2024-03-06

核とリベラル派の堕落

米ソ冷戦下の1954年3月1日、米国の水爆実験で太平洋マーシャル諸島・ビキニ環礁は壊滅的な被害を受けた。現地住民だけでなく、周辺海域で操業していた日本のマグロ漁船、第五福竜丸も空から灰状の放射性降下物を浴び、23人の乗組員全員が被曝する。事故から70年を迎えたのを機に朝日新聞は3月2日の社説で取り上げ、「世界のヒバクシャらと連帯を強め、核なき世界へ歩みを進めねばならない」と訴えた。その言やよしだが、もし日頃、核大国間の紛争激化を煽るような戦争報道をしていなければ、もっと説得力があっただろう。
実験された新型水爆「ブラボー」の破壊力は広島原爆の1000倍もあった。第五福竜丸の乗組員は全員、放射線でやけどの状態になり、頭痛、吐き気、目の痛みなどを訴え、顔はどす黒く変わり、歯ぐきからは血がにじみ出、髪の毛を引っ張ると根元から抜けてしまうなど、急性放射能症にかかった(川崎昭一郎「第五福竜丸」)。このうち無線長の久保山愛吉さんは半年後、40歳の若さで死亡した。死因は「急性放射能症とその続発症」と発表されたが、現在では、急性放射線障害と治療の輸血に伴う劇症肝炎が多臓器不全を引き起こしたとされる(小沢節子「第五福竜丸から「3.11」後へ」)。第五福竜丸だけでなく、外国船を含め1万人を超える乗組員が被爆したといわれる。だが朝日が指摘するように、日本政府は米側からの見舞金で政治決着を図り、被曝の影響を否定して健康調査もしなかった。

実験場とされたマーシャル諸島の人々も痛ましい運命をたどった。オンラインマガジンのディプロマットが述べるように、米政府は実験に先立ち、ビキニ環礁の住民に対し「一時的に」故郷を離れるよう求めたが、その後ビキニは居住不可能なままで、元住民は今も戻れていない。ビキニに近いロンゲラップ環礁などの住民はまったく避難させておらず、子供たちは降灰の中で遊んでいた。米軍は3月3〜4日に住民を避難させたが、すでに多くの人が放射線で体調を崩していた。米政府は今も一部を除く島々について放射性降下物の範囲や深刻さを認めておらず、何千人ものマーシャル人が米国の医療対策の対象となっていない。

朝日はビキニ事件の反省を踏まえ、「すべての核被害者の先頭に立ち、核廃絶への道を切り開くのは被爆国・日本の使命である」として、核兵器禁止条約と距離を置く姿勢をただちに改めるよう、政府に強く求めた。正論だが、核兵器の恐ろしさをそれほど理解しているのならなぜ、たとえば2月24日の社説ではウクライナ戦争について、即時停戦を訴えるのでなく、「息長くウクライナを支えていく責務がある」などと書くのだろうか。戦争当事者であるロシアも、ウクライナを支援する米国も核大国であり、戦争が長引けばその分、核戦争の可能性が強まるというのに。

2月21日にはリベラル派の国際政治学者、藤原帰一氏が朝日の連載コラムで、イスラエルのガザ攻撃については攻撃のすべてとヨルダン川西岸への入植の即時停止を求めながら、ウクライナについては「ロシアとウクライナとの停戦ではなく、ウクライナへの軍事・経済支援を強化し、侵攻したロシアを排除することが必要」だと主張した。ロシアの攻撃が軍人と文民を区別しない「国際人道法に反する攻撃」であることが理由だという。その理屈でいけば、ウクライナがそれこそ人道に反し、自国のロシア系住民を迫害・殺傷してきたことに対して、ロシアが軍事的手段に訴えたことを批判できないはずだ。いずれにせよ戦争は長引き、核戦争のリスクは高まる。

朝日新聞の混迷ぶりは、日本のリベラル派の限界と堕落を象徴している。

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