2024-03-30

「ルールに基づく国際秩序」の化けの皮

国連安全保障理事会は3月25日、非常任理事国10カ国が共同提案したパレスチナ自治区ガザにおけるラマダン(イスラム教の断食月)期間中の即時停戦を求める決議を採択した。日本、中国、ロシア、英国など14カ国が賛成し、米国は棄権した。昨年10月に戦闘が始まって以来、安保理が停戦決議を可決したのは初めてだ。日本の大手メディアは「イスラエルの後ろ盾として過去4度にわたって決議案に拒否権を行使してきた米国の変化が大きい」(朝日新聞、3月28日社説)と米国の姿勢を評価する。しかし、それは甘い見方だ。
朝日の社説は「イスラエルはパレスチナ自治区ガザでの軍事作戦を中止しなければならない。(ガザの武装勢力)ハマスは約130人とされる人質全員を直ちに解放すべきだ」と、あたかも停戦と人質解放がセットのような表現をしている。停戦決議に反対してきた米政府の主張をなぞったかのようだ。実際の決議は、即時停戦とともに「人質全員の即時無条件解放」とガザへの「人道支援実施の確保」を求めてはいるものの、人質解放を即時停戦の条件としてはいない。

さて、日本の報道では無視されたが、今回の停戦決議後、米政府関係者の発言が物議を醸した。決議に「拘束力はない(nonbinding)」と主張したのだ。トーマスグリーンフィールド国連大使は25日、決議後の説明で「この拘束力のない決議の重要な目標のいくつかを全面的に支持する」と述べた。やはり同日、ホワイトハウスの記者会見でカービー大統領補佐官は「拘束力のない決議だ」と何度も発言し、「だからイスラエルや同国がハマスの追及を続けることにまったく影響はない」と主張した。国務省のミラー報道官も「今日の決議は拘束力のない決議だ」と繰り返した。

米国の言い分はおかしい。拘束力のない国連総会決議とは異なり、イスラエルも含めて国連加盟国は安保理決議に従う義務があるし、違反すれば制裁の対象となる。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が人工衛星を打ち上げると「国際法違反」と非難されるが、これは北朝鮮による核・ミサイル開発を禁止した2006年の安保理決議に違反するとされるからだ。この件に関する朝日の記事で専門家が指摘するように、安保理決議は国際法上の派生法に当たり、法的拘束力がある。

いつもは米国に万事歩調を合わせる英国でさえ、今回の停戦決議は棄権せず、賛成した。英紙ガーディアンは「バイデン(米大統領)の外交官たちは驚くことに、決議には拘束力がないと主張する。この判断は英国と同じではない。英国は停戦決議の即時実施を求めている」と書く

それにしても米国はなぜ、安保理決議には拘束力があるという明白な事実をなりふり構わず否定しようとするのだろう。そこには各国を平等に縛る伝統的な国際法と、米国が近年盛んに推し進める、あいまいな「ルールに基づく国際秩序」との間の深い亀裂がのぞく。コラムニストのテッド・スナイダー氏は米シンクタンク、リバタリアン研究所への寄稿で「安保理決議を拘束力のないものと判断し、国際法並みの拘束力を否定することで、米国は覇権主義から一国優位主義へと次のステップを踏み出した」と分析する

国際法上重要な役割を果たす国連に対し、リバタリアン(自由主義者)の一部は、全体主義的な「世界政府」につながりかねないとして警戒心を抱く。しかし実際には、大国が国連を利用することはあっても、主権を国連に譲り渡したり、自分の支配の及ばない「世界政府」をつくったりするリスクはほとんどない。むしろ「国連、とくに国際司法裁判所(ICJ)は、実定法や立法による制約を受けにくい分、国際法とは何かを宣言する際に、伝統的な正義の概念に従う自由がある」とリバタリアン法理論家のステファン・キンセラ氏は指摘する。そのうえで「国際法は個々の国家の法律よりも自由主義的だし、今後もそうあるべきだ」と強調する

これまで米国の軍事上の行動や主張は、伝統的な国際法に照らして問題があると批判を浴びてきた。先制攻撃を認める自衛権の解釈、テロリストとされる過激派への武力行使、1999年のセルビア空爆、2003年のイラク攻撃、2011年のリビア攻撃、グアンタナモ収容所に投獄されたタリバン兵に対する捕虜資格の否定などだ。国際法学者ジョン・デュガード氏は「米国はこの種の国際法上の解釈について、ルールに基づく国際秩序の大ざっぱな「ルール」の下で見解の相違としておいたほうが、国際法の厳格なルールの下で正しいと証明するよりも都合がいいし、そうできると考えているようだ」と論じる

そればかりか、米国は厚顔無恥にも、「ルールに基づく国際秩序」を守れと他国に説教する。しかし米国のそのような身勝手な態度は、もはや通用しなくなろうとしている。その象徴が、今回のガザ停戦決議といえる。伝統的な国際法では、決議に従い、即時停戦しなければならない。戦争継続やイスラエル支援で政治的・経済的な利益を得る米政府はそうしたくないので、「拘束力はない」と言い張っているわけだ。米国の国際法を軽視する姿勢が改まらなければ、子供を含む多数の市民が命を失い、飢餓が迫る、ガザでの停戦実現は心もとない。

日本のメディアは何かといえば、米国に都合のいい「ルールに基づく国際秩序」を持ち上げ、日本人をそれに従わせようとする。だが、世界はすでに欺瞞に気づいている。最近、上川陽子外相がフィジーの首都スバで開催された「太平洋・島サミット」(日本を含め19カ国・地域が参加)の中間閣僚会合に共同議長として出席し、南太平洋地域で影響力を強めるという中国を念頭に、「ルールに基づく国際秩序」などの重要性を確認したものの、代理や欠席でない外相の参加は、日本を除き6カ国にとどまったという。化けの皮のはがれた「ルール」にしがみつくのは、もうやめたほうがいい。

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