。


何がいけなかったのでしょう。米国の大手メディアが報じるロシア疑惑のニュースはどれも、情報源が政府関係者でした。政府関係者は中立公平な人物とは限りません。一般の人々と同じく、自分の利益のために行動する生身の人間です。メディアを通じて自分に都合の良い情報操作をしようと考えても不思議はありません。

2003年のイラク戦争開戦時、大半の米メディアはその危険に対する注意を怠りました。イラクが大量破壊兵器を保有しているという米政府高官らの情報を鵜呑みにして報道し、開戦を正当化する役割を演じてしまったのです。しかしその中で唯一、政府の主張を疑い、異を唱えた報道機関がありました。『記者たち』(ロブ・ライナー監督)で描かれる中堅新聞社ナイト・リッダーです。

同社の記者、ランデー(ウディ・ハレルソン)とストロベル(ジェームズ・マースデン)は政府と大手メディアの主張が嘘であることに気づき、同時テロ後の米国内に愛国心が沸き上がる中で孤立に悩みながらも、真実を訴えていきます。彼らの情報源は、大手メディアが気にも留めないような末端の政府職員たちでした。政府上層部にコネがなかった分、情報操作に惑わされずに済んだと言えます。

ライナー監督みずから演じる、同社ワシントン支局長ウォルコットの言葉は印象的です。「政府が何か言ったら、必ずこう問え。『それは真実か?』」。米政府の言うことを疑わずロシア疑惑を報じ続けた米メディアや、それを右から左に伝え続けた日本のメディアは、この問いを噛み締め、読者・視聴者の信頼回復に努めなければならないでしょう。

<福岡・KBCシネマ>
note 2019/04/07)

2020-05-19

最大の脅威

合衆国憲法の人権保障規定(権利章典)には、緊急事態の例外規定がない。昔の米国人は歴史上、政府が非常時に乗じて市民の自由を奪ってきたことを知っていた。人々は危機の際、おびえて政府に安全を求める。彼らは、自由にとって最大の脅威は自国政府であることを忘れている。
Three Reminders from The Bill of Rights – The Future of Freedom Foundation

合衆国憲法の前身である連合規約は約10年続いた。当時連邦政府は存在したものの、その権限は非常に弱く、課税の権限すらなかった。課税権のない連邦政府の下で10年も暮らせたのである。米国の先祖たちは、連邦政府の力が強いと、最後には自由と幸福が破壊されると知っていた。
Early Americans Would Have Rejected the U.S. Government – The Future of Freedom Foundation

社会主義者の主張に反し、会社と従業員には共通の利益がある。会社が稼げなければ、従業員を雇っていられない。会社が繁盛すれば、職は安定する。もし会社のオーナーが世界一利己的な人物でも、労働者を求めて他の多くの会社と競争している以上、賃金を上げなければならない。
Businesses, Employees, and the Coronavirus Crisis – The Future of Freedom Foundation

政府が意味するものはつねに強制・強要であり、必然的に自由と対立する。政府は自由を守らなければならない。政府が自由と両立しうるのは、その権限が経済の自由を守るうえで適切な範囲に制限されている場合のみである。—経済学者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
My Discovery of Freedom – The Future of Freedom Foundation

『[リミット]』〜政府は市民を守れるか

内戦が続く中東イエメンを取材するため現地に渡航しようとしたフリージャーナリストの常岡浩介さんが外務省から旅券返納命令を受け、出国を禁じられました。外務省側は「邦人保護」を理由に制限に出たとみられています。


市民の保護は政府の重要な役割だとされます。けれども私たちは身の安全を政府に任せて、本当に大丈夫なのでしょうか。『[リミット]』 (ロドリゴ・コルテス監督)はそのような問いを突き付けます。

イラクで民間トラック運転手として働く米国人ポール(ライアン・レイノルズ)が目を覚ますと、そこは暗いひつぎの中。何者かに襲われ、地中のどこかに埋められてしまったのです。ひつぎにあった携帯電話に犯人が連絡をよこし、助けてほしければ身代金を米政府に払わせろと要求。ポールは窒息死の恐怖と戦いながら、必死で政府や勤務先の会社に助けを求めますが、救出は一向にはかどらず、時間だけが無情に過ぎていきます。

政府のいくつかの機関や部署をたらい回しされ、ポールはお役所仕事にいら立ちます。国務省でようやくダンというテロ人質対策の責任者に回されますが、ダンは犯人の脅迫でやむなく自分の動画をアップしたポールを責めるなど、政治問題を避けることを優先。口先ではポールを励ますものの、肝心の救助は進みません。

結末は意外性があり、しかも強烈な皮肉が利いています。政府は政治的な都合で市民を言葉巧みに欺く一方で、情けないほど無能である――。その両面の真実がラストの一言で鮮やかに浮かび上がります。

政府は、顧客の利益を第一に考える民間企業とは違い、政治的利害によって動く組織です。そのうえ、劣悪なサービスでも国民という顧客に逃げられたり税金の返金を迫られたりする心配はありません。そのような組織に身の安全を委ねる危うさを、この映画から気づかされます。

<Netflix>
note 2019/02/13)

2020-05-18

『生きる』 〜官僚主義への抵抗

政府の統計調査に不正が発覚し、そのうえ、問題を検証する第三者委員会の聞き取りに、問題を起こした側の管轄官庁の幹部らが出席・発言していたことが明らかになるという、お粗末な出来事がニュースをにぎわせています。行政サービスの改善よりも組織防衛を優先する、官僚機構の正体をさらけ出した格好です。


日本を代表する映画監督で、世界にも影響を与えた黒澤明監督が生きていたら、さぞ憤ることでしょう。代表作の一つ『生きる』で、官僚主義の愚かさ、醜さを痛烈に批判しているからです。

市役所の市民課長、渡辺勘治(志村喬)は30年間無欠勤、まじめだが事なかれ主義の典型的な役人です。ところがある日、自分が胃がんだと知り、これまでの生き方に疑問を抱きます。思い出したのは、住民たちが児童公園の建設を求めて提出した陳情書。勘治は残り少ない人生を公園実現に賭け、病身に鞭打って、縄張り主義に凝り固まった他部署の課長や、変化を嫌う上層部の説得に乗り出します。

勘治が公園建設を思い立つきっかけは、役所をやめておもちゃ工場に転職した元部下、小田切とよの言葉です。若くて活発なとよは、勘治におもちゃを見せ、こう話します。「これ作り始めてから、日本中の赤ん坊と仲良しになったような気がする。ねえ、課長さんも何か作ってみたら?」

とよの作るおもちゃは子供を喜ばせます。つまり、価値をもたらします。けれども勘治はこれまでの役人人生で、他人に喜んでもらった経験がないことに気づきます。余命短く、今さら転職はできません。しかし今の職場でも「やる気になればできる」と信じ、行動を起こします。

勘治の努力は実り、公園は完成します。しかし黒澤監督は、ただの美談で終わらせません。完成直後に公園のブランコで息を引き取った勘治の通夜の席で、酔った役所の部下たちは口々に「渡辺さんの後に続け」「死を無駄にしない」と気勢を上げますが、翌日には何もなかったかのように、窓口に訪れた住民を平然とたらい回しするお役所仕事を続けるのです。

劣悪なサービスでも顧客に逃げられる心配のない官庁が、官僚主義の悪弊を脱することは不可能なのでしょう。それでもそこで働く個人は、官僚主義に抵抗し、立派な生き方をすることができる。この名作は、そう訴えます。

<Amazon プライム・ビデオ>
note 2019/01/30)

2020-05-17

州知事の憲法蹂躙

州知事には緊急時、法的効力をもつ規制を導入する固有の権限があるか。否。合衆国憲法第4条は、各州に共和政体を義務づけている。それが意味するのは三権分立だ。つまり市民を代表する議会のみが、刑罰や実力行使を伴う法律を制定しうるのであって、知事による立法は違憲だ。
U.S. Constitution shredded by dangerous elected officials during COVID-19 pandemic - Washington Times

合衆国憲法が連邦政府に認める権限は、広範囲に及ぶと同時に、制限されている。憲法に列挙されていなければ、官僚や省庁にその権限はない。これは多くの人にとって理解しにくいようだ。しかし実際のところ、合衆国憲法は連邦政府に対し医療、教育、警察の権限を与えていない。
Civics 101: How to understand the Constitution | | Tenth Amendment Center

