2023-04-03

【コラム】劣化ウラン弾は問いかける

木村 貴

ロシアのウクライナ「侵攻」をめぐり、英国がウクライナに供与する主力戦車の砲弾に劣化ウラン弾が含まれると表明した。英国のゴールディ国防担当閣外相が3月20日、英議員からの質問への回答として、ウクライナに供与する戦車「チャレンジャー2」の砲弾に劣化ウラン弾が含まれることを明らかにした。ロシアはこれに強く反発している。
劣化ウラン弾は、炸裂した際に飛び散る放射性物質が人体や環境に悪影響を及ぼす可能性があると指摘されている。英国による供与に対し、広島県内の7つの被爆者団体は3月24日、抗議の声明を発表した。NHKの報道によれば、声明では「劣化ウラン弾は非人道兵器であり、被爆者として許すことが出来ない」と強調。同日広島市役所で開いた会見では、代表の一人が「劣化ウラン弾は即刻廃止すべきで、英国の行為は許されない」と述べた。

しかし被爆者団体の厳しい非難に比べると、つねづね「日本は唯一の戦争被爆国」と強調するメディアの反応は、いかにも及び腰だ。むしろ劣化ウラン弾の人体などへの影響を軽視しようとしたり、ロシアの反発に難癖をつけたりして、英国の供与を実質擁護するような主張が目立つ。

朝日新聞デジタルは3月25日の記事(「『核を用いた兵器だ』恐怖あおるロシア 英国の劣化ウラン弾供給」)で、こう書いている。

劣化ウラン弾の健康や環境への影響は1990年代の紛争をきっかけに注目され、世界保健機関(WHO)などが研究してきた。原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、劣化ウランの放射線を浴びたことに関連した「臨床的に重要な病理は認められない」と結論づけた。国際原子力機関(IAEA)が関与した研究でも、着弾の衝撃で飛び出た劣化ウランの小さな粒子による人々や環境への放射線リスクは大きくない、としている。

もし「臨床的に重要な病理は認められない」「人々や環境への放射線リスクは大きくない」という研究結果が正しければ、被爆者団体の「非人道兵器」「即刻廃止」という主張は、見当外れということになる。しかし朝日は急いで付け加える。

とはいえ、健康被害の懸念は消えていない。国連軍縮部は「劣化ウラン弾やその破片に直接触れた個人には、放射線の潜在的なリスクが存在する可能性がある」とも指摘している。

朝日はここで、「劣化ウラン弾やその破片に直接触れた」場合だけにリスクがありうるかのように書いている。最初に掲げた、「着弾の衝撃で飛び出た劣化ウランの小さな粒子による人々や環境への放射線リスクは大きくない」というIAEAの研究結果につじつまを合わせるためだろう。「放射線の潜在的なリスク」の具体的な内容にも触れていない。

しかし、これは日本の他メディアに比べてさえ、リスクを小さく見せすぎる。日本経済新聞は「米軍が湾岸戦争などで使い、微粒子となったウランが拡散して人体に入り、体内被ばくを引き起こすと指摘されている」(3月22日記事)と書いている。産経新聞も「国連環境計画(UNEP)は2022年の報告書で、劣化ウランは『皮膚刺激や腎不全を引き起こし、がんのリスクを高める可能性がある』と指摘している」(3月23日記事)と具体的に説明している。

イラク・湾岸戦争の子どもたち―劣化ウラン弾は何をもたらしたか

個々の研究者による調査では、さらに深刻なリスクも指摘される。たとえば、米軍がイラク戦争(2003〜2011年)で使用した劣化ウラン弾とイラクの子供たちの先天障害に関連が疑われている。イラクではすでに湾岸戦争(1990〜1991年)の後から、フォトジャーナリストの森住卓氏が著書『イラク・湾岸戦争の子どもたち―劣化ウラン弾は何をもたらしたか』(2002年)で伝えたように、新生児の先天障害が増え、その原因として米軍の使った劣化ウラン弾が疑われてきた。イラク人だけでなく、湾岸戦争から帰還した米国や英国の元兵士も、がんや子供の先天障害の増加が報告されている。

これらのリスクは、まだ科学的に証明され、公的に認められたわけではない。だが劣化ウランに限らず、健康被害との因果関係を証明するのに時を費やしている間、何ら対策を講じることなく放置すれば、被害が拡大し深刻化する恐れがある。これは公害問題などで学んだ歴史的教訓でもある。政府や国際機関の科学判断が政治の圧力に左右されやすい現実を考えれば、なおさらだろう。

