2023-07-21

経済安保が国を滅ぼす

「経済安全保障」が大はやりだ。経済安全保障推進法が2022年5月に成立し、段階的に施行が始まってから火がついた。12月に決定された国家安全保障戦略は冒頭で「グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されない」と強調し、初めて「経済安全保障」という章を立てた。しかし実際には、グローバリゼーションと国同士の相互依存に逆行する保護主義的な政策こそが、国を危うくする。


経済安保推進法は①供給網の構築②基幹インフラの安全確保③先端技術の官民研究④特許の非公開――の4本柱で構成し、いずれも国が経済活動に深く関与する。

日本経済新聞の要約によれば、①は「半導体など戦略物資の国内調達を財政支援。調達先や保管状況を国が管理」するといい、②は「電気や金融など14業種で国が導入設備を事前に審査。サイバー攻撃のリスク軽減」につなげる。③は「人工知能(AI)や量子の開発に国が資金支援。官民協議会を設け情報共有」するといい、④は「軍事転用の恐れがある技術の流出を防ぐ目的で一部の特許情報を公開せず」としている。

「国が」「国が」のオンパレードに辟易する。曲がりなりにも自由な市場経済を標榜する国の政策だとは、とても思えない。

さすがに一部の大手メディアも面食らったようだ。経済安保推進法が成立した前後の社説で、東京新聞は「企業の取引先は経済合理性を優先して決められる。国が恣意的な介入を常態化させれば、企業側に無用な忖度が生まれ自由な貿易環境を失いかねない」と述べた。朝日新聞は「特定重要物資や事前審査対象になる設備の指定など、政令や省令に委ねられた項目が138カ所に上った。これでは、どんな経済活動がどの程度規制されるのかがはっきりしない」と批判した。いずれももっともな指摘だ。

これに対し、読売新聞は「ルールを明確に定めて丁寧に周知することが不可欠である」としつつも、「官民が連携し、国民生活の安定的発展に不可欠な産業と技術を守らなければならない」と強調した。産経新聞に至っては、「むやみに経済の自由を奪うべきでないのは当然だが、重要物資を特定国に委ねるリスクや、先端技術が海外で悪用される可能性に目を覆い、経済合理性ばかりを優先させるわけにはいかない」と断じ、導入が見送られた機密情報の取り扱い資格制度「セキュリティー・クリアランス(適格性評価)」などについても「さらなる検討を進めるべきだ」と規制強化に前のめりだ。

興味深いことに、左派・リベラルとされる朝日・東京が経済的自由の規制や介入に慎重で、右派・保守とされる産経・読売が前向きという、本来の「左派」「右派」のイメージとは逆の主張となっている。

つねづね感じることだが、日本の右派・保守メディアは、経済的自由を守る防波堤として、はなはだ頼りない。中国や北朝鮮の社会主義体制(経済面ではほとんど、あるいはかなり形骸化しているが)を攻撃する都合上、市場経済の尊重を唱えてはみせるものの、深い信念に基づく主張ではないから、ここぞというときに馬脚を現す。それがたとえば今回の経済安保だ。

現代の高度な産業は、役人が作文した国家安全保障戦略の主張とは異なり、グローバリゼーションと相互依存なしには成り立たない。先端技術の集積である半導体は、とりわけそうだろう。読売の唱える官民連携は多くの産業をダメにしてきた常習犯だし、産経の主張に従って経済合理性を後回しにすれば、産業は競争力を失い、安全保障に役立つどころか国のお荷物になる。経済安保が国を滅ぼすという、洒落にならない事態にもなりかねない。

自由主義と小さな政府を標榜する米シンクタンク、ケイトー研究所のシニアフェロー、スコット・リンシカム氏は、米半導体メーカーに多額の補助金を支給する米政府の政策に対し「効率的で競争力のある国内産業を生み出すどころか、かえって肥大化させ、政府の援助に依存し、国際競争力を失わせかねない」と歯に衣着せず批判する。

日本の右派・保守メディアから、こうしたまっとうな意見が聞かれないのは寂しい限りだ。「自由のためにたたかう」(産経)という「信条」を貫くよう、奮起を促したい。

<参考資料>
  • Should the U.S. Government Subsidize Domestic Chip Production? | Cato Institute [LINK]

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