合衆国憲法には「一般的福祉」に触れた条項(第1条第8節第1項)がある。しかしそれは一般的福祉の名目で、連邦政府に無制限の権限を与えるものではない。権限は第2項以下に列挙されたものに限定される。もし与える権限が無制限なら、わざわざ特定の権限を列挙するはずはない。
The General Welfare Clause Is Not a Blank Check | | Tenth Amendment Center

合衆国憲法を制定者の考えに沿って解釈する始原主義は、現代の保守主義の産物だと批判される。実際には、始原主義は英米の裁判所で少なくとも16世紀初め以降、法解釈の指針とされてきた。1782年の判決でバージニア州最高裁は繰り返し、「建国の父たちの意図」に言及している。
Underselling Originalism | | Tenth Amendment Center

『パッドマン 5億人の女性を救った男』〜資本主義は女性にやさしい

資本主義は男性中心の仕組みで、女性には冷たいと思っている人が少なくありません。けれども実話に基づくインド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』(R・バールキ監督)を観れば、その考えが正しくないことがわかります。

著者 :
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日 :

インドの田舎町で小さな工房を共同経営するラクシュミ(アクシャイ・クマール)は、新妻のガヤトリが生理の際に古布を使っていることを知り、市販のナプキンが高くて使えないという妻のために、安くて清潔なナプキンを作れる機械の研究を始めます。ところが没頭するあまり、常識外れな行動をしてしまい、町の人々から非難され、妻からもやめてほしいと言われる始末。諦めきれないラクシュミは一人都会に旅立ち、そこで成功の手がかりをつかみます。

日本を含め、世界の企業トップは男性が多く、だから資本主義は女性に冷たいと言われがちです。けれども重要なのは企業トップが男性か女性かよりも、ビジネスを通して女性の役に立ちたいという気持ちがあるかどうかでしょう。不潔な古布は不妊や命にかかわる病気を招く場合があります。ラクシュミは妻への愛から起業家としてナプキンの製造を実現させ、妻だけでなく、インドの多数の女性を救いました。

映画で印象的なのは、生理をタブー視する伝統的価値観の強さです。妻のガヤトリが涙ながらに夫に訴える「恥をかくより死ぬほうがまし」という言葉は、それを象徴しています。けれどもラクシュミは妻が実家に去り、親戚や町の人々から変人扱いされても、めげることなく初志を貫きます。世間の圧力に負けないこの意志の強さは、優れた起業家に欠かせない資質でしょう。

アジアの生理用品市場では、日本企業もシェアを伸ばし、活躍しています。資本主義がこれからも世界の女性を笑顔にしていくことを願ってやみません。劇場内は多くの女性客でにぎわっていました。

<東京・TOHOシネマズ シャンテ>
note 2019/01/20)

2020-05-16

民主政府の専制

コロナ拡大の下、米国民が言論、宗教、移動、商業活動の自由に対する規制を受け入れたのは、単にその規制が民主的に選ばれた人物によるものだからだ。しかし民主的な政府でも専制政治を行う恐れはある。政府が規制は国民自身のためだと説得したからといって、従う必要はない。
Why Americans must stop acting like sheep and tell the government to take a hike - Washington Times

政治家たちは自分の髪型を完璧に整えていながら、行政命令を発し、一般市民を散髪した者を逮捕させた。テキサス州では勇敢な美容院店主が、あえて営業を再開した「罪」で1週間投獄された。アボット知事はそれを非難したが、逮捕した警官は知事自身の命令に従ったにすぎない。
The Ron Paul Institute for Peace and Prosperity : Authoritarians Using Coronavirus Fear to Destroy America

コロナウイルスが去った後には、法律や財政支出の残骸、政府の将来の行動への先例が残される。危機が去っても規制は残る「歯止め効果」だ。危機の後、政府は少し小さくなっても、危機の前の規模には戻らない。危機が生み出す大きな政府は一時だけに終わらず、いつまでも残る。
Coronavirus Is the Health of the State – Reason.com

米国民には、自由への容認できない規制がある。豪州が導入するコロナ追跡アプリはその一つだ。過剰な規制は病室不足がなくなれば不要だし、過剰監視に対する米国民の本能的な嫌悪感は、守るに値する。コロナ前の普通の日常を、都市封鎖にこだわる人々の犠牲にしてはならない。
Post-Lockdown: Insist on the Old Normal | The American Conservative

『デス・ウィッシュ』 〜銃規制への問い

米国で銃乱射事件が起こるたびに、銃規制の声が高まります。昨年2月、フロリダ州パークランドの高校で17人が死亡する銃乱射事件が起こり、3月に米各地で一斉に銃規制強化を訴える抗議デモが行われたのは記憶に新しいところです。

著者 :
ポニーキャニオン
発売日 :

まさにその3月、銃規制の議論に一石を投じる形となった映画が米国で封切られました。『デス・ウィッシュ』 (イーライ・ロス監督)です。

銃犯罪が多発するシカゴ。外科医のポール・カージー(ブルース・ウィリス)は、撃たれて運び込まれる負傷者の治療に日々忙殺されます。ある日、家を留守にした間に何者かに妻を殺され、娘は昏睡状態に。警察の捜査が進まないことに業を煮やしたポールは、自ら銃を手に入れ、犯人を捜し出して抹殺することを決意します。

銃規制を支持する人なら、銃の使用は警察に任せればいいと言うでしょう。けれども現実はそう簡単ではありません。作中で何人かの人物が口にするとおり、警察は呼んでもすぐには来てくれません。撃たれた後に駆けつけてくれても手遅れです。

しかも、お役所仕事の警察は、ポールをいら立たせたように、犯人を捕まえるにも時間がかかりすぎます。捕まえられればいいほうで、事件を解決できない場合も少なくありません。映画では警察の壁のボードに未解決事件のカードがびっしり貼られ、「もっと大きなボードを!」というメモ。

規制しないと銃犯罪が増えると心配になるかもしれません。ですが経済学者ジョン・ロットの研究によれば、市民に銃の携行を認めるほど、凶悪犯罪は減るといいます。犯罪者が反撃を恐れるためです。

米国での公開時、高校銃乱射事件の直後だったため批判もありました。ロス監督は「もし自分の家族がカージー家のような目に遭ったらどうしますか、という主題にこだわりたかった」と語ったそうです。この問いは軽くありません。

<東京・新文芸坐>
note 2019/01/14)

2020-05-15

本当の敵

中国と米国が互いの選挙制度を非難し合うのは、まるでクラスの悪ガキ2人が互いに身なりのあら探しばかりして、成績の悪さや他の生徒へのいじめには無頓着でいるようなものだ。現実の世界で言えば、米中どちらの国民にとっても、膨張の止まらない政府権力こそ本当の敵なのだ。
The Chinese Mindset in a Hybrid War With the US - Antiwar.com Original

コロナは史上最大の危機ではない。最大の公衆衛生危機ですらない。しかし都市封鎖は紛れもなく、個人の自由に対する史上最大の介入である。大臣が認める何らかの口実がない限り全国民を毎日自宅に閉じ込めたことは、戦時中にもない。英元判事ジョナサン・サンプションが批判。
Lord Sumption: The Lockdown Is Without Doubt the Greatest Interference with Personal Liberty in Our History – AIER

コロナ感染拡大の抑制が都市封鎖のおかげだったと単純に言うことはできない。人との間隔を空けるソーシャル・ディスタンシングは封鎖の前から始まっていた。封鎖による追加効果はどれくらいなのか。強制的な封鎖の効果と自発的な密集回避の効果は分けて考えなければならない。
End The Lockdowns Now | Hoover Institution

米国で多くの州が都市封鎖の規制を緩和し、一定の企業に営業再開を認めるとともに、消費者にも一定の施設の利用を認め始めている。選択は企業と消費者に任されている。これは自発的な手段に基づき社会が組織される光明だ。企業は再開を強制されずに、自分でそれを判断できる。
Coronavirus Lockdown: The Political Versus The Voluntary | The Libertarian Institute

『ボヘミアン・ラプソディ』 〜アーティストという起業家

優れたアーティストは起業家の資質を持っています。製品(作品)に対する自分の直感を信じ、技術の専門家でなくても最新のテクノロジーに関心を抱き、何より最終消費者(観客・聴衆)を大切にします。

著者 :
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
発売日 :

