2020-07-22

フェイクニュース規制は、フェイクニュース以上に危険だ…政府は国民の言論統制に利用

米フェイスブックにフェイク(偽)ニュースが蔓延したとされる問題をきっかけに、SNS(交流サイト)上の偽ニュースに対する規制論が強まっている。

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は4月10~11日に開かれた米議会公聴会で、個人情報流出に加え、偽ニュースの蔓延について謝罪。人工知能(AI)などを使った対策の強化を説明した。政治的広告に対する規制強化の動きには「なんらかの規制は避けられない」と受け入れる姿勢を示した。


しかし、もし規制強化が実現したら、一番痛手を被るのはフェイスブックではなく、そのシェアを奪おうとする新興SNSや独立系ニュースサイトだろう。ザッカーバーグ氏自身が指摘したとおり、小規模な会社は資本力が弱く、規制の負担に耐えきれないからだ。規制強化はフェイスブックなどSNS大手の市場支配をむしろ強めることになる。

それ以上に気がかりなのは、偽ニュースの規制が言論・報道の自由の抑圧につながる恐れだ。

ザッカーバーグ氏はAIで偽ニュースを見分けるというが、実際にはそう簡単ではない。日本経済新聞によれば、同社のAI開発責任者、アレクサンドル・ルブリュン氏は「AIは学習して不適切かどうかを判断するため、新手の投稿には対処できない」と述べる。

そのうえ、AIによる判断にはある種の危うさがつきまとう。2016年の米大統領選後、米カーネギーメロン大学のコンピューター科学者、ディーン・ポマロー氏は「フェイクニュース・チャレンジ」というプロジェクトを立ち上げ、ニュースの真偽を見分ける手法を公募。17年6月までに世界各地の80チームが参加し、優秀だった上位3チームには合計2000ドル(約21万円)の賞金が与えられた。

問題はニュースの真偽を見分ける方法だ。ニューヨーク・タイムズの記事によれば、各チームは「検証された記事のデータベース」を基にAIで判定するという。「検証された記事」とは常識で考えれば、大手新聞、雑誌、テレビなど主流メディアの報道だろう。

もしそうだとすれば、真偽の判定は不安が残るといわざるをえない。主流メディアの報道はいつも正しいどころか、大きな誤りを犯す場合が少なくないからだ。

米政府は2003年のイラク戦争で、イラクが大量破壊兵器を保有していると主張し、安保理決議のないまま、攻撃を開始。だが、開戦の理由とした大量破壊兵器は最終的に見つからなかった。当時、米欧の主流メディアは政府の言い分を無批判に垂れ流し、不正な戦争に加担した。


「報道価値のある個人」とは何か?


ところでイラク戦争のように、政府が偽りの情報を流した場合、AIはどう判断するのだろうか。もし政府の嘘に警鐘を鳴らしてくれるならありがたいことだが、そうではなさそうだ。

前述のフェイクニュース・チャレンジは、偽ニュースを「人を欺くために完全にでっち上げた主張や報道。しばしば(金銭など)2次的利益を目的とする」と定義したうえで、こんな但し書きを付ける。

「報道価値のある個人によってなされた主張は、たとえ明らかに誤ったものでも、定義上、報道に値するので、偽ニュースとみなさない」

これではイラク戦争当時、ブッシュ大統領ら米政府要人が繰り返した「イラクは大量破壊兵器を保有している」という主張は偽ニュースに該当しないことになる。政府要人はたいてい「報道価値のある個人」だからだ。

一方でフェイクニュース・チャレンジは、報道価値のある個人について無名のメディアが金銭や政治目的で嘘の主張をした場合、偽ニュースとみなす。これでは政府が国民を欺こうと嘘の主張をした際、それを批判する独立系のニュースサイトなどのほうが偽ニュースと判定されかねない。ニュースサイトはなんらかの収入なしには持続が難しいし、政府への批判は政治的な声明の一種とみなされるからだ。

少数派の言論を封殺


フェイクニュース・チャレンジは一例にすぎない。だが、もし同じく政府要人の発言や主流メディアの報道を基準にニュースの真偽を判断する手法が広がり、それによって偽ニュースと断じられたものがSNSから排除されることになれば、少数派の言論は事実上、封じられてしまう。

最近アジアで、偽ニュースを法的に取り締まろうとする動きが出てきた。インドでは政府機関への取材に欠かせない記者証を偽ニュースを流した新聞やテレビの記者には発給しないとの政策を政府が打ち出した。マレーシアでは偽ニュースの発信者に最高50万リンギ(約1400万円)の罰金や6年以下の禁錮刑を科す対策法を議会が可決した。

米欧や日本の主流メディアはアジアのこうした動きに批判的だ。しかし自国政府が自分に都合のいい情報を広めるため、反対意見を偽ニュースと決めつけたとき、主流メディアがそれをきちんと批判できるかどうか、心もとない。今現在も「イギリスで元スパイのロシア人男性とその娘を神経剤で襲撃したのはロシア」「シリアのアサド政権が化学兵器を使用した」といった真偽の疑わしい政府の主張をおうむ返しするばかりなのだから。

ロシア革命で社会主義国・ソ連を築いたレーニンは、言論・報道の自由をこう批判したとされる。

「なぜ言論・報道の自由を認めなければならないのか。なぜ政府自身への批判を認めなければならないのか。凶器による反対は許さない。思想は銃よりはるかに危険だ。なぜ政府を困らせるために考えられた、悪質な意見の普及を許さなければならないのか」

言論・報道の自由を恐れる権力者の本音が正直に語られている。

一方、アメリカ建国の父の一人で、第3代大統領を務めたトーマス・ジェファソンは言論・報道の自由を強く擁護し「新聞のない政府と政府のない新聞。私は躊躇せずに後者を望む」と述べた。

ジェファソンの新聞擁護は、今の大手メディアの堕落にうんざりしている人には甘やかしすぎだと感じられるかもしれない。しかし大手メディアがふがいないからといって、報道の自由まで失っていいわけではない。政府に対峙するまっとうなメディアが育つためには、今以上に言論の自由が欠かせない。安易な偽ニュース規制論に同調しないようにしたい。

<参考記事・サイト>
「偽ニュース、AIで対抗」フェイスブック開発責任者:日本経済新聞
Fake News Challenge In Europe’s Election Season, Tech Vies to Fight Fake News – The New York Times

Business Journal 2018.05.07)*筈井利人名義で執筆

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