2023-08-09

EV電池のおかしな「経済安保」

政府がまたぞろ、お得意の「経済安全保障」に乗り出した。日本経済新聞の「特報」によれば、経済産業省はトヨタ自動車が日本で計画する電気自動車(EV)用リチウムイオン電池の投資に約1200億円を補助する。経産省は車載用電池などの蓄電池を「経済安全保障上の重要物資」と定め、2022年度の第2次補正予算で蓄電池分野の供給や開発の支援に3300億円を確保している。
「車載用電池の世界シェアは中国が5割を占め、日本は1割弱にとどまる。車載用電池はEVの競争力を左右する。EVシフトが進むなか、国内の製造力を高め、サプライチェーン(供給網)の分断リスクを下げる」と日経は解説する。

けれども、この「経済安保」なるもの、どれほどの意味があるのだろうか。リチウムイオン電池を組み立てるのは日本国内だとしても、その材料となる重要鉱物は、国内では手に入らない。

日経の別の記事にあるように、EV電池用の重要鉱物を供給する国は一部に偏っている。とくに存在感が際立つのは中国だ。例えば、世界のリチウム加工・精製は65%を中国が占め、コバルトは生産の74%がコンゴ民主共和国(旧ザイール)に、加工の76%が中国に偏る。同じく戦略物資とされる半導体以上に、生産国・地域の偏りが著しい。

先進国中心に構成する国際エネルギー機関(IEA)はこの状態を問題視し、今後、加盟30カ国を中心に、調達の多様化や新たな資源国への共同投資、リサイクル網の拡充などを検討するという。ずいぶん悠長な話だ。そんなことでは、中国集中の「是正」がいつ実現するやらおぼつかない。

それに、重要鉱物の生産には厄介な問題がある。環境破壊や人権問題だ。世界のリチウムの埋蔵量は、南米のチリ、アルゼンチン、ボリビア3カ国で半分以上を占め、第4位に米国が続く。ところが米国でのリチウム開発は、環境保護との兼ね合いで進んでいない。リチウムを地下から取り出し、抽出するには水を大量に消費し、水や土壌を汚染するほか、水位も低下させる。

世界のコバルトの約7割を生産するコンゴ民主共和国では、危険な労働条件や児童労働といった人権問題が指摘されている。「コンゴ民主共和国では何千人もの子供たちがコバルトを採掘している。コバルトに長時間さらされると、健康に致命的な影響を及ぼす可能性があるにもかかわらず、大人も子供も、最も基本的な保護具さえ付けずに働いている」(国際人権団体アムネスティ・インターナショナル)という。

もっとも、コンゴ民主共和国のコバルト鉱山の大半を所有または出資している中国は、こうした主張に対し「真実を歪曲し、誇張している」と反論する。中国を非難する欧米諸国は、植民地支配の時代から多国籍企業を通じ、アフリカの天然資源を搾取し、富を略奪してきた歴史がある。これに対し現在のコンゴ民主共和国は、中国と互いの利益によって結びついている。欧米が「中国偏重を見直せ」と説教しても、効き目はないだろう。

こうした事情を考えれば、重要鉱物の生産が中国など特定の国に偏る現状が、大きく変化する望みは薄い。それにもかかわらず、日本はEV電池の組み立てだけを国内の工場で行おうとしている。サプライチェーンの分断リスクに備えた「安全保障」として、意味があるとは思えない。

「何もしないよりはましだ」という意見があるかもしれない。もしコストがかからないなら、それもいいだろう。だが実際には、多額の税金が投入される。税金の無駄遣いで悪名高い日本政府に、「経済安保」に関してだけは賢い出費ができると考える理由はない。

それよりも安上がりでいい方法がある。中国の国内問題にすぎない台湾問題を理由とした防衛費の増額をやめ、むしろ減らすのだ。緊張緩和によって真の安全保障につながる。国民は「防衛増税」ならぬ「防衛減税」の恩恵に浴することができるだろう。

<参考資料>
  • The Environmental Downside of Electric Vehicles - Foundation for Economic Education [LINK]

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