世界でヒットしている『ボヘミアン・ラプソディ』(ブライアン・シンガー監督)は、英ロックバンド、クイーンのリードボーカルで、エイズのため45歳で没したフレディ・マーキュリーの伝記映画です。フレディ役のラミ・マレックをはじめ俳優陣が見事な演技で、脚本も練られており、クイーンに詳しくなくても楽しめます。

映画の題名にもなっている「ボヘミアン・ラプソディ」は、フレディが作詞・作曲したクイーンの代表曲の一つですが、彼の起業家としての資質を示す楽曲といえます。レコード会社重役は過去のヒット曲と同じ路線の曲を求めますが、それに抵抗し、オペラを取り入れた約6分もある、この曲を作ります。

重役は6分もあってはラジオでかけてもらえないと難色を示し、発売後もマスコミに酷評されますが、聴衆からは支持され、大ヒットします。興味深いのは、綿密な市場調査をしたわけでもないのに、型破りな楽曲がファンの心をつかんだことです。市場調査に否定的だったアップル創業者、スティーブ・ジョブズ氏の「何をほしいかなんて、それを見せられるまでわからない」という言葉を思い出します。

フレディは聴衆に迎合せず、自分の作りたい曲を作りましたが、聴衆をないがしろにしたわけではありません。聴衆が真に求めるものを理解していたからこそ、型破りでも支持される曲を作れたといえます。フレディがコンサート中、聴衆の中に飛び込み、支えられる場面は、両者の信頼関係を象徴しています。

もちろん曲そのものをていねいに作ったことも「ボヘミアン・ラプソディ」がヒットした理由でしょう。映画では、コーラス部分の効果を高めるため、フレディを含むメンバーが声を何度も重ね録りし、テープが劣化してしまうエピソードが描かれます。当時は16トラック録音が主流だったのに対し、この曲は24トラックで録られたそうです。

誰もがフレディのように成功できるわけではないかもしれません。それでもプロとして自分を貫く彼の姿は、何かを成し遂げたいと願う人に励みとなります。

<横浜・イオンシネマみなとみらい>
note 2019/01/06)

2020-05-14

『光あれ』〜戦場なき反戦映画

先月、米西部ロサンゼルス郊外のバーで起きた銃乱射事件。事件後に自殺した容疑者の男(28)はアフガニスタンや沖縄県に派遣された元海兵隊員で、軍務による心的外傷後ストレス障害(PTSD)の可能性があるとみられています。


PTSDと名付けられたのは1978年のことですが、帰還兵が不眠、うつ、パニック発作、フラッシュバック、自傷行為などの症状に苦しむ現象は以前から知られていました。ハリウッドで活躍したジョン・ヒューストン監督は1946年に製作したドキュメンタリー映画『光あれ』で、その様子を克明にフィルムに収めます。

この映画は米軍の依頼を受けて製作されたもので、そもそもの狙いは、催眠療法や麻酔統合といった当時最新の治療法をアピールすることにありました。ところが出来上がった作品にはPTSDの症状があまりにも生々しく描かれており、軍は兵士のプライバシー保護を口実に公開を禁止してしまいます。ようやく観ることができるようになったのは1980年のことです。

ヒューストン監督は症状を誇張するため編集したと思われないように、長回しを多用し、兵士たちの表情や発言、動作を淡々と追います。精神医との面談中に泣き出し、席を立とうとする者。外傷はないのに精神的原因で歩けなくなり、両脇を抱えられてベッドにたどり着く者。ドイツの爆撃機から弾が飛んでくる「ササササ」という音への恐怖から「s」を発音できなくなった者。

いずれも治療で回復するのですが、観客はそれで安心するよりも、兵士たちをここまで精神的に追い詰めた戦争に恐怖や疑念を抱くのは間違いありません。

ヒューストン監督は職人気質で、反戦映画を撮るつもりはなかったでしょう。それでもその腕前で事実を忠実に記録した結果、戦場をまったく描かずに、戦争の恐怖を鮮烈に伝える作品を生み出したのです。

<Netflix>
note 2018/12/30)

2020-05-13

『あん』 〜最低賃金が奪うもの

マクロン仏大統領は、燃料税引き上げ方針をきっかけに反政府デモが全土に広がったことを踏まえ、来年1月から最低賃金を月額100ユーロ(約1万3000円)引き上げるなどの対策を発表しました。


最低賃金を引き上げると企業が新たな雇用に慎重になり、若者など職のない人から就労のチャンスを奪うことは経済学のイロハです。にもかかわらず、労働者にやさしい政策だと誤解している人が日本でも少なくありません。

最低賃金という親切の押し売りは、人々から働く機会を奪います。就労が収入を得る手段以上の何かである場合、生きる意味さえ奪いかねません。『あん』(河瀬直美監督)を観ると、あらためてそう感じます。

どら焼き屋の雇われ店長、千太郎(永瀬正敏)の店に、徳江(樹木希林)という高齢の女性が働きたいとやって来ます。徳江が作る粒あんが評判となり、店は大繁盛。ところがある日、かつて徳江がハンセン病を患っていたことが近所に知られ、楽しい日々は終わりを告げます。

徳江から最初に雇ってほしいと頼まれたとき、千太郎は「いまどき時給600円しか出せないから」と断ろうとします。しかし徳江は300円、200円でもいいからと食い下がり、千太郎は熱意にほだされて採用を決めます。

おかげで徳江は短い間ですが、充実した日々を送ることができました。もし時給1000円の最低賃金が課されていたら、千太郎は徳江を雇うことができず、徳江は施設で満たされない思いを抱えたままだったでしょう。

千太郎自身、人にけがをさせ、重い障害を負わせた過去を背負います。その千太郎に徳江は「私たちには生きる意味がある」と言い残し、人生に希望を与えます。それも千太郎が雇うことを通じて徳江に出会えたからです。

最低賃金という心ない制度が、仕事を通じた人と人との出会いを世界中でこれ以上奪わないよう、願うばかりです。

<Netflix>
note 2018/12/19)

2020-05-12

争いの制度

福祉国家では、誰もが政府を使って他の全員に戦争をしかけ、他人の財産を奪おうとする。それは果てしない争いの制度である。そのような社会は制度の中心が道徳的に腐敗しているから、いつか内部から崩れ落ちるだろう。聖書の言うように、ばらばらになった家庭は立ち行かない。
The Great Fictitious Entity – The Future of Freedom Foundation

19世紀米国には良い点がいくつかあった。所得税も国税庁もなかった。月給がまるまる自分のものになった。福祉国家がなかった。社会保障も医療保険も医療補助も教育手当もなかった。連邦準備制度がなかった。建国の父らは不換紙幣が国民の財産の収奪に利用されると知っていた。
The Most Unusual Society in History – The Future of Freedom Foundation

19世紀米国で奴隷制の改革運動があった。むち打ちの軽減、労働時間の短縮、衣食と医療の改善などだ。奴隷の多くは喜んだ。けれど心からではない。欲しいのは自由だったからだ。今の自由主義者にも福祉国家・戦争国家の改革に熱心な人々がいる。純粋に自由な社会をあきらめて。
It Ain’t Freedom – The Future of Freedom Foundation

2001年にアルゼンチンは約1000億ドルの債務不履行に陥った。それにより同国史上最悪の経済危機に見舞われ、多数の中間層が貧困に転落した。同国政府は資金を手に入れるため、個人年金を差し押さえ、国債に置き換えた。その国債は政府の通貨増発政策のせいで価値が吹き飛んだ。
Argentina’s Default Points Toward the U.S. Future – The Future of Freedom Foundation

『マイノリティ・リポート』〜テクノロジーと政府権力

人工知能(AI)や生体認証など新しいテクノロジーが登場すると、市民生活に対する脅威として警戒する声が上がります。けれども問題は技術そのものではありません。テクノロジーが社会にとって脅威となるのは、政府権力と結びついたときです。傑作『マイノリティ・リポート』(スティーヴン・スピルバーグ監督)は、その真実を描き出します。

著者 :
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日 :

近未来の米国。首都ワシントン市では凶悪犯罪を防ぐため、ある方法を導入し、大きな成果をあげます。予知能力者「プリコグ」によって未来に起こる犯罪を事前に察知し、犯人となる人物を捕まえてしまうのです。ジョン・アンダートン(トム・クルーズ)は犯罪予防局のチーフとして活躍していましたが、ある日、自分が36時間以内に見ず知らずの他人を殺害すると予知され、一転して追われる立場になります。