1990年代以降、環境汚染や環境破壊から生態系や人々の健康を守る際の原則として「予防原則」が確立されてきた。1992年にブラジルのリオデジャネイロで開いた国連環境開発会議(地球サミット)が採択した「環境と開発に関するリオ宣言」には、「重大あるいは取り返しのつかない損害のおそれがあるところでは、十分な科学的確実性がない」場合でも対策を遅らせてはならないと明記された。

この「予防原則」は、地球サミットの行動計画である「アジェンダ21」などでも確認されている。内科医の振津かつみ氏は共著『劣化ウラン弾――軍事利用される放射性廃棄物』(2013年)でこうした経緯を踏まえ、「ウラン兵器は即刻禁止されなければならない」と訴える。

予防原則について朝日自身、いつもは前向きに取り上げている。たとえば、原発訴訟に関する2022年6月18日の記事では「水俣病やアスベスト被害をめぐる最高裁判決では、確実な情報でなくても、事故や被害の危険性がある程度あれば国は対応しないといけない、という『予防原則』の考え方をとり、国の賠償責任を認めてきた。(略)事故が起きると被害を元に戻すことはほとんど不可能という結果の重大性から見ても、予防原則に立ち、国の法的な責任を明らかにすべきだった」という清水晶紀・明治大学准教授(行政法)の談話を載せている。

ところが今回、英国からウクライナへの劣化ウラン弾の供与に対しては、予防原則に従い中止を求める声は、大手メディアでは皆無だ。それどころか、批判の矛先をロシアに向けようとする苦しまぎれの論法が目につく。

たとえば、朝日は「恐怖あおるロシア」の記事のリード文で、「ロシアは『核を用いた兵器だ』と放射能の恐怖をあおって猛烈に批判する」と書いているが、本文を読んでみると、ロシア側の主張の核心は「この砲弾は殺すだけでなく、環境を汚染し、がんを引き起こす」(ザハロワ外務省報道官)というもので、別に驚くような内容ではなく、すでに触れたとおり、西側の研究者や国際機関からもその疑いが指摘されている。もしロシアの主張が「恐怖をあお」るものだと朝日が考えるなら、劣化ウラン弾の即時廃止を求める被爆者団体や民間研究者の主張も、同じく「恐怖をあお」るものとして切り捨てなければならないだろう。

また朝日は、同じ3月25日の別の記事(「劣化ウラン弾、過去に日本でも ロシアの批判は『どの口が言うのか』)で、「核使用をほのめかしたり、ザポリージャ原発を攻撃したりしているロシアが、劣化ウラン弾について核と絡めて反発しているのは、ある意味滑稽であり、どの口が言うのかと思う」という匿名の外務省元幹部の話を載せている。

ロシアのプーチン大統領は存亡の危機に立たされた場合の核使用をほのめかしているが、それに対しバイデン米大統領は「倍返し」どころか「アルマゲドン(世界最終戦争)」をほのめかしており、どちらが世界にとって危険な人物かは判断に迷うところだ。また、ロシアが占拠したザポリージャ原発を自分で攻撃するのは理屈に合わず、ウクライナの偽旗作戦が疑われるが、この「外務省元幹部」の頭には浮かばないらしい。いずれにせよ、これまで核爆弾を実戦で使ったことがある(しかも2発)のは米国だけだし、劣化ウラン弾を使ったのもおもに米国と英国だ。その米英が劣化ウラン弾を「ありふれた兵器だ」などと擁護するのは、それこそ「どの口が言うのか」といいたくなる。

それでもメディアは建前上、論調に最低限のバランスを取らなければならない。それに比べ、反ロシアに凝り固まった専門家は、もはや暴走状態だ。

朝日の「恐怖あおるロシア」の記事に、フォトジャーナリストのクレ・カオル氏がコメントを付け、劣化ウランは「同じく放射能物質でも固体かつ、放射能が低いため、『内部被曝』や大規模な『放射能被害』を引き起こす物ではありません」と書いている。劣化ウランに内部被曝を引き起こす疑いが強いことは、前述の本『劣化ウラン弾』のほか、肥田舜太郎・鎌仲ひとみ『内部被曝の脅威――原爆から劣化ウラン弾まで』(2005年)などにも詳しい。クレ氏に専門の知見がどれだけあるかわからないが、内部被曝を引き起こすことはないと自信満々断言するのは、あまりにも乱暴すぎる。
東京外語大学教授の篠田英朗氏は3月26日のツイートで、「劣化ウランが盛り上がっているみたいだが、プーチンに乗せられて無茶苦茶なことを言っている人がいて、唖然」と嘆き、「現在のウクライナでは、軍事的必要性が高いことは明白。国際人道法の観点からは、無理に使用の禁止を唱えようとするのではなく、使用後の責務を論じるのが建設的」と述べた。過去にイラクなどで劣化ウラン弾を使用した米英が健康被害の因果関係を認めず、「使用後の責務」をまったく果たしていないのに、ウクライナだけが殊勝にもそうする理由はない。なんとも「建設的」な意見に「唖然」とする。

