2022-10-19

トラス英首相はイングランド銀行の犠牲

エコノミスト兼ファンドマネジャー、ダニエル・ラカール
(2022年10月18日)

奇妙な時代に生まれたものだ。世界経済問題の解決策として大規模な赤字財政支出と通貨供給を猛烈に擁護したのと同じ人々が、今度は英国の債券・通貨市場の混乱を赤字拡大予算のせいにしているのだから。

英国市場混乱の原因をすぐさまリズ・トラス英首相の予算のせいにした専門家と呼ばれる人々の中に、2週間前から円の暴落が続き、日銀が介入を余儀なくされていることついて、何も言わない人がいることに驚く。

なぜ多くの人がトラス首相の「ミニ予算」が価格変動の原因だと考えたのだろうか。ユーロ、円、ノルウェークローネ、ほとんどの新興国通貨が今年に入ってから米ドルに対し、英ポンドと同等かそれ以上の下落に見舞われているのにである。債券市場はどうだろうか。今年は世界中の債券にとって1931年以来最悪の年であり、先進国や新興国の国債・社債の価格暴落は、英国と驚くほど似ている。

財政赤字は問題ではなく、主権国家は好きなようにお金を使い、通貨を印刷できる(「拡張政策」と呼ばれる)と言うのと同じ経済学者が、支出を増やし、減税する英国のケインズ主義予算は経済を破壊する可能性があると言う。しかしこの経済学者は、日本が減税もせず、支出と借金という見当違いの財政政策を維持したまま、大規模な円買い介入をしなければならなかったことを忘れている。

英国の年金基金が国債を売っているのは、英国や他国の予算が信用できないからではない。中央銀行が債券を絶えず買い戻すことで価格を上昇させることができると信じ、人為的な金融緩和で生じた債券バブルに一心不乱に飛び込み、買い入れたマイナス金利の国債を売っているのだ。

英国の年金基金の積立不足は、ミニ予算による問題でもなく、英国だけの問題でもない。非常識な通貨供給によってごまかされた、2019〜20年から存在する巨大な問題だ。米国の州年金基金の世界的な未積立債務は、リーズン財団によると2021年にすでに7830億ドルで、2022年には1兆3000億ドルに増加した。公的年金の積立率は2021年で85%に過ぎず、2022年には75%を割り込んでいる。

マイナス金利と通貨大量供給の時代に何が起こったのか。年金基金は債務連動型運用(LDI)戦略を用いていた。ほとんどのLDI戦略は、インフレと金利のリスクをヘッジするためにデリバティブ(金融派生商品)を使用していた。インフレが始まり、金利が上昇するとどうなるのだろうか。「金利が上昇するにつれ、LDIポートフォリオで保有されていたデリバティブの想定元本が減少した。その結果、追加担保差し入れ義務が拡大した。金利上昇のスピードは、一部の年金が担保請求に応じるために運用資産を清算しなければならないことを意味する」と、投資協会の9月最新リポートと「年金と投資」紙のブライアン・クローチェ氏は述べている。

LDI戦略の総資産は、2021年までの10年間でほぼ4倍の1.6兆ポンド(1.8兆ドル)に膨れ上がっている。英年金規制当局(TPR)とロイター通信によると、英国の確定給付型年金のほぼ3分の2がLDIファンドを利用している。トラス首相やクワシ・クワーテング前財務相にこの狂気の責任はない。イングランド銀行のマイナス実質金利政策と大量の流動性注入が原因だ。クワーテング氏とトラス氏が非難されるべきは、主流のケインズ派経済学者ほぼすべてが擁護する財政支出と金融緩和によるバブルの宴が、いつまでも続くと信じたことだ。

この数年、英国や先進国の政府は、お金が安くて豊富だったため、財政の不均衡に注意を払わなかった。赤字は急拡大し、支出は抑制されず、問題はイングランド銀行のように、国債の正味発行額の100%以上を購入した中央銀行のバランスシートの中に隠されていた。何年にもわたってお金を印刷し、債務を過去最高水準まで増やした後、止まらない高インフレが発生した。今、中央銀行は金利を引き上げ、通貨供給量の増加を抑える必要がある。ちょうど債券ファンドがマイナスの名目・実質利回りで有害な債券を積み上げているときだ…。そして金利引き上げは、追加担保のコストが上昇し、損失が耐えがたいものになることを意味する。

英国の年金基金は、追加担保の増大に伴い、保有する流動資産を処分する必要がある。何年にもわたる通貨の大量発行とマネタイゼーション(財政赤字の穴埋め)の後にインフレが到来し、世界中の投資ファンド、特にユーロ圏、英国、日本では、名目および実質の巨額損失で運用資産が崩壊するのを目の当たりにしている。追加担保が発生すると、多くの基金が最も流動性の高い資産、英国では英国債、他の国ではそれぞれの国債を売却しなければならなくなる。

トラス氏やクワーテング氏は、過去数年の狂気やリシ・スナク元財務相による超ケインズ主義的な予算に責任はない。トラス氏やクワーテング氏が非難されるべきは、ケインズ主義の狂った赤字政策という薬をもう一回服用しても害はないと信じていたことだ。

クワーテング氏の更迭は、現代貨幣理論(MMT)の信奉者らによって、問題はばかげた減税であって、長年にわたる通貨増発や赤字拡大ではないと正当化するために、犠牲にされたにすぎない。

英国や日本で起こったことは、ユーロ圏でもすぐに起こりそうだ。ユーロ圏では、数年にわたる金融緩和と無謀な刺激策で、120億ユーロ以上のマイナス金利の債券が積み上がっている。

トラス首相には、20年にわたる狂った金融政策と無責任な財政政策の責任はない。彼女が非難されるべきは、不必要な経費を削ることなく、支出を増やす予算である。

皮肉なことに、とんでもない赤字や借金を擁護する人々は、それが政府の規模を拡大することで生じるのであれば、問題ないと感じる。悪いのは減税というわけだ。

ミニ予算に関する政治分析には驚かされる。英議会では誰も支出を削減する必要を感じていないようだが、それらの経費は積み重なり、年単位になる。つまり、景気変動に変化があると、税収が変動するため財政不均衡が大きくなり、それに伴って通貨の増刷が必要になる。増税すれば、景気不景気にかかわらず、毎年決まって歳入が増えるという前提は、官僚でなければ正当化できないだろう。

(次を全訳)
The Bank of England Made Liz Truss a Scapegoat | Mises Wire [LINK]

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