ジョンは追う立場にあったとき、司法省調査官から「法を犯していない者を逮捕するのは人権的に問題だ」とまっとうな批判を受けても、聞く耳を持ちません。幼い息子を誘拐された過去があり、犯罪者に憎しみを燃やすからです。しかし追われる立場になったとき、犯罪の事実がないのに逮捕される制度の危うさを思い知ることになります。

未来のワシントンでは網膜認証の情報を市が把握し、電車に乗ったり店に入ったりするたびに、居場所が当局に筒抜けです。このため追われるジョンは闇医者に手術を頼み、眼球を他人のものと取り替える破目になります。もし情報が政府に知られないよう保護されていれば、もっと楽に逃げられたでしょう。

最近、国内外の警察でAIを使った犯罪予測の試みが広がり、まるで『マイノリティ・リポート』の世界だと話題になっています。テクノロジーがどんなに進歩しても、それを使うのは不完全な人間であることを忘れてはならないでしょう。

<Netflix>
note 2018/12/12)

2020-05-11

社会主義と知識人

いつどこであれ、社会主義が初めから労働者階級の運動だったことはない。社会主義は、ある種の傾向をもった抽象的観念をもとに、理論家がつくりだしたものにすぎない。知識人による長期にわたる説得の結果、労働者階級は社会主義を自らの綱領として採択するようになったのだ。
Why Intellectuals Fall for Socialism | Mises Wire

もし国民が消費を減らし、政府が支出で埋め合わせたら? もし国民が投資(貯蓄)をやめ、政府が企業への出資で埋め合わせたら? GDPの計算式からは一見何も変わらない。だが国民が利己心に導かれ損失を避けようとするのに対し、政府は腐ったゾンビ企業への出資を気にしない。
How Government Spending Can Make the Debt Burden Look Smaller than It Really Is | Mises Wire

スウェーデンの臨床医によれば、厳格な都市封鎖では高齢者や病弱な人を新型肺炎から守れない。ウイルスは各国で急拡大中だが、止める手段はほとんどない。封鎖で感染を遅らせても、規制を緩めればまた広がる。封鎖をした国もしない国も、1年後の死亡者数は変わらないだろう。
When Governments Switched Their Story from "Flatten the Curve" to "Lockdown until Vaccine" | Mises Wire

米国中の警察は州知事や市長が立法手続きによらず発した命令を強制し、納税者を困らせている。タバコ屋を閉めない事業主を逮捕。ほとんど人のいない公園で家族とソフトボールをしていた男性を勾留。在宅命令に違反した事業主を逮捕。社会的距離に関する違反でトリマーを逮捕。
Police Are Complicit in Politicians' Disregard for the Rule of Law | Mises Wire

『百万円と苦虫女』〜自由は弱者にやさしい

自由は「強者の論理」だと思っている人が少なくありません。けれども実際は違います。むしろ自由ほど弱者にやさしいものはありません。『百万円と苦虫女』(タナダユキ監督)を観ると、それがよくわかります。


21歳の鈴子(蒼井優)は、たまたまルームシェアすることになった男から、拾った子猫を捨てられたことが許せず、男の荷物をすべて廃棄。ところが器物損壊で刑事告発され、罰金20万円の刑を受けてしまいます。

軽い罪とはいえ、前科者になった鈴子に周囲は冷たい目を向けます。鈴子は決心します。アルバイトをして、百万円貯まったらこの街を出よう。その後も百万円貯まるごとに、自分を知る人が誰もいない土地に引っ越そう。鈴子は計画を実行します。

鈴子は気丈ではありますが、女性であり、フリーターであり、おまけに前科者です。社会的には典型的な弱者といえます。その鈴子が何とか心穏やかに生きてゆくことを支えてくれるのは、自由です。

具体的には、住みたいところに住む自由、引っ越す自由、そして働く仕事を選ぶ自由。この3つの自由は、日本国憲法22条1項に「居住、移転及び職業選択の自由」として記されています。いわゆる経済的自由です。

これらの自由がなければ、鈴子はいつまでも故郷の街で前科者と後ろ指をさされながら、息を詰めるように生きてゆくしかなかったでしょう。

強者なら、自由のない社会でも、気に入らない相手を力で排除し、それなりに快適に過ごせるでしょう。弱者にそんなことはできません。自由な社会の良いところは、力のない弱者であっても、平凡に、普通に努力することで、自分の望まない生き方から少しでも遠ざかり、望む生き方にわずかでも近づける点にあります。

美しい映像と蒼井優さんのすばらしい演技が印象的なこの作品は、自由の大切さを声高には叫ばず、しかし静かに語ります。

<Netflix>
note 2018/12/02)

2020-05-10

政府への幻想

コロナ下でわかったのは、政府に対する人々の幻想だ。政府は神のような、人間を超える存在だと信じている。現実は違う。政府を構成するのは人間で、他の人間と同じく誤る可能性があり、実際に誤りやすいし、利己的だ。またコロナウイルスの特質についてほとんど何も知らない。
Public Choice and the Lockdowns – AIER

人を殺すのは無知ではなく、傲慢である。ハイエクの言う「致命的な思い上がり」である。それは現代の社会科学と政治に浸みこんでいる。十把一絡げの政策、気ままな権力、白か黒かで割り切る思考……。全員に何が最善か、わかる人はいない。社会問題に万人向けの解決策はない。
It Is Not Our Ignorance that Will Kill Us, But Our Arrogance – AIER

車で移動すると、死傷する機会は増える。それでも車を選ぶのは、それによって生じる命の危険よりも、利便やスピードを重んじている証拠だ。だからといって科学を拒否しているわけでも、不合理なわけでもない。人間が重んじるのは健康や安全だけではないということにすぎない。
Science and the Pandemic – AIER

1968-69年に流行した香港風邪は米国で10万人、世界で100万人もの死者を出した。しかし今ではほぼ忘れられている。学校や企業はほとんど休みにならず、バーやレストランにも行けた。株は暴落せず、政府の経済対策もなかった。伝説のウッドストック音楽祭はその最中に開かれた。
Woodstock Occurred in the Middle of a Pandemic – AIER

『華氏119』〜政治への幻想

私たちは何か社会問題が起こると、政治に期待しがちです。「政府が何とかするべきだ」「政治の力で解決してほしい」と声を上げます。政府はそうした声を受け、待ってましたとばかりに法律を作ったり規制を強化したりします。けれどもそれは正しくありません。世の中に政治の力で解決できる問題はほとんどないし、政府の介入はむしろ問題を悪化させます。


ドキュメンタリー映画『華氏119』(マイケル・ムーア監督)で、ムーア監督は怒りを込めて、ミシガン州フリントで起こった水道鉛汚染やフロリダ州パークランドの高校で発生した銃乱射をはじめとする、現代米国の社会問題を告発します。何がそれらの問題の正しい原因かはともかく、ムーア監督の怒りは理解できます。理解できないのは、問題を解決する方法として、ムーア監督の頭の中に政治しか存在しないことです。

ムーア監督は共和党のトランプ大統領を批判する一方で、大統領選の対抗馬だった民主党のクリントン元国務長官やオバマ前大統領も大手金融機関から多額の献金を受け、癒着していると正しく指摘します。そこまでわかっていながら、ムーア監督が次に期待するのは、結局は政治です。国民皆保険や労働組合との連携強化など、より社会主義的な政策を唱える民主党の新人候補たちにエールを送るのです。

米国で医療費が高騰し庶民を苦しめるのは、医療が政府の規制でがんじがらめになり、十分な供給がないからです。国民皆保険にしても解決しないのは、社会保障の財政悪化にあえぐ日本を見れば明らかでしょう。真に必要なのは規制をかいくぐって優れた医療サービスを提供する起業家ですが、この映画に登場するのは政治運動家ばかりで、自ら価値を生み出す起業家は見事なくらい一人も出てきません。社会問題を解決する第一歩は、政治への幻想から覚めることです。

<東京・TOHOシネマズ シャンテ>
note 2018/11/25)

2020-05-09

経済危機の真因

コロナウイルスは経済危機の原因ではない。引金を引いたにすぎない。米国経済はもとから弱かった。世帯の3分の1は貯蓄がゼロで、60%は1000ドルに満たない。その主因はインフレ政策と利息収入への課税だ。連邦準備理事会と財務省は必要もないのに、家計を危機にさらしている。
This Bust Wasn't Caused by a Virus | Mises Wire

