2023-02-12

【コラム】「いわれのない」攻撃の真実

木村 貴

ロシアがウクライナに「侵攻」を始めた昨年2月下旬、バイデン米大統領は声明を出し、「ロシア軍によるいわれのない不当な攻撃」を非難した。それ以来、この「いわれのない攻撃」という言葉が、ロシアを非難する西側の政府関係者によってしばしば使われる。
最近では、日米両政府が今年1月にワシントンで開いた外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)でまとめた共同文書に、「ロシアによるウクライナに対する残虐でいわれのない不当な戦争を強く非難した」という文言が盛り込まれた。ロシアの軍事行動が始まってから一年近くも、「いわれのない(いわれない)攻撃」という非難が一つ覚えのように繰り返されている。

スマホアプリ「大辞林」によれば、「いわれない」とは、「正当な理由がない。納得できる根拠がない」ことを意味する。また、「いわれのない」と訳される英単語「unprovoked」は、「provoke」(挑発する)から派生した言葉で、文字どおりにいえば、「(攻撃などが)挑発されたわけではない」という意味だ。

政府の発表をそのまま垂れ流す大手メディアの報道ばかりに接する人々は、ロシアのウクライナ「侵攻」は、誰かに挑発されたわけではなく、ロシアが一方的にやっただけだと信じ込んでいることだろう。しかし、それは本当だろうか。

米国のリバタリアン(自由主義系)シンクタンク、自由の未来財団(FFF)代表のジェイコブ・ホーンバーガー氏は最近、「『いわれのない』とは何を意味するか」と題するコラムを公開し、過去の経緯からロシアの攻撃は米国によって挑発されたものであり、したがって「いわれのない」と呼ぶのは間違いだと論じている。

その根拠はこうだ。1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終わると、ソ連に対抗する軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)はその本来の役割を終えた。しかしNATOの盟主である米国はそう考えなかった。冷戦下で安全保障機構の権力が増大し、軍事産業と一体となって巨額の税金を食い物にする構造が出来上がっていたからだ。

米国防総省はNATOの存続を決定し、そればかりか、NATOに旧ワルシャワ条約機構の加盟国を吸収し始めた。米国とドイツが軍隊、ミサイル、基地、軍備を東へ、つまりロシアの国境近くへ移動できるようにしたのである。

当然ロシアは猛反発した。NATOの拡大に絶えず異を唱えながら、最後には「レッドライン(越えてはならない一線)」を明らかにした。それはウクライナのNATO加盟という脅しをちらつかせることだ。ウクライナがNATOに入れば、米独は戦車、核ミサイル、基地、軍備、軍隊をロシア国境に配置できるようになる。ドイツが過去にソ連を侵略し、米国が暴力的であることを考えると、それはロシアにとって容認できないことだった。

ところが米独はロシアのレッドラインであることを十分承知しながら、わざとその一線を越えた。具体的には、ホーンバーガー氏は触れていないので補足すると、2008年、NATOはウクライナを将来的な加盟国と認めた。またウクライナは、米国の支援する2014年のクーデターで親露派政権が倒れた後、2019年2月の憲法改正により、将来のNATO加盟を目指す方針を確定させた。

こうした経緯から、「米国防総省がNATOを通じてロシアを挑発し、ウクライナに侵攻させたことは間違いない」とホーンバーガー氏はいう。つまり、ロシアの侵攻は挑発の結果であり、「いわれのない」ものではないということだ。

もちろん挑発の結果だからといって、ロシアの行動がただちに正当化されるわけではない。しかし少なくとも、「いわれのない攻撃」という言葉を連呼し、ロシアの行動には納得できる根拠が何もないかのように人々に信じ込ませようとする西側政府やメディアの態度は、明らかに公正さに欠ける。

オーストラリアのジャーナリスト、ケイトリン・ジョンストン氏はこう強調する。「プーチン〔露大統領〕の決断はプーチンに責任があり、アメリカ帝国の決断はアメリカ帝国に責任がある。プーチンはウクライナへの侵攻を決定したことに責任があり、アメリカ帝国はその侵攻を誘発したことに責任がある」。ジャーナリズムとしてバランスが取れ、常識にもかなう見解だろう。同氏がいうように、「もし私が誰かを挑発して悪いことをさせたら、その悪事に対してある程度の道徳的責任を負う」のは常識だからだ。

ところが日本を含む西側の大手メディアは、その常識が理解できないようだ。その一例が、毎日新聞(オンライン版)に先日掲載された、「元ピンク・フロイドが国連安保理で語った言葉と、その危うさ」と題するコラムである。

