2018-08-22

資本主義のDNA

日本人は穏やかな農耕民族なので、生き馬の目を抜くような米国流の資本主義はなじまない——。こんなもっともらしい解説を見かけます。でも、それが正しくないことは、世界に先駆けた先物取引の歴史をみれば明らかです。

「惣(そう)じて北浜の米市は、日本第一の津なればこそ、一刻の間に五万貫目のたてり商ひもある事なり」。江戸時代の大坂の米市場に触れた、井原西鶴『日本永代蔵』の一節です。「たてり商ひ」とは売り手、買い手が立ち会って行う取引。のちに米市場は堂島に移転しますが、北浜はその前身です。

江戸時代の経済の基本は米でした。百姓は毎年、決められた量の年貢を納め、幕府・各藩はそこから消費する分と家臣に禄(給料)として与える分を取り置き、他は換金して武器購入や運営費用に充てました。

こうしたなかで米商人が台頭し、米市場も発展します。大坂で最も有力な商人は淀屋でしたが、他の商人も米相場の変動を利ざや稼ぎのチャンスとみて、「空米(からまい)取引」に乗り出します。空米取引とは、現物として存在しない帳簿上の米を取引すること。つまり先物取引です。

西鶴は、米の作柄を左右する気象に目を凝らして作戦を練り、相場を張る商人の姿を生き生きと描きます。「夕(ゆうべ)の嵐、朝(あした)の雨、日和を見合せ、雲の立所(たちど)をかんがへ、夜のうちの思ひ入れにて、売る人有り、買ふ人有り」

農耕民族うんぬんの俗説とは異なり、日本人に脈々と受け継がれる、利にさとい資本主義のDNAを示しています。

空米取引の多くは相場に賭ける投機です。投機というと眉をひそめる人が少なくありませんが、投機がなければ市場は役に立ちません。取引量が増えないので売りたいときに売れず、買いたいときに買えないからです。

空米取引は幕府自身が米を売りたいときに売るのに必要なのに、幕府は無慈悲にもそれを行なった商人の財産を没収したそうです(赤坂治績『江戸の経済事件簿』、集英社新書)。

日経電子版の記事によれば、自民党農林族の反対などを背景に、米先物の本上場が再び延期されました。昔も今も、政治家は自分がコントロールできない市場を恐れ、憎むのでしょう。(2017/08/22

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