2020年の株暴落はウイルスが原因ではない。ウイルスは暴落の到来を早め、事業・移動の禁止という狂った政策が拍車をかけた。本当の原因はもろい経済だ。米国史上最も偉大な経済とやらは実は病人で、薬で痛みを感じず、元気に見えた。パンデミックは経済の病を暴き出したのだ。
How to Think About the Fed Now | Mises Wire

自由な社会は個人と地域の協力ネットワークだ。感染症が発生した地域は周辺地域と連携し、ウイルスをすばやく封じ込めるだろう。別の地域では一時的な隔離を選ぶかもしれない。情報共有も進むだろう。一方、政府は失敗しても責任を取らない。それどころか予算と権限が増える。
The Benefits of a Free Society during Pandemics | Mises Wire

ホワイトカラーの「クリエイティブ」階級は在宅勤務をしながら、うれしそうに「おうちにいよう」とお説教。現場で人と接しなくてはならない労働者階級は、ついてない。収入がなくてはやっていけず、政府のわずかな給付金を待って何週間もいらいら。それもそのうち来なくなる。
COVID Panic: The New War on Human Rights | Mises Institute

『日日是好日』〜 かけがえのない時間

時間のとらえ方には二種類あるといわれます。直線の時間と円環の時間です。西洋ではキリスト教の影響から、時間が世界の始まりから終わりまで一直線に進むと考えるのに対し、日本では一日や四季が繰り返すように、時間は円を描くように繰り返すと考えられてきたといいます。けれども時間は繰り返すと考える文化の下にあろうと、一人一人の人生にとって、時間はかけがえのないものです。


『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』(大森立嗣監督)の主人公、典子(黒木華)は二十歳の春、母に勧められてお茶を習うことになります。興味のなかったお茶の魅力に気づき、惹かれていく典子。それからの人生でさまざまな悲しみに出会ったとき、お茶が心の支えとなります。何か大切なものを失った日であろうと、ありのまま受け止め、ひたすら生きれば、どんな日もかけがえのない絶好の一日——。稽古場に掲げられた「日日是好日」という言葉を、年齢を重ねた典子は噛みしめます。

映画ではお茶の道具がいろいろと登場しますが、印象深いのは、初釜で使われる、その年の干支にちなんだ茶碗です。十二年に一度しか使われません。習い始めの頃それを聞いた典子は、戌(いぬ)の絵のついた茶碗を手にしながら驚きます。それから十二年後、典子は昔と同じ戌の茶碗を見つめます。十二年周期のサイクルを永遠に繰り返す時間に比べ、限りある人の一生。だからこそ大切に味わう価値があります。

季節は毎年同じように巡ってきても、去年の人はもうそこにいないかもしれません。典子が父を亡くしたとき、お茶の先生が一緒に縁側に座り、散る桜を見つめながら言葉少なに慰めます。このシーンをはじめ、見事な演技を見せる先生役の樹木希林さんも先日、惜しくも世を去りました。その所作、表情は、人生という時間を大切に生きなさいと語りかけるようです。

<東京・シネスイッチ銀座>
note 2018/11/10) 

2020-05-08

緊急事態の利用

ナチスはなぜ、テロリストの仕業とされる国会議事堂への放火を見逃し、手助けまでしたのか。国家の緊急事態の下では国民がおびえ、安全と引き換えに自由を差し出すことを知っていたからだ。ヒトラーは国家防衛の名目で大統領令を出させ、市民の自由を保障する憲法を停止した。
How Hitler Became a Dictator – The Future of Freedom Foundation

ソ連は大量虐殺を行った点で、ナチスドイツと変わらない。スターリンはウクライナでの飢饉、粛清、強制収容所で少なくとも2000万人を殺害。米国はソ連の同盟国となることで、スターリンを立派に見せ、軍事支援を行い、ソ連軍が欧州の半分を45年間も占領することを可能にした。
The Consequences of World War II – The Future of Freedom Foundation

第2次大戦中、米国の主な同盟国は大英帝国とソ連で、民主主義国のお手本とは言えない。英国はピーク時で世界の陸地の25%近くを統治。ドイツや日本ほど苛酷ではなかったかもしれないが、暴力で支配していた。最強国の座を失うまいとする英国の無益な試みが大戦の一因となった。
Was the “Good War” Really Good? – The Future of Freedom Foundation

政府の悪事を非難したからといって、愛国心がないとは言えない。もし自分の国を愛していなければ、沈黙はたやすい。国を愛し、ここで自由が失われたらどこにも行く場所はないと思うからこそ、声を上げる。私たちは市民であり、臣民ではない。政府を恐れず批判する権利がある。
Protect the Right to Criticize the Government – The Future of Freedom Foundation

『search/サーチ』〜ネット社会は悪くない

インターネットの普及した、いわゆるネット社会は、しばしば批判の槍玉に上がります。ネットで他人の暮らしを見て劣等感を抱いたり、ネットでのつながりの薄さに孤独を感じたりするからよくないというのです。けれども人間心理のそうした側面は、ネット社会以前からある話でしょう。むしろ私たちは、ネット社会のありがたみをもっと噛みしめるべきです。

著者 :
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日 :

『search/サーチ』(アニーシュ・チャガンティ監督)の主人公、デビッド・キム(ジョン・チョー)は3年前に妻を亡くし、高校生の娘と二人暮らし。ある日、娘が忽然と姿を消し、行方不明事件として捜査が始まります。残されたパソコンから娘が利用していた交流サイト(SNS)にアクセスを試み、懸命に手がかりを探るデビッド。やがて事件は思わぬ展開に向かいます。

デビッドがSNSの調査を進めるうち、娘には本当に親しい友人がいないことが明らかになったり、行方不明事件がマスコミで話題になったとたん、冷淡だった同級生たちがにわかに親友ぶったりと、ありがちなエピソードが語られます。しかしこの映画はそこで安易なネット社会批判に走ったりしません。絶望しかけるデビッドに希望をもたらすのは、警察の捜索(search)という行政サービスではなく、グーグルの検索(search)サービスです。

最近、巨大ネット企業を政府が規制すべきだという意見が強まっています。けれどもいくら巨大でも、市場競争にさらされる民間企業である限り、利用者にそっぽを向かれればそれまで。劣悪なサービスでも国民に押しつける政府のほうが、よほど厄介で危険な存在です。27歳のインド系米国人で、ユーチューブに公開した短編映画で頭角を現したというネット時代の申し子チャガンティ監督は、その道理を理解しています。

<東京・TOHOシネマズ日本橋>
note 2018/11/07)

2020-05-07

ウイルスによる死、失業による死

失業による貧困や社会的地位の喪失は、健康を損ねる大きな要因だ。この事実は、あらゆる犠牲を払ってもウイルスと戦うという近視眼的な運動に不都合なため、政治家や専門家の多くは耳を貸さない。ウイルスは失業より多くの死をもたらすというなら、立証責任は政府の側にある。
Unemployment Kills: The Longer Lockdowns Last, the Worse It Will Get | Mises Wire

科学者はたいてい社会問題に関する訓練を受けていない。市場の自然発生的な秩序という考えを理解できない。アインシュタインがあけすけに社会主義を支持したのはその一例だ。政治家が少なくともさまざまな利害のバランスを承知しているのに対し、科学者には白か黒かしかない。
Politicians Have Destroyed Markets and Ignored Human Rights with Alarming Enthusiasm | Mises Wire

保護主義で自給自足経済は可能になるかもしれないが、それは生活水準の低下というコストを伴う。国際分業が妨げられると生産性が低下するからだ。インフレ政策の助けも借りて失業は減り、名目賃金は上昇するかもしれない。だが物価も上昇し、実質賃金は急激に低下するだろう。
Facing Economic Disaster, France Turns against Globalism | Mises Wire

労働者は搾取されてはいない。製品が売られるまでには、時間がかかる。労働者が資本家と取引に応じるのは、製品の代金が入るまでの間、生活する手段がないからだ。資本家にはその手段がある。資本家は不確実性に耐え、製品が売られるまでの間、労働者に賃金を払う手段がある。
In Defense of Landlords | Mises Wire