記事が取り上げるのは、国連安全保障理事会が2月8日に開いた、ウクライナ情勢をめぐる公開会合だ。そこに一人のミュージシャンが登場し、オンライン演説で即時停戦を訴えた。英人気ロックバンド「ピンク・フロイド」元メンバーのロジャー・ウォーターズ氏である。

ウォーターズ氏は昨年9月、欧米によるウクライナへの武器供与に反対する公開書簡を出し、同国のゼレンスキー大統領はロシアが示してきた「レッドライン」をいくつも越える「極端な民族主義」を許してきたと非難している。すでに紹介したホーンバーガー氏やジョンストン氏らと同様の指摘だ。

ロシアはウォーターズ氏のそうした持論に着目してだろう、みずから開催を要請した今回の会合で、同氏に演説を依頼した。ウォーターズ氏は演説でまず、「ウクライナ侵攻は違法だ。最も強い言葉で非難する」とロシアを批判した。その一方で「ウクライナ侵攻はいわれのないものではない。私は挑発した者も可能な限り強い言葉で非難する」と述べ、ウクライナや欧米を批判した。

「いわれのないものではない」「挑発した者」という言葉に注目したい。これもホーンバーガー氏らと同じく、挑発した側(米欧やウクライナ)の責任を見逃さない、バランスの取れた常識にかなう見方だ。

ところが毎日新聞の記者(隅俊之ニューヨーク特派員)は「ウォーターズ氏の発言には、正しそうな響きがある。だが、そこには危うさがある」と批判する。

ウォーターズ氏は安保理に向けて「あなた方の目的は何なのか。軍需産業の利益拡大か。世界での覇権の拡大か。世界的なケーキの取り分を増やすことか」と問いかけた。これに対し隅記者は「軍需産業が巨大な利益をむさぼるために戦争をしかけているという主張はよくみられる。物事の背景には何か大きなものがうごめいているに違いないという疑いだ」と書く。

まるで戦争が軍需産業の利益になるという周知の事実が、怪しげな陰謀論だとでもいいたげである。そのうえで隅記者は「だが、欧米による武器供与はウクライナの自衛を助けるためだ」と強調する。たとえ武器供与が軍需産業の利益につながったとしても、それはウクライナの「自衛を助ける」ためなのだから、問題はないというわけだ。さらに隅記者は「何よりも、隣国の領土を武力で奪うというこの戦争は、ロシアが始めたものでもある」とたたみかける。

この主張には少なくとも問題点が二つある。まず、ウクライナでの戦争を「ロシアが始めた」のは事実だが、そこに至るまでには、すでに述べたとおりの経緯がある。ロシアにはウクライナへの侵攻を始めた責任があるが、米欧側にもそれを誘発した責任がある。つまり米欧は自分が誘発して起こした他国の戦争に対し、これ幸いと武器を供与し、潤っているわけだ。むしろ利益を得るために、意図して戦争を誘発したのかもしれない。そうした可能性に一切触れず、ひたすら、ウクライナとそれを支援する米欧は善、ロシアは悪という単純な図式を唱えるだけでは、国際情勢の冷静な分析というより、政治的なプロパガンダでしかないだろう。

もう一つの問題点は、たとえウクライナの自衛戦争であっても、武器を供与し続ければ、その間さらに多くの人命が失われ、国土が破壊されることだ。すでに多くの武器が供与されているにもかかわらず、ウクライナが勝利する兆しは見えない。自衛戦争の目的は国民の生命・財産を守ることのはずなのに、このまま続ければ、その本来の目的に反する結果になりかねない。

ロジャー・ウォーターズ氏が訴えたように、即時停戦こそ採るべき道だろう。この主張に対し、隅記者はフランスの外交官の言葉を引用しながら、「ロシアが撤退すれば平和はすぐにでも取り戻せる」と記す。

この言葉は逆に、この仏外交官や西側政府、そして隅記者に、早く平和を取り戻したい気などさらさらないことを物語る。戦況で劣勢に立たされているわけでもないロシアが、一方的に撤退する理由などないからだ。本気で平和を取り戻したいなら、和平協議の場を設け、当事国双方がそれなりに納得し、折り合う点を探らなければならない。

「ロシアが撤退すれば」などという非現実的な主張は、妥協を本質とする外交の知恵とは最もかけ離れたものだ。この妥協を許さず、平和を遠ざける政府や国民のかたくなな態度を煽っているのが、ロシアを一方的に悪として描き、その行動には何の「いわれ」もないと絶叫する大手メディアなのだ。

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