なお篠田氏は、広島大学平和科学研究センター助手時代の2002年、「武力紛争における劣化ウラン兵器の使用」と題する論文を発表している。その末尾にこうある。

大規模な人道的危機についての指摘がなされている中で、軍事的利益と付随的損害との関係を使用国の利益の観点からのみ解釈することは、国際社会における人道的規範そのものの危機を意味するだろう。(略)少なくとも劣化ウランが絶対的に安全な物質ではないことが確かである以上、武力紛争における劣化ウラン兵器の使用の問題を、国際社会全体の人道的規範の問題として捉えることは、当然の態度だと思われる。

このとき篠田氏は、劣化ウラン兵器の使用を「使用国の利益の観点からのみ」判断することを批判していたわけだが、今や「現在のウクライナでは、軍事的必要性が高い」という「使用国の利益の観点」のみを理由に使用を擁護する。そして、まるで化粧品か育毛剤の注意書のように、「使用後の責務」さえうたっておけば、がんや先天異常をもたらしかねない兵器について「人道的規範」をクリアできると主張する。みごとな変節、いや成長というほかない。

防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏は3月24日のツイートで、「劣化ウラン弾は核兵器とは全く性質が違うものなので、ロシアの批判は言いがかりです」と投稿し、続けて「実際、ロシア自身も装備しているし、使ったかどうかすぐにわかる兵器でもないので、これまでロシアが戦場で使っていないかどうかさえわかりません」と述べた。

だがロシアは、劣化ウラン弾を核兵器と呼んではいない。ロシアが「使っていないかどうかさえわかりません」というのは、まるで現行犯で一般人に捕まった万引き犯が、その人に向かって「お前だって万引きしたことがないか、わかったもんじゃないぞ」と因縁をつけるようなもので、それこそ言いかがりだろう。

しかも高橋氏は続くツイートで「劣化ウランは金属としての毒性があり、直接吸い込んだ場合は非常に危険。環境被害については様々な報告が存在」と認めている。そうだとすれば、たとえ核兵器でなくても、人道上問題のある兵器だ。ロシアが言いがかりをつけたとかつけないとか、どうでもいい話をしている場合ではない。ウクライナの子供たちを含む人々や環境を守るために、供与中止の一択しかないはずだ。

ところが高橋氏は何も言わない。以前、今回の戦争でサッカー選手になる夢を断たれたというウクライナの少年に、涙をこぼさんばかりに同情したのに、劣化ウラン弾のせいで将来がんや白血病、子供の先天障害、農地の汚染などに苦しみ、悲しむかもしれない子供たちや人々のことは、どう思っているのだろう。科学的な「エビデンス」が十分でないと自分に言い聞かせれば、それで良心は痛まないのだろうか。「非常に危険」だと知りながら何もしないのは、予防原則に反することなのに。

東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏もテレビ番組で、劣化ウラン弾の健康被害について「噂はされているが私は知らない」と言い、「ロシア軍も今回の戦争で使っていると思う」と言ったという。ブログ「世に倦む日日」で批判するとおり、「きわめて無責任な発言」としかいいようがない。

小泉氏は昨年9月、講談社が運営するウェブメディア「コクリコ」のインタビュー記事で、子供たちと戦争について考えるため、核戦争の恐ろしさを描いた絵本『風が吹くとき』や漫画『はだしのゲン』を読むよう勧めている。大いに結構だが、恐ろしいのは核戦争だけではあるまい。本当に子供たちの未来を案じるのなら、「知らない」という劣化ウラン弾についても調べるはずだし、ロシア軍が使ったと脳内で「思う」からといって、ウクライナへの現実の供与を止めない理由にはならないはずだ。

劣化ウラン弾問題は問いかける。日ごろメディアや専門家が叫ぶ、子供や環境を守れという美しい主張は本心からのものなのか、それとも都合が悪くなると引っ込める政治スローガンにすぎないのかを。

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