『恋のしずく』〜日本文化を守るには

日本の文化を守るには補助金を出したり輸入品を規制したりして国産品を保護しなければならない、という意見をよく聞きます。短い間なら、いや、もしかするとかなり長い間、そのもくろみは成功するかもしれません。けれどもそのとき、その文化は死んでいるでしょう。文化とは人々の自発的な選択に支えられて初めて、血が通うものだからです。


『恋のしずく』(瀬木直貴監督)の題材は日本酒です。東京の農大でワインソムリエを目指すリケジョ(理系女子)の詩織(川栄李奈)は、日本酒嫌いにもかかわらず、単位取得に必要な研修先が広島にある日本酒の酒蔵に決まってしまいます。詩織は当初とまどいながらも、酒造りに人生を捧げる地元の人々との出会いを通じ、かけがえのない喜びを見出していきます。

海外では日本酒ブームといわれますが、国内では消費量が年々減り、酒蔵や酒販店の経営は楽ではありません。政府に酒の安売りを規制してもらい、消費者を犠牲に息をつこうという情けない動きもあります。けれどもこの映画では、誰も政治家や官庁に泣きつこうとはしません。迷い、悩みながらも、あくまでも良い酒を造るという正攻法で老舗を守ろうとします。

もちろんいくら良い酒を造っても、コストを度外視しては経営は成り立ちません。それに対する回答は映画の中では与えられませんが、もしかするとリケジョの詩織は蔵元を継いだ息子の莞爾と将来結ばれ、持ち前の合理精神を発揮して、経営を見事再建してくれるかもしれない。詩織役の川栄李奈さんによるラストシーンのすばらしい演技に続いて映し出される、瀬戸内の美しい空と海はそんな希望を抱かせます。

<東京・丸の内TOEI>
note 2018/11/04)

2020-05-06

命とリスク

生活にたった一つの目標しかないことはありえない。目標は多様だ。問題はバランスにある。多くの人にとって自分と家族の命を守ることはとても大切だ。それでも完璧には達成できない。命を守るには食がいる。食を得るには働かなければならず、それにはさまざまなリスクが伴う。
A Protest from France | Mises Wire

政府が経済を封鎖すれば、ウイルスで死ぬ人は減るかもしれない。これは目に見える。経済封鎖がなければ、商業設備メーカーや関連企業は売上が増えたかもしれない。養護施設でもっと多くの子供を支援できたかもしれない。失業者が職に就けたかもしれない。これは目に見えない。
The Unseen Costs of Government-Forced Lockdowns | Mises Wire

米政府の税収が2019年で3.462兆ドルしかないことを考えれば、1.2兆ドルもの経済対策をすべて税金でまかなうのはほぼ不可能だ。しかし連邦準備理事会(FRB)があるおかげで、議会は納税者にお金を頼らなくて済む。FRBを頼ればいい。それこそがFRBの創設された理由そのものだ。
The Fed Doesn't Make Grants. But It Makes Federal Giveaway Programs Possible. | Mises Institute

1949〜76年に毛沢東率いる共産党支配下の中国で起こった血生臭い現実は、欧米ではほとんど知られてさえいない。死亡者は4000万人とも1億人以上ともいわれる。1959〜61年の「大躍進」の時期だけで2000万〜7500万人、それ以前に2000万人、それ以降に数千万人と推定されている。
The Horrors of Communist China | Mises Wire

過酷ノルマは民営化のせい?~経済合理性を無視する真の理由とは~

日本郵政グループのかんぽ生命保険で、新旧の保険料の二重払いなど顧客の不利益になる保険の乗り換えを繰り返していたことが相次ぎ発覚し、問題となっています。不正の背景には、販売を担う郵便局や郵便局職員に課された過剰な営業目標、いわゆるノルマがあると言われます。

販売実績に応じて営業手当が付く一方、ノルマを達成できないと、「何だこの数字は」「契約を取るまで帰ってくるな」「平日に時間がなければ土日に営業しろ」と上司から怒号が飛んだと言います。ノルマ達成が職員の重圧となり、不正につながったことは容易に想像できます。

日本郵便はかんぽ生命の保険商品について、2019年度の営業目標や販売員のノルマを廃止することにしました。しかし、この問題に対するメディアや識者の反応には、気になる点があります。それは、過酷なノルマは郵政民営化のせいだという考えが当然のように語られていることです。


ある新聞の記事では「利益至上主義に陥るのではないかという、民営化当初に懸念していた事態が現実に起きている」という大学教授のコメントが紹介されていました。民営化は利益至上主義をもたらし、過剰なノルマにつながるとの見方です。けれども、それは本当でしょうか。

ここでまず知っておきたいのは、「ノルマ」という言葉の由来です。もともとロシア語で、社会主義国家だったソ連時代、個人や工場に割り当てられた、一定時間内・期間内になすべき生産責任量を意味します。経済活動の民営を原則とする資本主義ではなく、民営を認めない社会主義に由来する言葉なのです。

この言葉を日本に伝えたのは、第二次世界大戦の敗戦直後、ソ連の捕虜となってシベリアに連行・抑留され、長期間の収容所生活を送った末、命からがら帰国した日本軍兵士らです。シベリア抑留では約6万人もが死亡したとされますが、その生命を奪ったのは、極寒、飢餓のほか、ノルマを課す過酷な重労働でした。

シベリア抑留におけるノルマの実態を少し詳しく見てみましょう。それが資本主義に由来するものでないことがよくわかるはずです。

重労働で特に厳しかったのは、炭鉱・鉱山での作業と伐採、貨物の積み下ろしです。極寒の中、斧やハンマー、のこぎり、一輪車などしか使えない、過酷な肉体労働でした。

労働は1日8時間、月4回の休日と定められましたが、それはノルマの達成が条件です。達成できなければ罰として超過労働が要求され、給食が減らされ、休日が減らされました。労働報酬の支払いはノルマの100%以上の遂行が条件だったので、未遂行の場合は支払われませんでした。

抑留者の中には、作業を免れるためみずからの手足の指をわざと切断したり、体温をごまかしたりする人もいました。ある意味で「不正」ですが、命にかかわる状況下でのぎりぎりの自衛行為だったと言えます(長勢了治『シベリア抑留』)。

収容所は独立採算制で、捕虜たちが働いた賃金によって運営されていました。所長の給与も、収容所の収入に比例します。だから捕虜たちが働けば働くほど、収容所長は豊かになりました。資本家による搾取がなくなったソ連にも搾取はあったのです。その所長にもノルマが課されていました。こうして捕虜たちは過酷なノルマ、労働を強いられたのです(栗原敏雄『シベリア抑留』)。

厳しいノルマ、達成できなければ超過労働や休日減、収入増しか頭にない上司……。数万人が命を落とした悲劇と同一視することはできませんが、かんぽ生命の批判されている営業現場とそっくりです。しかし、これらは社会主義の下で起こったことです。

過重なノルマが横行しているからといって、その原因をただちに民営化に求めるのは乱暴な議論だとわかるでしょう。

そもそも、もし民営化が過酷なノルマの原因なら、世間に多数ある普通の民間企業すべてで同じように非人間的なノルマが課され、不正営業や労働災害を招いているはずです。けれども現実は違います。もちろん会社によってノルマはありますし、中には不正や労災につながるケースもあるかもしれません。しかし、それはあくまで例外であり、大半の会社はまっとうに商売しています。

2020-05-05

同意に基づく国家

あらゆる集団・民族は、ある国家から分離し、受け入れを認める他の国家に加わることができなければならない。この単純な改革が実現できれば、同意に基づく国家ができていくだろう。もしスコットランド人が望むなら、英国からの分離や他国との連合が認められなければならない。
Nations by Consent | Mises Institute

自決権とは国家のものではなく、独立した行政単位を形成しうる規模を備えた、あらゆる領域の住民のものだ。もしどうにかして自決権をすべての個人に与えることができるなら、そうしなければならない。それが実行できないのは、やむをえない技術的な理由によるものにすぎない。
Books / Digital Text

中世欧州のハンザ同盟に都市が自発的に加入して得た利益は、外国や海賊の攻撃に対する防衛と貿易面の利便だった。同盟には明確な上下関係も公式な領域もなかった。軍事に優れ、周囲の国家に十分対抗できた。13世紀から17世紀まで存続し、競合する多くの国家よりも長続きした。
Anarchism and Radical Decentralization Are the Same Thing | Mises Wire

