2018-08-31

さらば、官僚たちの夏

戦後日本が奇跡的な経済復興を遂げたのは、通商産業省(現経済産業省)のすぐれた産業政策のおかげである——。1980年代、米国際政治学者チャルマーズ・ジョンソン氏によって唱えられたこの説は、今でもかなり信じられているようです。しかし、それは根拠の乏しい神話でしかありません。

1960年代、通産省は自動車産業の再編をもくろみました。日本が先進国として経済協力開発機構(OECD)に加盟するには海外からの直接投資を自由化しなければならない。しかしそうすれば、米国のゼネラルモーターズ(GM)やフォード・モーターなどの強大な自動車会社が日本の下位メーカーを買収して国内に拠点を築き、いずれ国内自動車会社は米国のメーカーに吸収合併されてしまう。それを防ぐため、直接投資の自由化前に国内の自動車会社はトヨタと日産グループに統合しておく——。これが通産省の構想でした。

ところが通産省の意図に反し、ホンダやマツダなどの下位メーカーが抵抗して再編が進まず、自動車産業では10社体制が長らく維持されました。その結果、国内市場で厳しい競争が維持され、かえってその後の日本の自動車産業の発展に大きく寄与したのです。寡占体制だった米自動車産業が衰退したのと好対照です。

ジョンソン氏はこうした事情を無視して「通産省の産業政策ゆえに、日本の自動車産業は発展した」と日本の産業政策を賛美しました。これに対し経済学者の小宮隆太郎氏(東大名誉教授)は「通産省の存在にもかかわらず、日本の自動車産業は発展した」と正しく反論しています(八代尚宏『新自由主義の復権』、中公新書)。

誤った「通産省神話」を広める助けとなったのは、1975年に刊行された城山三郎氏の小説で、テレビドラマにもなった『官僚たちの夏』(新潮文庫)です。「ミスター通産省」と呼ばれた元事務次官の佐橋滋氏らをモデルに、高度成長期の通産官僚たちの「奮闘」を描きました。独断専行型の佐橋氏(作中では風越信吾)を突き放して描いた部分もありますが、佐橋氏らが推し進めようとした官主導の業界再編を賛美した面があるのは否めません。

佐橋氏は1993年に亡くなり、佐橋氏の右腕でフランス流の官民協調経済を唱えた両角良彦氏(元通産事務次官、作中では牧順三)も今月97歳で死去しました。しかし佐橋氏らの時代、すでに批判されていた市場経済への介入はなくなるどころか、東芝に米原子炉大手ウエスチングハウス(WH)の買収を勧め、現在の経営危機を招くなど、ますますはびこっています。もういい加減に、時代遅れの「官僚たちの夏」に別れを告げるときではないでしょうか。(2017/08/31

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