2018-09-16

苛政は虎よりも猛し

中国の古典『礼記』にこんなエピソードがあります。孔子が泰山の近くを通りかかると、墓の前で泣く女性がいました。わけを聞くと「夫と子供としゅうとが虎に食い殺された」といいます。孔子が「なぜここを去らないのか」と尋ねると、女性はこう答えます。「重税を課すむごい政治がないから」

「苛政(かせい)は虎よりも猛(たけ)し」(悪政は人を食い殺す虎よりも恐ろしい)という故事成語の由来です。このエピソードが示すとおり、昔から悪政の中でもとくに恐ろしいものの一つは重税でした。

今でもそれは変わっていません。所得税や相続税、キャピタルゲイン課税などの負担が軽いシンガポールには、日本の富裕層が節税目的で多く移住します。1年の半分以上を現地で暮らし、それを5年間続ければ、海外資産の相続税は払わなくて済むようになるといわれます。

日本を脱出する富裕層に対し、多くの日本人は白い目を向けます。しかし人は親しんだ故国を理由もなく去り、言語も環境も違う異国で暮らそうとは思わないものです。

清武英利『プライベートバンカー』(講談社)は、シンガポールに移住した資産家たちの苦悩を描きます。多くは一代で財を成した事業家。税逃れのためただ時間をつぶすのでは精神が満たされません。けれども英語ができないと現地で仕事は難しい。関西出身の資産家は酔って「南国の監獄の中にいるようや」と嘆きます。

ある元病院長は、何をするにもがんじがらめで自由のない日本を見限り、終身旅行者(納税義務が生じないよう複数の国を渡り歩く人)の人生を選びます。しかし問題は、犯罪の多い国では自分の身は自分で守らなければならないこと。元病院長は信頼していた銀行家の陰謀にかかり、あやうく殺されそうになります。

異国の生活がどんなに虚しく、ときに危険さえ伴っても、資産家が「南国の監獄」を選ぶのは、日本の税がそれだけ苛酷だからです。精力的な事業家を重税で虐げ、国外に追いやる日本。孔子が聞けば「苛政は虎よりも猛し」と憤るに違いありません。(2017/09/16

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