同じ連邦制でも、スイスは州の規模が米国よりずっと小さい。米国の小都市程度だ。もし米国がスイスと同じ人口規模の州でできたとしたら、州の数は1300以上になっただろう。もしそうなれば、納税者が重い税金を嫌って引っ越す「足による投票」は、今よりずっとやりやすくなる。
If American Federalism Were like Swiss Federalism, There Would be 1,300 States | Mises Wire

交通事故をなくすには~一般道の民営化という選択肢~

福岡市や東京・池袋で高齢ドライバーによる死亡事故が相次ぎ、議論を呼んでいます。政府は高齢ドライバー専用の新しい運転免許をつくる方針を決めました。メディアでは運転免許の定年制や強制返納制度を求める声も見られます。東京都は、アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進を防ぐ装置の取り付け費用を補助する方針を表明しました。

しかし、これらの対策はドライバーの責任や車の安全対策だけをクローズアップし、問題の本質のもう一つ重要な部分を見落としています。

もし死亡事故が起こったのが、民間の娯楽施設内にあるカートコースだったら、どうなるでしょう。カートがコースを飛び出し、見物していた親子が死亡したとします。たちまち行政が立ち入り調査に踏み込み、コースの設計や安全対策に問題があったなどとして、処分を下すでしょう。運営企業は賠償責任を負い、経営者は辞任するでしょう。刑事責任を問われるかもしれません。


ところが行政自身が管理する国道や県道だと、ドライバーの責任ばかりがあげつらわれ、交通事故に対する道路行政の責任が問われることはまずありません。国土交通大臣が事故の責任を取って辞めたなどという話は、聞いたことがありません。

もちろんドライバーには前方不注意や運転ミスなどの責任はあります。車を運転する限り、不注意やミスは決してあってはならないものですが、人間の限界を前提に、運転に万一の問題があっても大事故につながらないよう気を配るのが、道路というサービスを提供する者の本来の義務の一つであるはずです。

しかし実際には、道路の安全確保に対する行政の努力は、十分とは言えません。5月に滋賀県大津市の県道交差点で起こった事故では、ガードレールや車止めのポールがあれば、事故は防げたかもしれないと言われています。保育士と園児らが歩道上の車道から離れた場所で信号を待つなど用心していたそうなので、道路の安全対策をもう一段進めていたらと考えると残念です。

大津市の事故の場合、歩道はありましたが、日本では国道ですら、歩道のない道路が珍しくありません。高度成長時代、次々に自動車道が建設された際、歩道や自転車道が併せて整備されなかったためです。1964年の東京五輪に間に合わせるため、急ごしらえで道路を作ったことも一因といわれます。このため欧米諸国と比べ、歩行中や自転車乗車中の交通事故による死者数が多くなっています(所正文ほか『高齢ドライバー』)。

来年、56年ぶりに開催される東京五輪には、欧米などから多数の外国人が訪れます。政府はこの機会に日本の魅力をアピールしようと躍起になっていますが、華やかな五輪会場の外にある危険な道路の実情が知れ渡れば、逆に日本のイメージダウンにつながりかねません。

それでは一体、道路の安全性を高めるにはどうしたらよいでしょうか。最近のように悲惨な事故が立て続けに起こり、世間の関心が高まれば、政治の力によって安全対策が一時強化される可能性はあります。けれどもそれは長続きしないでしょう。政府には道路の安全を確保する「動機」が乏しいからです。経済学で「インセンティブ」と呼びます。

2020-05-04

専門家の支配

政治家は、選挙で選ばれていない専門家に政策立案を任せたがる。不人気な政策を実施した責任は自分にないと言えるからだ。政治と無関係な判断を尊重したとも主張できる。政治家はこう言うだろう。「私を責めないでください。科学やデータを尊重しようとしただけなんですから」
America Is a Technocracy, Not a Democracy | Mises Wire

米国は地方分権のおかげで国中に政策の実験室がたくさんある。州の競争で、どの政策が役立つかわかる。ある程度の自由に恵まれる州と、自由がほとんどない州が出てくるだろう。それでいい。最大の脅威は、異なる政策をもつ州ではなく、首都に権限が集中する巨大な行政国家だ。
COVID-19 Is Teaching Us Decentralization Is Needed More Now Than Ever | Mises Wire

企業への資金支援策は、短期で不況を和らげても、長期では経済をさらに悪化させる。非常時に備えた貯蓄を怠り、借金でリスクの高い事業をしてきた企業が救われる一方で、堅実な経営をしてきた企業が他人のツケを払わされる。その結果、不健全な事業にますます資金が流れ込む。
What the COVID-19 Crisis Means for Europe and the Eurozone | Mises Wire

「誰かが貯蓄(金融資産)を増やすと他の誰かの収入が減る」というのは間違いだ。アリスが年1万ドル節約し、ボブの会社が新たに発行した株式を買う。ボブはその資金で労働者を雇う。このとき、関係者全体の収入は減らない。アリスが節約したお金は結局、労働者の収入になる。
Keynesian Fallacies Are Not Just Wrong, but Dangerous | Mises Wire

資本主義は人の絆を弱めるというウソ~偏見を和らげ、他人との協力を可能に~

「資本主義」という言葉がよくメディアをにぎわせます。「市場主義」「商業主義」などと表現されることもあります。いずれにしても、ほめられることはめったにありません。たいていは厳しく批判されるか、さもなければ、あれこれ注文をつけられるかです。

平成元年にあたる1989年11月、ベルリンの壁が崩壊して旧社会主義諸国の悲惨な実態が明らかになり、世界の人々は資本主義の正しさに確信を抱いたはずでした。あれから30年も経っていないのに、早くも資本主義に対する懐疑論がもてはやされるとは、なんともやりきれない心持ちです。

最近話題の書籍、『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス著、関美和訳、ダイヤモンド社)も、プロローグで書かれた「資本主義という怪物」という言葉が示すように、そのメインテーマは資本主義に対する懐疑論です。


著者は革ジャン姿で有名だったギリシャの元財務相で、経済学者。本書は世界中でベストセラーになっており、日本語版のカバーには「経済をこれほど詩的に語れる書き手が、いまほかにいるだろうか」と絶賛するライターの言葉が踊ります。

「詩的」に書かれているのは、表面的には事実です。ギリシャ悲劇や小説、映画などさまざまな文学・映像作品を引用し、読者の興味を引きつけるからです。けれども、詩が人間の真実を語るものだとすれば、著者の主張が真の意味で「詩的」と言えるかどうかは疑問です。

具体的に見てみましょう。家族や友人、コミュニティーの仲間はお互いに助け合います。家事を分担したり、クリスマスにプレゼントを交換したり、困ったときにご近所同士で助け合ったりです。

バルファキス氏によれば、こうしたやり取りは、ある意味で「交換」ではあるけれども、商業的な意味はなく、市場での取引とはまったく違うそうです。親密さのあかしであり、家族や地域の中で昔から培われてきた深い絆の表れと言います。

一方、市場の取引はその対極にあると言います。バルファキス氏は「一時的で、冷淡で、機械的でもある。クリックひとつでアマゾンから本を注文するときがそうだ」と述べます。

本当でしょうか。少し考えるだけで、人間どうしのやり取りは、商取引とそれ以外でそう単純に割り切れないことに気づくはずです。

インターネット書店アマゾンで子供の欲しがっている本を見つけて買い、プレゼントしたら、そんなプレゼントは「冷淡で、機械的」だと言って、子供は悲しむでしょうか。そんなことはありません。心から喜び、親子の絆はきっと深まることでしょう。

なるほど、もし売られている本ではなく、手作りの本をプレゼントしたら、子供はもっと喜ぶかもしれません。だからといって、売られている本が「冷淡で、機械的」だということにはなりません。

そもそもバルファキス氏のこの本自体、原書も日本語版もアマゾンで売られています。もしバルファキス氏が本当に、アマゾンで本を買う行為が「冷淡で、機械的」で、人の心を荒廃させると思うのなら、なぜアマゾンで自分の本を売るのでしょうか。売り物が良くないと考えるのなら、なぜ無料で配らないのでしょうか。

バルファキス氏はショッピングモールも気に入りません。「その構造、内装、音楽など、すべてが人の心を麻痺させて、最適なスピードで店を回らせ、自発性と創造性を腐らせ……」とさんざんです。

ショッピングモールが購買意欲をそそるような工夫を凝らすのは事実でしょう。そうだとしても、そこで買い物や食事を楽しむ家族の笑顔が、偽物だということにはなりません。商業的な場だから人と人とが親密になれない理由はありません。

