2026-04-06

乗っ取られた信仰

Hijacking Religion: How the Pentagon Turned the Sermon on the Mount into a War Manual - The Ron Paul Institute for Peace & Prosperity [LINK]

【海外記事より】憲法学者ジョン・ホワイトヘッド氏とニシャ・ホワイトヘッド氏は、現在のアメリカ政府が用いる言葉が「帝国の言語」へと変貌していると指摘しています。それは支配や報復、征服、そして統制を目的とした言語であり、トランプ政権下ではそこに宗教的な熱狂が加わっているといいます。かつて平和の象徴であったイエス・キリストが、今や権力や征服、統制を正当化するためのマスコットのように扱われているのです。戦争は愛国心という衣装をまとい、聖書の一節に包まれ、「力による平和」という名目で正当なものとして宣伝されています。しかし、これは神聖な戦争ではなく、神聖さを装った政治的な戦争に過ぎないと著者らは述べています。

米政府が掲げる価値観は、敵を愛し、平和をつくる者は幸いであると説いたイエスの教えとは似ても似つきません。キリスト教が教える慈愛や平和主義とは対照的に、政府は困窮者を投獄し、ホームレスを犯罪者扱いし、外国人を爆撃しながら、それを「安全保障」と呼んでいます。これはキリスト教への誤解ではなく、意図的な書き換えです。例えば、国防長官がペンタゴンの礼拝で、イエスの名において「容赦のない圧倒的な暴力」を求めて祈る姿は、信仰ではなくナショナリズムに洗礼を施した冒涜であると著者らは批判しています。山上の垂訓を戦争マニュアルへと変質させ、現代の戦争を神に許容された道徳的非難を超越したものに塗り替えようとする試みです。

このような政治権力と宗教的権威の融合は、信教の自由を保護し、政府による宗教の樹立を禁じた合衆国憲法修正第1条に抵触する恐れがあります。トーマス・ジェファーソンが警告した「信教分離の壁」が突き崩され、政府が神の委託を受けたかのような言葉を使い始める時、それはもはや個人の信仰の自由ではなく、国家による教化へと変質しています。本来、イエスは権力に媚びるのではなく、抑圧や強欲、暴力の上に築かれた権力の正統性に異を唱える存在でした。それゆえに当時の帝国はイエスを脅威と見なし、処刑したのです。

現在、大衆に売られているキリスト教の姿は、不義への抵抗ではなく、権力への服従を強いるものです。国家への忠誠を要求し、それを「信仰」と呼ぶ逆転現象が起きています。初期のキリスト教徒がローマ帝国や皇帝ではなく、より高次の法に忠誠を誓い、そのために迫害や処刑を受け入れた歴史を、現代の教会は忘れてしまったかのようです。著者らは、現代のキリスト教ナショナリズムを、政治権力を宗教的な言語で包んだ偽物の宗教であり、国家を偶像化するものだと断じています。キリスト教の教えが政治的利益のために武器として利用される現状に対し、私たちは憲法上、そして道徳上の大きな危機に直面していると警鐘を鳴らしています。

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