2020-05-03

中国の世界征服

今や多くの国で政策は同じ。外出するな(政府が必要と認めた以外)、買物に出るな(政府や専門家が必要と認めた以外)、政府が命じるこれら苛酷な方法に疑いを挟むな—。これは中国による世界征服だ。コロナウイルスに勝つ唯一の方法は政府による統制だと確信させたのだから。
The Conquest of America by Communist China – The Future of Freedom Foundation

1930年代初め、ドイツ人の多くはヒトラーとナチスを支持しなかった。支持した要因の一つは、世界大恐慌として知られる経済危機だった。多くのドイツ人は大恐慌に対応し、何をしたか。それは米国人と同じことだった。経済危機から救い出してくれる、強いリーダーを求めたのだ。
Why Germans Supported Hitler, Part 1 – The Future of Freedom Foundation

「愛国心の直接の源泉は古代ローマにある。それは異教徒の美徳である。自身を偶像として崇める態度が、愛国心という形で今に遺された」「戦争は人間を野蛮な奴隷制の水準におとしめる。暴力はそれに服従する者すべてを物に変えてしまう」。仏哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉。
American Exceptionalism Scars Both Victim and Victimizer – The Future of Freedom Foundation

18〜19世紀英国で行われた囲い込みは、土地を失った農民が工場労働者となり、産業革命を促進したといわれる。これは大地主の政治支配によるものだった。大地主は中央の議会を通じ、あるいは地方の治安判事として権力を行使し、自分たちの有利に土地を再配分することができた。
The Enclosure Acts and the Industrial Revolution – The Future of Freedom Foundation

「新自由主義」という謎の言葉~「小さな政府」という意味ではないの?~

「新自由主義(ネオリベラリズム)」という言葉がニュースや論説によく登場します。最近では、フランスで反政府運動「黄色いベスト」の抗議デモにさらされるマクロン政権の政策路線が新自由主義的だと言われます。

けれどもこの新自由主義という言葉、なんとも正体不明です。いちおうの定義はあるものの、実際には、どう考えても定義と正反対の意味で使われることが少なくありません。たとえるなら、赤は「血のような色」と説明された後で、青空を指差して「ほら、赤いでしょう」と言われるようなものです。これでは頭が混乱します。

たとえだけではわからないでしょうから、新自由主義がどのように正体不明で、人を混乱させるのか、具体的に見ていきましょう。


まず、新自由主義の定義を確認しましょう。辞典では「政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方」(デジタル大辞泉)、「20世紀の小さな政府論」(知恵蔵)などと説明されています。これらの定義は明確です。言い換えれば、経済に対する政府の介入を否定する考えです。

ところが実際には、この定義に当てはまらない政策や考えを新自由主義と呼び、批判するケースをしばしば目にします。

2020-05-02

恵方巻き、ロス削減要請が正しくない理由~見えない別のムダが発生~

節分の時期に店頭に並ぶ恵方巻きについて、農林水産省が作りすぎを控えるよう流通業界に要請し、話題となっています。コンビニエンスストアなどで大量の売れ残りを廃棄する様子が交流サイト(SNS)に投稿され議論を呼んだこともあるだけに、インターネット上では「いい取り組み」「当然のこと」などと好意的な反応が目立ちます。

恵方巻きに限らず、食べ残しなどで捨てられる「食品ロス」への批判が強まっています。恵方巻きについて、農水省は食品資源を有効に活用する観点から、需要に見合った販売をするよう要請したそうです。

今年2月3日の節分に向けた生産準備はほぼ終わっているとみられ、要請にどれほど効果があるか疑問もありますが、少なくとも来年以降は農水省の意向を無視できないでしょう。形式上は要請でも、政府の言うことである以上、企業側は事実上の義務と受け止めるはずです。


けれども政府主導による食品ロス削減は、本当の意味で無駄減らしにつながるのでしょうか。残念ながら、答えはノーです。

恵方巻きなど大量の食料が廃棄される様子は、視覚を通じて私たちに強烈な印象を与えます。ですが経済問題について正しく判断するには、目に見えるものだけにとらわれてはいけません。目に見えないものも考慮に入れる必要があります。

19世紀フランスの経済学者フレデリック・バスティアは「見えるものと見えないもの」と題するエッセーで、次のようなたとえ話をします。

パン屋の小さな息子がうっかり、店の窓ガラスを割ってしまいます。父親の店主はカンカンですが、見ていた人がこうなだめます。「まあまあ、悪いことばかりではないよ。たとえば、そら、ガラス屋が仕事にありつくじゃあないか」

一見、もっともらしく思えます。ガラス屋がやって来て、壊れた窓ガラスを取り替え、代金を受け取り、にっこり笑います。窓には新品でピカピカのガラス。ガラスを割ってくれたおかげで、パン屋や町内が豊かになったようにすら思えてきます。でもそれは、ガラス屋の笑顔や真新しいガラスなど、目に見えるものだけに注意を奪われているからです。

本当に豊かになったかどうかを判断するには、目に見えないものについても考えなければなりません。ガラス交換の代金が2万5000円だったとしましょう。もし窓ガラスが割れなかったら、パン屋の主人はそのお金で新しい靴を買うつもりでした。そうなれば、窓ガラスと靴の両方を持っていたはずです。

ところが実際には窓ガラスが割れ、その交換にお金を使ってしまったので、靴をあきらめ、窓ガラスだけで満足するしかありません。豊かになるどころか、手に入るはずだった靴を失い、貧しくなってしまったのです。

しかし多くの人は、それを理解しません。買いたかった靴という、目に見えないものの存在に思い至らないからです。米国の経済ジャーナリスト、ヘンリー・ハズリットは著書『世界一シンプルな経済学』(邦訳は日経BP社)でバスティアのこのたとえ話を紹介し、経済について正しく考えるには、目に見えないものを見る想像力が必要だと強調します。

2020-05-01

アフリカの繁栄と自由貿易

2020年7月、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の運用がスタートする。AfCFTAは、アフリカ連合(AU)に加盟する55カ国・地域による自由貿易圏構想。アフリカ大陸全域での単一市場創設や、資本と人の移動の自由確立を目指している。2019年5月に設立協定が発効した。実現により、人口約12億人を抱える巨大市場が生まれる。

アフリカ経済の将来に対する世界の期待は大きい。アフリカは長らく経済の停滞が続いたため、経済成長の可能性には懐疑的な見方が少なくなかった。しかし経済停滞の原因は、かつては欧州による植民地支配、近年は社会主義政策の採用によって、自由な貿易が阻害されたことにある。

歴史をさかのぼれば、アフリカには自由貿易によって繁栄した時代があった。そこで重要な役割を果たしたのは、イスラム教徒(ムスリム)商人である。

歴史上、アフリカの繁栄に寄与した重要な交易路は大きく二つある。一つはサハラ砂漠を越えるルート、もう一つはインド洋を渡るルートである。


サハラ砂漠は古くから、アフリカが外的世界と交流するうえで重要な役割を果たした。北アフリカの地中海沿岸からサハラ砂漠を越えて西アフリカのニジェール川中流域に至る交易路は、4世紀ごろにラクダを利用するようになってから発展する。

サハラを越えた南北の交渉が活発になるのは、8世紀初め、サハラ以南の西アフリカへイスラム教が浸透してからである。7世紀に興ったイスラム教はまもなく、軍事的制服によって北アフリカに進出するが、西アフリカへの浸透は商業活動を通じた平和的なものだった。また、アラブ人ムスリムの入植によってではなく、イスラム化した西アフリカの黒人諸族を通じて、間接的に浸透していった。

おもな交易品目として北から運ばれたものは岩塩、馬、装身具などの奢侈品、南から運ばれたものは金、奴隷だった。このような交易の保護と取引に対する課税の上に、ガーナ王国など広域支配の国家が形成された。

ガーナ王国は、現在までに知られているアフリカ最古の黒人王国である。現在のモーリタニア東南部を中心として、8世紀初めから11世紀末まで栄えたとみられる。都は王の町と少し離れた商人の町からなり、商人の町はすなわちイスラム教徒の町だった。商人とともに、北アフリカからイスラムの導師などの宗教家や学者も来往し、ガーナの黒人王(王自身はイスラム教徒ではなかった)に厚遇された。